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【サイドストーリー】 攻略対象者に転生しましたが推しの親友枠におさまったので、彼の初恋を見守ることにします!

第7話

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「えーっ、ビル、あんた貴族に知り合い居たの!」

「まぁな、すげー久しぶりだけど、チビのこいつを随分可愛がってやってたんだ」


 女は明らかに、背の高い美形のオスカーの目を気にして、声が高くなっているのに。
 それに気付かないビルのアホはご機嫌だ。
 何が可愛がってやってた?
 そうか、殴ることを相撲用語で、『可愛がり』って言うパターンもあるもんな?


 相撲……その言葉の記憶がいつのものなのか、グレンジャーは意識もせずにいた。
 そして続いて。


 女の前でえぇかっこすんなや……
 えぇわ、一発やったるからな!
 今度はこっちが可愛がったる!


 あの頃の屈辱と痛みを、忘れたことはない。

 グレンジャーの瞳が赤く光り出したのに気付いたオスカーが、彼の胸の前に腕を伸ばしてきた。
 そして、とても小さな声で言った。



「止めろ、ここで騒ぎを起こすな。
 最悪、退学になる」

「……」



 何の返事をしないグレンジャーにキレたように、ビルが大声を出す。


「何とか言えよ、ポンコツ万引き野郎が!
 お前のど下手糞な万引きの腕は、あれから養子先のおっさんに磨いて貰ったのかよ」

「……」


 何で止める?
 こいつは親父殿のことまで!

 ……本当は分かってる。
 こんな街中で、魔法でこいつを倒したら。
 停学どころじゃすまない。
 親父殿にだって、迷惑がかかる。
 だけど、だけど……


「グレンならさ、記憶の書き換え出来るだろ?」


 またしても、オスカーが小さな声で尋ねてくる。
 記憶の書き換え?
 そんなこと、したこともない。


「出来るよ、グレンには出来る。
 俺がこいつを違う場所へ誘導するから」

「おい、お前等、何をぐちゃぐちゃ相談してんだよ?
 ちょっと金貸せや」

「ぼ、僕は……」

 気弱に言いかけたカールの言葉を遮る様に、オスカーが一歩前に出た。


「ここでお金のやり取りをするのは、ちょっと……困るんです。
 場所を変えて貰えませんか?
 貴方が絶対に僕等を殴らない、って約束してくれたら、お金で解決するのにやぶさかではありません」

「や、やぶさか?
 ……金を払うんなら、ここから動いてもいいけどな。
 お前、舐めた真似すっと、俺にはバックにもっと怖ーいお兄さん方が居て、学苑まで乗り込むからな?」


 違う場所に誘導する、と言ったオスカー。
 それから記憶の書き換えをしろ、とも。
 それはつまり、人目のつかない違う場所でビルを痛め付けてから、その記憶を書き換えろ、って?
 俺達の記憶をビルから消せ、って?


 今までのオスカーからは、そんな悪どい考えをする奴とは思ってもみなかった。
 誰のこともそれ程好きじゃないんだろう、とは思っていたが、また誰のことも嫌っていないような。
 どこか自分達とは違う、まるで年齢の離れた大人みたいな奴だ、と思っていた。


 それに、お前には出来る、と言われても。
 人の精神をいじる魔法なんて、親父殿から教えられていない。
 こいつは何を根拠に、自信たっぷりに言うんだ?




 一定の距離を空けて、ビルと女が3人の後ろを付いてくる。
 逃げ出せば、直ぐに追い付く距離だと思っているし。
 もし、今日逃げられても、後日学苑まで行けばいい、と思ってる馬鹿だ。

 簡単には部外者は学苑内には侵入出来ないのに、こっちを舐めているのだ。
 グレンジャーが返事をしないのは怯えているから。
 オスカーが金を払う、と言うのは殴られたくないから。
 カールなんて、見るからに震えているし。


 ビルはうまく金づるを見つけた、と思ってる。
 今回だけにするつもりなんかない。
 女とふたりで、今夜の楽しい予定で頭がいっぱいの馬鹿だ。



「カール、人目がつかない場所を教えてくれたら、帰れるようにする」

 
 オスカーが後ろのふたりに聞こえないようにカールに言ったその声は。
 さっき、ビルに脅されるまま金を出そうとした同一人物とは思えない……
 年上の男に恐喝されて、小さくなっている中学1年生とは思えない落ち着きぶりだった。
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