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【本編】 原作者の私ですが婚約者は譲っても推しのお義兄様は渡しません!
第16話
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何故だかわからないが、今夜のロザリンドの様子はおかしかった。
とにかく、ずっと彼女との距離感がいつもと違っていて、おかしい気がするオスカーだった。
〈その1〉
馬車から降りる時、差し出した手を柔らかく握られたのは少し驚いたが
『緊張してしまいますわ』と、頬を上気させて言ったので、初めての登城に、言葉通り義妹が足を踏み外さないよう緊張しているからだ、と受け取ったのだが……
〈その2〉
国王王妃両陛下、王太子殿下以下の王族への挨拶を終えて、両親と合流しようとエスコートして夜会会場を進んでいた時ロザリンドにそっと引っ張られた。
急に立ち止まったのでどうしたのかと思えば、つま先立ちでオスカーの耳元に唇を寄せてきた。
「今夜はずっと……私がお義兄様のお側に居て。
お顔合わせから守って差し上げます」
そのロザリンドの囁きから、15歳の乙女と思えないほどの色気を感じたので、オスカーはあわてて囁かれた左耳を押さえ身を引いて、義妹の顔を見た。
「気が進まないと、仰っていましたもの」
いつもは大人しい少女だと思っていたのに、艶然とした微笑みをロザリンドは浮かべていて。
そう楽しそうに言う彼女は、まるで知らない女性のように見えた。
◇◇◇
オスカーには、前世の記憶がある。
『それ』を思い出したのは、コルテス侯爵家の後継になることが決定した12歳の頃。
オスカーは地方の伯爵家の三男で、実家は領地は有っても裕福とは言えず……
跡継ぎの長男はともかく、次男の兄と三男の自分が貴族であり続ける為には貴族の婿入り先を探すか、文官や騎士団など王宮関係の仕事に就き、立身出世して自力で授爵されることを待つしかなかった。
まだ12歳のオスカーには、それは遠い未来の話だったが。
3歳上の15歳の次兄にとっては、切羽詰まった問題だったのだろう。
「侯爵様になるから、って見下した目で俺を見るなよ!」
「ダンカン、いきなりどうし……」
弟が遠縁の侯爵家に養子として入り、次期侯爵になる幸運を妬んだ次兄は、すれ違いざま言いがかりのようにオスカーに言葉を投げつけた。
そして、ぶつかったふりをして階段からオスカーを突き落としたのだ。
決して仲が悪かったわけではない。
幼い頃から一緒に遊んでいた兄弟だった。
兄もオスカーの命まで狙っていたのではない、と思いたかった。
ちょっとした怪我をさせるだけのつもりで……
もしかしたら一生残るような怪我をさせて、オスカーに成り代わりたかったのかもしれないが。
意外とオスカー少年の身体は頑丈だった。
それよりも。
落とされた一瞬に彼の脳裏に超高速で前世の。
オスカー・ウェイン・マーカスの経験したことのない情景や会ったこともない人達の顔が浮かんで消えた。
その圧倒的な情報量が受け止められずに、彼は意識を失った。
翌朝目覚めて。
自分が28歳の日本人の三上広樹だったこと。
温泉地に向かうツアーバスの事故で死んだこと。
そして……自分が。
編集者として担当していた、戸倉穂波が原作、佐々木千歌が作画した
『乙女は愛を知って花開く~底辺令嬢ですが王太子殿下に溺愛されています?~』の世界に転生した事を、受け止めた。
『オスカー様だけ、ご家族にお顔立ちが似ていらっしゃらないわね?』
新しく雇われたメイドが休憩の折りに、同僚に尋ねている声が聞こえたことがあった。
『それは触れてはいけない話よ』
尋ねられたメイドが声を潜めて答えて……
ふたりは笑って肩を震わせていた。
王都の侯爵家の使用人達を見ていると、田舎の実家で働いていた彼女達のレベルの低さが今ならよくわかる。
兄達2人は両親に似ていたけれど、自分が彼等に似ていない意味が。
コルテス侯爵が後継に自分を選んだ理由が。
踊り場から大理石貼りの玄関ホールまで十段以上の高さから落ちたのに、大した怪我もなく済んだ事実が。
物語の第2章を知る前世の記憶が戻ったことで、納得できたオスカーだった。
次兄がわざと仕出かしたことを、周囲の大人達は言葉にはしなかったが察していたようだった。
オスカーの傷が癒えると、当初の予定より早く彼は王都の侯爵家に引き取られることになった。
それと同時に次兄に対しても。
コルテス侯爵の圧力で、兄は領地を離れて辺境の騎士団に入団させられることになった。
わずか15歳の入団に、父母は泣いたが。
本人である兄は泣かなかった。
オスカーを自ら迎えに来たコルテス侯爵の顔を見て、自分は無事では済まないと、覚悟していたようだった。
オスカーさえ除いたら俺が代わりに……等と考えたのは、ガキの浅知恵だったのだと気付いたからだ。
こうして、オスカーの実家ウェインは長男のみが残ることになったが、侯爵の怒りが溶ければ次兄は領地に戻れるだろう。
