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第17話 アシュフォードside
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母である王妃陛下から手渡され、俺が他にどうすることも出来ずクラリスの左手首に付けたブレスレットを、彼女は一旦外して、ひとりで器用に右の手首に付け替えた。
それから両腕を上げたり下げたりして、また左に付け替え……
さっきの気まずさを抱えたまま、俺は尋ねた。
「それ、それは何の真似?」
夜会が開かれる大ホール。
今夜だけは、主役である第3王子の俺とパートナーが最後に入場する事になっていて。
今、会場では王族の最後に王妃陛下と登場した国王陛下が開会の挨拶を述べていらっしゃった。
その挨拶が終わって、国王陛下から呼び込まれた俺達は改めて、居並ぶ招待客に紹介される。
そんな流れになっていて、今ここに居るのは俺とクラリスだけ。
いや、厳密にはふたりだけではなかった。
当然、ここにも護衛は何人か配置されているし、いつも俺から離れない侍従のカランは扉の向こうを伺って、タイミングがずれないように全神経をピリピリさせていて、こちらの方には注意を向けていなかったので、ふたりだけみたいなものだ。
怪しげな動きを繰り返すクラリスに尋ねても、直ぐに返事をしない。
理由はわかってる。
俺に対して腹を立てているのだ、馬鹿な俺に。
「ダンスの時、左右どちらに付けていたら目立たないか、と確認したくて」
「あぁ、そうだな……」
ダンスのホールドでは、彼女の右手は俺の左手と繋がって少し上の位置。
左手は俺の右肩辺りに添えられるようになっていて。
どっちだ? 俺にはわからないので黙っておく。
「どっちでも一緒、ですわね」
「……」
「これは……このまま私がいただいてもよろしいのですか?」
「もちろん、貰って……」
「いただけるのでしたら、売り払って家出の資金にしてもいいでしょうか?」
また、俺の言葉は途中で遮られた。
彼女に渡したものだから、好きにしてくれていいけど、売り払うと来たか。
王妃陛下が大至急で購入したものだ。
絶対、宝飾市場に情報は漏れている。
これが出回れば、誰が売ったのか、直ぐにバレる。
とりあえず、これだけは言っておこう。
「国内で売るのだけは、やめてくれ」
◇◇◇
大きな懸念だったもののひとつが終了した。
俺とクラリスのファーストダンスだ。
俺達は一度もダンスの練習をしなかったから、クラリスの腕前は未知だったが、
『練習は必要ない』と言うだけあって、見事なものだった。
彼女と向かい合い、演奏される曲に合わせて、フロアを滑るように踊る。
俺達以外はまだ誰も居ない空間は、好きなように動ける。
元々ダンスは好きだし、得意な方なので、踊れるパートナーで良かった、と思って……
いやいや、本来の目的はそこじゃないだろ。
……そうだ、今夜はダンスを楽しむ為にふたりで踊っているんじゃない。
もし、隣国の王女が俺を求めているのなら、それを諦めさせる為に親しい友人が居るから、とアピールするのが目的だ。
クジラには出来るだけ穏便に、隣国の海に帰って貰わないと。
「クジラ、どこに居る? わかる?」
ターンしたクラリスを抱き止め、聞く。
「くるくる回ってるのに確認出来ません」
文句は言うが、息は乱れていない。
さすがだな、と周囲に目をやれば、俺達を嫉妬の目で見ているレイに気付いた。
これと後1曲だけ。
2曲続けたら、俺は今夜はもう他には誰とも踊らないし、お前はクラリスをどんどん誘えばいいから。
この段取りを前から話していたのに、何でそんな目で見るかな。
ファーストダンスが終わり、皆から拍手を受ける。
王太子夫妻、ギルバート第2王子と婚約者のイライザ・ガードナー侯爵令嬢もフロアに入ってきた。
ここでデビュタント前のバージニアとエドアルドが退場。
夜会は開始時間が遅いので、子供は直ぐに帰される。
