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【本編】 原作者の私ですが婚約者は譲っても推しのお義兄様は渡しません!

第13話

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 ミシェル・フライ男爵令嬢。
 
 それがこの世界での自分の名前だ。
 この物語のヒロイン。

 そして……前世の自分はフジミアヤカ。
 明治から続く商社フジミの創業家の一人娘だった。


 恵まれた環境で育ち、何一つ我慢などせず、誰にも遠慮は必要なかった。
 洋服もバッグも靴もハイブランドしか身に付けない。
 週末は老舗百貨店の外商サロンと高級レストラン。

 気を付けることは、大学への通学時に急に鳴るアラートに対応出来なくて車をぶつける事と。
 知り合いの開くパーティーでシャンパンを飲み過ぎる事ぐらい。
 アヤカのキラキラした毎日にフォロワーが多数居て、狂態をSNSで晒される事は絶対に避けなくてはいけないから。


 貧乏くさいバスツアー旅行なんてしたこともなかったのに、
『たまには、庶民の温泉旅館もいいかもね』なんて大学の友人とはしゃいで申し込んでしまったのだ。

 勧められて読み始めた異世界ファンタジーマンガだったが、そこまで嵌まっていたわけじゃない。
 友人のようにキャラに入れ込んでもいなかった。
 あんなファンミなんかに参加したのが間違いだった。



『それ』は急にやって来た。
 貧しくとも、いつも清く正しく優しいミシェル。
 そんな自分に満足して、何の疑問も持たなかった。
 どれだけ令嬢達に謗られようとも、胸を張って生きてきた。


 高等部2学年目が終わろうとする頃。
 学舎の人通りの少ない廊下で、令嬢グループとすれ違った時、いきなり足を引っかけられて転倒した。
 たまたま恋人のウェズリーや友人の皆が居ない時だった。

 彼女達は虎視眈々と、ミシェルがひとりでいる時を待っていたのだろう。
 誰が足を出したのかはわからなかったけれど、転倒したミシェルを囲んで見下ろして嗤っていた。


「嫌ね、ひとりじゃ廊下もちゃんと歩けないのかしら?」

 だが、引っかけた方もそこまでのダメージを与えるつもりはなかったのかもしれない。
 いつもならそのまま笑い者にされるはずが、頭を抱えて立ち上がれなくなったミシェルの姿に、彼女達はあわてて立ち去った。


 頭を打った傷が痛かったのではなく、脳内に溢れた様々な記憶に動けなくなったミシェルは。

……自分が転生した事を、理解した。


 ◇◇◇


 最初はミシェルに転生したことが嬉しかったし、セレブな自分がヒロインに転生したのは当然だと思った。
 常に特別扱いだった自分がモブキャラなんて有り得ない。
 だが、徐々にその設定に不満が溜まり始めた。


 なんで、男爵って低位貴族なの?
 住んでいる住宅も、通学用の馬車も、自分が履いている靴も、何もかもが貧乏ったらしい。 
 ブサイクなモブ達よりも何もかもが格下で、底辺過ぎる。


 虐げられる事がお決まりなのはわかっているが、ここまで貴族社会の序列が厳しいなんて、マンガでは扱われていなかった。
 こんなに美しい容姿をしたヒロインが元平民の男爵令嬢であるだけで、貶められるのは何故なのか?


 それに物語上では攻略対象者達から競うように愛され、大切に扱われて居るはずなのに、実際に愛を囁いてくれたのはウェズリーひとりだけ。
 他の皆は優しいけれど、甘い言葉などくれなかったし、ずっと周りでちやほやしてくれるでもなし。


 ミシェルであった時はそれを疑問に思わず、請われるままウェズリーの恋人になったけれど。
 それもよくよく考えたら、彼には婚約者が居て。
 婚約に対する不満も、彼女の悪口も彼は言わない。

 その婚約も解消するのか、しないのかさえも。
 彼ははっきりと口にはしなかった。

 そんな2番手の扱いをされても。
 ミシェルであった時には、それが普通だと思っていたのだ。
 自分ごときがコルテス侯爵令嬢に取って代わって、ウェズリーの正妻になるなんておこがましい、と。


 でも、もうそれは記憶が戻る以前の話。
 今ならもう我慢しない。
 アヤカは、この先のストーリーを知っているのだから。

 ちょっとイケメンで優しいだけのウェズリーの恋人なんて、すっぱりやめてやる。
 ミシェルには王太子との恋が待っている。

 誰がなんと言っても、自分はこの世界のセンター、絶対的愛されヒロインなんだから。


 これからの展開が待ち遠しくて、ウェズリーや攻略対象者達に別れを告げた。

 そして、ひとりになった。
 先走り過ぎたことが少しだけ悔やまれた。


 ウェズリーや彼等をキープしたままで、上手くやる方法があったかも知れない。
 王太子は既に学苑を卒業しているし、在籍している第2王子とは接触もしていないから、王家の影の監視も今なら自分についていないはず。
 王太子妃になる事が確定してからでも別れる機会はあっただろうに、もったいない事をした、とつくづく思う。



 ミシェルは運命が動き出す仮面祭りの夜に思いを馳せながら、今朝も最悪な気分で古ぼけたフライ男爵家の馬車に乗り込んだ。

 早く行っても、次々後から登校してくる高位貴族の馬車に順番を譲らなくてはならない。

 あんな奴等全員、国内最上級だった愛車で引き殺してやりたい、と思うミシェルだった。




    
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