上 下
49 / 78
【本編】 原作者の私ですが婚約者は譲っても推しのお義兄様は渡しません!

第49話

しおりを挟む
 今朝オズワルドと名乗った男に、ロザリンドは拐かされた。

 彼が苦しんでいる、とルシルから聞かされて心配で馬車まで走った。
 後からルシルが待つように叫んでいた気がしたが、自分のせいで彼がこんな目に合わされたのだ。
 それを自分で確認して、人任せにしてはいけない、と思ったから。


 馬車の扉を開けた途端、薬品を染み込ませた白いハンカチで口を覆われて彼女は気を失った。
 そして今。
 無理やり起こされて、荷馬車の荷台に放り込まれた。


 馬を外し、乗り捨てられた侯爵家の馬車の中には、ロザリンドと同様に気を失って拘束されていた御者のマルコムが転がされていた。

 彼は命までは奪われていないようで安心した。
 この物語の中では、例えモブであろうとマルコムは死んで欲しくないし、悪役であろうとオズワルドに殺人を犯して欲しくなかったからだ。


 意識を取り戻した彼女にオズワルドは目隠しと猿轡を咬ませた。
 目を隠される前、一瞬見えた彼の瞳は光を失っているように見えて。
 初めて自分は殺されるのかもしれない、と恐怖した。



 前世の記憶を得てからのロザリンドの中では、この世界は物語の世界で。
 推しのオスカーに愛されて、これからはラブ展開が待っているのだ、とどこかで登場人物を演じているような心地がしていた。


 しかし、こうして身体の自由を奪われて、視覚も失って。
 初めてこれが現実の出来事なのだ、と思い知らされた。
 原作者だからと言って、無事に生き延びる確証など無い。



 どこを走っているのか見当もつかないが、寒くて震えが止まらない。
 ルシルは直ぐにオスカーに事の次第を伝え、父は侯爵家の持つ全ての力を駆使して行方を追ってくれているのだろうか。

 オズワルドは王太子派の人間で、彼は最初からロザリンドの誘拐が目当てだったのか。
 自分の存在がオスカーを追い詰める手段にされてしまう……


 目的地に着いたのか、荷馬車は停車した。
 荷台に転がされていたので、身体のあちこちが痛かった。


 ◇◇◇


 ロザリンドの身体を担いで男は小屋に入った。
 王都の外れの森の奥、木こりや猟師が休憩に使用する簡単な造りの小屋だ。

 仮面祭りが終わると、翌週から初冬の狩猟シーズンが始まる。
 誰かがその前に軽く暖炉や煙突を掃除していたので、問題なく使用することが出来た。

 たなびく煙からこの小屋をたどられることは想定内だ。
 どうせここには少しの時間しか居ないので、平気だった。



 今朝、簡単に顔を合わせたオスカーの護衛騎士が訝しそうに自分を見ていた。
 髪を赤毛に染めていたので、はっきりとは認識出来ていなかったか、それとも。
 理不尽に職を奪われた男を気の毒に思って、見て見ぬ振りをしてくれたのか。

 どちらにしろ長居をすれば無用の情も出て、それは事の妨げになる。
 雇い入れ初日にやってしまおう、と決心がついた。
 午前中には荷馬車を借りる手配をして、小屋の下見をした。
 これは男にとって短期決戦なのだ。


 ◇◇◇ 


 男が王城の近衛をしていた頃、何度か軽く関係を持っていた女は、王妃の側に付いている侍女だった。
 その女は側妃クロエの実家マクブライト家からスパイとして送り込まれていた。

 クロエ妃が離縁されてからも彼女は王妃の、王家の動向をマクブライトへ送り続けた。
 そして意外にも情の深い女だったのか、あの騒動で王城を追われた男ともその縁を切るつもりは無かったようで、昨夜密かに連絡が来て男は女と会った。


 久しぶりの情事の後、男の腕の中で女は話した。
 あの、忌々しいコルテスの小僧が王弟なのだ、と。
 3ヶ月後の貴族議会で承認を得たら、王族になり。
 ランドールの馬鹿が居なくなったから、王位継承権第2位に躍り出るのだと。


 国王は期待半分、贖罪半分で小僧を王族に迎える気だが、正直なところ王妃は面白くなさそうだ、と女は嗤った。

『だからあの子は、あの時何のお咎めもなかったのよね』


 そうだ、あの小僧には何の咎めもなかった。
 デビュタントの夜、第2王子を殴ったのに、ヤツには何の咎めもなく……
 その分、こちらにその罰が来た。


 ランドールの護衛は順番で、たまたまあの日が当番だっただけ。
 仕事だから、守らなくてはならないから。
 あの鬼畜殿下ランドールの傍に付いていた。
 無理矢理に私室に少女を連れ込もうとしたあんなヤツに付かされていた。


 護衛の当番ではなかった時、何度かその現場に行き合わせた事がある。
 嫌がる女を抱き上げて、何事かをアイツは囁く。
 すると女は黙って、ヤツに抱かれる為抵抗することもなく連れられていく。
 誰もが見ていない振りをした。


 第2王子の事を胸糞の悪いガキだ、と近衛の仲間も口にしていた。
 だから、あの夜コルテスの娘が暴れてアイツを倒して馬乗りになった時も、拘束などせずそのままにしてやったのだ。
 初めてあのクソガキを締め上げた娘に喝采を送りたかった程だ。
 同僚の目も笑っていた。


 だが直ぐに、コルテスの小僧が現れて。
 ランドールの傍に居た男と同僚に殴りかかってきた。
 侯爵家の嫡男だと分かっていたから、妹を守る為必死なんだと分かっていたから。
 怪我をさせられない、とわざと殴られてやったのに。



 何故か、男と同僚は処罰の対象となった。
 近衛隊長は申し訳なさそうに解雇を告げた。


 誰が広めたのか王都の噂では、自分達は鬼畜王子の一味にされていた。
 王子と一緒になって女性に無理矢理行為を強いていた、と。
 コルテスの小僧には指一本触れていないのに、抵抗してやられたことになっていた。



 3人を凝らしめた小僧は英雄のように持ち上げられて。
 クソガキは1人だけ、そそくさとこの国から逃げて、砂漠の女王の男妾になった。


 男は伯爵家の次男だったが、外聞を気にした父親から勘当されて平民になった。
 同僚は婚約破棄されて違約金を請求され、男と同じく実家から勘当されて首をくくった。


 女からコルテス侯爵が商会から護衛を雇う予定だと聞いて、早朝から邸宅の前で張り込んで、お気楽にやってきた本物のオズワルドを襲って身元保証書類を奪い、成り代わった。



 男が淡々と語るいきさつに、目隠しと猿轡から解放されたロザリンドは返す言葉も無かった。
 あの夜の出来事が、こんな結果になっていたなんて。
 面白がって流された噂から死人が出ていたなんて。


 オスカーやランドールや……キャラ付けした人物の陰で名前さえ付いていなかった護衛2名に、そんな過酷な運命が待っていたなんて、想像さえしていなかった。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜

みおな
恋愛
 公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。  当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。  どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

処理中です...