膨れっ面で会場を後にしなくてはいけないバージニアを目で追い、妹よりも年下のアグネスの事を思い出す。
……後7年か。
それまで何度も一緒にダンスの練習をしよう。
君のデビュタントは俺が完璧にエスコートするから。
ドレスも靴も花も、俺の瞳の色の首飾りも全部用意しよう。
当然、送迎もする。
君のファーストダンスも2曲目もその後も、ずっと踊ろう。
アグネスが成長した姿を想像すれば、目の前のクラリスと重なった。
ふたりはさすが姉妹で、似ているから仕方ない。
「何を考えていらっしゃるのか、当てて見せましょうか?」
成長したアグネスがニヤリと言う感じで笑う。
クソ! やっぱり全然違う。
アグネスならこんな笑い方はしないな。
「当てなくていい」
「7年なんて、直ぐです。
お楽しみになさいませ」
考えていることを言い当てられるのは気分が良くない。
伝家の宝刀『考えている時は悟られないように、微笑んでおけ』の精度をもっと高めねば。
2曲目も終わり、レイと合流する。
コイツは誰も誘わず、踊らなかった。
クラリスに一途な親友に、いつかはストロノーヴァの事を話さなきゃな、と思う。
もちろんクラリスに承諾を得てからになるが。
2曲続けてだったので、汗をかき息を切らした俺達にレイが飲み物を差し出してくれる。
何人かが一息ついた俺達の回りを取り囲んで話しかけてくるが、いつもの王子スマイルでやり過ごして、護衛に合図をして3人でバルコニーへ移動する。
「クジラがまだ来てない。
母上が部屋を見に行ってる」
どうなっているんだ!
仲の良さアピールの為に2曲も踊ったのに!
見せつけようとした肝心のクジラはそれを見ていない。
王女が来たからと言って、もう踊れないぞ。
こんなことなら続けて踊らず、前半1曲、後半1曲と分ければ良かった。
3曲踊ったら、クラリスは本気の相手だと周知されてしまう。
現実は机上の計画通りにはいかない、を実感する。
王妃陛下といい、クジラ王女といい……
この先どうなるんだと俺は額を押さえた。
その時、会場内で呼び出し係の声が響いた。
「リヨン王国第2王女、フォンティーヌ・ラ・ベルヌ・リヨン殿下!」
それから両腕を上げたり下げたりして、また左に付け替え……
さっきの気まずさを抱えたまま、俺は尋ねた。
「それ、それは何の真似?」
夜会が開かれる大ホール。
今夜だけは、主役である第3王子の俺とパートナーが最後に入場する事になっていて。
今、会場では王族の最後に王妃陛下と登場した国王陛下が開会の挨拶を述べていらっしゃった。
その挨拶が終わって、国王陛下から呼び込まれた俺達は改めて、居並ぶ招待客に紹介される。
そんな流れになっていて、今ここに居るのは俺とクラリスだけ。
いや、厳密にはふたりだけではなかった。
当然、ここにも護衛は何人か配置されているし、いつも俺から離れない侍従のカランは扉の向こうを伺って、タイミングがずれないように全神経をピリピリさせていて、こちらの方には注意を向けていなかったので、ふたりだけみたいなものだ。
怪しげな動きを繰り返すクラリスに尋ねても、直ぐに返事をしない。
理由はわかってる。
俺に対して腹を立てているのだ、馬鹿な俺に。
「ダンスの時、左右どちらに付けていたら目立たないか、と確認したくて」
「あぁ、そうだな……」
ダンスのホールドでは、彼女の右手は俺の左手と繋がって少し上の位置。
左手は俺の右肩辺りに添えられるようになっていて。
どっちだ? 俺にはわからないので黙っておく。
「どっちでも一緒、ですわね」
「……」
「これは……このまま私がいただいてもよろしいのですか?」
「もちろん、貰って……」
「いただけるのでしたら、売り払って家出の資金にしてもいいでしょうか?」
また、俺の言葉は途中で遮られた。
彼女に渡したものだから、好きにしてくれていいけど、売り払うと来たか。
王妃陛下が大至急で購入したものだ。
絶対、宝飾市場に情報は漏れている。
これが出回れば、誰が売ったのか、直ぐにバレる。
