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~お月様の絵本~

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少女が初めてその絵本の話をした時、少年は明らかに興味がないようだった。


(次に会うとき、実際に絵本を見せてみよう)


銀色の髪の綺麗なお姫様や凛々しい男の子が出てくる。

その美しい絵を目にしたら、少年も少しは気に入ってくれるかもしれない。

絵本を少年に読ませたいと彼女が思ったのは、以前少年が言ったからだ。


『教会へ行って神様に祈ったって、願い事が叶った事なんかない』

何を願っているのか、少年は少女に話してはくれなかったけれど。


教会の神様が駄目ならお月様が居るよ。
そう教えてあげたかったのだ。



その絵本はお月様が女の子の願いを叶えてあげるお話だ。


内容は
凛々しい男の子を女の子は愛していたが、男の子は月の女神の生まれ変わりであるお姫様に夢中になる。

お姫様は、かつて自分が女神だったことを知っている。
長い間退屈していたから、少しだけ男の子の相手をしてやってもいいかなと、思う。

だが神様に愛されると、人間である男の子は死んでしまう。

女の子は毎夜、お月様にお願いする。

『どうか男の子を返して下さい
 彼の家族が泣いています』

女の子を哀れに思ったお月様は、自分の娘であった月の女神のお姫様を諭した。

『神が人間に関わってはならない
退屈しのぎに神の勝手で、人間の人生を変えてはいけない』

反省したお姫様は女神の姿に戻り、男の子に黙って月に帰った。
男の子も本来の居場所に戻った。

時々、男の子はお月様を見上げる。

女の子は黙って少年の横に居る。


物語はそこで終わる。



このラストがハッピーエンドなのか、少女には判らなかったが、美しい絵と物語は少女の心を捉えた。


この世には、どうにも出来ない身分差というものがあることを、聡い少女は既に知っていた。

神とは身分の高い者を表しているのかもしれない。

少年が見上げた月は、貴い人達が住む世界。

人は自分の身分を弁えなければ、命はない。

絵本の体を取りながら、階級制度を皮肉っているのかもしれない。


大人向けの絵本だったが、書店でこの絵本を見つけて表紙のお姫様に目を奪われた。
母親は子供向けの絵本だと思って購入してくれた。

いつかこの絵本は、書店では手に入らなくなる気がした。

少女には余計なことは黙っている賢さがあった。



誰も気づいていないだろうが、少女は人の機微に敏感だった。

柔らかく気弱な印象の少女は自分を主張せず、他人の決定に黙って従った。

だから周囲の人間は少女を誤解していた。

小柄で幼く見えていたが、中身は年齢より大人だった。
目の前の2歳年上の少年よりも、大人だった。

少年は自分の感情が、少女に読まれていることに気づかない。

両親に、特に母親から言われて少女の話に付き合っている。


少女の話を聞き流して。
適当なところで微笑んで、相槌を打つ。
そして内容を忘れる。


うまくやれていると、少年が自分の振舞いに満足していることも少女には判っていたが、怒るような事でもない。



少年とは去年婚約した。

貴族の子供ならば、この年齢で婚約者が出来ることも珍しくはない。

その婚約を望んだのは、少女の母親だった。


朝食の席で、貴女が少年を好いているのを知っていると母親に面と向かって言われて黙っていたら、夕食の席で、父親から婚約を決めてきたと、言われた。

それを少女は黙って受け入れた。


自分が結婚したい程、少年を好いているのか自分でも判らなかったが、少年の兄達よりは好意を持っていた。
少年は母親似で、三兄弟の中では飛び抜けて美しかったがそれが気に入ったわけではない。


敢えて理由を言うとするなら、兄達は少女に対してはまるで妹のように可愛いがってくれたけれど、血の繋がった弟である少年には冷たく当たった。
それを見るのが嫌で、兄達の笑顔が怖かったからだ。

兄達が少女にカードやボードゲームのルールを教えているのを、少し離れた場所から少年は見ていた。


気になって少女が声をかけて誘っても、少年がこちらに混ざることはなく、子供用の木剣を手にして外へ行ってしまう。


少年の後ろ姿を見つめていた少女に兄達は

『あいつは頭が悪いからルールを理解出来ないんだ』

『気にしなくていいよ』

そう言ってゲームを始めた。


自分が言われたわけではなく、兄達は自分に優しかった。

だが少女は少年の毎日はそんなに楽しいものじゃないのかもと、少し悲しい気持ちになった。

もし、三兄弟の中で誰かを選ばないといけないのなら少年かなと思っていたので、母親に聞かれ少年の名前を告げた。
ただそれだけだったけれど、父親が結んできた婚約を嫌だとも思わなかった。


好きになろうと努力すれば好きになれる。


『大抵のことは努力で賄える』


誰かに教えて貰った言葉だったか、本に載っていた言葉だったか。

困難を前にすると、そう自分を奮い立たせた。



少女の母親が少年との婚約を望んだのは、多分祖母のせいだろうと思った。
祖母と息子の嫁である母親の仲は悪い。

父親は祖母が決めた結婚相手を袖にして、母親と結ばれたので嫁入り前から色々言われたらしい。
母親は口にしないが、侍女長からそう聞いた。

母親はいつも祖母の前では笑顔でいたが、父親に知られないよう、よく隠れて泣いていたという。


不仲が決定的になったのは母親が後継の男児を生めなかったことだ。

どんな祖母の言葉が母親を追い込んだのか判らなかったが、結婚した少女が自分と同じように姑に苛められないように、母親はまだ幼い少女を抱きしめて決意したのだ。


少年の母親は少女の母親の親友だ。

彼女なら娘を苛めることはない。
ただそれだけで、母親は三兄弟の誰かと少女を婚約させようと思ったのだ。

少年との婚約を聞き、母親のすることには何事にも文句をつける祖母が珍しく賛成した。

『あそこの嫁は男ばかり3人を、3年ずつ離して産んでいる
 立派な男腹だ。
 その血を引いてる息子だから期待できる』

男腹という言葉は初めて聞いたが、あまりいい気分はしなかった。

父親は真っ赤になって祖母を怒鳴り付け、母親は部屋を出ていった。
泣きに行ったのかもしれないと、少女は思った。
いつも少女に優しくしてくれる少年の母親のことも汚された気がした。



(私が男の子だったら…
お母様はもっと幸せだったかも)

少女は物心がついた頃には、時々感じていた。

貴女が男だったらと、母親が嘆いたことはない。

父親もそんな素振りを見せたことはなく、愛されている実感を与えてくれる。

だが少女は時折、繰り返して思う。


だから少女は決めたのだ。


必ず少年との間に男児を産んでやる。


そして、祖母に言ってやる。
 
男の子を生めたのは、全てお母様のお陰なのです。



少女は夜空の月を見上げて願った。


(ノーマン様と必ず結婚させて下さい。)


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