【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第24話

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話し終わると、レニーは部屋を出ていきました。
夕食前なので、彼女の仕事は多く、いつまでも私の相手などしていられません。

レニーが部屋を出ていったので、私はライティングビューローの引き出しから文箱を取り出して、中から4通の手紙を手に取りました。
全て薄い紫色の封筒でした。

小振りの2通の封筒の中身は、初めてアシュフォード殿下からいただいたカードと、王城へ招いてくださったお食事会の招待状でした。
普通の大きさの封筒には、家に帰す為に書かれた手紙と、父から渡された、約束をした週末に会えない理由を綴られていた手紙が入っていました。

それらにもう一度目を通して、文箱の上部に大切に仕舞っていたその4通を、今度は一番下に押し込みました。


もし季節が冬で暖炉に火が入っていたなら4通とも躊躇無く、くべていたと思います。
それぐらい、もう目にしたくない物になったのです。

でも季節は、もうすぐ夏になろうとしていて。
夏になる前の気持ちのいい時期なのに、暖炉に火が欲しいと思いました。
心のどこかが冷たくなっていたからで、身体も冷えていたからでした。

もう私は泣いていませんでした。
アシュフォード殿下が姉に、自分の瞳の色のブレスレットを贈ったと知った時は『騙された』と、カッとなった私でしたが、今は……
ただ、寂しく悲しいだけ。


当時の私はその気持ちの変化を自分でも理解出来なかったし、言葉でちゃんと表現する事も出来ませんでしたが。 
……今なら、私はそれを説明出来そうな気が致します。

『騙す』という行為を行うのは、それによって何かを得られるからするのだと思うのです。
そう考えると、確かに殿下からいただいた手紙の内容は真実ではありませんでしたが、殿下が私なんかを騙して、何の得がありましょう。

いつになっても戻らない私を帰宅させる為、クラリスが頼んだのだと思います。
殿下はそれで、あの手紙を書いた。
愛する姉から頼まれたからか、幼い私を心配してくれたからか。 
その両方からだと思いました。
クラリスの妹への『優しさ』なのだと思いました。
騙そうなんて、殿下は思っていなかった。


……今なら、今ならそうわかるけれど。
当時の私は泣くより悲しい、それだけでした。
『アシュフォード殿下は姉が好き』
ただ、それだけ。
それを受け入れようと思いました。


 ◇◇◇


「殿下へお渡しするクッキーですが、自然の甘さを感じる胡桃を入れてみましょうか?」

「よくわからないから、お任せしてもいい?」

なかなか相談してこない私に痺れを切らして、料理長から尋ねられました。

クッキーが食べたいと仰ってくださったので、私は料理長に手伝ってもらって、クッキーを焼きます。
クッキーだけを作ります。
もう、他のお菓子も、と……欲張ってあれこれ調べたりしません。


ガーランドから戻られた殿下からは、アールを連れて週末に行くから、とお手紙をいただきました。
いただいたお手紙は一度だけ読んで、文箱の一番底に入れます。
私なんかとの約束をちゃんと守ってくださる殿下は、なんとお優しい御方でしょう。
何度も読み返したりしません。
一度読めば充分です。


アールを連れて、殿下が来られました。
この前会った時から今日までのお話をしてくださいました。
リヨンの王女様の事故があり、王太子殿下とガーランドへ行かれていた事は父からも聞いていました。

夜会に出席されていた王女殿下がお帰りになる途中で、海で遭難されたと説明されたので、
『その方がクジラと言われていた王女様なのですか?』と、尋ねたら。
殿下のお顔から微笑みが消えて、しばらく黙ってしまわれたので。

しまった、と思いました。
畏れ多くも、リヨンの王女殿下にクジラだなんて、なんて無礼な事を言ってしまったのでしょう。
殿下はお気を悪くされたのだと思いました。


「フォンティーヌ王女の事は、いつか君には話さなくてはいけないと思っているんだけど……
 恥ずかしくて愚かな私の話だ。
 何も、姉上からは聞いていない?」

殿下が仰る意味はわかりませんが、クラリスからは何も。
何ひとつ聞かされていない。
あの、貴方が姉に渡した……


「ブレスレット……」

思わず、呟いていました。


「ブレスレット? あぁ、あれか……
 侯爵に取り上げられたんだって?」

殿下はとても楽しそうに笑っていらっしゃいました。
姉の話をすると、本当に楽しそうにされるのね。


「……姉からお聞きになりましたか?」

「渡したくなくて抵抗したけど、駄目だった、ってね。
 夜会の翌日には王妃陛下に侯爵が返しに来たしね。
 王妃陛下は返さなくてもいい、と仰せだったけれど、君のお父上はそういうところをきっちりされたい方だからなぁ」


姉との仲は王妃陛下も公認されていると、いう事なのだと、改めて知りました。

もうこれで、決まった。
アシュフォード殿下とクラリスは結ばれる。



「アグネス、どうしたの?
 今日はあまり話さないね?」

お優しい殿下が私にお尋ねになります。
私達の目の前では、兄のプレストンが投げたボールをバックスが追いかけて、その後ろをアールと元4号のルビーが楽しそうに駆けています。


殿下とふたりきりは嫌だったので、兄に同席してと無理矢理頼み込んだ私でした。
当然、その前には姉にも頼んだのですけれど。


「ごめんなさい、お姉様は今日はお友達のところに行かれてて」

「え? ……あぁ、聞いているよ。
 ライト伯爵令嬢のところでお茶会らしいね」


そうですよね、私から聞かなくても。
姉の事ならご存知ですよね。


「アグネスの都合を教えて欲しいんだけど、夏休みに、王家の別荘に招待をしたいと思ってるんだけど……」

それは私も、姉と一緒にご招待してくださる、ということなのでしょうか?
残念ですが、お断り致します。
私は祖母のところへ行きますね。


「祖母が旅行へ連れて行ってくださるそうなんです」

祖母からは夏休みには旅行に行きましょう、貴女の好きなところへ連れていってあげる、と言って貰っていたのです。
母はまた反対するかも知れませんが、サマーシーズンは社交が盛んに行われるので、母は王都から離れられません。
父からの反対はないと思います。


「旅行へ? 何処へ?」

確定も、祖母にお願いさえしていない旅行の話をしなくてはいけなくなって。
咄嗟に頭に浮かんだ場所は。


「トルラキア……トルラキアへ行って……」

「トルラキア? それじゃクラリスも?」

殿下はやはり、姉の事を気にしていらっしゃる。
ここははっきり否定しましょう。


「いいえ、私と祖母と祖母の世話役のご婦人と」

多分、後は護衛のような男性がひとり、それとメイドや荷物持ちの下男が加わるぐらいでしょうか。
祖母は先代の伯爵夫人ですので、ふたりきりという事にはなりませんから。


「じゃあ、どうしてトルラキアなの?
 あの国は、あの、女の子が行きたがりそうな感じじゃないよね?」

女の子……。
お誘いを断り、吸血鬼や悪魔や死人が棲む国へ行こうとする女の子を心配するなんて、本当に本当に。
殿下はお優しいひと。


「子供は怖いものが好きですから」

私がにっこり笑ってそう言うと、殿下は少しだけ困ったように微笑みました。
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