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第9話
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これから付き添って下さるマーシャル伯爵夫人は、アシュフォード殿下の乳母だった方で、今も殿下の専属のお世話をなさっているご婦人なのだと、ご説明いただきました。
「君に会いたいと言っていたから、こんなことになるなら、最初から君だけを招いてアライアに付き添って貰えば良かったな」
「……あの、姉と。
母が大変な……ご、ご無礼な……」
「彼女は、君の姉上だけど。
バカ正直なのか、それとも私をたかが第3王子だと侮っているのか……
その両方が一番可能性が高いね?」
「……あ、侮ってなど、いないと思うのです……」
「妹から見た、クラリス・スローンはどんなひとなの?」
「私には優しい、何でも出来る姉です。
兄に言わせると、はっきり言わないと気付かない女、だそうですけど」
「……どちらにしろ、私が王太子だったら、自分からこんな話はしないよね?」
「……」
「今日は祝いの席だから、お咎めは無い、と舐められたんだろう」
姉が退室してからも、姉の事を知ろうとされている?
やり方はどうであれ、クラリスは殿下に強い印象を残すことに成功したのでしょう。
これから両親と姉、そして我が侯爵家にどのような御沙汰があるのかよりも、それを気にしている私は親不孝な娘に堕ちていました。
その後、マーシャル伯爵夫人が来られて気まずいままの食事が始まりました。
夫人はとても明るい方で、この方がお育てになったからアシュフォード殿下が纏う雰囲気が温かなのだ、と改めて感じ入りました。
それで、自然と話題は殿下の幼い頃のエピソードを披露していただいたりして、時間が経つに連れて、殿下との間に気まずさはなくなってきたのですが。
それでも。
クラリスが残していった例のプレゼントに殿下が大変お喜びになり、
『私の話したことを覚えていてくれていたんだね。
これはどこのお店で売っていたの?』と、聞かれても何も答えられず。
お口にしないだろうと諦めていた持参したクッキーを躊躇無く、頬張られた殿下に
『甘過ぎず、美味しいな』と、褒めていただいても。
初めてお会いした、あの四阿で。
侍女に連れて来られた3号に久し振りに会い抱かせて貰って、
『侯爵家の3男だから、名前だけでも伯爵位を与えたくて、アールと名付けた』と、聞かされても。
クラリスが話していた、殿下が学園で唯一親しくしておられる伯爵令息が、マーシャル伯爵家ご嫡男のレイノルド様だそうで、
『君にも紹介したいから、レイを呼ぼう』と、マーシャル様が急遽合流されても。
私にはわかっていました。
殿下がずっと気にしていた事を、です。
殿下はずっと、ご自分が退席させたクラリスの事を考えていらっしゃるのだと、私にはわかっていたのです。
◇◇◇
表面上はにこやかにしていても、心は塞いでしまい……
失礼な事ではありましたが、殿下に
『帰りたい』と、言ってしまっていました。
下城予定よりも早い時間だったので、殿下は少し驚いた様でした。
「お腹が痛かったり、もしかして目眩がするのかな?」
初めてお会いした日、この四阿で。
バージニア王女殿下のお茶会から早く帰りたくて、色々と口にしていた案をなぞらえて話されているのだ、とわかっていましたが……
「アシュ、何わけわからない事を言って……」
その事をご存じないマーシャル様が殿下に笑っても。
私は殿下のご冗談にも、微笑む事は出来ませんでした。
予定時間よりも早い下城となりましたので、帰りの馬車は殿下が手配してくださいました。
「母上と姉上の事は悪いようにはしないから。
元気を出して」
勿体無くも、お見送りをしてくださった殿下が仰いました。
家族の事を考えて、気を塞いでいるのだと思われたようです。
違うのです、私はそんなにいい子ではないのです。
母を、姉を心配しているのではないのです。
私の心配は、殿下が姉を気にされているから。
こうして、私を気遣ってくださるのが、今日で終わりになるかもしれないから。
私は『アシュフォード殿下の友達』ではなく、『クラリスの妹』になってしまうのでしょうか?
「夜会が終わったら、今度はアールを連れて、お里帰りをさせるからバックスによろしく」
殿下とマーシャル様に見送られて、私は帰宅致しました。
母と姉は父により、それぞれの部屋で謹慎させられている、という事でした。
父からは、その後の殿下のご様子を尋ねられました。
あれからマーシャル伯爵夫人が同席された事。
親友のレイノルド様をご紹介いただいた事。
母と姉を悪いようにはしない、と殿下が仰せになった事。
それらを順番に話したので、最後に父は額を押さえて大きく息を吐き。
傍らの兄プレストンから背中を叩かれました。
「あのふたりを悪いようにはしないと仰られた事を、一番先に話せ」
殿下が私に『悪いようにはしない』と約束してくださった事は真実でした。
後日、殿下より父に書状が届きました。
『第3王子の生誕記念夜会のパートナーに、クラリス・スローン侯爵令嬢を望んでいる』
アシュフォード殿下がサインされていた書面には、そう記されていたそうです。
『あのペンで、サインを書かれたのかしら……』
それを知らされた私は、ぼんやりとそんなことを考えていました。
「君に会いたいと言っていたから、こんなことになるなら、最初から君だけを招いてアライアに付き添って貰えば良かったな」
「……あの、姉と。
母が大変な……ご、ご無礼な……」
「彼女は、君の姉上だけど。
バカ正直なのか、それとも私をたかが第3王子だと侮っているのか……
その両方が一番可能性が高いね?」
「……あ、侮ってなど、いないと思うのです……」
「妹から見た、クラリス・スローンはどんなひとなの?」
「私には優しい、何でも出来る姉です。
兄に言わせると、はっきり言わないと気付かない女、だそうですけど」
「……どちらにしろ、私が王太子だったら、自分からこんな話はしないよね?」
「……」
「今日は祝いの席だから、お咎めは無い、と舐められたんだろう」
姉が退室してからも、姉の事を知ろうとされている?
