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【本編】 原作者の私ですが婚約者は譲っても推しのお義兄様は渡しません!
第49話
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今朝オズワルドと名乗った男に、ロザリンドは拐かされた。
彼が苦しんでいる、とルシルから聞かされて心配で馬車まで走った。
後からルシルが待つように叫んでいた気がしたが、自分のせいで彼がこんな目に合わされたのだ。
それを自分で確認して、人任せにしてはいけない、と思ったから。
馬車の扉を開けた途端、薬品を染み込ませた白いハンカチで口を覆われて彼女は気を失った。
そして今。
無理やり起こされて、荷馬車の荷台に放り込まれた。
馬を外し、乗り捨てられた侯爵家の馬車の中には、ロザリンドと同様に気を失って拘束されていた御者のマルコムが転がされていた。
彼は命までは奪われていないようで安心した。
この物語の中では、例えモブであろうとマルコムは死んで欲しくないし、悪役であろうとオズワルドに殺人を犯して欲しくなかったからだ。
意識を取り戻した彼女にオズワルドは目隠しと猿轡を咬ませた。
目を隠される前、一瞬見えた彼の瞳は光を失っているように見えて。
初めて自分は殺されるのかもしれない、と恐怖した。
前世の記憶を得てからのロザリンドの中では、この世界は物語の世界で。
推しのオスカーに愛されて、これからはラブ展開が待っているのだ、とどこかで登場人物を演じているような心地がしていた。
しかし、こうして身体の自由を奪われて、視覚も失って。
初めてこれが現実の出来事なのだ、と思い知らされた。
原作者だからと言って、無事に生き延びる確証など無い。
どこを走っているのか見当もつかないが、寒くて震えが止まらない。
ルシルは直ぐにオスカーに事の次第を伝え、父は侯爵家の持つ全ての力を駆使して行方を追ってくれているのだろうか。
オズワルドは王太子派の人間で、彼は最初からロザリンドの誘拐が目当てだったのか。
自分の存在がオスカーを追い詰める手段にされてしまう……
目的地に着いたのか、荷馬車は停車した。
荷台に転がされていたので、身体のあちこちが痛かった。
◇◇◇
ロザリンドの身体を担いで男は小屋に入った。
王都の外れの森の奥、木こりや猟師が休憩に使用する簡単な造りの小屋だ。
仮面祭りが終わると、翌週から初冬の狩猟シーズンが始まる。
誰かがその前に軽く暖炉や煙突を掃除していたので、問題なく使用することが出来た。
たなびく煙からこの小屋をたどられることは想定内だ。
どうせここには少しの時間しか居ないので、平気だった。
今朝、簡単に顔を合わせたオスカーの護衛騎士が訝しそうに自分を見ていた。
髪を赤毛に染めていたので、はっきりとは認識出来ていなかったか、それとも。
理不尽に職を奪われた男を気の毒に思って、見て見ぬ振りをしてくれたのか。
どちらにしろ長居をすれば無用の情も出て、それは事の妨げになる。
雇い入れ初日にやってしまおう、と決心がついた。
午前中には荷馬車を借りる手配をして、小屋の下見をした。
これは男にとって短期決戦なのだ。
◇◇◇
男が王城の近衛をしていた頃、何度か軽く関係を持っていた女は、王妃の側に付いている侍女だった。
その女は側妃クロエの実家マクブライト家からスパイとして送り込まれていた。
クロエ妃が離縁されてからも彼女は王妃の、王家の動向をマクブライトへ送り続けた。
そして意外にも情の深い女だったのか、あの騒動で王城を追われた男ともその縁を切るつもりは無かったようで、昨夜密かに連絡が来て男は女と会った。
久しぶりの情事の後、男の腕の中で女は話した。
あの、忌々しいコルテスの小僧が王弟なのだ、と。
3ヶ月後の貴族議会で承認を得たら、王族になり。
ランドールの馬鹿が居なくなったから、王位継承権第2位に躍り出るのだと。
国王は期待半分、贖罪半分で小僧を王族に迎える気だが、正直なところ王妃は面白くなさそうだ、と女は嗤った。
『だからあの子は、あの時何のお咎めもなかったのよね』
そうだ、あの小僧には何の咎めもなかった。
デビュタントの夜、第2王子を殴ったのに、ヤツには何の咎めもなく……
その分、こちらにその罰が来た。
