【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第29話 アシュフォードside

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思っていたより、難しい人間ではなかったストロノーヴァのお陰で、俺がガーランドへ行っていた間の出来事を知ることが出来た。

妹のバージニアの馬鹿のせいで、俺と仲良くするのをやめたくなるのは理解した。 
だがストロノーヴァが語ったアグネスは、俺が見てきた彼女の姿と重ならない。
何か問題を抱えているように思えなくて、素直に納得は出来なかった。

心の問題を抱えているのは、どちらかと言うとバージニアだ。
俺が妹の事をそう言えば、ストロノーヴァはさっと冷たい表情を見せた。


「注意を受ければ、反省などせず誰かのせいにして八つ当たりをする。
 王女殿下にも何か言いたいことはあるのでしょうが、他者への暴力で発散している愚かな甘えた暴君だ。
 私は専門外だと申し上げました。
 王家の御典医にご相談なさるか、甘えを治す為に夏休みの間だけでも、何処かの修道院へでも預けられたらいかがですか」

一介の高等部の教師が、王族批判だ。
まぁでも、その通りなので。
ストロノーヴァは信頼出来る。

昼の予鈴が鳴ったので、読書を邪魔したことを俺は詫びた。
彼と話すのはなかなか面白くて……また、機会があれば話をしたい。


「あー、やっぱりクラリスはお目が高いね。
 なんか、俺もさ……」

俺の隣で、最後まで言葉にせずにレイが言う。
諦めたのか、そうだろうな。
俺も完全に納得はしていないが、もう少しアグネスとは会話が必要なのは確かだ。

彼女が旅行へ行ってしまえば、少なくとも1ヶ月は帰国しないだろう。
このバロウズに比べて、トルラキアは格段に涼しくて過ごしやすい。
年老いた彼女の祖母は彼の国で、ゆっくり過ごしたがるような気がする。
いつ出発なのか教えて貰おう、そう思って。
放課後にクラリスを捕まえて伝言を頼んだのに。

俺が知らない間に、彼女は出国していた。


夏休みに入って2週間が過ぎた頃。
高等部でバロウズ出身の世界的ピアノ奏者の講演会があって、俺も登校した。

例の花火祭りは来週で、アグネスからの連絡もないし、再来週以降に旅行に行くのなら別荘へ誘えるんじゃないか、と思っていたら。


『是非、お耳に入れたい事があります』と、クラリスから言ってきた。
学園の大ホールで行われる講演会の為に、皆でダラダラ移動してる廊下でだった。

レイを間に入れて、3人で並んで歩く。


「アグネスの出発日のこと?」

「……アグネスからは何も知らされていないんですか?
 とうにトルラキアに到着してると思いますけど」

クラリスの返事につい、足が止まり。
後ろを歩いていた生徒にぶつかられて。
あわわと謝られて、気にしないでと手を振る。
……ショックで、もう……

出発する日を教えてくれと頼んでいたのに。
アグネスに無視されたショックを抱えて、天才音楽家のピアノ演奏を聴く。
各自のクラスの席に着く為に離れ間際、レイからは慰めの背中叩きを貰った。
クラリスからは放課後に時間を、と言われた。

多分、素晴らしい演奏を聴かせて貰っているのに、耳に心に響かない。
これはもう、アグネスを諦めるしかないって事か。

会えたら一番に、バージニアの事を謝ろうと思っていた。
話してくれなかったのは、俺が頼りないからだろう。
でも、これからは何かあれば話してほしい。
侯爵やストロノーヴァのようには守れないかも知れないけれど、俺は俺の出来る限りで君を守りたいんだと伝えたかった。


 ◇◇◇


「先日、アグネスに縁組の打診がありました」

クラリスが言った『是非、俺のお耳に入れたい事』は衝撃的だった。
16のクラリスならわかる。
だが、アグネス?  まだ9歳だぞ?
俺は自分が囲い込もうとしていた事を棚に上げて、非常にムカついた。


「お相手は22歳の次期辺境伯のジョセフ・バーモント様。
 お母様のバーモント伯爵夫人のたってのご希望です」

ち、ちょっと待て、ジョセフ・バーモントって、有名な……


「それ、あれだろ? 初恋を貫く男だろ」

俺の代わりにレイが言う。
その通り、バーモント辺境伯家嫡男のジョセフは初恋を貫く男として社交界で有名な男だ。

5歳上の初恋の女性が夫と死別した後、即行で迎え入れて恋人に収まった。
そしてそのまま領地に戻らず、王都のタウンハウスに愛の巣を構えて、初恋の相手を溺愛しているのを知らない貴族は居ない。

辺境伯家には子供はジョセフひとりしかおらず、恋に狂っている以外は出来がよい男なので、廃嫡はされなかった。
だが、名家の次期辺境伯夫人にその女性では……と、周囲は反対だった。

勿論、両親も家臣も皆でジョセフを説得しようとしたが、恋人と添い遂げられないなら辺境に戻らない、等とうそぶいて恋人と王都の生活を満喫している。
例の夜会でも、人目を気にせずジョセフは恋人とイチャついていた……そんな男と?


「アグネスが初等部を卒業した後、辺境へ引き取り、次代の辺境伯夫人に相応しい教育を与えて、バーモントの嫁に育てる、と」

「……」

「婚姻の予定は5~6年後。
 その間に自分の全てをアグネスに伝えたい、と仰って。
 他に子供も居ないので、実の娘のように可愛がるし、領民からの支持を得る為に領地視察や支援活動にも参加をさせる予定だそうです」

13で引き取られて18になったアグネスに、31のジョセフ。
現財務大臣の父を持ち、完璧に辺境伯夫人としての教育を受け、両親に可愛がられ、家臣、領民からも慕われる若く賢い新妻。
片や10年来の恋人は既に36歳、両親からも家臣からも受け入れられず、後ろ楯もない。
身体だって馴染んではいるが、新鮮味は無い。
それでも、初恋を貫き通せるのか?
その時が来たら、ジョセフはどちらを選ぶ?


「うわ、だから今、子供でもいいんだ」

うんざりしたように、レイが呟く。
子供でも、じゃない。
子供だから、いいんだ。
育て方次第で、どうとでも変わる。
はっきりした自我が無い内に、思い通りに教え込む。
「どうして?」「嫌だ」の疑問や拒否を、頭に浮かばせないように、優しく言葉巧みに誘導して。

辺境伯夫人は今の時点で他の女性には目を向けない息子の、好みに合わせた女性を5年の歳月をかけてひとり作るつもりだ。 
……そうか、これが幼い頃から囲い込むという事なのか。
だから、スローン侯爵は難しい顔をしていたのだ。


『早めに囲い込みましょう』

アライアは、アグネスを俺に合わせた女性に。
ひとりの少女を、アライアが思う俺に相応しい女性に、作り替える気だったんだ。


「スローン侯爵は断っただろ?」

侯爵は囲い込みなんて嫌うはずだ、受けるはずがない。


「んー……辺境伯夫人が居られた間は我慢していたのですが、帰られたら母がすごい勢いで、断るように父に泣きついて、大変で。
 まあ、それがわかっていたから、父も私に同席するようにと仰せになったんですけれど」 
 
侯爵夫人が? 
アグネスとの仲は、なかなか修復出来ていない、と聞いている。


「母は愚かだ、と申しましたでしょ?
 母にとって一番愛しい子供はアグネスなんです。
 全然伝わっていませんが」
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