【完結】初恋の沼に沈んだ元婚約者が私に会う為に浮上してきました

Mimi

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僕の一生はずっと君のもの

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ノーマン様はご機嫌なご様子でした。


「まさか、そうしたいのは山々だけど。
 騎士団を丸々3か月、休む訳にはいかないからね」

「お仕事の時は王都に戻っていらっしゃるのですね?」

所謂、血が上ると言う事はこれなのだと、初めて知りました。
頭がズキズキと痛んで来ました。


「そうだなぁ……
 だけど、君には会いには来れないかな。
 仕事があるから、帰ってくるんだよ。
 あちらとの移動にも、時間かかるしね」

(私の事なんて、二の次どころじゃない……
全く考えてもいないじゃない……)

あまりにも酷い彼の言い草に、悔しくて涙が出てきました。


「ねぇ、泣いたらダメだよ。
 たったひと夏のことじゃない?
 来年からは、僕の一生はずっと君のものじゃないか」

「クリスティン様はこの夏だけでいいと、仰っているんだ。
 君はとても優しい人なのに、今日はどうして判ろうとしてくれないの?」


ノーマン様は私が何も言えず黙っている内に丸め込もうとするように、矢継ぎ早に話を続けました。



そんなお願いを聞けるはずがない。
認めない。
許さない。
言葉にしたいのに、言いたいことが言えない自分が。
婚約者に蔑ろにされている自分が。
情けなくて。
涙が止まりません。

(悲しくて涙が出てる訳じゃないわ)
 

「ねぇシャーロットは僕が信じられない?
 クリスティン様とは、変なことにはならないから信じてよ。
 僕は本当に君を大切に想ってるんだ。
 父上も母上も、僕の周りの人間も、全てが君以外に僕の花嫁はいないと、言ってることは知ってるくせに」

「……」


『僕の周りの人間』って?
じゃあ、貴方は?
貴方は私以外に自分の花嫁はいないと、思っていないの?


「君に初めて打ち明けるとね」

君だけに秘密を教えようとでも、言うようにノーマン様は私の耳元で囁きました。


「クリスティン様は僕の初恋の相手なんだ。
 これは結婚前に、それを捨てるチャンスだと、思って欲しい」

(貴方は婚約者の前で、初恋だと言うの?
気分が悪くて吐きそう!)


私の黒髪を優しげに撫でるノーマン様にそう言ってやりたくなりました。
なのに、何も言葉に出来ない自分が腹立たしくてたまりませんでした。




「夏が終われば君の元に戻るよ」

ノーマン様はご自分が言いたいことだけ言うと、これで話は
終わりだと立ち上がり、ソファから動けない私の後ろに回りました。
そして私を背中から覆い被さるように抱き締めると、髪にキスをしました。

少し落ち着いた私は、ようやく話すことが出来るようになりました。


「私達…この夏の間に決めなくちゃいけないこと……
 たくさんあったのよ?」

「結婚式のこととか?
 君がノートにいっぱい書いてるよね?
 したいこと全部やればいいと思うよ。
 君に任せるよ」


私が覚書しているノートに、彼が興味を余り示していないことは気付いていましたが。
それでも見せない訳にはいかないと、何度も見せていたのです。
それを皮肉な口調で嗤われたと、思いました。


彼の意見を聞いても、はっきり答えてくれなかった。
ふたりの結婚なのに、彼はいつも他人事の様だった。
私が動かないと、そう思ったから私は。
お花畑と、揶揄されても……


「お、お部屋のことだって!」

こんな時でも。
彼は美しく微笑みました。


「お父上と決めたら?
 僕は伯爵邸に入るだけだよ?
 僕が求められているのはそれだけだ」

相変わらず微笑んでいるのですが、彼の緑の瞳は笑っていませんでした。
ここまで冷たく冴えた彼の瞳は、見たことがありません。


どう言葉を返せばいいのか、正解が判りませんでした。
何か、彼が間違ったことを思い込んでいる気がしました。

『伯爵家に入るだけ』
『求められているのはそれだけ』

いつからそんな風に、彼は考えていたのでしょうか。


「もう行くよ。
 書類仕事が山積みなんだ。
 休む前に片付けたいからね」



ノーマン様が本当に片付けたいのは、騎士団の書類ではなく、私なのかも。
そう感じました。

このまま彼を行かせてはいけない。
気持ちは焦るのですが、どうしたらいいのか判らなくて、全く動けずにいました。

ノーマン様はハンカチを取り出して私の涙を拭くと、そのまま手に握らせました。
先月、私が刺繍してプレゼントしたハンカチでした。


「秋になったら会おう。
 楽しみにしてる。
 君が夏をどう過ごしたか、話を聞かせて?」

(どうしてそんなこと言うの?
本気で言ってるの?)


夏の思い出なんて作れないと、思いました。
作れないのが判っていて、意地悪を言われた気がしました。


ノーマン様は振り返らず、応接室を出ていきました。


この日。
彼が私のことを。
「シャル」と、呼ばなかったことに気付いたのは、しばらく経ってからでした。


そして。
私が危惧した通り。
婚約者としてのノーマン様に会ったのは、この日が最後でした。





 
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