上 下
40 / 78
【本編】 原作者の私ですが婚約者は譲っても推しのお義兄様は渡しません!

第40話

しおりを挟む
『兄上』と、呼び掛けたのは何年ぶりだろうか。
 幼い頃は『兄様』と、甘えた。
 初等部に入ってからは『兄上』、思春期を迎えて家族に素直になれなくなって『ダンカン』と、生意気に名前で呼んだ。


「それを聞きたいのは俺の方だよ。
 お前には酷いことをした。
 ずっと謝りたかったけど……今年やっと警備隊に選抜されたから会いに来れたんだ。
 偶然に見かけて追いかけたけど、まさか貴族のお前が祭りに居るとは思わなかったし、久しぶりだからお前だと確認する為に声をかけずにしばらく後をつけていた。
 こうしてお前の義妹や友人とも会えて良かった。
 ……ふたりだけだったら何を話していいか、実は悩んでいたんだ」

「……」

「今でも落ちていくお前が、信じられないって俺を見ている顔が……
 夢に出てくる。
 無事で……残るような傷が無かったことが、今でも……
 本当に申し訳なかった……許してくれ」


 今までとは打って変わって、静かに途切れ途切れにダンカンは話した。
 その手は細かく震えていた。
 大きな怪我を負わなかったのはカーネル・オルコットがかけた保護魔法のお陰だった。
 弟を殺していたかもしれない悪夢に今もダンカンは苦しんでいる。

 決して仲が悪かったわけではない。
 幼い頃から一緒に遊んでいた兄弟だった。
『似てない兄弟』と、からかわれた時は相手にやり返してくれた兄だった。

 オスカーは俯いて、無言で何度も頷いた。


「……えー、取り敢えず冷めるから、これいただきますね」

 その場に流れていた一種ピリピリした緊張感が、その声で緩んで。

 料理に手を伸ばし始めたウェズリーにロザリンドは感謝の目を向けた。


 ◇◇◇


 義父の借金のかたにアラカーンの商人(決してデブとは言わない) に第5夫人として売られてしまうのだ、と。
 涙ながらに語るミシェルに、その場でダンカンは彼女に跪いてプロポーズした。


 そうなることを目論んでいたのに、思いがけない求婚に戸惑いながらも受け入れるピュアな乙女を、ミシェルは見事に演じきった。
 他の3人はいささか白けた表情で、それを祝福した。


 自分の馬を持てるようになって初めて1人前だと認められる騎士団で、今回の王都警備隊の仕事が無事に終われば、馬を買いに行く許しが得られるのだと、
 ダンカンはミシェルに語った。

 それを聞いたミシェルは嬉しそうに、その記念すべき馬の名前をつけさせて欲しいと、彼にねだった。
 初めての可愛いおねだりに嬉しそうにダンカンは頷いた。


「好きな響きの名前があるんです……
 ぜひ、レクサスでお願いします」

 前世セレブらしいミシェルのおねだりだった。



 オスカーとダンカンの夜の約束はキャンセルになった。
 ダンカンはこれから騎士団の上役や同僚に、ミシェルを紹介するのだと言う。
 多分夜は彼等から御祝いの宴を開いて貰えるだろうから、と彼は可愛い嫁の肩を抱きながら、オスカー達3人も参加して欲しい、と誘ったが。


 オスカーはグレンジャーとの約束があったし、ウェズリーも微妙な関係を皆から聞かれても……と、辞退した。
 それで、後から3人の連名で大きな花束を届けさせる事を約束して、勢いで出来てしまったカップルと別れた。


 ホテルを出たところでウェズリーとも、別れた。
 俺が花屋に寄って花束を見繕うよと、彼は言った。


「また何かあったら協力するから、声をかけて」

 悪気はないけど、馬鹿者で、とことん優しいウェズリー。
 ロザリンドにそう言って、ぶらぶらと歩きだしたウェズリーの後ろ姿を見送るロザリンドの指を、再びオスカーのそれが絡んでくる。


「俺はこれからグレンジャーの所に行くけど、ロージーも一緒に来て欲しい」


 今までならロザリンドの意思を尊重するように、どうする? という聞き方をするオスカーだったのに、はっきりと一緒に来て欲しいと、言ってくれた。
 そんな彼の変化で、改めてふたりの距離が変わったのだと、喜びをかみしめたロザリンドだった。


 好きにはなれなかったけれど、ヒロインのミシェルが自分で幸せを掴んでくれてホッとした。
 オスカーを渡したくないと、ストーリーの変更を願ったロザリンドだったが、オスカーとも王太子とも会えなかった彼女の未来がどうなってしまうのか気掛かりだったのも、確かだ。

 復讐など考えてもいなかったダンカンも、いずれはトラウマを克服するだろう。


 何より、オスカーが側にいてくれて。
 彼を失わずにすんだ事が嬉しい。


 そしてロザリンドは。
 多くの人々が行き交う祭りの雑踏の中で。

 オスカーと初めてのキスをした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?

柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。 理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。 「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。 だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。 ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。 マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。 そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。 「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。 ──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。 その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。 けれど、それには思いも寄らない理由があって……? 信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。 ※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

あなたは推しません~浮気殿下と縁を切って【推し】に会いに行きたいのに!なぜお兄様が溺愛してくるんですか!?

越智屋ノマ@甘トカ【書籍】大人気御礼!
恋愛
――あぁ、これ、詰むやつ。 月明りに濡れる庭園で見つめ合う、王太子とピンク髪の男爵令嬢。 ふたりを目撃した瞬間、悪役令嬢ミレーユ・ガスタークは前世の記憶を取り戻す。 ここは恋愛ゲームアプリの世界、自分は王太子ルートの悪役令嬢だ。 貴族学園でヒロインに悪辣非道な仕打ちを続け、卒業パーティで断罪されて修道院送りになるという、テンプレべたべたな負け犬人生。 ……冗談じゃありませんわよ。 勝手に私を踏み台にしないでくださいね? 記憶を取り戻した今となっては、王太子への敬意も慕情も消え失せた。 だってあの王太子、私の推しじゃあなかったし! 私の推しは、【ノエル】なんだもの!! 王太子との婚約破棄は大歓迎だが、断罪されるのだけは御免だ。 悠々自適な推し活ライフを楽しむためには、何としても王太子側の『有責』に持ち込まなければ……! 【ミレーユの生き残り戦略】 1.ヒロインを虐めない 2.味方を増やす 3.過去の《やらかし》を徹底カバー! これら3つを死守して、推し活目指してがんばるミレーユ。 するとなぜか、疎遠だった義兄がミレーユに惹かれ始め…… 「王太子がお前を要らないというのなら、私が貰う。絶対にお前を幸せにするよ」 ちょっとちょっとちょっと!? 推し活したいだけなのに、面倒くさいヒロインと王太子、おまけに義兄も想定外な行動を起こしてくるから手に負えません……! ミレーユは、無事に推し活できるのか……? * ざまぁ多めのハッピーエンド。 * 注:主人公は義兄を、血のつながった兄だと思い込んでいます。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...