【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第45話

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食後に姉の部屋を訪れました。
今日の午後は、姉はご友人と城下に買い物に行かれるご予定でしたが、私に話をするからお断りを入れてくださいました。
もちろん、そのまま伝えるのではなく、体調が悪いから、とそれを理由にされていました。

姉にソファに腰かけるよう勧められました。
あらかじめ、お茶の用意はいらないからとお断りしています。
姉はクローゼットへ入り、例の箱を持ってきました。
王国の乙女なら、誰でも憧れ、誰もが欲しがるマダムアローズのドレスが入った箱。

有名なシルバーがかったピンクの箱に、すみれ色のリボン。
結び目は私が結んだ形ではありませんでした。
あれから一度箱を開いたのでしょうか。


「何から話せばいいのか……先ずはさっきの話題に出ていたドレスがこれなの」

わかっていた事なのに、初めて知ったかの様に演技出来ているでしょうか。
リボンを手解き、姉はドレスを見せました。


「なんて……なんて綺麗なドレスなの!」

先程、この部屋でこのドレスを見た時には。
広げたりせずに、裾の辺りを引っ張って。
確かにドレスであると、それから色とカードを確認しただけでしたが、こうして広げて見ると……
腹が立つ程美しく。
それと同時に襲われる圧倒的な敗北感。

お揃いの組み紐がなんだと言うのでしょう?
このドレスと比べると、なんてちっぽけな!


「これは間違って届いただけなの。
 殿下はこれを返して欲しいと、先程いらしたの」

「間違って?」

「そうよ、殿下は貴女だけが好きなのよ。
 誤解したガードナー侯爵令嬢が間違えて、これを届けるように手配したの」

「……」

「明日はお母様と、おばあ様に呼ばれているから、明後日にでもこれをアローズヘ返しに行くわ」

このドレスは間違いだと。
だから、返すのだと、姉は言うけれど。
殿下からドレスを贈られることについては否定していない気がしていました。
ただ、このドレスだから返すのだと言ってるような。
となると、やはり殿下は姉の誕生日プレゼントにドレスを……贈るつもりだった?


「誰にも言わないと誓って?」

何を? 
何を誓えと?


「私はこの家を出るの。
 殿下は報酬として、その協力をさせられていただけ」

「報酬? 何の?」

「3年前、私が殿下のパートナーになったのは、殿下が困っていたから。
 それを助ける報酬を私は求めて、殿下は仕方なく受け入れたの」

姉は仕方なく、と強調して話しますが……
侯爵令嬢の要求に、仕方なく受け入れる王子なんて、信じられない。
姉が語る理由は本当の事なのでしょうか?


「家を出るなんて、本当なのですか?
 どちらへ行かれるおつもりなのです?」

「それは……」

姉は言いたくないようでした。
ここまでは何となく語れたけれど、家出なんて出任せだから、口ごもるのかしら。
自分でも姉を見る目が冷たいのはわかっていました。


パートナーになる報酬、家出の協力、それがどうしてドレスを贈ることに繋がるのでしょうか。


「貴女やプレストンに言わずに家を出ようとしたのは、追求されることを恐れたの。
 お父様はともかく、先代は貴女達が何かを知っていると気付けば、容赦なく追い詰める。
 あの人は自分が欲しい答えを得るまでは、その手を緩めない。
 貴女達は私と先代に挟まれて、心身ともにボロボロにされてしまうわ、だから……」


だから、私の為だから?


「教えていただけないと、何も信じることは出来ません。
 私へのご配慮は、要りません」

私は先代とはほとんど接した事はありませんでした。
お祖父様として会う時は、かけられる言葉は3つだけ。
「アグネスか」「最近は」「どうなんだ」その3つだけ。

私の答えがどうだろうと、聞いていないのか、それとも元々興味がないのか。
そこから、会話が続くこともなく。
毎年の誕生日には品物ではなく、年齢に合わせたまとまった額のお金が父に届けられているようでした。
それで、少なくとも私の誕生日と年齢だけはご存知なのだと知ることが出来たのです。

先代に対しては、情もなければ、恐れもない。


「トルラキアに行こうと……ストロノーヴァ先生が。
 先生がずっと好きなの。
 高等部に進級して直ぐに告白したら、卒業してトルラキアへ来たら、考えますと、仰ったから」


