【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第40話 アシュフォードside

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先触れ無しに、いつもとは違い平日の昼前に訪問してきた俺を、スローン侯爵家の家令は落ち着いた様子で出迎えた。


「申し訳ございません。
 アグネスお嬢様は、まだお戻りではございません」

「いや、あの、今日は侯爵夫人とクラリス嬢に……」

「奥様はお出掛けされましたが、お嬢様なら」


応接の間に通そうとされるが、此処で待つと玄関ホールで降りてくるクラリスを待った。
程無く、クラリスが降りてくる。


「ようこそ、アシュフォード殿下」

今日も完璧なカーテシー。
腹が立つほどに通常だ。
もう受け取ったよな? 留守だと言う侯爵夫人はあれを見たのか?
一気にそう尋ねようとした俺に、声を潜めてクラリスが言った。


「少し、お願いしたいことが」

一刻も早く、ドレスの回収とカードの破棄を頼みたいが、間違えたのはこちらのミスだ。
抜け目がないクラリスの事だ、応じる代わりに何か要求があるのかも知れない。
名前入りの愛の告白カードは、クラリスの手の内にある。
少しだけなら、付き合うしかないか。
これは家出の話だろう。

護衛で付いてきてくれた近衛騎士に、時間はかからないから此処で待つ様に指示する。
『時間はかからない』を、クラリスに聞こえるように強調したのは、とりあえず話は聞くが、ややこしいお願いはするなと暗に言いたかったからだ。


こちらに、とクラリスに続いて温室へ入る。
此処で歩きながら話そうと言うことだ。


「この夏、祖父がこちらに参った事はお聞きになっていらっしゃいますよね?」

「プレストンは君の縁談の話だと思ってる」

「……それだったら、どれ程良かったか」

隣を歩きながらだから、表情はわからないが、多分苦い顔しているんだろうな。
やはり、後継の話か。


「急ごうと思いますの。
 今回は諦める、と言われましたけれど、弟がまた体調を崩して……
 私が居る限り、また繰り返される」

「カランの遠縁の名前で、留学用の旅券……」

言いかけた俺にクラリスは自分の口許に人差し指を立てて見せた。
少し広い場所に出て、簡単なガーデンチェアが並んでいて、そこに座るように身振りをする。


「誰にも聞かれてないと思うけれど、念の為あっちの言葉で話しましょう」

トルラキア語か。
リヨンの言葉を話せる使用人は侯爵家なら多いだろうが、トルラキア語は普及していないから。


「そうだな、わかった」
 
先ずはこちらの用件を伝える。


『あちらでの生活の足しになればと、国外に持ち出しやすいドレスを贈ろうとしたが、間違いであんな形になった。
 ドレスは持ち帰るが、後日お詫びを兼ねて上乗せした現金を送るので、私の名前の入ったカードは今日、目の前で廃棄して欲しい』

『どなたに手配を頼んだのですか?
 誤解されているのですよね?』

『……ガードナー侯爵令嬢だ。
 友達だと誤魔化している、と思われていた』

『イザベラ様は人選ミスですね。
 第2王子殿下の色を全身に纏いたい方ですから』

婚約してから、公の場では毎回紫のイザベラ嬢を思い出したのか、今日初めてクラリスが笑った。


『さっきも言った様に、君にはカランの遠縁の女性として、留学用の旅券を発行するから、勉学取得に燃えてる低位貴族令嬢をカモフラージュ……』 

『発行には、後どれくらいかかります?』

クラリスに言葉を途中で遮られるのには慣れたな。
もうお別れだけど。
俺が約束させられたのは、出国まで。
無事に想いが叶って、ストロノーヴァ先生に受け入れられたら、彼女はクラリス・スローンに戻る。
そうしたら、またいつか祖母の別荘で会えるだろう。


『多分来週辺りには。
 その週末にアグネスに会いに来た時、お母上と君にもお菓子の箱を手土産に渡す。
 中には旅券と先生の報告書と餞別の現金を入れておく』

『わかりました。
 お世話をおかけしました、本当にありがとうございます』


まあ、確かに別荘から帰ってきてから、手配にバタバタしたけど。
今はそれより、ドレスとカードだ! 


