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【本編】 原作者の私ですが婚約者は譲っても推しのお義兄様は渡しません!
第25話
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「……それはそうでしょうね。
あの事故の日は雑誌発売日の前々日だったから、ミシェルに転生したその方は、最終話の内容を知らないのよ。
ミカミさんは、夕食の宴会の時に発売前の雑誌をファンの方達に御礼として渡そうとしていたから。
完結記念というより完結するから一緒にお祝いしましょう、というスタンスだったのを覚えていないのね」
「じゃあ、本当の相手がオスカーだと知っているのは私とチカ先生とミカミさんだけ……」
ロザリンドはあのファンミの基本的な事を忘れている自分に驚いた。
もしかしたら、もっと重要なことも忘れているかもしれない。
そして反対に、よく覚えているアビゲイルに感嘆の目を向けた。
「ずっとひとりで、前世の事ばかり思い出していたからだと、思うわ。
多分、記憶を取り戻すのが遅ければ遅いほど、登場人物としてだけの生活が長いから、忘れていたりするところは多いのでしょうね」
『ずっとひとりで』と、アビゲイルはさらりと事も無げに言ったが、実際のその間の彼女の孤独は計り知れない。
わずか10歳の少女が誰にも打ち明けられない秘密を、7年もひとりで抱えて生きてきたのだ。
ヒロインに奪われてしまう、愛さないと決めていた婚約者を愛してしまったのは、その秘密のせいだったのだろうか。
王城でお会いしたアーノルド王太子殿下を思い出した。
あの夜、ランドールとのダンスが終われば、コルテス侯爵家の4人は直ぐに帰宅するつもりだった。
アーノルドとウェズリーが協力すると申し出てくれた。
あの親切な王太子殿下の優しさに触れて、アビゲイルの孤独は癒されたのだ、と思った。
アビゲイルが正直に、アーノルドへの気持ちを打ち明けてくれたから。
自分も隠さないで打ち明けよう。
「確認はしていないのですが、オスカーも転生者だと思います。
私もオスカーを愛しているから、ミシェルに渡したくないんです」
アビゲイルは何も言わず、お茶のお代わりを勧めてくれた。
「ロザリンド様、ホナミちゃんはカフェオレが好きだったわね」
「覚えていてくれていたんですね。
ありがとうございます」
この世界にはコーヒーがなくて、カフェオレを飲むことは出来なかった。
ミカミがおごってくれたカフェオレが、私が飲んだ最後のカフェオレだった、と今思い出した。
自販機なのに私好みで本当に美味しかったな、と今思い出した。
(あの人、優しそうな人だった)
あんな男と、別れられたら。
次はこんな感じの優しい人を愛したい。
そうホナミは思っていたが。
ミカミの名前は出てくるのに、なんだか彼の顔はおぼろげになってきている……
じんわりとそんな感傷に浸っていたロザリンドに、アビゲイルが尋ねた。
「貴女は漢字は書ける?」
「かんじ、ですか……
か、かんじですよね……かんじ……
かんじって、どんなのでした?」
「……貴方のお名前、日本語で書けるか聞きたかったの」
心配そうに見つめるアビゲイルの瞳に不安を覚えたロザリンドは一生懸命に考えた。
私の名前はホナミ。
アビゲイルが口にした『かんじ』という単語は聞き覚えがあったが、それがどんなものなのか思い出せなかった。
無言で唇を噛んだロザリンドの様子で、アビゲイルにはその事がわかったようだ。
「記憶が戻った頃、10歳だったけど私は漢字で自分の名前が書けたの。
忘れたらいけない気がして、暇があれば書いて、見つからないように燃やしてを、繰り返したの」
「……」
「上質な紙と羽ペンでマンガを描いたこともあるわ。
だけど、しばらく前から漢字も書けなくなって、イラストも描けなくなってしまった」
「……」
「自分の名字さえ思い出せなくなってきてるから、チカとしか書けなくて」
(そうだ記憶が戻った2か月前には、音でだったけど私は自分とチカ先生の名字を覚えていた……)
だけど今。
それが何という名字だったのか、ロザリンドは思い出せなくなってきていた。
「私達、前世の記憶が戻ってきたのは同時じゃないのに、記憶を無くしていくのは同じペースなんじゃないかしら?」
「ホナミだった記憶を無くしてしまう、のですか?」
「はっきりとは断言出来ないけれど。
私、記憶にムラが出てきているの」
ロザリンドに向かってアビゲイルは微笑んだが、それはとても儚げに見えた。
「徐々に前世の記憶は消えて、いつかこの世界に完全に同化してしまうような気がするの。
自分の名前や……マンガだとかイラストだとか、この世界に存在する必要がないモノを忘れてしまう。