トルラキア? ストロノーヴァ先生?
懐かしいお名前を出されて、私は確信しました。
だから、姉の話は信用出来ないと。


2年前、ストロノーヴァ先生は母国に戻られました。
あの方は王族の血を引く高貴な御方。
もう簡単にはお会いすることもないでしょう。
今の、トルラキアへ来たら云々を、どうやって真実なのか確認せよと言うのでしょうか。
マーシャル様への片想いを殿下に協力して貰って、等と言われたら信じられたのに。

ですが、私は。
『わかりました』と、言いました。
これ以上、信じられない言い訳を聞いても無駄なのです。


その夜は美しい、見事な満月が夜空にかかっていました。
秋の初めの、名月なのでしょうか。
煌々と、私が今佇む私室のバルコニーの隅々まで。
月はその光で照らしていました。


私は手鏡を持ち、グラスに丸い月を映して、ゆらゆらと揺らしました。


『それは必ず満月の夜に、綺麗な硝子のグラスを使ってね』

真面目な顔をして、声を潜めて。
私に教えてくれたリーエの言葉を思い出しました。


『憎む相手を思い浮かべて』
『その顔が手鏡に浮かんでくれば』
『そして念じる、消えろ、消えろ、邪魔物は消えろ』
『5回唱えて。グラスの水を飲み干すの』


一通り、呪いの方法を伝授した上で、勿体ぶった口調でリーエが言い出しました。


「でもね、顔が手鏡に浮かんでこない場合もあるわ」

「邪魔な人が鏡に映らないと言うこと?」

「その場合はそれ程、呪わなくてもいい相手だと言うことよ。
 呪うまでもなく、そいつは勝手にいなくなる、って事なの」



本当はそれを信じたわけではありません。
『魔女の恋敵を排除する呪い』なんて、本当にあるわけはない。
教えてくれたリーエだって、最後は笑っていました。
ただ、誰かを消えてしまえと恨む程、憎むのだったら。
気休めにしろと教えてくれたのだと、わかっていました。
だって、手鏡に憎い相手の顔が映る等とあり得ないのですから。

そう思っていたのに。
偶然にも、今夜は満月で。
姉からもっともらしく聞かされた嘘の言い訳は、私をまともにはさせてくれなかった。
息苦しくて眠れず、気持ちは昂って。
明日もまた学園へ登校しなくてはいけないのに。
眠れないベッドから起きて、水を飲み、口を湿らせました。

月の光が淡く、部屋を照らし、ベッドにまで届いていました。
それをぼんやり眺めていたら、不意に呪いの事を思い出して。


丁度今夜は満月。
嘘をつかれたお返しに、クラリスを呪ってみようか。

何も起こりはしない。
だって、呪いなんて本物じゃないんだから。
眠くなるまでの、時間潰し。
子供騙しのお遊び。
少し遊んだら、眠れるでしょう。


私は水差しから、並々とグラスに水を注ぎ、手鏡を持ってバルコニーへ出ました。
夏が過ぎたばかりで、薄い夜着1枚でも寒くありません。


何か呪文はあったかしら?
何も思い出せず、もうそれだけで、私の呪いは不完全なのです。
それでも私は、馬鹿馬鹿しい呪いの儀式を行おうとしていました。

心に強く、姉を、クラリスを思いました。
私を騙していたのは殿下も同じ。
それなのに、私の憎しみは姉にしか向けられていなかったのです。

グラスの中には丸い月が。
そして手にした鏡には、クラリスの顔が。
私が思わずグラスを手離してしまったので、落ちたグラスは砕けちり、その音の大きさに誰かに聞かれたのではと、私はしゃがみこんで。

鏡に映ったクラリスの顔は私でした。
年々、そっくりになると言われ続けている私の顔だったのです。

それに気付いて。
私は泣いてしまいました。
遊びだと言いながら、自分に言い聞かせながら。
それでも姉を憎む、と。
消えてしまえと、呪ったのです。

グラスの水を飲まずにすんで良かった、そう神に感謝して。
温室で、殿下に『悪魔を払ってあげる』なんて、言ったことは今日なのに、昔の事のようで。
悪魔は私だ。
殿下に取り憑いた悪魔は私だ。


呪いをかける事さえ出来なかったのに。
そう思っていたのに。

翌日、姉は母と永遠に私の前から消えてしまいました。

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