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【本編】 原作者の私ですが婚約者は譲っても推しのお義兄様は渡しません!
第36話
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可愛さとあざとさの境目は微妙だ。
それは見せられたこちらの気持ちで左右される。
高等部2年生の学年末、夏休みが始まる2日前。
ウェズリー・ノース・ラザフォードはミシェル・フライに失恋した。
『これから王太子殿下の恋人になるから』という、とんでもない理由で。
『転生』だの、『マンガ』だの……わけのわからない話は置いといて。
可愛くて可愛くて、その笑顔が眩しくて夢中になった恋人なのに、振られて離れてみたら『あれは一体何だった?』と、思い始めた。
可愛いと思っていた彼女の全てが、あざとく見えたのだ。
2年続いた熱が冷めて、さっき見かけた時はスルーしようと思ったのだが、彼女が手にしている大きなバッグが気になった。
祭りのこんな人混みの中で、あの荷物は悪目立ちすぎる。
わざわざ襲ってください、と言っているようなものじゃないか。
それでつい、ミシェルに声をかけたウェズリーだった。
別れた元カノを見ていない振り出来ない男、ウェズリー。
「家を出てきたの、売られる前に」
ルーランド広場の中央に位置する噴水のスワンの泉の周囲には沢山の人達が座っている。
それぞれ談笑したり、露店で買った食べ物を分け合っていたり。
朝食を取っていないと言われて、ウェズリーはミシェルに肉と野菜を挟んだパンを買った。
彼女は凄い勢いでそれを食べ、あっという間に完食してからようやく笑顔を見せて『ごちそうさま』と言った。
その輝くような笑顔が見たくて、大切にしたくて。
どんなモノでも彼女に与えたいと思っていたのに。
今となれば『あー、そんなにお腹空いてたんだな』位にしか思えないのがホッとして、なぜか寂しくなった。
そんな気持ちを押し隠して、空腹が落ち着いたらしいミシェルに聞いた。
「売られるって、どういう事なの?」
「クソ男爵が借金をチャラにして貰う為に、私をアラカーンのデブ親父に売るのよ、第5夫人らしいわ」
ミシェルの口の悪さに驚いたが、そこは聞き流すことにした。
「学苑を辞める手続を昨日されたわ。
今夜デブが私を迎えに来るから、皆が起きてくる前に家を出てきたのよ」
それでこの大きな荷物を持っているのか、納得したウェズリーだった。
「何処か行くあてはあるの?」
かつて愛した女性だ。
行くあてがないなら、自立出来るまでウチで働いて貰ってもいいかな、と考えた。
自分の婚約破棄の原因となった男爵令嬢を、ラザフォード侯爵家が受け入れるはずがないこと等考えていないのだ。
……悪気はないけど、馬鹿だから。
「あぁ、それなら大丈夫。
今夜王太子殿下と出会うから、そのまま王宮に連れていって貰うわ」
……以前聞いた時には指摘しなかったけど。
さすがにちゃんと言っといてあげた方がいいよな、俺達は友達なんだから。
「あのさ、王太子殿下の恋人になる、って本気で信じてるの?
アーノルド殿下と結婚出来る、って?」
「……何が言いたいの?」
「王太子妃は公爵家と侯爵家からしかなれない、ってこと」
「……」
「側妃なら伯爵家以上。
君が侯爵以上の家門の養女にならない限り、王太子妃になるのは無理なんだよ?」
出来るだけ優しく言ったつもりだったけれど。
最近キレやすくなったミシェルは顔色を変えた。
「そ、そんなの殿下が命令したら!」
「貴族議会がそんなの認めないよ」
現在のルーランド王国を動かしているのは王家ではない。
伯爵以上の貴族から成る議会が王国を動かしているのに、目の前のミシェルは王族ならどんな難題も通せると思っているようだ。
「王太子殿下の婚約者はグレンフォール公爵令嬢だ。
王太子派のトップの令嬢との婚約が、解消されるわけがないんだよ。
それに、中立派のトップがコルテス侯爵家。
今居なくなったけど、ランドール殿下を推していたのがクロエ妃実家のマクブライト侯爵家とウチのラザフォード。
悪いのは俺だから申し訳ないけど、君がコルテスとラザフォードの婚約破棄の原因だ、と知られているから……
他の貴族は気を遣って、どこも君を受け入れないよ」
もうこの王国でミシェルを養女としても愛妾としても、受け入れる貴族は居ない。
だから義父のフライ男爵は利用価値がなくなったミシェルを売ることにしたのだ。
「そんな、愛さえあれば……」
デビュタントの会場で、寄り添って楽しそうに会話していた王太子殿下とグレンフォール公爵令嬢の姿を、ウェズリーは覚えている。
婚約当初から仲睦まじいふたりの間に、どうやって彼女は割り込もうとしていたのか。
「……無理なのね?
