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第15話 アシュフォードside
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隣国の女クジラはフォンティーヌ第2王女殿下と言う。
貴く大変美しい名前だ。
俺より3歳上の19歳。
贅沢と美味しいもの、美しいものに目がない。
飽食が過ぎて、縦よりも横の幅にまず目がいってしまう。
少女の頃から運動が嫌いで極力動かないので、年齢と共に巨大化していき、俺が会った2年前には『ぞうさん』だったのに、去年クジラに格上げになった。
地上では彼女に例えられるものはなくなり、海へ住みかを移したのだ。
……この命名は、一体誰がしているんだろうな?
学園の昼休みの食堂で。
俺の語る王女の話にクラリスが下を向いて、お上品に笑っていた。
学園ではクラリス・スローンは美しい優等生で通っていて、第3王子殿下の女友達に相応しい令嬢だ。
本人はすました顔をして
『私も乙女なのです』などと、言っていたが。
俺のとても仲の良い女友達を装っているこの人物の内面は、ほぼ男だと知っているのは俺とレイだけだ。
俺は明後日の夜会で、このドレスを着た男とファーストダンスを踊ることになっていた。
当日の警備体勢をスローン侯爵はやはり気にしていて、グレゴリーとの打ち合わせを求めた。
マーシャル伯爵本人が王城の大臣執務室やスローン侯爵家に出入りするのは目立つので、代わりに息子のレイが侯爵家に通っていた。
クラリスが言うには、侯爵はグレゴリーよりも(俺よりも)
レイを認めているらしい。
「打てば響く、と誉めておりました」
クラリスの言葉がレイのプライドをくすぐって、満更でもないヤツは、もっと侯爵に認められたくて張り切りまくっている。
会うたび、話すたびにクラリスへの想いは募っているようで、中身がほぼ男でも気にしていない。
キツい彼女の手応えを堪能している。
他人のプライベートは勝手に話せないので、クラリスに好きな男がいるとレイには言えていない。
周りの耳を意識して、今日もグダグダと食事をして、3人で中庭に移動することにした。
そこで夜会の段取りを確認しようと言うのだ。
食堂を出る俺達と入れ違いに、一人の男がやってきて、トレイを持って列に並んだ。
身長は高いが少し猫背で、モサッとした髪型。
ぱっとしない男で、ここの生徒達でこの男のフルネームを正しく憶えている人間は半分にも満たないと思う。
人気のない伝承民俗学を教えている契約教師。
来年、契約が切れて母国に戻る男。
金にならない妖精や吸血鬼の研究を続ける為に。
その資金を稼ぐ為に、仕方なく教鞭を取った男。
それがクラリス・スローンが恋した男、イシュトヴァーン・ストロノーヴァだ。
一瞬すれ違っただけなのに、嬉しそうに輝いたクラリスの顔に、確かに乙女の部分を見つけた。
◇◇◇
「王女から勧められたモノを口にしてはいけないんだよな?」
「王女の他にも、誰が何をするか全部は把握出来ませんからね。
こちらの手の者に、夜会の前に会っていただいて、その者からのみ受け取られてください」
スローン侯爵が用意した人間を夜会の給仕やメイドに紛れ込ませる手筈を、グレゴリーが整えていたが結構な人数だし。
情けない話だが事前に顔合わせをしても、王城のお仕着せを着た彼等をあの場で見分ける自信がない。
「んー、とにかく俺は君とレイから渡されたものしか口にしない。
それでいいよな?」
「……」
頼むよ、クラリス。
ダメな子を見る目で、俺を見ないで欲しい。
俺は今日は登校しているが、クジラは昼過ぎに我が国へ到着予定だった。
そろそろ、王城に御一行様は着いている頃か。
往路は陸、復路は船を使うと聞いている。
明後日の夜会での参加人数は、事前にこちらに知らせてきていたが、最終的な確定人数は王城に到着後に提出されることになっていた。
「ここから大きな変更はないと思うんだ。
王女のお供として、夜会に出席予定は大体10人前後、こんなに沢山引き連れて参加か。
えー、侍女3、護衛騎士4、専属給餌士3……おい、この専属給餌、って何だ?」
母のアライアから預かった事前に提出されたクジラ側の参加者内訳を読み、レイが声を上げた。
「給餌は普通、動物にエサを与える行為で……」
クラリスはそれ以上、口にしなかったが。
彼女と俺とレイが思い浮かべた事は、大体同じだったと思う。
「メインと飲み物とスイーツ。
各自1名だな」
「専属給餌士とはねぇ……食事さえ自分では動かない、ってことか?
