【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第23話

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ストロノーヴァ先生が
『苛めは金輪際しないと誓うなら見逃してやる』と仰られたので、ご令嬢方はバタバタとこの場から去り……それはもちろんバージニア王女殿下も。

残っていたのは私のみでした。


「先生、ありがとうございました。
 私は初等部3年のアグネス・スローンと申します」

「えー、まだ3年生だったの?
 落ち着いてるねぇ、5年くらいかと思ったよ」

先程名乗られたお名前は聞いたこともなくて、発音するのが難しそうだったので、ただ先生としか言えませんでしたが、お礼を申し上げました。


「金輪際なんて誓っても、いつまで持つかわからないけどね、君にはもう何もしないと思うよ。
 苛めなんてされる側より、する方が絶対に圧倒的に問題があるんだから、君は堂々としていなさい。
 苛めをする人間が大きな顔をしているのはおかしいよね?
 自分達はマークされていると、繰り返せば暴露されるかもと、あいつらが怯えていればいいんだ」


苛められた事を恥じなくてもいい、と言ってくださった気がして。


「姉も、あの、クラリス・スローンと申しますが、先生の授業を選択していまして」

「……」

「姉から以前、伝承民俗学が面白い、先生が最高なのだ、と聞いていましたので。
 私も高等部に進んだら、是非先生の授業を受けたいと思っておりました」

「……あ、あぁ、そうなんだ……」

それまで饒舌にお話されていた先生が少し口ごもられたのに、私は気付きませんでした。


「それは光栄だけれど、申し訳ないな。
 僕は来年で契約終了で、母国に帰るんだ」

先生の母国とは。
東の国、トルラキアなのだと教えてくださいました。
国土の半分を覆う黒い森と数多い湖の国、トルラキア。


「ヴァンパイア伝説が有名だよね?」

「……」

「その他にも悪魔払いや妖精や死人還り。
 僕の専門はそういう妖しい伝承に関するものでね」


そう話す先生の赤い瞳は先程のキラキラより、少し陰りを帯び始めていて……


「僕の名前のイシュトヴァーンは、ヴァンパイアの起源と云われるトルラキアの英雄から取られたものなんだ」

「ヴァンパイア、って吸血鬼のこと……」

それは、小説や舞台の題材によく使用されていて。
幼い子供達に約束を守らせる為に大人がよく口にする怪物、恐怖の対象でした。

『言うことを聞かないと、吸血鬼が拐いに来て、身体中の血が無くなるまで吸われてしまうよ』


そう言えば、吸血鬼の瞳は赤ではなかった?
先生の瞳の色が急に気になり出して、こんな誰も来ないような場所にふたりきりでいる事を改めて認識して。


「何故イシュトヴァーン・ヴラゴ王が吸血鬼なんて、云われ出したのかというと……」

「せ、先生、私もそろそろ初等部の校舎に戻らないと」

「君が僕の講義を受けたいと言ったんだよ?
 せめて触りだけでも、と思ったんだけど?
 ……そうだねぇ、心配だから君の教室まで送ろう。
 歩きながら話そうか」

得体の知れない居心地悪さに、これならもしかして王女殿下の方が分かりやすくて良かった、とさえ思ってしまいました。


「それでね、イシュトヴァーンはトルラキアの男子によくある名で、長男に付けられる事が多い。
 ウチは祖父も父もイシュトヴァーンだからね」

「……ひとつのお家の中でも、同じ名前の方が3人いらっしゃるんですね」

「そうだ、だから家長の祖父以外、父はイオン、僕はミハンとミドルネームで呼ばれているよ」

意外にも先生はよくしゃべられる方で、多分私の教室まで先生はずっとお話し続けられるのだろう、と理解しました。


「トルラキアではここと違って、姓が先になるからね。
 国に帰れば、僕はストロノーヴァ・イシュトヴァーン・ミハンになる。
 僕個人よりも家名が重要視されてるみたいで若い時は嫌だったな」

「……」

「話は戻るけど、ヴラゴ王が吸血鬼と云われたのは外敵を手酷く処刑したからなんだ。
 トルラキアを狙えばこうなる、と見せしめにしたんだけど、残酷過ぎると他国では鬼だと言われて」

話をヴァンパイア王に戻さなくても結構です、と言えたら良かったのに言えませんでした。
図書室から教室までの距離が長い。
お願い、残酷過ぎる処刑の方法だけは言わないで。


「現在は落ち着いているけれど、とにかく昔からトルラキアは戦争続きでね。
 死人還りも、そう言った政情から生まれた民間伝承と言うか願いと言うか、ささやかな希望と言うか……」



 ◇◇◇


帰宅した私は大急ぎでレニーを捕まえました。
どうしても確認したい事があったからです。


「学園で聞いたのだけれど」

出来るだけ普通に言おうと努力しました。


「殿下がお姉様に何かを贈られた、と聞いたの。
 それが何だか、わかる?」

「……」

「皆にいいなぁと言われたけれど、私は知らないでしょう?
 少しだけ自慢したいの、お願い、知っていたら教えて?」


姉の事を自慢したい妹の振りをしました。
王子殿下から愛される自慢の姉を、慕っている妹の振りを。


「……クラリスお嬢様が夜会から戻られて、ドレスのお着替えを手伝った者から聞いたのですが……」

それを信じた善良なレニーが話し始めました。


「お出掛けの際には身に付けられていなかったブレスレットなので、多分夜会前に殿下から贈られたのでしょうと」

「見たい! 見たいわ!
 どんなに素敵なお品なのか見たい!
 それはお姉様のお部屋にある?」

ブレスレット! どうしても、見なくてはいけない気がしました。
殿下が姉に贈ったブレスレットの実物をどうしても見たくて……


「とても素晴らしい逸品だったと見た者から聞きましたけど。
 ですが、後から帰ってこられた旦那様が、それを返すようにと仰られて」

「……」

「珍しくおふたりで口論になって。
 旦那様は渡しなさいと仰せになるし、クラリスお嬢様は殿下にいただいたのだから、絶対に渡さない、と」

「……それで……どうなったの」


その場面が頭に浮かびました。
どうして父が姉からブレスレットを取り上げようとしていたのかはわかりませんが、姉は殿下からいただいた大事な品を絶対に離したくなかったのです。 
父に反抗するなんて、今までの姉からはあり得ない事でしたので、そのブレスレットは本当に姉にとって特別なものだった。

結局、あきらめた姉は父に渡した、という事でした。
姉の部屋なら入れますが、父の執務室には無理でした。
実物が見られないのなら仕方ありませんが。


「どんなブレスレットだったかだけでも、知りたいなぁ」

「とても細いプラチナに紫色の宝石がいくつも嵌められていた見事なものだったそうですよ」

紫色……アシュフォード殿下の瞳の色でした。


何が特別な意味はない、だ?
私は嘘の手紙を信じて。
子供だから簡単に信じて。

家に帰す為に協力した殿下に、私は騙されたのだと知りました。

 
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