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第50話 アシュフォードside
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翌日のお別れの会が終わり、それが済み帰る頃には。
さすがに鈍感な俺でも、彼女が組み紐を結んでいない事に気付く。
「あの、さ……あの、手首の」
帰ろうとした俺を見送りに出たアグネスは小首を傾げる。
これは、この感じは。
俺が聞きたくないことを言い出す、その前触れ。
「切れたんです、切れてしまいました」
覚悟した別れの話ではないので、安心……?
安心したが、せっかく俺の手元にこれが来て、お揃いで付けられる事になった翌日に?
それを口に出しそうになって、俺は。
そうだった、アグネスの組み紐が切れた日は、彼女の母と姉が亡くなった日だ。
身に付けるものが、何もしていないのに壊れたり切れたりする現象は、そういう前触れのように言われていて。
この話題は避けるべきだと思い、今度トルラキアに行ったら、またあのおばさんから買おう、とだけ言った。
だが、彼女は直ぐに返事をしてくれない。
「アグネス、聞こえた?」
「……ありがとうございます。
そうですね、そんな機会があれば」
「……」
言葉と裏腹に、そんな機会は作らないよ、と言いたげに微笑む。
このつかみどころの無い表情と会話は過去に経験している。
アグネスが心を閉じようとしているサインだ。
あの日、君に全てを打ち明けると決めた。
そうだ、今、聞いて貰おう。
「少しだけ時間貰えるかな? 君に話がある、って言ってたよね?
あれなんだけれど……」
「ごめんなさい、殿下。
今は、その事は忘れたいのです」
「殿下、って。
フォードって、呼んでくれないの?」
俺のこの言い方はみじめったらしくて、嫌われるか?
しつこくしたら、駄目か。
今は、と言われて、母と姉を亡くしたばかりの君に。
この状況で話をしようとした自分勝手さに呆れるな。
アグネスは、空っぽの笑顔を俺に向ける。
あの夜、現場となった森へ行ったことにより、侯爵やプレストン、叔父のダウンヴィル伯爵まで、親族男性からの親密度は増したが、肝心のアグネスはすーっと遠くに行ってしまった様な気がしている。
「アグネス、そろそろ……」
声をかけてきたのは、アグネスの従兄。
15歳のケネス・ダウンヴィル。
こいつは昨夜の家族のみ、と言われた集まりから、常に俺とアグネスの間に割り込もうとしてくる奴だ。
目的は明らかだが、これこそ不敬と言いたくなる。
状況が状況だけに、アグネスだけに関わっているわけにもいかず、側に居るのに昨夜から俺達は満足に話せていなかった。
「もしかして、明日も来てくださるのですか?
それはありがとうございます」
慇懃無礼にお礼の言葉を口にしながら、ケネスはアグネスの肘に手を……こう、添えやがった。
いとこ同士の距離感は、その家各々だろうから、あれだが、こいつのは。
父の侯爵や兄のプレストンも、アグネスだけで見送るのを、見逃してくれているのに。
あのお揃いの組み紐はこういう時、威力を発揮したんじゃないかとつくづく思う。
『王太子殿下にお任せすると、お伝えください』
さっき、暇を告げた俺に侯爵は言った。
妻と娘を同時に喪った衝撃から一晩明けて、少しだけ立ち直ったように見える侯爵は、王太子からの書状を読んでくれたようだ。
その内容は、預かった時に簡単にだけ説明されていた。
簡単なお悔やみと、侯爵さえ同意してくれるなら。
アシュフォードの調べで確信を得たので、妻女の葬儀後にこの件を殺人と公にしても良いか、という手紙だった。
王太子が葬儀後に、と書いたのは、静かにふたりを見送る気がないのに、教会に興味本位で押し寄せる野次馬のような奴等には、まだ知らせたくないからだ。
葬儀後に発表する、その方が俺達にとっても都合がいい。
参列者が限られる。
犯人はふたりの葬儀に必ず現れる。
それを確信している。
執拗に貴族街を抜けて坂道の途中まで追いかけたのなら、誰でも良かった訳じゃなくて、スローンの馬車だと認識している。
貴婦人を乗せた馬車を煽るような行為は、友人の悪戯の域を超えている。
それ程親しくはないが、馬車、もしくは御者で。
それが侯爵家のものであるとわかっていた……どこかで犯人は何度も、ふたりの内どちらかと接触している。
知り合い程度の関係性か。
どこまで自分のした事がばれているのか心配でありながら、それでも残された遺族の様子も目にしたくて。
犯人は必ず、明日の葬儀に現れる。
それを確信している。
◇◇◇
「俺は参列しないし、王家からは花を贈る。
お前が友人なのは周知されているから、出席しない方が不自然だし、警備も最低限で済むから、侯爵にもそれ程負担はないな」
俺は第3王子で身軽な身の上だが、王太子が参列すると警備の数は3倍必要になる。
第2王子のギルバートなら2倍だ。
これはまた、あれだ。
『俺の代わりに、ちゃんと見てこい』だな。
「学園の後輩だからと、ジニアも参列したいそうだ。
馬鹿な真似はしないと思うが、見張っててくれよ」
何が後輩だ、5学年も離れててそんなに親しくないだろ。
また噂のネタにするつもりか。
王家の野次馬バージニアも、見張れとは。
俺の負担が多過ぎる。
俺の負担は自然とカランとレイに流れていくから、バージニアはカランに見張らせよう。
さすがに鈍感な俺でも、彼女が組み紐を結んでいない事に気付く。
「あの、さ……あの、手首の」
帰ろうとした俺を見送りに出たアグネスは小首を傾げる。
これは、この感じは。
俺が聞きたくないことを言い出す、その前触れ。
「切れたんです、切れてしまいました」
覚悟した別れの話ではないので、安心……?