かの国の事務官がそれの肩書きをどうするか、苦慮したのが忍ばれるな」
俺に続いて、呆れたようにレイが言う。
コイツは今回初めてフォンティーヌ王女の実物を目にするのだ。
侍女3人は両腕を持つ2人に、後ろに付く1人。
その時のコイツの顔は見物だな。
俺も届けを記入した事務方の、その的確な命名センスに脱帽だ。
意外とここから例の王女の呼び名が広まっているのかも知れない。
「この護衛以外に国から何人か潜ませている可能性は?」
「正式な使節団、って言える位の人数でいらっしゃってるけど、それ専門の仕事をする人間を国があの王女に貸し出すとは思えないんだよな」
母国でも王女はもて余されている。
父の国王は病床に伏し、実質国政を動かしているのは王太子だ。
クジラはその王太子から疎んじられている、という噂だ。
こんな風に俺が夜会の警備や諸々について関わるのを、最初アライアは止めた。
『その様な事で殿下のお手を煩わせるわけには参りません』、だったか。
グレゴリーも会場警備の配置を知ろうとする俺を押し止めようとした。
『何もご心配なさらず、万全を期しております』、そう言って。
『護られる俺が、護る人間が何処にいるのかわからなくて邪魔をしない為だ』と言うと、ふたりは変な顔をした。
……そう言う事だ。
俺から言わない限り。
黙って護られていればいい、か、?
これからはそうはいかないぞ、と改めて思う。
貴く大変美しい名前だ。
俺より3歳上の19歳。
贅沢と美味しいもの、美しいものに目がない。
飽食が過ぎて、縦よりも横の幅にまず目がいってしまう。
少女の頃から運動が嫌いで極力動かないので、年齢と共に巨大化していき、俺が会った2年前には『ぞうさん』だったのに、去年クジラに格上げになった。
地上では彼女に例えられるものはなくなり、海へ住みかを移したのだ。
……この命名は、一体誰がしているんだろうな?
学園の昼休みの食堂で。
俺の語る王女の話にクラリスが下を向いて、お上品に笑っていた。
学園ではクラリス・スローンは美しい優等生で通っていて、第3王子殿下の女友達に相応しい令嬢だ。
本人はすました顔をして
『私も乙女なのです』などと、言っていたが。
俺のとても仲の良い女友達を装っているこの人物の内面は、ほぼ男だと知っているのは俺とレイだけだ。
俺は明後日の夜会で、このドレスを着た男とファーストダンスを踊ることになっていた。
当日の警備体勢をスローン侯爵はやはり気にしていて、グレゴリーとの打ち合わせを求めた。
マーシャル伯爵本人が王城の大臣執務室やスローン侯爵家に出入りするのは目立つので、代わりに息子のレイが侯爵家に通っていた。
クラリスが言うには、侯爵はグレゴリーよりも(俺よりも)
レイを認めているらしい。
「打てば響く、と誉めておりました」
クラリスの言葉がレイのプライドをくすぐって、満更でもないヤツは、もっと侯爵に認められたくて張り切りまくっている。
会うたび、話すたびにクラリスへの想いは募っているようで、中身がほぼ男でも気にしていない。
キツい彼女の手応えを堪能している。
他人のプライベートは勝手に話せないので、クラリスに好きな男がいるとレイには言えていない。
周りの耳を意識して、今日もグダグダと食事をして、3人で中庭に移動することにした。
そこで夜会の段取りを確認しようと言うのだ。
食堂を出る俺達と入れ違いに、一人の男がやってきて、トレイを持って列に並んだ。
身長は高いが少し猫背で、モサッとした髪型。
ぱっとしない男で、ここの生徒達でこの男のフルネームを正しく憶えている人間は半分にも満たないと思う。