『お願い、って何?』

珍しくクラリスが言いづらそうにしてて。
何だよ!早く言えよ、こっちは急いでるんだ!
そう急かしたいのを堪える。


『……って、言ってくれません?』

『何、はっきり言って?』

『……愛してる、って……先生の代わりに』


はあぁ? あれか、ストロノーヴァ先生の代わりにトルラキア語で愛してる、って、言えって?
アグネスにも、まだ愛してるなんて言えてないのに。
何で、コイツに!


呆れて何も言えない俺に、クラリスが頭を下げる。
それに驚いた。
コイツに下げる頭があったとは。


『先生のその一言があれば、頑張れます』

え、俺を先生に見立ててお願いモードに入ったか。 
目をつぶって、胸のところで手を組んで、お祈りか。
しばらく眺めているのに、そのポーズを崩さない。
確かに、貴族令嬢の身で、単身国外へ出るのは危険で不安もあるだろう。
先生からの一言を支えにしたいなら。


『私はあなただけを愛しています』

何笑ってんだ、先生っぽくなかったか。


「もう一度、言ってください」

目をつぶったままのクラリスがねだる。
1回でいいと言ったろ!


『……私はあなただけを愛しています』

「もっと、ちゃんと言わないと」

いい加減にしろ、調子に乗るな。


「もう、やめた、言わない」

「もう一回だけ、トルラキアの愛してる、って素敵ですね。 うっとりします」

くそ、カードを人質に取られてなければ!


「あのなぁ、これで最後だからな?
『私はあなただけを愛しています』」

満足したようにクラリスが目を開けた。
目の前に居るのが俺で、残念みたいな顔するな。
お前が言わせたんだろ!
3回も言わされて、俺はぼろぼろだ。


「さあ、ドレスをお持ちしますわ」

さっぱりした顔でクラリスが笑う。
本当に俺はお前が嫌いだ。


 ◇◇◇


温室から出て、邸に戻る前にクラリスに尋ねる。


「プレストンとアグネスには、何も言わずに行くのか?」

「……知らない方が追及されても答えようがないから。
 私の為に嘘をつかせたくないのです。
 また、落ち着いたら便りを出します」


何でも話し合おうと約束したアグネスには言いたいけれど、本人が知らせるなと言うなら、俺からは言えないな。
今回のドレスも見せたくはないが、無事に回収して、廃棄するか、アローズに返品するかして、クラリスも出国して。
……それからなら、俺の馬鹿さを話そうか。

玄関ホールに着くと、護衛が居なかった。
クラリスがドレスを取りに行く為に、2階へ上がる。
その時だった。
いきなり玄関の扉が開いて、出掛けていたはずの侯爵夫人が帰宅した!

急な帰宅か、出迎えられなかった家令が慌てて迎える。

そして、夫人はその場に立って居た俺を睨め付ける様に見た。


「これはこれは、アシュフォード殿下。
 今日はどちらをお尋ねくださいましたの?
 アグネスは学園ですから、クラリスの方かしら?
 私が留守だと御存じで、いらっしゃったのかしら?」


物凄く機嫌が悪い?
相手が王族だろうと関係ない、みたいな態度だ。
クラリスの事を言う、ってことは、食事会で何か聞かされて途中退席してきたか。

階段までドレスの箱を持ってきていたクラリスが慌てて踵を返して、部屋へ戻ったようだ。
今日はドレスの回収は無理か。 
せめてカードだけでも……


「お母様、お帰りなさいませ。
 殿下は私に会いに来てくださったのでしょう?」

部屋に戻ったクラリスと入れ替わる様に、そこに立っていたのは、今居ないはずの……笑顔のアグネスだった。
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