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第78話
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『死人還り ーしびとがえりー』
それは、ストロノーヴァ先生が研究されているトルラキアの民間伝承のひとつ。
安定していない国内政情から生まれたのだと言われていた様な気がします。
かつてトルラキアが他国からの侵攻にさらされていた頃。
故郷から遠く離れた戦地で亡くなり、遺体になっても帰ることが出来なかった兵士達は、一度だけ生まれた日、生まれた場所へ還ってくる。
それは、トルラキアの人々が。
常に外敵との戦い続きで、心も身体も疲弊していたトルラキアの人々が。
すがった願いであり、ささやかな希望。
何処で、いつ亡くなったのか、命日さえはっきりしない我が子の死に目に会えなかった親達のよすがの願い。
それが長じて現在では、想いを残して死んでしまった者は、自分が生まれた日、生まれた場所へ還ってくる、と一部で信じられるようになった……
図書館で借りた歴史書には、簡単にそう記されているだけでした。
伝説伝承と分類されている書架に並べられた本にも、吸血鬼や悪魔、妖精の章に比べて内容的に薄かったし、死人還りを行うにはどうしたらいいのかと、具体的な記述は載っていませんでした。
「しびとがえり、ね……聞いた事あるかも知れないけど。
やっぱりわかんないなぁ」
頼りなるのはリーエだけだと、彼女に聞いたのに。
『そういう系統はよく知らないわ』と言われてしまいました。
恋のおまじないに詳しい彼女なら、知っているだろうと思っていたのに。
「どうしたの、何でそんなのを知りたいの?」
尋ねられましたが、もちろん正直に言うつもりはありません。
「以前話したでしょう?バロウズにいた先生。
私も同じ様にトルラキアの伝承民俗学を学びたいと思ってて……
ヴァンパイアは王国の成り立ちに絡めて皆様よく研究されているから、違うものをレポートにしたくて」
「じゃあ、その先生、こっちに帰ってきているなら聞きに行けば?」
「……先生はストロノーヴァだよ?」
「あぁ、そうだね、あの勇猛公のひとだったね。
ちょっと、簡単には聞きに行けないね……そうだなぁ」
リーエにも、ストロノーヴァの名前の特別感は浸透している様でした。
愛する息子ネルシュくんの柔らかな頬に、頬擦りしながらリーエはしばらく思案してくれていました。
「……トマシュのおばあちゃんなら、もしかしたら知ってるかも」
私は母と姉が亡くなった原因は、自分が呪ったからだ、と思い込んでいました。
あれは成功しなかった、完了しなかった。
だから呪いは成立していない。
そう思いながらも、呪おうとした事自体が許されない事だからと。
『君が呪いだと思い込んでいるのは違っていて、アンナリーエ夫人が教えたあれは恋のおまじないだった。
だからその呪いで、母上も姉上も亡くなったのではない』
『バージニアから命じられたローラ・グレイシーが脅すつもりで、馬車を煽って事故になったのだ』
その様にアシュフォード殿下から説明を受けても。
それでも、幾等かは私の責任も感じていました。
ただ眠っているだけの様に見える母と姉の遺体の側に並べられたふたりの持ち物。
それらは翌朝明るくなってから、出来るだけ綺麗にして届けられたのでした。
片方だけの手袋、留め金を失くした姉の小さなバッグ、ほつれたレース編みのショールは母が愛用していたものでした。
祖母から渡されたと思われる歪んでしまった宝石箱の中には、うちの騎士隊が苦労して探してくれた指輪やネックレスが2、3入っていて。
多分他は何処かへ飛んでいってしまって、それ以上は見つけられなかったのでしょう。
その隣には、中身はなかったのですが、泥にまみれていたのか、それを払った跡が付いた潰れた箱が置いてあって。
私が大好きなチョコレート専門店の箱でした。
この店のチョコレートが好きだった私の為に、お土産として帰りに寄ってくれたのでしょう。
『ローラ・グレイシーは待ち伏せていたのではなく、たまたま侯爵家の馬車を見かけて、後を付けた』
殿下からの説明では何処で見かけたのか、とは聞かされなかったのですが、あのチョコレートを買いに寄ったから見つかってしまったのだとわかったのです。
何処にも寄らず、そのまま帰宅していたらあの事故は起こらなかった、と思いました。
『アグネスのハンカチ』と『アグネスの好きなチョコレート』
……本当に、私には何の責任もないの?
