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第8話
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「畏れ入ります、殿下。
その母からの書状に書かれている事は、真実ではございません」
姉のその一言に。
護衛騎士様も、侍従も、グラスに水を注ぐ為にテーブルを周っていた給仕も。
アシュフォード殿下も動きを止められていて。
私も息を止めてしまいました。
姉は何を、言い出したの?
母の体調が悪いとして、姉クラリスを代理にした旨を綴った殿下宛の書状の内容が偽りだと、姉はぶちまけたのです。
姉は殿下が『良い』と、言わないので。
姿勢をそのままに頭を下げ続けておりました。
財務大臣の、侯爵家長女として、姉は幼い頃からマナーを仕込まれていましたが、さすがの姉もその姿勢を維持するのは辛そうでした。
それでも殿下は何も仰らず……
母からの書状を冷めた目で眺めていました。
『私からも』と、姉と並んでお詫びをしようと立ち上がり掛けた私の手を、殿下は手を伸ばして押さえられました。
そして、ようやく姉にお言葉を掛けられました。
「真実ではない、とすると。
私は偽った夫人と、それを知っていた貴女を罰しようと思うのだが?」
「畏れながら、何故私がこの様な事を申し上げるのかをお聞きいたただけますか?」
「貴女からの願い等、聞くつもりはない」
聞いたことの無いアシュフォード殿下のお声でした。
「レディ、君はどう思う?
その願いを私は聞くべき?
君がそれを願うなら、聞いてもいいよ」
姉に向けた厳しい声音を一転して、殿下は優しく私にお尋ねになりました。
ですが、それを嬉しく思うような余裕は私にはありません。
「お願いです! お願いします!」
私の必死のお願いを、殿下はお聞き届けてくださって、給仕の方達に下がるように、お命じになりました。
サンルームには、殿下と私達姉妹、護衛騎士様と侍従の5人だけとなり、ようやく殿下は姉に頭をあげることをお許しになりました。
頭を上げて、よろめいた姉を侍従が支えました。
「手短に話せ」
◇◇◇
私の話を聞いて下さると、妹の願いをお聞き届けていただけました事、感謝申し上げます。
殿下も、母が何故そうしたかはおわかりになられているはずですので、そちらは省かせていただきます。
母は愚かな女性なのです。
殿下と妹の交流も、私の心情さえも考慮すること無く、自分の考えが全て皆を幸せにするのだと、思い込んでいる愚かなひとなのです。
後程、私からと、渡すようにと持参致しましたお祝いの品も。
母が妹から『殿下に贈りたい』と、聞いていた品なのです。
母はそれを『まだ幼いアグネスが贈れる様な品ではない』として、私からのプレゼントにするように申しました。
私は深く考えることもせずに、それを受け入れ、妹を傷付けたのです。
もしかしたら母は本当に
『アグネスは幼いのだから』と、気を回しただけかもしれませんが、そういった母の行きすぎた愚かな愛情と私の無神経さが妹を泣かせてしまったことは事実なのです。
◇◇◇
『手短に』そう、殿下は仰せになったのに。
姉はとうとうと話し、殿下はそれを聞いておられました。
私が父の前で感情をぶちまけたように、この場でも同様の真似をするとでも思ったのでしょうか?
そんなことをするつもりは一切ありませんでした。
『先手を打たれた』
私がひねくれているのかも知れません。
もう姉のする事を素直に受け取れないのです。
姉の口から紡がれる一連の出来事を聞きながら、自分の中に黒いものが生まれたのがわかりました。
「話はそれだけか?」
「……左様でございます」
殿下は侍従をお側に呼びました。
「本日のマーシャル夫人のご都合を聞きに行って欲しい。
時間があるようなら、こちらに出向いて昼食を御一緒しようとお誘いしてくれ。
私とアグネス・スローン侯爵令嬢との食事の席に付き添って欲しい、と伝えてな」
侍従は直ぐにサンルームを出ていきました。
それを見送って、次に背後の護衛騎士様にこう仰いました。
「先触れ無しで構わない。
スローン侯爵の執務室に、こちらのご令嬢をお送りしろ。
理由として侯爵には、お前もさっき聞いた話を伝えればいい」
「畏まりました」
そして手を叩き、給仕達を内に呼びました。
「これならマーシャル夫人が来るまで、アグネス嬢とふたりきりだったとは言われないな?」
「失礼致します、お体に触れます」
そう仰りながら、護衛騎士様が跪いていた姉の腕を取り、立ち上がらせました。
「アグネス嬢から私に贈られるはずだった品は、テーブルの上に置いていくように」
「……次の間に控えております侍女に、そう申し付けておきます。
失礼致します……」
護衛騎士様に父の元へ連れていかれる姉は、私の方を見て頭を下げました。
その姿は本当に私に申し訳なく思っているようにも見えて。
私は混乱しました。
先手を打たれた等、私は穿ち過ぎなのでしょうか?