ランドールの護衛は順番で、たまたまあの日が当番だっただけ。
仕事だから、守らなくてはならないから。
あの鬼畜殿下ランドールの傍に付いていた。
無理矢理に私室に少女を連れ込もうとしたあんなヤツに付かされていた。
護衛の当番ではなかった時、何度かその現場に行き合わせた事がある。
嫌がる女を抱き上げて、何事かをアイツは囁く。
すると女は黙って、ヤツに抱かれる為抵抗することもなく連れられていく。
誰もが見ていない振りをした。
第2王子の事を胸糞の悪いガキだ、と近衛の仲間も口にしていた。
だから、あの夜コルテスの娘が暴れてアイツを倒して馬乗りになった時も、拘束などせずそのままにしてやったのだ。
初めてあのクソガキを締め上げた娘に喝采を送りたかった程だ。
同僚の目も笑っていた。
だが直ぐに、コルテスの小僧が現れて。
ランドールの傍に居た男と同僚に殴りかかってきた。
侯爵家の嫡男だと分かっていたから、妹を守る為必死なんだと分かっていたから。
怪我をさせられない、とわざと殴られてやったのに。
何故か、男と同僚は処罰の対象となった。
近衛隊長は申し訳なさそうに解雇を告げた。
誰が広めたのか王都の噂では、自分達は鬼畜王子の一味にされていた。
王子と一緒になって女性に無理矢理行為を強いていた、と。
コルテスの小僧には指一本触れていないのに、抵抗してやられたことになっていた。
3人を凝らしめた小僧は英雄のように持ち上げられて。
クソガキは1人だけ、そそくさとこの国から逃げて、砂漠の女王の男妾になった。
男は伯爵家の次男だったが、外聞を気にした父親から勘当されて平民になった。
同僚は婚約破棄されて違約金を請求され、男と同じく実家から勘当されて首をくくった。
女からコルテス侯爵が商会から護衛を雇う予定だと聞いて、早朝から邸宅の前で張り込んで、お気楽にやってきた本物のオズワルドを襲って身元保証書類を奪い、成り代わった。
男が淡々と語るいきさつに、目隠しと猿轡から解放されたロザリンドは返す言葉も無かった。
あの夜の出来事が、こんな結果になっていたなんて。
面白がって流された噂から死人が出ていたなんて。
オスカーやランドールや……キャラ付けした人物の陰で名前さえ付いていなかった護衛2名に、そんな過酷な運命が待っていたなんて、想像さえしていなかった。
彼が苦しんでいる、とルシルから聞かされて心配で馬車まで走った。
後からルシルが待つように叫んでいた気がしたが、自分のせいで彼がこんな目に合わされたのだ。
それを自分で確認して、人任せにしてはいけない、と思ったから。
馬車の扉を開けた途端、薬品を染み込ませた白いハンカチで口を覆われて彼女は気を失った。
そして今。
無理やり起こされて、荷馬車の荷台に放り込まれた。
馬を外し、乗り捨てられた侯爵家の馬車の中には、ロザリンドと同様に気を失って拘束されていた御者のマルコムが転がされていた。
彼は命までは奪われていないようで安心した。
この物語の中では、例えモブであろうとマルコムは死んで欲しくないし、悪役であろうとオズワルドに殺人を犯して欲しくなかったからだ。
意識を取り戻した彼女にオズワルドは目隠しと猿轡を咬ませた。
目を隠される前、一瞬見えた彼の瞳は光を失っているように見えて。
初めて自分は殺されるのかもしれない、と恐怖した。
前世の記憶を得てからのロザリンドの中では、この世界は物語の世界で。
推しのオスカーに愛されて、これからはラブ展開が待っているのだ、とどこかで登場人物を演じているような心地がしていた。
しかし、こうして身体の自由を奪われて、視覚も失って。
初めてこれが現実の出来事なのだ、と思い知らされた。
原作者だからと言って、無事に生き延びる確証など無い。
どこを走っているのか見当もつかないが、寒くて震えが止まらない。
ルシルは直ぐにオスカーに事の次第を伝え、父は侯爵家の持つ全ての力を駆使して行方を追ってくれているのだろうか。
オズワルドは王太子派の人間で、彼は最初からロザリンドの誘拐が目当てだったのか。
自分の存在がオスカーを追い詰める手段にされてしまう……
目的地に着いたのか、荷馬車は停車した。
荷台に転がされていたので、身体のあちこちが痛かった。
◇◇◇
ロザリンドの身体を担いで男は小屋に入った。
王都の外れの森の奥、木こりや猟師が休憩に使用する簡単な造りの小屋だ。