◇◇◇
バロウズへは14歳だった去年の秋に一度、帰国しました。
私の旅券は留学用で2年に一度更新をしなくてはなりません。
それをクラリスの誕生日に合わせて戻りました。
帰国の前には、リーエに死人還りについて尋ねたかったのに、彼女はネルシュくんを身籠っていました。
妊婦に向かって『死人』等、口にするのも憚られて。
春にオルツォ様のデビュタントでお会いしたストロノーヴァ先生には、既にクラリスが亡くなった事を伝えていたので、うまく誤魔化す自信がなくて会いにも行けませんでした。
どうすればいいのか知識の無いまま、クラリスの誕生日に姉の部屋で過ごしました。
この家の、この部屋で。
18だった母は姉を産み、その部屋はそのまま姉の部屋になった。
それは祖母から聞いていました。
生まれた時間に待っていたら、姉は還ってくるかもと、その時間を尋ねても、祖母への連絡は生まれた翌日だったそうです。
父さえも登城していたからと、はっきりした時間は知りません。
唯一立ち会って、生まれた時間を知っているであろう先代の祖母とは、葬儀以来没交渉になっていました。
生まれた場所、それは私室だけではなく、この邸全体かも知れない。
姉がよく座っていたピアノの前。
庭園の四阿。
そして、殿下と会っていた温室。
姉に会いたくて、姉の面影を探して。
私は待っていたのに、姉は還ってきてはくれなかった。
死人還りは、亡くなってから7年の間に一度だけ発現すると言われていて。
トルラキアでは亡くなって7年経つと、その魂は浄化され天へ召されるのだと信じられているのです。
私は2年毎にしか帰国出来ない。
次は16歳、その次は18歳で、19歳の年が最後の機会です。
後3回、次はちゃんした遣り方を教えて貰って、正しい手順で行わないと。
『会いたい』だけでは、クラリスは還ってきてくれない。
来年1月のデビュタントで帰国して、秋には更新手続きで再び帰国する。
今度こそ、クラリスに会いたい。
トマシュさんのおばあ様、その方だけが今の頼りでした。
それは、ストロノーヴァ先生が研究されているトルラキアの民間伝承のひとつ。
安定していない国内政情から生まれたのだと言われていた様な気がします。
かつてトルラキアが他国からの侵攻にさらされていた頃。
故郷から遠く離れた戦地で亡くなり、遺体になっても帰ることが出来なかった兵士達は、一度だけ生まれた日、生まれた場所へ還ってくる。
それは、トルラキアの人々が。
常に外敵との戦い続きで、心も身体も疲弊していたトルラキアの人々が。
すがった願いであり、ささやかな希望。
何処で、いつ亡くなったのか、命日さえはっきりしない我が子の死に目に会えなかった親達のよすがの願い。
それが長じて現在では、想いを残して死んでしまった者は、自分が生まれた日、生まれた場所へ還ってくる、と一部で信じられるようになった……
図書館で借りた歴史書には、簡単にそう記されているだけでした。
伝説伝承と分類されている書架に並べられた本にも、吸血鬼や悪魔、妖精の章に比べて内容的に薄かったし、死人還りを行うにはどうしたらいいのかと、具体的な記述は載っていませんでした。
「しびとがえり、ね……聞いた事あるかも知れないけど。
やっぱりわかんないなぁ」
頼りなるのはリーエだけだと、彼女に聞いたのに。
『そういう系統はよく知らないわ』と言われてしまいました。
恋のおまじないに詳しい彼女なら、知っているだろうと思っていたのに。
「どうしたの、何でそんなのを知りたいの?」
尋ねられましたが、もちろん正直に言うつもりはありません。
「以前話したでしょう?バロウズにいた先生。
私も同じ様にトルラキアの伝承民俗学を学びたいと思ってて……
ヴァンパイアは王国の成り立ちに絡めて皆様よく研究されているから、違うものをレポートにしたくて」
「じゃあ、その先生、こっちに帰ってきているなら聞きに行けば?」
「……先生はストロノーヴァだよ?」
「あぁ、そうだね、あの勇猛公のひとだったね。
ちょっと、簡単には聞きに行けないね……そうだなぁ」
リーエにも、ストロノーヴァの名前の特別感は浸透している様でした。
愛する息子ネルシュくんの柔らかな頬に、頬擦りしながらリーエはしばらく思案してくれていました。
