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【本編】 原作者の私ですが婚約者は譲っても推しのお義兄様は渡しません!

第35話

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 今日は祝日で学苑はお休みだ。
 城下では昼前から華やかに祭りが始まっていた。


 今夜の事が頭から離れない。
 それなのにどう行動すればいいのか、何事も決断できない自分が歯痒い。


 オスカーはこんな男ではないのに。
 既に名前も顔も浮かんでこないひと。
 そのひとが夢見るように語った理想の男。
 それだけは覚えている。

 いつも、どんな時も。
『オスカーだったら、こうする』『オスカーなら、こう言う』
 オスカーだったら……オスカーなら……


 それが12歳からの、この世界を生きていく為の指針になっていた。
 オスカーになろうとして常に努力した。
 いつも、どんな時も。


 だが、今ではその指針が見えなくなっていた。
 唯一の心の拠り所にしていた1枚だけのメモは、余りにも何度も取り出しては握りしめてしまって。
 出来が良くないこの世界の紙は、ボロボロになりかけている。


 まるで自分の様だ、と思った。
 本当は出来ないことの方が多い男なのに、出来る男の振りをしていただけ。
 ずっと周りを偽って来たが、きっと今夜で俺のボロボロの仮面は外れてしまう。


 だからその前に。
 ギリギリ最後に君には、カッコいい俺を覚えていて欲しいから……
 ロザリンドを祭りに誘ったのだ。


 無事にダンカンとの対決を終えて、ミシェルと夜を過ごすこともなくウチに戻れたら『婚約して欲しい』と、ロザリンドに打ち明けるつもりだったが。
 今朝になったらちゃんと言えるのか、その自信さえなくなった。
 胃の辺りがシクシク痛んで、朝食もスープを3匙手をつけただけ。


 ダンカンの企みから逃げられなかったら、多分もう会えない。
 スキャンダルを起こした義理の息子は、養子縁組取消の手続を終えるまで、何処かに押し込められてしまうだろう。

 そのままウェイン家に戻されることなく、自分もまた王都から離れた辺境に送られて、もうロザリンドに会うことは叶わなくなるのかもしれない。


 だからその前に。
 これが最後になるかも知れないから。

 ロザリンド、君の時間を俺にください。


 ◇◇◇


「ほら、ここにも付いてる」

「えっ、何がです……」

 そう言ってオスカーはロザリンドの唇に指を伸ばして、彼女が付けたままにしていたクリームを拭き取った。

 いつもの距離を取る義兄なら、本人に指摘するだけか、ハンカチで拭き取るだろう場面なのに、彼は自分の指でロザリンドの唇を優しく拭い。
 信じられない事に、なんとそのまま!その指を舐めたのだ! 

 使って貰おうと出しかけた自分のハンカチを握りしめて、ロザリンドは真っ赤になり、その場にへたりこみそうになった。 



 祭りの人混みの中での一瞬の出来事だ。
 ハンカチを渡されて拭いたりするのが面倒だったのかも知れない。
 それでも。


 今日のオスカーの様子はいつもと違って、ずっとロザリンドをドキドキさせて、混乱させている。

 侯爵家の馬車を進入可能ギリギリの位置で停めさせると、付き添ってきたロザリンドの侍女に
『後で迎えに来てくれたらいいから』と帰りの時間を告げて、一緒に馬車を降りようとした彼女をウチに戻した。


 そしてロザリンドを下ろす為に差し出したその左手は離されることなく、彼女の右手はぎゅっと握られたままだ。
 市井に下り、彼等のお祭りに混じるのだから、と貴族なら外出時必須アイテムの手袋は付けていない。
 素手での触れあいに自分の手汗が気になったが、祭りの混雑ではぐれないようにと握ってくれた手を離すつもりはなかった。


 だが、それにしても。
 甘い、甘過ぎる。
 さっき買ってくれて、ふたりで立ち食いしたクレープよりも。
 ロザリンドに向けるオスカーの眼差しが、物言いが甘い……甘いが過ぎる。

 その上、繋いだ手を彼はいわゆる『恋人繋ぎ』にグレードアップさせた。
 とどめがさっきの『クリーム付いてるけど取ってあげるね』だ。

 いつものオスカーらしからぬ甘々三段階行動に、ロザリンドの心臓はバクバクしてきた。


 お義兄様、私からお誘いするのはアレですが。
 R18になってしまうけれど、このまま貴方を何処かに連れ込んでも……
 いいですか?


 ロザリンド自身、まだ気付いてはいなかった。
 15歳の乙女らしからぬ、そんな不埒なことを考えている事こそ、自分の中に26歳のホナミの感覚や考え方が戻りつつあるのだ、と。
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