人気のない伝承民俗学を教えている契約教師。
来年、契約が切れて母国に戻る男。
金にならない妖精や吸血鬼の研究を続ける為に。
その資金を稼ぐ為に、仕方なく教鞭を取った男。
それがクラリス・スローンが恋した男、イシュトヴァーン・ストロノーヴァだ。
一瞬すれ違っただけなのに、嬉しそうに輝いたクラリスの顔に、確かに乙女の部分を見つけた。
◇◇◇
「王女から勧められたモノを口にしてはいけないんだよな?」
「王女の他にも、誰が何をするか全部は把握出来ませんからね。
こちらの手の者に、夜会の前に会っていただいて、その者からのみ受け取られてください」
スローン侯爵が用意した人間を夜会の給仕やメイドに紛れ込ませる手筈を、グレゴリーが整えていたが結構な人数だし。
情けない話だが事前に顔合わせをしても、王城のお仕着せを着た彼等をあの場で見分ける自信がない。
「んー、とにかく俺は君とレイから渡されたものしか口にしない。
それでいいよな?」
「……」
頼むよ、クラリス。
ダメな子を見る目で、俺を見ないで欲しい。
俺は今日は登校しているが、クジラは昼過ぎに我が国へ到着予定だった。
そろそろ、王城に御一行様は着いている頃か。
往路は陸、復路は船を使うと聞いている。
明後日の夜会での参加人数は、事前にこちらに知らせてきていたが、最終的な確定人数は王城に到着後に提出されることになっていた。
「ここから大きな変更はないと思うんだ。
王女のお供として、夜会に出席予定は大体10人前後、こんなに沢山引き連れて参加か。
えー、侍女3、護衛騎士4、専属給餌士3……おい、この専属給餌、って何だ?」
母のアライアから預かった事前に提出されたクジラ側の参加者内訳を読み、レイが声を上げた。
「給餌は普通、動物にエサを与える行為で……」
クラリスはそれ以上、口にしなかったが。
彼女と俺とレイが思い浮かべた事は、大体同じだったと思う。
「メインと飲み物とスイーツ。
各自1名だな」
「専属給餌士とはねぇ……食事さえ自分では動かない、ってことか?
かの国の事務官がそれの肩書きをどうするか、苦慮したのが忍ばれるな」
俺に続いて、呆れたようにレイが言う。
コイツは今回初めてフォンティーヌ王女の実物を目にするのだ。
侍女3人は両腕を持つ2人に、後ろに付く1人。
その時のコイツの顔は見物だな。
俺も届けを記入した事務方の、その的確な命名センスに脱帽だ。
意外とここから例の王女の呼び名が広まっているのかも知れない。
「この護衛以外に国から何人か潜ませている可能性は?」
「正式な使節団、って言える位の人数でいらっしゃってるけど、それ専門の仕事をする人間を国があの王女に貸し出すとは思えないんだよな」
母国でも王女はもて余されている。
父の国王は病床に伏し、実質国政を動かしているのは王太子だ。
クジラはその王太子から疎んじられている、という噂だ。
こんな風に俺が夜会の警備や諸々について関わるのを、最初アライアは止めた。
『その様な事で殿下のお手を煩わせるわけには参りません』、だったか。
グレゴリーも会場警備の配置を知ろうとする俺を押し止めようとした。
『何もご心配なさらず、万全を期しております』、そう言って。
『護られる俺が、護る人間が何処にいるのかわからなくて邪魔をしない為だ』と言うと、ふたりは変な顔をした。
……そう言う事だ。
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黙って護られていればいい、か、?
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