「……トマシュのおばあちゃんなら、もしかしたら知ってるかも」
私は母と姉が亡くなった原因は、自分が呪ったからだ、と思い込んでいました。
あれは成功しなかった、完了しなかった。
だから呪いは成立していない。
そう思いながらも、呪おうとした事自体が許されない事だからと。
『君が呪いだと思い込んでいるのは違っていて、アンナリーエ夫人が教えたあれは恋のおまじないだった。
だからその呪いで、母上も姉上も亡くなったのではない』
『バージニアから命じられたローラ・グレイシーが脅すつもりで、馬車を煽って事故になったのだ』
その様にアシュフォード殿下から説明を受けても。
それでも、幾等かは私の責任も感じていました。
ただ眠っているだけの様に見える母と姉の遺体の側に並べられたふたりの持ち物。
それらは翌朝明るくなってから、出来るだけ綺麗にして届けられたのでした。
片方だけの手袋、留め金を失くした姉の小さなバッグ、ほつれたレース編みのショールは母が愛用していたものでした。
祖母から渡されたと思われる歪んでしまった宝石箱の中には、うちの騎士隊が苦労して探してくれた指輪やネックレスが2、3入っていて。
多分他は何処かへ飛んでいってしまって、それ以上は見つけられなかったのでしょう。
その隣には、中身はなかったのですが、泥にまみれていたのか、それを払った跡が付いた潰れた箱が置いてあって。
私が大好きなチョコレート専門店の箱でした。
この店のチョコレートが好きだった私の為に、お土産として帰りに寄ってくれたのでしょう。
『ローラ・グレイシーは待ち伏せていたのではなく、たまたま侯爵家の馬車を見かけて、後を付けた』
殿下からの説明では何処で見かけたのか、とは聞かされなかったのですが、あのチョコレートを買いに寄ったから見つかってしまったのだとわかったのです。
何処にも寄らず、そのまま帰宅していたらあの事故は起こらなかった、と思いました。
『アグネスのハンカチ』と『アグネスの好きなチョコレート』
……本当に、私には何の責任もないの?
◇◇◇
バロウズへは14歳だった去年の秋に一度、帰国しました。
私の旅券は留学用で2年に一度更新をしなくてはなりません。
それをクラリスの誕生日に合わせて戻りました。
帰国の前には、リーエに死人還りについて尋ねたかったのに、彼女はネルシュくんを身籠っていました。
妊婦に向かって『死人』等、口にするのも憚られて。
春にオルツォ様のデビュタントでお会いしたストロノーヴァ先生には、既にクラリスが亡くなった事を伝えていたので、うまく誤魔化す自信がなくて会いにも行けませんでした。
どうすればいいのか知識の無いまま、クラリスの誕生日に姉の部屋で過ごしました。
この家の、この部屋で。
18だった母は姉を産み、その部屋はそのまま姉の部屋になった。
それは祖母から聞いていました。
生まれた時間に待っていたら、姉は還ってくるかもと、その時間を尋ねても、祖母への連絡は生まれた翌日だったそうです。
父さえも登城していたからと、はっきりした時間は知りません。
唯一立ち会って、生まれた時間を知っているであろう先代の祖母とは、葬儀以来没交渉になっていました。
生まれた場所、それは私室だけではなく、この邸全体かも知れない。
姉がよく座っていたピアノの前。
庭園の四阿。
そして、殿下と会っていた温室。
姉に会いたくて、姉の面影を探して。
私は待っていたのに、姉は還ってきてはくれなかった。
死人還りは、亡くなってから7年の間に一度だけ発現すると言われていて。
トルラキアでは亡くなって7年経つと、その魂は浄化され天へ召されるのだと信じられているのです。
私は2年毎にしか帰国出来ない。
次は16歳、その次は18歳で、19歳の年が最後の機会です。
後3回、次はちゃんした遣り方を教えて貰って、正しい手順で行わないと。
『会いたい』だけでは、クラリスは還ってきてくれない。
来年1月のデビュタントで帰国して、秋には更新手続きで再び帰国する。
今度こそ、クラリスに会いたい。
トマシュさんのおばあ様、その方だけが今の頼りでした。
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