【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第21話

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アシュフォード殿下が来週末に行われる、ご自身の生誕記念夜会のパートナーに姉のクラリスを望まれている、と教えてくれたのはメイドのレニーでした。 

レニーは私より5歳上で、侯爵家の使用人達の中で一番若いメイドで、主に私に付いてお世話をしてくれていました。


殿下からの書状が届けられた時、執務室で話す両親と姉にお茶を出していたメイドが会話を聞いて、レニーに『内緒だよ』と、教えてくれたのだそうです。
主人の会話が耳に入るのは不可抗力とも言えますが、それを同僚に話すなんて通常であればそれは誰なのか、誰何しなくてはいけない話なのに。

そんなことより、殿下がクラリスを……
やはり、あの日の私の予感は当たっていました。


「あぁ、なんて素敵なんでしょう。
 クラリスお嬢様なら第3王子殿下と本当にお似合いですもの。
 アグネスお嬢様も、お鼻が高いですね」

「……」

「殿下がこちらに何度か来られましたでしょう?
 その際にお見初めになられたのでしょう」

何度か、って2度だけど、その時に見初めたんじゃないわ。
私の付き添いで、王城に私が、連れていったの。
学園では交流がなかったのに、そこで殿下はクラリスを……

私の鼻が高くなる事は、もう無い。
『友達になろう』と言われて得意になって。
愚かにも高くなっていた私の鼻は、もうぺっしゃんこに潰れてる。
メイドのレニーが悪いんじゃない。

彼女からは今までも何度も、色んな話を聞いていました。
嫌がるような話は聞かされた事はなく、私が好みそうな、面白い楽しい話ばかり。
今回だって、私を喜ばせようと教えてくれたのです。

だから、レニーが悪いんじゃない。
子供の私が……悪いんだ、と思いました。
偶然に会って、お話をして、遊びに来て貰って、子犬をお譲りしました。
それから……殿下からお食事会にお招ばれされて、プレゼントを受け取って貰って、クッキーも食べていただいた。

妹のバージニア王女殿下より年下の私が、勝手に好きになっただけなのです。
身の丈知らずに好きになった私が悪いんだ。
まだ今なら……と、私は殿下をあきらめる事にしたのです。


その後、殿下が直接父と話をしたい、と我が家を訪れる事になりました。


「改めて申し込みに来られるなんて、余程殿下はクラリスお嬢様の事を……」

その晴れがましい話を、私が喜ぶと思い込んでいるレニーが教えてくれます。
あきらめると決めたのに、なかなかあきらめられない私でした。

もう、どこかに行ってしまいたい。
殿下が正式に申し込みに来られる日、ちゃんと笑えるか自信がありませんでした。
誇らしげな両親と、美しく装った姉、そして……姉の手を取る殿下の姿を。
見たくない。


『頭が痛いと、部屋から出ないようにしよう』
自衛手段はそれしかない、と思いました。
滑稽なのは、それでもまだ『お腹が痛い』なんて殿下には嘘でも言いたくない、と考えていた事です。


それで、前日に祖母が足を挫いて寝込んでいる、と聞いて急遽実家に戻ることになった母に付いて、祖母の家に行く事にしたのでした。


最初は1泊の予定でした。
けれど、ずるずると……母方の祖母はとても私に優しくて。
母を育てていた頃は、厳しく接していたそうですが、私には殿下へのプレゼントを買うのに足りない分を、お小遣いとしてくれたり、甘えさせてくれました。
それ故、母がスローンの家に帰り、私だけが残っても嬉しそうでした。


「1泊の用意しか、していないのに」

「必要なものは買いに行くから、貴女だけ帰れば良いじゃないの」

私を連れ帰りたい母に、祖母はそう言ってくれました。
既にベッドから起きて、少しずつ歩くようになっていました。
右手を私が支え、左手で杖をつきながらゆっくり歩く祖母とする買い物はとても楽しくて。
祖母といると、家や殿下が全部昔の事みたいで、楽に呼吸が出来たのです。


何日かして、また母がやって来て。

『いつまでもおばあ様に甘えるんじゃありません。
 学園も休み続けて、どうするの!』と、言われましたが、祖母は
『私がアグネスに甘えてるんだから。
 まだ初等部なのだから、休んだからって大したことない』と、私の味方をしてくださいました。

不満そうな母が帰っていったあと、祖母がお話をしましょう、と言ってきました。


「夜会が終わるまで、とはどうしてなのか、おばあ様に話せる?」


私の話を聞いて、馬鹿だと、祖母に呆れられないか。
クラリスの方がいいのは、当たり前じゃないの、そう祖母に諭されたら。
もう私には逃げる場所はなくなる。
そう思うと、涙がどんどん、どんどん流れました。

祖母が私を抱き締めて、背中をトントンとゆっくりのリズムで叩いてくれて、そのリズムが優しくて。


「第3王子のアシュフォード殿下が好きなの。
 だけど、殿下はお姉様がお好きなので……」


私は初めて、誰かに。
何を思うのか、聞いて貰えたのです。
自分の気持ちを話す事が出来たのです。


祖母の元にも、殿下の夜会の招待状は届いていましたが、足の怪我を理由に、直前でしたがお断りをしてくださって。
夜会が開かれていた夜は、ふたりで同じベッドに入り、色々なお話をしました。

祖母の初恋は10歳で、お相手は初等部のお友達のお兄様だったそうです。


「その御方は18歳だったから、貴女達よりは年が離れていたのよ。
 歳の離れた男性を好きになるのは、まさしく私の血筋ね?」

「おばあ様の初恋は、どうなりましたか?」

「婚約者がいらっしゃったから。
 私は単なる妹の友達だったの。
 ご結婚されたと聞いた時はいっぱい泣きましたよ」

『いっぱい泣いたら、いいのよ』

無理に笑わなくてもいい。
無理にあきらめなくていい。
いつか、忘れられるから。

祖母は私が眠る前に、そう言ってくれました。


翌日、姉が来て、殿下からのお手紙を渡されました。

その手紙には、
『今回の夜会のパートナーをクラリス・スローン嬢に頼んだのは、特別な意味はないし、君がデビューしていたら、私は君に頼みたかった』と、書かれていて。

何度読み返しても、そう書かれていたので、私は姉に聞いてみました。


「お姉様をパートナーにしたのは特別な意味はない、と書かれていますが?」

「その通りよ。
 殿下の為に開かれた夜会だから、パートナーが必要で、それでそうなっただけよ。
 仕方なく踊ったけれど、殿下はお前がアグネスだったら良かったのに、って言いたそうだったわ」

「……」

殿下は他にも
『また、手作りのクッキーを食べたい』
『アールが君とバックスに会いたいと泣いている』と、お手紙に書いてくれていました。

それから……
『すごく君に会いたい』は、2回も。

私の隣で、私達のやり取りや様子をご覧になっていた祖母が、私の手を握ってこう言ってくれたのです。


「そろそろ帰りなさい。
 無理をしそうになったら、いつでも遊びにいらっしゃいな」
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