グレンジャーが私に『色々と大変』と、言ったのはそういうことなのね?」
ミシェルの大きな瞳に綺麗な涙が浮かんだ。
ウェズリーはその涙を拭う事はもうしないけれど。
綺麗で、あざとくて、愚かなミシェル。
彼女の夢を潰してしまったことに心が痛んだ。
それは見せられたこちらの気持ちで左右される。
高等部2年生の学年末、夏休みが始まる2日前。
ウェズリー・ノース・ラザフォードはミシェル・フライに失恋した。
『これから王太子殿下の恋人になるから』という、とんでもない理由で。
『転生』だの、『マンガ』だの……わけのわからない話は置いといて。
可愛くて可愛くて、その笑顔が眩しくて夢中になった恋人なのに、振られて離れてみたら『あれは一体何だった?』と、思い始めた。
可愛いと思っていた彼女の全てが、あざとく見えたのだ。
2年続いた熱が冷めて、さっき見かけた時はスルーしようと思ったのだが、彼女が手にしている大きなバッグが気になった。
祭りのこんな人混みの中で、あの荷物は悪目立ちすぎる。
わざわざ襲ってください、と言っているようなものじゃないか。
それでつい、ミシェルに声をかけたウェズリーだった。
別れた元カノを見ていない振り出来ない男、ウェズリー。
「家を出てきたの、売られる前に」
ルーランド広場の中央に位置する噴水のスワンの泉の周囲には沢山の人達が座っている。
それぞれ談笑したり、露店で買った食べ物を分け合っていたり。
朝食を取っていないと言われて、ウェズリーはミシェルに肉と野菜を挟んだパンを買った。
彼女は凄い勢いでそれを食べ、あっという間に完食してからようやく笑顔を見せて『ごちそうさま』と言った。
その輝くような笑顔が見たくて、大切にしたくて。
どんなモノでも彼女に与えたいと思っていたのに。
今となれば『あー、そんなにお腹空いてたんだな』位にしか思えないのがホッとして、なぜか寂しくなった。
そんな気持ちを押し隠して、空腹が落ち着いたらしいミシェルに聞いた。
「売られるって、どういう事なの?」
「クソ男爵が借金をチャラにして貰う為に、私をアラカーンのデブ親父に売るのよ、第5夫人らしいわ」
ミシェルの口の悪さに驚いたが、そこは聞き流すことにした。
「学苑を辞める手続を昨日されたわ。
今夜デブが私を迎えに来るから、皆が起きてくる前に家を出てきたのよ」
それでこの大きな荷物を持っているのか、納得したウェズリーだった。
「何処か行くあてはあるの?」
かつて愛した女性だ。
行くあてがないなら、自立出来るまでウチで働いて貰ってもいいかな、と考えた。
自分の婚約破棄の原因となった男爵令嬢を、ラザフォード侯爵家が受け入れるはずがないこと等考えていないのだ。
……悪気はないけど、馬鹿だから。
「あぁ、それなら大丈夫。
今夜王太子殿下と出会うから、そのまま王宮に連れていって貰うわ」
……以前聞いた時には指摘しなかったけど。
さすがにちゃんと言っといてあげた方がいいよな、俺達は友達なんだから。
「あのさ、王太子殿下の恋人になる、って本気で信じてるの?
アーノルド殿下と結婚出来る、って?」
「……何が言いたいの?」
「王太子妃は公爵家と侯爵家からしかなれない、ってこと」
「……」
「側妃なら伯爵家以上。
君が侯爵以上の家門の養女にならない限り、王太子妃になるのは無理なんだよ?」
出来るだけ優しく言ったつもりだったけれど。
最近キレやすくなったミシェルは顔色を変えた。
「そ、そんなの殿下が命令したら!」
「貴族議会がそんなの認めないよ」
現在のルーランド王国を動かしているのは王家ではない。
伯爵以上の貴族から成る議会が王国を動かしているのに、目の前のミシェルは王族ならどんな難題も通せると思っているようだ。
「王太子殿下の婚約者はグレンフォール公爵令嬢だ。
王太子派のトップの令嬢との婚約が、解消されるわけがないんだよ。
それに、中立派のトップがコルテス侯爵家。
今居なくなったけど、ランドール殿下を推していたのがクロエ妃実家のマクブライト侯爵家とウチのラザフォード。
悪いのは俺だから申し訳ないけど、君がコルテスとラザフォードの婚約破棄の原因だ、と知られているから……
他の貴族は気を遣って、どこも君を受け入れないよ」
もうこの王国でミシェルを養女としても愛妾としても、受け入れる貴族は居ない。
だから義父のフライ男爵は利用価値がなくなったミシェルを売ることにしたのだ。
「そんな、愛さえあれば……」
デビュタントの会場で、寄り添って楽しそうに会話していた王太子殿下とグレンフォール公爵令嬢の姿を、ウェズリーは覚えている。
婚約当初から仲睦まじいふたりの間に、どうやって彼女は割り込もうとしていたのか。
「……無理なのね?
グレンジャーが私に『色々と大変』と、言ったのはそういうことなのね?」
ミシェルの大きな瞳に綺麗な涙が浮かんだ。
ウェズリーはその涙を拭う事はもうしないけれど。
綺麗で、あざとくて、愚かなミシェル。
彼女の夢を潰してしまったことに心が痛んだ。
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