やり方はどうであれ、クラリスは殿下に強い印象を残すことに成功したのでしょう。
これから両親と姉、そして我が侯爵家にどのような御沙汰があるのかよりも、それを気にしている私は親不孝な娘に堕ちていました。
その後、マーシャル伯爵夫人が来られて気まずいままの食事が始まりました。
夫人はとても明るい方で、この方がお育てになったからアシュフォード殿下が纏う雰囲気が温かなのだ、と改めて感じ入りました。
それで、自然と話題は殿下の幼い頃のエピソードを披露していただいたりして、時間が経つに連れて、殿下との間に気まずさはなくなってきたのですが。
それでも。
クラリスが残していった例のプレゼントに殿下が大変お喜びになり、
『私の話したことを覚えていてくれていたんだね。
これはどこのお店で売っていたの?』と、聞かれても何も答えられず。
お口にしないだろうと諦めていた持参したクッキーを躊躇無く、頬張られた殿下に
『甘過ぎず、美味しいな』と、褒めていただいても。
初めてお会いした、あの四阿で。
侍女に連れて来られた3号に久し振りに会い抱かせて貰って、
『侯爵家の3男だから、名前だけでも伯爵位を与えたくて、アールと名付けた』と、聞かされても。
クラリスが話していた、殿下が学園で唯一親しくしておられる伯爵令息が、マーシャル伯爵家ご嫡男のレイノルド様だそうで、
『君にも紹介したいから、レイを呼ぼう』と、マーシャル様が急遽合流されても。
私にはわかっていました。
殿下がずっと気にしていた事を、です。
殿下はずっと、ご自分が退席させたクラリスの事を考えていらっしゃるのだと、私にはわかっていたのです。
◇◇◇
表面上はにこやかにしていても、心は塞いでしまい……
失礼な事ではありましたが、殿下に
『帰りたい』と、言ってしまっていました。
下城予定よりも早い時間だったので、殿下は少し驚いた様でした。
「お腹が痛かったり、もしかして目眩がするのかな?」
初めてお会いした日、この四阿で。
バージニア王女殿下のお茶会から早く帰りたくて、色々と口にしていた案をなぞらえて話されているのだ、とわかっていましたが……
「アシュ、何わけわからない事を言って……」
その事をご存じないマーシャル様が殿下に笑っても。
私は殿下のご冗談にも、微笑む事は出来ませんでした。
予定時間よりも早い下城となりましたので、帰りの馬車は殿下が手配してくださいました。
「母上と姉上の事は悪いようにはしないから。
元気を出して」
勿体無くも、お見送りをしてくださった殿下が仰いました。
家族の事を考えて、気を塞いでいるのだと思われたようです。
違うのです、私はそんなにいい子ではないのです。
母を、姉を心配しているのではないのです。
私の心配は、殿下が姉を気にされているから。
こうして、私を気遣ってくださるのが、今日で終わりになるかもしれないから。
私は『アシュフォード殿下の友達』ではなく、『クラリスの妹』になってしまうのでしょうか?
「夜会が終わったら、今度はアールを連れて、お里帰りをさせるからバックスによろしく」
殿下とマーシャル様に見送られて、私は帰宅致しました。
母と姉は父により、それぞれの部屋で謹慎させられている、という事でした。
父からは、その後の殿下のご様子を尋ねられました。
あれからマーシャル伯爵夫人が同席された事。
親友のレイノルド様をご紹介いただいた事。
母と姉を悪いようにはしない、と殿下が仰せになった事。
それらを順番に話したので、最後に父は額を押さえて大きく息を吐き。
傍らの兄プレストンから背中を叩かれました。
「あのふたりを悪いようにはしないと仰られた事を、一番先に話せ」
殿下が私に『悪いようにはしない』と約束してくださった事は真実でした。
後日、殿下より父に書状が届きました。
『第3王子の生誕記念夜会のパートナーに、クラリス・スローン侯爵令嬢を望んでいる』
アシュフォード殿下がサインされていた書面には、そう記されていたそうです。
『あのペンで、サインを書かれたのかしら……』
それを知らされた私は、ぼんやりとそんなことを考えていました。
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