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【サイドストーリー】 攻略対象者に転生しましたが推しの親友枠におさまったので、彼の初恋を見守ることにします!
第9話
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人も含めて、生き物に向かって撃つのは初めてだった。
あの日、シガレットケースを撃ち倒したように。
決してレンガを撃ち砕いたようにしてはならない。
グレンジャーはビルの右膝を狙った。
この足に何度蹴られたか。
通りすがりに尻を蹴られたこともある。
子分にグレンジャーを押さえつけさせて、跳び蹴りされたことも。
こいつの鬱憤ばらしに蹴られたのは、いつも年少の少年達だった。
貫通はさせていない。
当てただけだ。
それでも充分で、1発目はかすっただけなのに、ビルはパニックになって、女を置いて逃げようとして。
右の膝裏をグレンジャーに撃たれた。
女は腰を抜かしていた。
うつ伏せで倒れたビルを後回しにすることにして、オスカーは先に動けない女に記憶の書き換えをしろ、と言ってきた。
この記憶と、ついでにビルについても忘れるようにしてくれと頼まれた。
グレンジャーがその通りに念じると、女は先程の御者と同様にグレンジャーの顔を見て、頭を振り……倒れた。
御者に比べて、消された記憶の量が違うからだろ、とオスカーが淡々と言う。
意識のない女をそこに寝かせて、次はビルに近付いた。
笑えたのは、いつも偉そうにしていたビルが失禁していたことだった。
「た、助け……」
「もう何もせぇへんわ。
オスカー、こいつの記憶はどうする?」
「今日のこと、俺達のこと、あの女のこと。
それからお前との昔のこと。
全部消してやろう」
「せやな、そうしよか」
「や、やめ……」
倒れたまま、上半身だけ、体をまたいだオスカーが起こす。
ビルの目を見て、グレンジャーは念じた。
忘れろ、忘れろ、俺のことは。
だが、もしまた……同じ様に自分より力が弱いものに暴力をふるうのなら、その時は俺の赤い目を思い出せ。
お前の空っぽな頭の中、赤い目がいくつもいくつも思い浮かぶようになれ。
お前の悪事を俺は見ているからな。
ビルは白目を向いて、よだれを流して意識を失った。
「まさか、狂わせてないよな?」
さすがに心配になったのか、オスカーが尋ねてきた。
え、こいつ、ここまで来て、びびったか?
「今は狂ってないけど、また同じ様に理不尽な暴力を振るおうとしたら。
……最悪、狂うかもな?
こいつがお気に入りの、俺の赤い目がどこまでも追いかけるようにした」
「それ、最高だ」
失神したビルはそのままで、女の方は服を整えて、博物館の壁にもたれさせて。
オスカーは博物館の職員を探しに行き、偶然通りかかった善意の学生のような顔をして、気を失っているふたりを引き渡した。
全然知らない男に襲われた記憶も、加えてある。
気が付いたふたりは、お互いを知らない他人だ。
別々に繁華街へ帰るだろう。
グレンジャーが、聖人君子じゃないオスカーと親友になったのは、その日からだ。
◇◇◇
月日は流れて。
グレンジャーは高等部へ進学した。
もう魔法科は校舎も別棟になってしまったが、未だに彼の親友は普通科のクールなオスカー・オブライエンだった。
友人は多かったが自宅に招いて泊めたりするのは、オスカーだけだった。
グレンジャーの養父のカーネル・オルコットも、オスカーのことを気に入っているようで、彼が泊まると機嫌が良いので、いつの間にかカーネルのシフトに合わせて、オスカーを誘うようになった。
夕食のワインに酔ったカーネルが、昔話のついでに『見せてやる』と言い出した。
食卓の上に、例のシガレットケース、辞典、花瓶、レンガの4つを、並べていく。
酔ったカーネルが、デモンストレーションのように。
次々に標的を撃っていく。
シガレットケースを弾き飛ばし、辞典を撃ち倒し、花瓶の花びらを散らして、最後のレンガを砕いた。
「標的に合わせて、魔力の込め方を変える。
グレンは覚えが早くてな、自慢の息子だよ」
親父殿が得意気に胸を張り、オスカーが拍手した。
どうしてこんな話になったかな。
そうだ、俺に唯一教えた攻撃魔法。
これは誘拐を恐れたから、とカーネルが話し出した。
誘拐されそうになったら、馬車を破壊しろ。
閉じ込められてるのに気付いたら、目の前の壁を破壊しろ。
これは人に対する攻撃魔法じゃない。
物を撃ち壊す魔法で……とか何とか。
ごめんな、親父殿。
もう俺達は人に対して、使っちゃったよ。