仮面祭りが終わると、翌週から初冬の狩猟シーズンが始まる。
誰かがその前に軽く暖炉や煙突を掃除していたので、問題なく使用することが出来た。
たなびく煙からこの小屋をたどられることは想定内だ。
どうせここには少しの時間しか居ないので、平気だった。
今朝、簡単に顔を合わせたオスカーの護衛騎士が訝しそうに自分を見ていた。
髪を赤毛に染めていたので、はっきりとは認識出来ていなかったか、それとも。
理不尽に職を奪われた男を気の毒に思って、見て見ぬ振りをしてくれたのか。
どちらにしろ長居をすれば無用の情も出て、それは事の妨げになる。
雇い入れ初日にやってしまおう、と決心がついた。
午前中には荷馬車を借りる手配をして、小屋の下見をした。
これは男にとって短期決戦なのだ。
◇◇◇
男が王城の近衛をしていた頃、何度か軽く関係を持っていた女は、王妃の側に付いている侍女だった。
その女は側妃クロエの実家マクブライト家からスパイとして送り込まれていた。
クロエ妃が離縁されてからも彼女は王妃の、王家の動向をマクブライトへ送り続けた。
そして意外にも情の深い女だったのか、あの騒動で王城を追われた男ともその縁を切るつもりは無かったようで、昨夜密かに連絡が来て男は女と会った。
久しぶりの情事の後、男の腕の中で女は話した。
あの、忌々しいコルテスの小僧が王弟なのだ、と。
3ヶ月後の貴族議会で承認を得たら、王族になり。
ランドールの馬鹿が居なくなったから、王位継承権第2位に躍り出るのだと。
国王は期待半分、贖罪半分で小僧を王族に迎える気だが、正直なところ王妃は面白くなさそうだ、と女は嗤った。
『だからあの子は、あの時何のお咎めもなかったのよね』
そうだ、あの小僧には何の咎めもなかった。
デビュタントの夜、第2王子を殴ったのに、ヤツには何の咎めもなく……
その分、こちらにその罰が来た。
ランドールの護衛は順番で、たまたまあの日が当番だっただけ。
仕事だから、守らなくてはならないから。
あの鬼畜殿下ランドールの傍に付いていた。
無理矢理に私室に少女を連れ込もうとしたあんなヤツに付かされていた。
護衛の当番ではなかった時、何度かその現場に行き合わせた事がある。
嫌がる女を抱き上げて、何事かをアイツは囁く。
すると女は黙って、ヤツに抱かれる為抵抗することもなく連れられていく。
誰もが見ていない振りをした。
第2王子の事を胸糞の悪いガキだ、と近衛の仲間も口にしていた。
だから、あの夜コルテスの娘が暴れてアイツを倒して馬乗りになった時も、拘束などせずそのままにしてやったのだ。
初めてあのクソガキを締め上げた娘に喝采を送りたかった程だ。
同僚の目も笑っていた。
だが直ぐに、コルテスの小僧が現れて。
ランドールの傍に居た男と同僚に殴りかかってきた。
侯爵家の嫡男だと分かっていたから、妹を守る為必死なんだと分かっていたから。
怪我をさせられない、とわざと殴られてやったのに。
何故か、男と同僚は処罰の対象となった。
近衛隊長は申し訳なさそうに解雇を告げた。
誰が広めたのか王都の噂では、自分達は鬼畜王子の一味にされていた。
王子と一緒になって女性に無理矢理行為を強いていた、と。
コルテスの小僧には指一本触れていないのに、抵抗してやられたことになっていた。
3人を凝らしめた小僧は英雄のように持ち上げられて。
クソガキは1人だけ、そそくさとこの国から逃げて、砂漠の女王の男妾になった。
男は伯爵家の次男だったが、外聞を気にした父親から勘当されて平民になった。
同僚は婚約破棄されて違約金を請求され、男と同じく実家から勘当されて首をくくった。
女からコルテス侯爵が商会から護衛を雇う予定だと聞いて、早朝から邸宅の前で張り込んで、お気楽にやってきた本物のオズワルドを襲って身元保証書類を奪い、成り代わった。
男が淡々と語るいきさつに、目隠しと猿轡から解放されたロザリンドは返す言葉も無かった。
あの夜の出来事が、こんな結果になっていたなんて。
面白がって流された噂から死人が出ていたなんて。
オスカーやランドールや……キャラ付けした人物の陰で名前さえ付いていなかった護衛2名に、そんな過酷な運命が待っていたなんて、想像さえしていなかった。
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