そのいつかが、いつ来るのかわからないけれど、チカだった記憶がなくなってしまう前にホナミちゃんに会えて本当に嬉しかった」
あの事故の日は雑誌発売日の前々日だったから、ミシェルに転生したその方は、最終話の内容を知らないのよ。
ミカミさんは、夕食の宴会の時に発売前の雑誌をファンの方達に御礼として渡そうとしていたから。
完結記念というより完結するから一緒にお祝いしましょう、というスタンスだったのを覚えていないのね」
「じゃあ、本当の相手がオスカーだと知っているのは私とチカ先生とミカミさんだけ……」
ロザリンドはあのファンミの基本的な事を忘れている自分に驚いた。
もしかしたら、もっと重要なことも忘れているかもしれない。
そして反対に、よく覚えているアビゲイルに感嘆の目を向けた。
「ずっとひとりで、前世の事ばかり思い出していたからだと、思うわ。
多分、記憶を取り戻すのが遅ければ遅いほど、登場人物としてだけの生活が長いから、忘れていたりするところは多いのでしょうね」
『ずっとひとりで』と、アビゲイルはさらりと事も無げに言ったが、実際のその間の彼女の孤独は計り知れない。
わずか10歳の少女が誰にも打ち明けられない秘密を、7年もひとりで抱えて生きてきたのだ。
ヒロインに奪われてしまう、愛さないと決めていた婚約者を愛してしまったのは、その秘密のせいだったのだろうか。
王城でお会いしたアーノルド王太子殿下を思い出した。
あの夜、ランドールとのダンスが終われば、コルテス侯爵家の4人は直ぐに帰宅するつもりだった。
アーノルドとウェズリーが協力すると申し出てくれた。
あの親切な王太子殿下の優しさに触れて、アビゲイルの孤独は癒されたのだ、と思った。
アビゲイルが正直に、アーノルドへの気持ちを打ち明けてくれたから。
自分も隠さないで打ち明けよう。
「確認はしていないのですが、オスカーも転生者だと思います。
私もオスカーを愛しているから、ミシェルに渡したくないんです」
アビゲイルは何も言わず、お茶のお代わりを勧めてくれた。
「ロザリンド様、ホナミちゃんはカフェオレが好きだったわね」
「覚えていてくれていたんですね。
ありがとうございます」
この世界にはコーヒーがなくて、カフェオレを飲むことは出来なかった。
ミカミがおごってくれたカフェオレが、私が飲んだ最後のカフェオレだった、と今思い出した。
自販機なのに私好みで本当に美味しかったな、と今思い出した。
(あの人、優しそうな人だった)
あんな男と、別れられたら。
次はこんな感じの優しい人を愛したい。
そうホナミは思っていたが。
ミカミの名前は出てくるのに、なんだか彼の顔はおぼろげになってきている……
じんわりとそんな感傷に浸っていたロザリンドに、アビゲイルが尋ねた。
「貴女は漢字は書ける?」
「かんじ、ですか……
か、かんじですよね……かんじ……
かんじって、どんなのでした?」
「……貴方のお名前、日本語で書けるか聞きたかったの」
心配そうに見つめるアビゲイルの瞳に不安を覚えたロザリンドは一生懸命に考えた。
私の名前はホナミ。
アビゲイルが口にした『かんじ』という単語は聞き覚えがあったが、それがどんなものなのか思い出せなかった。
無言で唇を噛んだロザリンドの様子で、アビゲイルにはその事がわかったようだ。
「記憶が戻った頃、10歳だったけど私は漢字で自分の名前が書けたの。
忘れたらいけない気がして、暇があれば書いて、見つからないように燃やしてを、繰り返したの」
「……」
「上質な紙と羽ペンでマンガを描いたこともあるわ。
だけど、しばらく前から漢字も書けなくなって、イラストも描けなくなってしまった」
「……」
「自分の名字さえ思い出せなくなってきてるから、チカとしか書けなくて」
(そうだ記憶が戻った2か月前には、音でだったけど私は自分とチカ先生の名字を覚えていた……)
だけど今。
それが何という名字だったのか、ロザリンドは思い出せなくなってきていた。
「私達、前世の記憶が戻ってきたのは同時じゃないのに、記憶を無くしていくのは同じペースなんじゃないかしら?」
「ホナミだった記憶を無くしてしまう、のですか?」
「はっきりとは断言出来ないけれど。
私、記憶にムラが出てきているの」
ロザリンドに向かってアビゲイルは微笑んだが、それはとても儚げに見えた。
「徐々に前世の記憶は消えて、いつかこの世界に完全に同化してしまうような気がするの。
自分の名前や……マンガだとかイラストだとか、この世界に存在する必要がないモノを忘れてしまう。
そのいつかが、いつ来るのかわからないけれど、チカだった記憶がなくなってしまう前にホナミちゃんに会えて本当に嬉しかった」
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