そばかす野郎だけで、他の誰にも使わずに済んでるけど。
オスカーと一緒に墓場まで持っていく秘密だから。
話せないけど、ごめんなさい。
あの日、シガレットケースを撃ち倒したように。
決してレンガを撃ち砕いたようにしてはならない。
グレンジャーはビルの右膝を狙った。
この足に何度蹴られたか。
通りすがりに尻を蹴られたこともある。
子分にグレンジャーを押さえつけさせて、跳び蹴りされたことも。
こいつの鬱憤ばらしに蹴られたのは、いつも年少の少年達だった。
貫通はさせていない。
当てただけだ。
それでも充分で、1発目はかすっただけなのに、ビルはパニックになって、女を置いて逃げようとして。
右の膝裏をグレンジャーに撃たれた。
女は腰を抜かしていた。
うつ伏せで倒れたビルを後回しにすることにして、オスカーは先に動けない女に記憶の書き換えをしろ、と言ってきた。
この記憶と、ついでにビルについても忘れるようにしてくれと頼まれた。
グレンジャーがその通りに念じると、女は先程の御者と同様にグレンジャーの顔を見て、頭を振り……倒れた。
御者に比べて、消された記憶の量が違うからだろ、とオスカーが淡々と言う。
意識のない女をそこに寝かせて、次はビルに近付いた。
笑えたのは、いつも偉そうにしていたビルが失禁していたことだった。
「た、助け……」
「もう何もせぇへんわ。
オスカー、こいつの記憶はどうする?」
「今日のこと、俺達のこと、あの女のこと。
それからお前との昔のこと。
全部消してやろう」
「せやな、そうしよか」
「や、やめ……」
倒れたまま、上半身だけ、体をまたいだオスカーが起こす。
ビルの目を見て、グレンジャーは念じた。
忘れろ、忘れろ、俺のことは。
だが、もしまた……同じ様に自分より力が弱いものに暴力をふるうのなら、その時は俺の赤い目を思い出せ。
お前の空っぽな頭の中、赤い目がいくつもいくつも思い浮かぶようになれ。
お前の悪事を俺は見ているからな。
ビルは白目を向いて、よだれを流して意識を失った。
「まさか、狂わせてないよな?」
さすがに心配になったのか、オスカーが尋ねてきた。
え、こいつ、ここまで来て、びびったか?
「今は狂ってないけど、また同じ様に理不尽な暴力を振るおうとしたら。
……最悪、狂うかもな?
こいつがお気に入りの、俺の赤い目がどこまでも追いかけるようにした」
「それ、最高だ」
失神したビルはそのままで、女の方は服を整えて、博物館の壁にもたれさせて。
オスカーは博物館の職員を探しに行き、偶然通りかかった善意の学生のような顔をして、気を失っているふたりを引き渡した。
全然知らない男に襲われた記憶も、加えてある。
気が付いたふたりは、お互いを知らない他人だ。
別々に繁華街へ帰るだろう。
グレンジャーが、聖人君子じゃないオスカーと親友になったのは、その日からだ。
◇◇◇
月日は流れて。
グレンジャーは高等部へ進学した。
もう魔法科は校舎も別棟になってしまったが、未だに彼の親友は普通科のクールなオスカー・オブライエンだった。
友人は多かったが自宅に招いて泊めたりするのは、オスカーだけだった。
グレンジャーの養父のカーネル・オルコットも、オスカーのことを気に入っているようで、彼が泊まると機嫌が良いので、いつの間にかカーネルのシフトに合わせて、オスカーを誘うようになった。
夕食のワインに酔ったカーネルが、昔話のついでに『見せてやる』と言い出した。
食卓の上に、例のシガレットケース、辞典、花瓶、レンガの4つを、並べていく。
酔ったカーネルが、デモンストレーションのように。
次々に標的を撃っていく。
シガレットケースを弾き飛ばし、辞典を撃ち倒し、花瓶の花びらを散らして、最後のレンガを砕いた。
「標的に合わせて、魔力の込め方を変える。
グレンは覚えが早くてな、自慢の息子だよ」
親父殿が得意気に胸を張り、オスカーが拍手した。
どうしてこんな話になったかな。
そうだ、俺に唯一教えた攻撃魔法。
これは誘拐を恐れたから、とカーネルが話し出した。
誘拐されそうになったら、馬車を破壊しろ。
閉じ込められてるのに気付いたら、目の前の壁を破壊しろ。
これは人に対する攻撃魔法じゃない。
物を撃ち壊す魔法で……とか何とか。
ごめんな、親父殿。
もう俺達は人に対して、使っちゃったよ。
そばかす野郎だけで、他の誰にも使わずに済んでるけど。
オスカーと一緒に墓場まで持っていく秘密だから。
話せないけど、ごめんなさい。
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