それまでに過酷な辺境警備で心身を鍛えられていれば、の話だが。
両親はそう望みをかけた。
……だが、そうならないことが三上であったオスカーにはわかっていた。
とにかく、ずっと彼女との距離感がいつもと違っていて、おかしい気がするオスカーだった。
〈その1〉
馬車から降りる時、差し出した手を柔らかく握られたのは少し驚いたが
『緊張してしまいますわ』と、頬を上気させて言ったので、初めての登城に、言葉通り義妹が足を踏み外さないよう緊張しているからだ、と受け取ったのだが……
〈その2〉
国王王妃両陛下、王太子殿下以下の王族への挨拶を終えて、両親と合流しようとエスコートして夜会会場を進んでいた時ロザリンドにそっと引っ張られた。
急に立ち止まったのでどうしたのかと思えば、つま先立ちでオスカーの耳元に唇を寄せてきた。
「今夜はずっと……私がお義兄様のお側に居て。
お顔合わせから守って差し上げます」
そのロザリンドの囁きから、15歳の乙女と思えないほどの色気を感じたので、オスカーはあわてて囁かれた左耳を押さえ身を引いて、義妹の顔を見た。
「気が進まないと、仰っていましたもの」
いつもは大人しい少女だと思っていたのに、艶然とした微笑みをロザリンドは浮かべていて。
そう楽しそうに言う彼女は、まるで知らない女性のように見えた。
◇◇◇
オスカーには、前世の記憶がある。
『それ』を思い出したのは、コルテス侯爵家の後継になることが決定した12歳の頃。
オスカーは地方の伯爵家の三男で、実家は領地は有っても裕福とは言えず……
跡継ぎの長男はともかく、次男の兄と三男の自分が貴族であり続ける為には貴族の婿入り先を探すか、文官や騎士団など王宮関係の仕事に就き、立身出世して自力で授爵されることを待つしかなかった。
まだ12歳のオスカーには、それは遠い未来の話だったが。
3歳上の15歳の次兄にとっては、切羽詰まった問題だったのだろう。
「侯爵様になるから、って見下した目で俺を見るなよ!」
「ダンカン、いきなりどうし……」
弟が遠縁の侯爵家に養子として入り、次期侯爵になる幸運を妬んだ次兄は、すれ違いざま言いがかりのようにオスカーに言葉を投げつけた。
そして、ぶつかったふりをして階段からオスカーを突き落としたのだ。
決して仲が悪かったわけではない。
幼い頃から一緒に遊んでいた兄弟だった。
兄もオスカーの命まで狙っていたのではない、と思いたかった。
ちょっとした怪我をさせるだけのつもりで……
もしかしたら一生残るような怪我をさせて、オスカーに成り代わりたかったのかもしれないが。
意外とオスカー少年の身体は頑丈だった。
それよりも。
落とされた一瞬に彼の脳裏に超高速で前世の。
オスカー・ウェイン・マーカスの経験したことのない情景や会ったこともない人達の顔が浮かんで消えた。
その圧倒的な情報量が受け止められずに、彼は意識を失った。
翌朝目覚めて。
自分が28歳の日本人の三上広樹だったこと。
温泉地に向かうツアーバスの事故で死んだこと。
そして……自分が。
編集者として担当していた、戸倉穂波が原作、佐々木千歌が作画した
『乙女は愛を知って花開く~底辺令嬢ですが王太子殿下に溺愛されています?~』の世界に転生した事を、受け止めた。
『オスカー様だけ、ご家族にお顔立ちが似ていらっしゃらないわね?』
新しく雇われたメイドが休憩の折りに、同僚に尋ねている声が聞こえたことがあった。
『それは触れてはいけない話よ』
尋ねられたメイドが声を潜めて答えて……
ふたりは笑って肩を震わせていた。
王都の侯爵家の使用人達を見ていると、田舎の実家で働いていた彼女達のレベルの低さが今ならよくわかる。
兄達2人は両親に似ていたけれど、自分が彼等に似ていない意味が。
コルテス侯爵が後継に自分を選んだ理由が。
踊り場から大理石貼りの玄関ホールまで十段以上の高さから落ちたのに、大した怪我もなく済んだ事実が。
物語の第2章を知る前世の記憶が戻ったことで、納得できたオスカーだった。
次兄がわざと仕出かしたことを、周囲の大人達は言葉にはしなかったが察していたようだった。
オスカーの傷が癒えると、当初の予定より早く彼は王都の侯爵家に引き取られることになった。
それと同時に次兄に対しても。
コルテス侯爵の圧力で、兄は領地を離れて辺境の騎士団に入団させられることになった。
わずか15歳の入団に、父母は泣いたが。
本人である兄は泣かなかった。
オスカーを自ら迎えに来たコルテス侯爵の顔を見て、自分は無事では済まないと、覚悟していたようだった。
オスカーさえ除いたら俺が代わりに……等と考えたのは、ガキの浅知恵だったのだと気付いたからだ。
こうして、オスカーの実家ウェインは長男のみが残ることになったが、侯爵の怒りが溶ければ次兄は領地に戻れるだろう。
それまでに過酷な辺境警備で心身を鍛えられていれば、の話だが。
両親はそう望みをかけた。
……だが、そうならないことが三上であったオスカーにはわかっていた。
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