【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第34話

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君が好きなんだ、と言われて。
私はまた、ぼうっとなってしまって。
隣の殿下を見ることが出来なくて、斜め前に座る護衛騎士様の方に目をやりました。

殿下に命じられた通り、外の方に身体を向けられていましたが、騎士様が膝の上で拳を握られたのがわかったからです。


今殿下が何と仰せになったか、聞きましたよね?
私の聞き間違いじゃないですよね?

確かめたいのに、騎士様はきっと
『何も聞こえておりません』と、言うのです。


「俺が気持ち悪くて、怖いなら……俺はレイと代わって貰う様にする。
 だけど出来るなら到着するまでは、このまま一緒に乗っていきたい。
 まだ、話したいんだ」

私は何度も頷きました。
気持ち悪くないです、怖くないです、と言葉には出来ませんでしたが。
マーシャル様と代わって欲しくなくて、つい殿下の上着の裾を掴んでしまいました。


「まだ話を続けてもいい、って事だよね?」

また頷くしか出来ない私に、殿下はありがとうと言いました。
騎士様も外を向いたまま、固く握られていた拳を広げては握ってを、繰り返されていました。


「俺は20歳になる4年後までにはある程度の力を持ちたいと思ってる。
 君のお父上からは、俺に力が付くまでは君を渡せないと言われているんだ。
 それを言われてからは俺に何が出来るか、何があればバロウズで必要とされるのか、ずっと考えているんだけれど、ようやく見えてきた気がする」

「……」

「俺は君の事を今から縛りたくない。
 君はこれから様々な人に会って、色んな事を吸収して、どんどん魅力的な女性になる。
 俺達はいっぱい話をして、お互いの事を知っていく。 
 俺に合わせる必要なんかない。
 君は君の望むように、思うようにしてくれたらいいんだ。
 その間に俺は俺のするべき事を見つけて、君に相応しい男になった、と侯爵夫妻に申し込む」

「……」
 
「まだ早いと返事されても、貴方には渡せませんと断られても、何度でも申し込むよ」

リーエの言う通り、もっと早く殿下や姉に尋ねたら良かったのです。



「何も聞こえないな?」

「何も聞こえておりません」

三度、同じ会話が殿下と騎士様の間に交わされて。
騎士様が膝の上で固められた、大きくて強そうな拳が。
馬車に乗る前にリーエが私に振って見せた小さな拳に重なって見えました。 


 ◇◇◇


隣街に到着して。
もう1台の馬車から降りてこられたマーシャル様はリーエを通訳に、すっかりパエルさんと仲良くなられていらっしゃいました。

そこからは殿下も会話に参加されて。
皆様、同じ年齢なので打ち解けられるのも早くて、間に入るリーエは忙しそうでした。

護衛騎士様の内のお一人がトルラキアの言葉を話されるようで、しばらくするとリーエが私の手を取って、皆様の輪からふたりで外れました。


「リーエのお陰で皆が仲良くなれて、両方の言葉がわかる、って凄いね」

「アグネスもトルラキアの言葉を覚えてみる?」

「出来たら嬉しいけど、トルラキア語は難しいよね?」

バロウズ語とは言葉の順番が違うので、それが難しい気がしましたし、多く使われている『ヴ』の音はバロウズには無いもので……


「こっちの男の子と付き合えば、直ぐに覚えられるよ」

「え?」

思わぬ事を言われて、リーエを見ると。
彼女はキラキラした瞳で私をじっと見つめていました。


「フォード様みたいに綺麗じゃなくても、トルラキアの男の子は強くて優しくて、お勧めなの。
 帰国するまででいいから、その中でもパエルの次に上等な子を紹介するよ?」

「あの、あのね……」 

「それとも、ちゃんとフォード様に話を聞けて、何か進展してるんなら、無理に勧めない」

「……」

好きだよ、と言ってくださった事はリーエには話そうと思っていました。
でも、それは今直ぐの話ではなくて。
殿下が帰国されて、混乱や喜びが私の中でもう少し落ち着いてから、でした。


私達の先を歩く殿下達の背中を見ながら、リーエが続けます。


「丁度今、パエルもいるしね?
 アグネスにはやっぱり歳上がいいと思うから、友達を紹介して貰おうよ」

私の後には、馬車で一緒だった騎士様が守って下さっていました。
お願いです、もし殿下から何か聞かれても
『何も聞こえておりません』って、言ってください。

私はパエルさんに声をかけようとするリーエの腕に自分の手を絡めました。
小刻みに首を振ると、リーエが止まってくれました。

「ちゃんと聞いた?」

「……うん」

「トルラキアの男の子とは、付き合わない?」

「うん」

「夜に話を聞かせてね?」

「うん」



出会い市で殿下は手作りの組み紐を、私に買ってくださいました。
騎士様に通訳されながらも、ご自分で直接交渉して
『まけて』とやり取りするのは、とても楽しそうでした。

手招きされて鮮やかな色の組み合わせの中から、どれが欲しいか尋ねられて。
色の洪水に選べなくて『お任せします』と言うと。
全体的には赤いのですが、その中に金色と紫色の糸が組込まれている一本を選ばれました。


「手首に何重にも巻いてもいいし、髪に結んでもいいらしい。
 どっちに結ぶ?」

私が左の手首を差し出したので、殿下はゆっくりと巻いてくれました。


「贈り物はエスカレートしていくからね。
 最初は組み紐だけど」

殿下の仰った事がよくわからなかったのですが、結ばれた私の手首に顔を近づけて、マーシャル様があきれたように声を張り上げられたので、そちらに気を取られてしまいました。


「色が控え目過ぎるよな!」

「あからさまなのは、好みじゃない」


赤い中に、控え目な金と紫。
あの時、殿下をからかったマーシャル様の笑顔。
怒ったように答えた殿下の表情。
アグネスとお揃いにしたい、とパエルさんを見上げておねだりをしていたリーエ。


今から振り返りますと。
この日が、幸せな……一番幸せな。
護衛騎士様達も含めて、その場に居た皆様が笑っていました。

涙も疑いも苦しみも憎しみもない……
私の一番幸せな、特別な思い出の日になりました。
    
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