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彼女は皇太子殿下のお気に入り

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※元婚約者視点


 ◇◇◇


(シャル、すごく綺麗になってたな)

3年ぶりに会った彼女はすっきりとした大人の女性になっていた。
見違えてしまった。
洗練されていた。

(3年経つと女は変わる)


夜会の会場を出て、王宮の長い廊下を歩いている。
王宮警備の第1騎士隊が廊下の両側に等間隔に並び立ち、出口へひとりで向かう俺を無表情に見送る。


俺は第1騎士隊に入りたかった。
彼等のまとう純白の隊服が眩しかった。

騎士団宿舎に居ると、つい嘘をついてしまった。
宿舎の管理人にシャルからの伝言を受け取って貰うように連絡しないといけない。
管理人は小遣い稼ぎに、退団した者宛の手紙や伝言を隠れて受け取っている。

本当の事が言えない自分に腹が立った。


 ◇◇◇


シャルに会って約束を取り付けたと、マダムに報告すると彼女は頷いた。

「これから帰るのよね?」

それは尋ねたと、いうよりは確認だった。

夜会が始まってから、それ程時間は経ってなかった。 
婚約を発表した帝国の皇太子と王国の第1王女のファーストダンスが披露され、招待客達がダンスフロアに集まりだしていた。

目的が達成されたのだからこの場から去れと、彼女は言いたいのだ。
抗うことは出来なかった。
それが約束だったからだ。


「夜会には連れていってあげるけれど、それだけよ。
 礼服や帰りの馬車の用意は、自分でしてね。
 会場に入れば、私は誰にも貴方を引き合わせたりしないから。
 好きにしていいわ」

それはつまり自力でシャルを捕まえろと、いうことだ。
マダムは俺に甘い顔は見せない。
それは最初から徹底していた。


俺は以前短期間だけ関係を持っていた女性に、マダムを紹介してもらった。

金と暇を持て余した彼女達にとって、俺のような見た目だけの力のない男は、人間ではなく物扱いだったので、躊躇することなく、他に回せる。

初めて会った日に夜会のパートナーにしてもいいと、言ってくれたマダムに俺はサービスすることを申し出たが、彼女は静かに、しかしきっぱりと拒んだ。

女性の友人内で、今回の夜会の招待状を手にしているのはマダムだけだった。
富裕平民が王国内で力をつけてきつつあったが、さすがにこの夜会は簡単には招待されないらしい。
マダムはグループの中で一目置かれていた。

何故王宮の夜会に出席したいのか、詳しく話す気のなかった俺だったが、マダムは話さないなら協力はしないと、言った。

仕方なく、俺は3年前の婚約解消とシャルの話をした。



シャルの帰国は実家のメイド長から聞いた。
実家を勘当された俺と定期的に王都を訪れていたメイド長が会ったのは、
偶然だった。
彼女は郵送ではなく、自分で王都に住む両親に仕送りを届けていたのだ。

俺がサービスすると、彼女からは実家の動向と少しばかりの小遣いが渡された。
メイド長が両親に届ける仕送りは少しばかり、減額になった。

メイド長はシャルの帰国を母から聞いた。
シャルの父親から親父に手紙が届いたという。
帝国皇太子の使節団の一員として娘が帰国するので、久しぶりに夜会に参加して社交界に復帰しないかという、誘いの手紙だったが、親父は嫡男のアクセルと相談して、謹んでご辞退あそばしたらしい。

『旦那様もアクセルも領地で、ずっとくすぶっているおつもりなのかしら』

王都の社交界が恋しい母が、メイド長にそう愚痴ったそうだ。

それを聞いて俺は決意した。

(3年ぶりにシャルに必ず会う!)

それからはその為にはどうしたらいいのか、どんな伝手が使えるか、ずっと考えた。


言葉巧みに俺から全てを聞き出そうとするマダムの手腕は、
大したものだった。

どんどん話したくなる。
聞いてほしくなる。
俺は自分がマダムの前で丸裸にされた気がした。

それでも、明かしてはまずい話もある。
それを口に出さないよう、
俺は細心の注意を払わなければならなかった。


「いいわ、貴方をパートナーにします」

『気に入ってもらえた…。』
安堵して話疲れた俺は、ソファに身を預けた。


「私の前では、姿勢を正す事が決まりよ」

俺を見るマダムの目はとても冷ややかだった。



後日、当日の段取りを打ち合わせる為にマダムに呼び出された。

その店は王都の外れの人気のレストランで。
店のオーナーはマダムの夫だった。
ランチの客が全て帰った後、準備中の札が扉に掛けられていた。
調理場にもホールにも従業員が何人も居て、ディナーに向けての準備に追われていた。