安心したが、せっかく俺の手元にこれが来て、お揃いで付けられる事になった翌日に?
それを口に出しそうになって、俺は。
そうだった、アグネスの組み紐が切れた日は、彼女の母と姉が亡くなった日だ。
身に付けるものが、何もしていないのに壊れたり切れたりする現象は、そういう前触れのように言われていて。
この話題は避けるべきだと思い、今度トルラキアに行ったら、またあのおばさんから買おう、とだけ言った。
だが、彼女は直ぐに返事をしてくれない。
「アグネス、聞こえた?」
「……ありがとうございます。
そうですね、そんな機会があれば」
「……」
言葉と裏腹に、そんな機会は作らないよ、と言いたげに微笑む。
このつかみどころの無い表情と会話は過去に経験している。
アグネスが心を閉じようとしているサインだ。
あの日、君に全てを打ち明けると決めた。
そうだ、今、聞いて貰おう。
「少しだけ時間貰えるかな? 君に話がある、って言ってたよね?
あれなんだけれど……」
「ごめんなさい、殿下。
今は、その事は忘れたいのです」
「殿下、って。
フォードって、呼んでくれないの?」
俺のこの言い方はみじめったらしくて、嫌われるか?
しつこくしたら、駄目か。
今は、と言われて、母と姉を亡くしたばかりの君に。
この状況で話をしようとした自分勝手さに呆れるな。
アグネスは、空っぽの笑顔を俺に向ける。
あの夜、現場となった森へ行ったことにより、侯爵やプレストン、叔父のダウンヴィル伯爵まで、親族男性からの親密度は増したが、肝心のアグネスはすーっと遠くに行ってしまった様な気がしている。
「アグネス、そろそろ……」
声をかけてきたのは、アグネスの従兄。
15歳のケネス・ダウンヴィル。
こいつは昨夜の家族のみ、と言われた集まりから、常に俺とアグネスの間に割り込もうとしてくる奴だ。
目的は明らかだが、これこそ不敬と言いたくなる。
状況が状況だけに、アグネスだけに関わっているわけにもいかず、側に居るのに昨夜から俺達は満足に話せていなかった。
「もしかして、明日も来てくださるのですか?
それはありがとうございます」
慇懃無礼にお礼の言葉を口にしながら、ケネスはアグネスの肘に手を……こう、添えやがった。
いとこ同士の距離感は、その家各々だろうから、あれだが、こいつのは。
父の侯爵や兄のプレストンも、アグネスだけで見送るのを、見逃してくれているのに。
あのお揃いの組み紐はこういう時、威力を発揮したんじゃないかとつくづく思う。
『王太子殿下にお任せすると、お伝えください』
さっき、暇を告げた俺に侯爵は言った。
妻と娘を同時に喪った衝撃から一晩明けて、少しだけ立ち直ったように見える侯爵は、王太子からの書状を読んでくれたようだ。
その内容は、預かった時に簡単にだけ説明されていた。
簡単なお悔やみと、侯爵さえ同意してくれるなら。
アシュフォードの調べで確信を得たので、妻女の葬儀後にこの件を殺人と公にしても良いか、という手紙だった。
王太子が葬儀後に、と書いたのは、静かにふたりを見送る気がないのに、教会に興味本位で押し寄せる野次馬のような奴等には、まだ知らせたくないからだ。
葬儀後に発表する、その方が俺達にとっても都合がいい。
参列者が限られる。
犯人はふたりの葬儀に必ず現れる。
それを確信している。
執拗に貴族街を抜けて坂道の途中まで追いかけたのなら、誰でも良かった訳じゃなくて、スローンの馬車だと認識している。
貴婦人を乗せた馬車を煽るような行為は、友人の悪戯の域を超えている。
それ程親しくはないが、馬車、もしくは御者で。
それが侯爵家のものであるとわかっていた……どこかで犯人は何度も、ふたりの内どちらかと接触している。
知り合い程度の関係性か。
どこまで自分のした事がばれているのか心配でありながら、それでも残された遺族の様子も目にしたくて。
犯人は必ず、明日の葬儀に現れる。
それを確信している。
◇◇◇
「俺は参列しないし、王家からは花を贈る。
お前が友人なのは周知されているから、出席しない方が不自然だし、警備も最低限で済むから、侯爵にもそれ程負担はないな」
俺は第3王子で身軽な身の上だが、王太子が参列すると警備の数は3倍必要になる。
第2王子のギルバートなら2倍だ。
これはまた、あれだ。
『俺の代わりに、ちゃんと見てこい』だな。
「学園の後輩だからと、ジニアも参列したいそうだ。
馬鹿な真似はしないと思うが、見張っててくれよ」
何が後輩だ、5学年も離れててそんなに親しくないだろ。
また噂のネタにするつもりか。
王家の野次馬バージニアも、見張れとは。
俺の負担が多過ぎる。
俺の負担は自然とカランとレイに流れていくから、バージニアはカランに見張らせよう。
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