その母からの書状に書かれている事は、真実ではございません」
姉のその一言に。
護衛騎士様も、侍従も、グラスに水を注ぐ為にテーブルを周っていた給仕も。
アシュフォード殿下も動きを止められていて。
私も息を止めてしまいました。
姉は何を、言い出したの?
母の体調が悪いとして、姉クラリスを代理にした旨を綴った殿下宛の書状の内容が偽りだと、姉はぶちまけたのです。
姉は殿下が『良い』と、言わないので。
姿勢をそのままに頭を下げ続けておりました。
財務大臣の、侯爵家長女として、姉は幼い頃からマナーを仕込まれていましたが、さすがの姉もその姿勢を維持するのは辛そうでした。
それでも殿下は何も仰らず……
母からの書状を冷めた目で眺めていました。
『私からも』と、姉と並んでお詫びをしようと立ち上がり掛けた私の手を、殿下は手を伸ばして押さえられました。
そして、ようやく姉にお言葉を掛けられました。
「真実ではない、とすると。
私は偽った夫人と、それを知っていた貴女を罰しようと思うのだが?」
「畏れながら、何故私がこの様な事を申し上げるのかをお聞きいたただけますか?」
「貴女からの願い等、聞くつもりはない」
聞いたことの無いアシュフォード殿下のお声でした。
「レディ、君はどう思う?
その願いを私は聞くべき?
君がそれを願うなら、聞いてもいいよ」
姉に向けた厳しい声音を一転して、殿下は優しく私にお尋ねになりました。
ですが、それを嬉しく思うような余裕は私にはありません。
「お願いです! お願いします!」
私の必死のお願いを、殿下はお聞き届けてくださって、給仕の方達に下がるように、お命じになりました。
サンルームには、殿下と私達姉妹、護衛騎士様と侍従の5人だけとなり、ようやく殿下は姉に頭をあげることをお許しになりました。
頭を上げて、よろめいた姉を侍従が支えました。
「手短に話せ」
◇◇◇
私の話を聞いて下さると、妹の願いをお聞き届けていただけました事、感謝申し上げます。
殿下も、母が何故そうしたかはおわかりになられているはずですので、そちらは省かせていただきます。
母は愚かな女性なのです。
殿下と妹の交流も、私の心情さえも考慮すること無く、自分の考えが全て皆を幸せにするのだと、思い込んでいる愚かなひとなのです。
後程、私からと、渡すようにと持参致しましたお祝いの品も。
母が妹から『殿下に贈りたい』と、聞いていた品なのです。
母はそれを『まだ幼いアグネスが贈れる様な品ではない』として、私からのプレゼントにするように申しました。
私は深く考えることもせずに、それを受け入れ、妹を傷付けたのです。
もしかしたら母は本当に
『アグネスは幼いのだから』と、気を回しただけかもしれませんが、そういった母の行きすぎた愚かな愛情と私の無神経さが妹を泣かせてしまったことは事実なのです。
◇◇◇
『手短に』そう、殿下は仰せになったのに。
姉はとうとうと話し、殿下はそれを聞いておられました。
私が父の前で感情をぶちまけたように、この場でも同様の真似をするとでも思ったのでしょうか?
そんなことをするつもりは一切ありませんでした。
『先手を打たれた』
私がひねくれているのかも知れません。
もう姉のする事を素直に受け取れないのです。
姉の口から紡がれる一連の出来事を聞きながら、自分の中に黒いものが生まれたのがわかりました。
「話はそれだけか?」
「……左様でございます」
殿下は侍従をお側に呼びました。
「本日のマーシャル夫人のご都合を聞きに行って欲しい。
時間があるようなら、こちらに出向いて昼食を御一緒しようとお誘いしてくれ。
私とアグネス・スローン侯爵令嬢との食事の席に付き添って欲しい、と伝えてな」
侍従は直ぐにサンルームを出ていきました。
それを見送って、次に背後の護衛騎士様にこう仰いました。
「先触れ無しで構わない。
スローン侯爵の執務室に、こちらのご令嬢をお送りしろ。
理由として侯爵には、お前もさっき聞いた話を伝えればいい」
「畏まりました」
そして手を叩き、給仕達を内に呼びました。
「これならマーシャル夫人が来るまで、アグネス嬢とふたりきりだったとは言われないな?」
「失礼致します、お体に触れます」
そう仰りながら、護衛騎士様が跪いていた姉の腕を取り、立ち上がらせました。
「アグネス嬢から私に贈られるはずだった品は、テーブルの上に置いていくように」
「……次の間に控えております侍女に、そう申し付けておきます。
失礼致します……」
護衛騎士様に父の元へ連れていかれる姉は、私の方を見て頭を下げました。
その姿は本当に私に申し訳なく思っているようにも見えて。
私は混乱しました。
先手を打たれた等、私は穿ち過ぎなのでしょうか?
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