俺と関係を持つつもりはないことを人目があるこの場所で会うことで、マダムが俺に示しているような気がした。

「詳しく教えるつもりはないけれど。
 貴方を夜会に連れていく理由を教えてあげるわ」

「お願いします」

「シェリーズ・バーミング・ガルテン。
 それが理由よ」


ガルテン伯爵夫人、シャルの母親の名前だ。
彼女の母親に何らかの恨みを持っていると言うことか。


「貴方と一緒にいるのが私と知って、あの女がどんな表情を見せるのか楽しみなの」

詳しくは教えないと言っていたので、語るつもりはないのだろうが……
伯爵夫人とマダムの間の因縁に、俺とシャルが巻き込まれるのは勘弁して欲しい。


「安心して」

察したマダムがうっすらと微笑んだ。


「貴方の婚約者の事は何とも思っていないわ。
 彼女は皇太子殿下のお気に入りよ。
 一時は愛妾だと見なされていたくらいだもの。 
 下手に手出し出来ないし、する気もないわ」

シャルが皇太子の愛妾なんかであるはずがない。
一人の男を他の誰かと分け合うくらいなら、自分から身を引くだろう。

(婚約だって、あんなに俺に夢中だったのに
自ら解消したんだからな)


 ◇◇◇


払う金もないので、帰りの馬車の予約はしていなかった。
時間がかかっても夜道を歩くしかない。
安物の礼服を借り、今はつけなくなったコロンの小瓶を買うと、手元に残った額は僅かだった。

王宮の夜会から歩いて帰る客などいない。
恥ずかしくて、惨めだった。

馬車係が俺に近づいてきた。


「お帰りの馬車を回して参ります。
 御名前をいただけますか?」

「連れがまだ中にいる。
 馬車は彼女に使って貰う。
 私は酔いをさましたいので、歩いて帰るよ」

自然に言えただろうか?
係の男はしつこく俺に尋ねなかった。


「月が美しい夜です、お気をつけて」

 

夜空を見上げると、男が言った通り月が美しい。

王宮から俺の住む酒場の2階の部屋までは、どれくらい時間がかかるのだろう。



『お月様は願い事を叶えてくれるのよ』

そんな内容の絵本があるのだと、幼いシャルが教えてくれた。
絵本に興味のない俺は、いつもするように曖昧に微笑みながら、適当に流した。


シャルはずっと俺の側で、俺の事を見ていてくれてたのに。

家庭教師から優秀な兄達と比べられて、むしゃくしゃしてた俺を気遣ってくれたのは、母ではなくシャルだった。

俺がいい加減に言った言葉を信じて、動いてくれた。

婚約してやったのだから、それが当たり前だと思っていた。


シャルの父親がガルテン伯爵家の後継に欲しかったのは、次兄のディランだと判っていた。
ディランもシャルを望んでいた。

長男のアクセルと次男のディランは仲が良かったが、ふたりとも俺に対しては複雑な思いを持ってるようだった。

母が自分に似た俺を溺愛するのは俺のせいじゃない。
だが兄達は実の弟である俺よりも、幼馴染みのシャルを可愛がった。

面白くなかった。
俺は兄達と仲良くしたかった。

俺の場所を奪っていることに気づかず、笑いかけてくるシャルが疎ましかった。

愛想良くしないと大人達に叱られるから、仕方なく優しい振りをしただけ。

それなのに鈍感なシャルは俺を選んだ。
選ばれたことでディランに『ざまあみろ』と思ったけど、喜びはなかった。

俺は選ばれるより選びたかった。


俺の家とシャルの家は同じ伯爵位だったが、内情には差があった。

財力と人脈をシャルの父親は持っていた。
俺の親父はシャルの父親に強く出られなかった。
母親同士が親友だからと、両家は親しくしてるように見えたけど。


ガルテン伯爵の愛娘が望むのなら、差し出すしかない。

俺は自分が実家の生け贄にされたのだと、諦めた。


シャルに会えたら何を話そう。

彼女に対して捻れた感情があったこと。
帝国に行ったシャルに会う為に何度も旅券申請したけど、全部書類不備で却下されたこと。
あれは、シャルの父親が裏で手を回してたんだよな。

初めから全部。
隠してた気持ちを全部。
本当の俺の話を聞いて貰おう。


今からでも遅くはない。

月は俺の願いを叶えてくれるはずだ。






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