上 下
29 / 78
【本編】 原作者の私ですが婚約者は譲っても推しのお義兄様は渡しません!

第29話

しおりを挟む
 オスカーが学苑で使用するペンケースの中に入っていた一枚のメモには、
『1.祭りに出かける前に、グレンジャーに髪を染めて貰うこと    
 2.身元がバレないように仮面は外さないこと
 3.ダンカンに勧められたものには絶対に手をつけないこと(媚薬盛られる)』と、3点が記されていた。

 多分、物語の記憶が日々失われていくことを恐れたオスカー自身がこれからの自分に、書き残したメモなのだろう。


 前世や『乙花』の事を忘れ始めていることをようやく自覚したオスカーにとって『ちょっと前の俺、教えてくれてありがとう』しかない。
 現世の事に関しては忘れること等ないので、その指示メモがあれば仮面祭りの夜を乗り切れそうな気がする。


 それにしても、1と2はともかくとして。
 3の内容が酷い。 
 兄のダンカンが媚薬を盛ってくるなんて。


 5年前にコルテス侯爵家の後継となったオスカーを妬んだ次兄ダンカンは未だに改心せずに、辺境騎士団を脱走してまでオスカーに事を仕掛けてくるつもりらしい。


 義父に伝えて、ダンカンを捕らえて貰うことは侯爵家の力を持ってすれば簡単な事だが、もしそうなれば実家であるウェイン家にまで類が及んでしまうかも、とオスカーは恐れた。
 よって、他に知られることなく解決しようとして、ひとりでダンカンに会いに行き媚薬を盛られてしまうのだろう。


 ダンカンの企みは容易に推察出来る。
 媚薬で朦朧としたオスカーに、女性をあてがい。
 その盛り上がった時点で現場を誰かに押さえさせる計画だと思われた。


 未成年の令息が起こしたスキャンダルによって、名家コルテス侯爵家の威信は地に落ち、汚名をもたらした原因のオスカーは絶縁されるだろう。
 最近の王国はランドール第2王子殿下の恥ずべき行状から、全体的に未成年の不純交遊に厳しい処分を求める風潮になってきている。

 特にオスカーは『王族に鉄槌を下した男』と、名声が高まっているところに本人の猥褻行為発覚は、どれ程侯爵家に権力があっても揉み消す事は出来ない大きさの、スキャンダルになるのは明白だ。


 流石に今さら自分が後継として代わりに入りたいとは思っていないだろうが、憎いオスカーと年若かった自分を過酷な辺境へ送り込んだコルテス侯爵に、ダンカンは逆恨みで復讐するつもりだ。
 5年の歳月もダンカンの捻れてしまった心根は矯正出来なかったのだ。


 一連の流れを知っていたオスカーは、ダンカン一人だけを潰す方法を、何度も考えていたはずなのに。
 指示メモがあるように、それをどこかに隠していないかと持ち物や部屋を探し回ったが、それらしきものは見つからず。
 案の定、途中で自分が必死で何を探しているのかも忘れてしまうオスカーだった。


『肝心のプランをどうして残しておかないんだ、俺は』
 下手に文書にして誰かに見つかることを以前のオスカーは恐れていたのかも知れないが、今から新しく対策を考えなくてはいけない。


 とりあえず、指示メモ通りに
『仮面祭りの夜に髪を染めて欲しい』と、魔法科の友人グレンジャーと約束をする事にした。


 ◇◇◇


 普通科で主に領地経営や国政に関する授業を選択しているオスカーと、魔法省長官の息子グレンジャーとの共通点と言えば『養子であること』その一点のみだが、ふたりは良い友人関係を中等部の頃から続けている。


 最初に声をかけたのはオスカーの方だ。
 中等部ではまだミシェルは現れないのだが、ウェズリーやその他の攻略対象者は既に学苑生活を始めていた。
 グレンジャーも彼等のひとりだった。

 紺色の髪に赤い瞳を持つ彼は生粋のルーランド人ではない。
 母国で食い詰めて、豊かなルーランド王国に仕事を求めて移住してきた両親に連れられて入国したのは7歳の頃。
 程なくして働きづめで体力の低下していた両親は流行病で立て続けに亡くなった。


 王国には親族も、両親の友人もいなかったグレンジャーを引き取って育ててくれるような人間はいなかったので、彼は養父のオルコット長官の目に留まるまで、孤児院で身体中を駆け巡る魔力の発動に抗い続けたのだった。

『乙恋』でのグレンジャーはどちらかと言えば、ネガティブなキャラだったのだが、初対面の13歳の彼は明るい少年だった。

 友人も口数も少なくて、前髪を伸ばして特徴的な赤い瞳を見せたがらない、いつも下を向いている陰気な魔法使い。

 それがグレンジャー・オルコットなのに、実際の彼は良く笑い、自分からクラスメートにどんどん声をかけるようなキャラに豹変していた。

 周囲の人間からの注目を避けるように隠している設定の赤い瞳を、アピールするように短くした前髪を更にかきあげて
『他の誰も持ってない赤い瞳だぞ、俺だけのチャームポイントだ、って女の子達も言うしさ』なんて笑うのだった。


 ミシェルとは直接言葉を交わしたくないけれど、彼女の情報が欲しいのもあったし、他にも確認したい事もあって。
 お喋りなグレンジャーと親交を持っておこうと計算して友達になったのに、彼との時間が楽しすぎてそれだけではなくなっていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・ノアイユ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...