とりあえず、これだけは言っておこう。
「国内で売るのだけは、やめてくれ」
◇◇◇
大きな懸念だったもののひとつが終了した。
俺とクラリスのファーストダンスだ。
俺達は一度もダンスの練習をしなかったから、クラリスの腕前は未知だったが、
『練習は必要ない』と言うだけあって、見事なものだった。
彼女と向かい合い、演奏される曲に合わせて、フロアを滑るように踊る。
俺達以外はまだ誰も居ない空間は、好きなように動ける。
元々ダンスは好きだし、得意な方なので、踊れるパートナーで良かった、と思って……
いやいや、本来の目的はそこじゃないだろ。
……そうだ、今夜はダンスを楽しむ為にふたりで踊っているんじゃない。
もし、隣国の王女が俺を求めているのなら、それを諦めさせる為に親しい友人が居るから、とアピールするのが目的だ。
クジラには出来るだけ穏便に、隣国の海に帰って貰わないと。
「クジラ、どこに居る? わかる?」
ターンしたクラリスを抱き止め、聞く。
「くるくる回ってるのに確認出来ません」
文句は言うが、息は乱れていない。
さすがだな、と周囲に目をやれば、俺達を嫉妬の目で見ているレイに気付いた。
これと後1曲だけ。
2曲続けたら、俺は今夜はもう他には誰とも踊らないし、お前はクラリスをどんどん誘えばいいから。
この段取りを前から話していたのに、何でそんな目で見るかな。
ファーストダンスが終わり、皆から拍手を受ける。
王太子夫妻、ギルバート第2王子と婚約者のイライザ・ガードナー侯爵令嬢もフロアに入ってきた。
ここでデビュタント前のバージニアとエドアルドが退場。
夜会は開始時間が遅いので、子供は直ぐに帰される。
膨れっ面で会場を後にしなくてはいけないバージニアを目で追い、妹よりも年下のアグネスの事を思い出す。
……後7年か。
それまで何度も一緒にダンスの練習をしよう。
君のデビュタントは俺が完璧にエスコートするから。
ドレスも靴も花も、俺の瞳の色の首飾りも全部用意しよう。
当然、送迎もする。
君のファーストダンスも2曲目もその後も、ずっと踊ろう。
アグネスが成長した姿を想像すれば、目の前のクラリスと重なった。
ふたりはさすが姉妹で、似ているから仕方ない。
「何を考えていらっしゃるのか、当てて見せましょうか?」
成長したアグネスがニヤリと言う感じで笑う。
クソ! やっぱり全然違う。
アグネスならこんな笑い方はしないな。
「当てなくていい」
「7年なんて、直ぐです。
お楽しみになさいませ」
考えていることを言い当てられるのは気分が良くない。
伝家の宝刀『考えている時は悟られないように、微笑んでおけ』の精度をもっと高めねば。
2曲目も終わり、レイと合流する。
コイツは誰も誘わず、踊らなかった。
クラリスに一途な親友に、いつかはストロノーヴァの事を話さなきゃな、と思う。
もちろんクラリスに承諾を得てからになるが。
2曲続けてだったので、汗をかき息を切らした俺達にレイが飲み物を差し出してくれる。
何人かが一息ついた俺達の回りを取り囲んで話しかけてくるが、いつもの王子スマイルでやり過ごして、護衛に合図をして3人でバルコニーへ移動する。
「クジラがまだ来てない。
母上が部屋を見に行ってる」
どうなっているんだ!
仲の良さアピールの為に2曲も踊ったのに!
見せつけようとした肝心のクジラはそれを見ていない。
王女が来たからと言って、もう踊れないぞ。
こんなことなら続けて踊らず、前半1曲、後半1曲と分ければ良かった。
3曲踊ったら、クラリスは本気の相手だと周知されてしまう。
現実は机上の計画通りにはいかない、を実感する。
王妃陛下といい、クジラ王女といい……
この先どうなるんだと俺は額を押さえた。
その時、会場内で呼び出し係の声が響いた。
「リヨン王国第2王女、フォンティーヌ・ラ・ベルヌ・リヨン殿下!」
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