上 下
8 / 78
【本編】 原作者の私ですが婚約者は譲っても推しのお義兄様は渡しません!

第8話

しおりを挟む
 侍女長のマーシアが先立ち、ロザリンドの私室の扉を開いた。
 彼女が素早く整えられたベッドの上掛けをめくると、そこに丁寧かつ慎重にオスカーは義妹を横たえた。

 羽毛枕に広がった彼女の黒髪を優しい手つきで整える。


「気分はどう?」

「悪くはないです、ありがとうございます……」

 ベッドの側にメイドが椅子を持ってきたので、オスカーはそれに座り、ロザリンドの手を取った。


「あいつに、ウェズリーに……何かされた?」


 ウェズリーは多分これから皆に吊し上げられるだろう。
 この婚約も、彼の有責で破棄になるかも。
 それは全然構わなかったが、これだけは言っておいてあげよう。


「いいえ、何もされてはおりません。
 私が気を失ったのを支えてくれていただけです」


 あの時は殴られるかもと、思った。
 今から思うと、ウェズリーと思い出したくもなかった男が瞬間重なったのだろう。
 早く逃げなくてはと、慌てた時に『それ』に襲われたのだ。


 まさしく、襲われるようだった。
 頭の中に色々な情景が浮かんで消えて、何人もの人間の顔が流れて。
 吐き気を催すほどの膨大な情報量を受け止められなくて、シャットダウンした感じで、ロザリンドは意識を失った。



 だが今は落ち着いて。
『それ』を、受け入れつつある。

 それも貴方のおかげだと、オスカーに告げたかった。
 貴方が抱いてくれていたから、私は。
 そう言葉にしない代わりに、ロザリンドはオスカーの手をぎゅっと握った。


 ウェズリーがロザリンドを殴るつもりじゃなかったのは、今ならわかる。
 彼は自分が考えたキャラクターだ。
 この物語には、女性を殴る男はひとりも登場させていないからだ。


 彼は考えなしの馬鹿者だけど、その疑いだけは晴らしておいてあげようと、ロザリンドは思った。


「わかった、その事は義父上に申し上げておくよ。
 ウェズリーについて君の気持ちを話せるなら、話してくれないかな」

「……もう、彼との婚約は無しにしていただけたら嬉しいです」


 ウェズリーは決して悪い人ではないけれど。
 ロザリンドを愛していないもの。
 彼は、ミシェルに心を捧げたひと。
 記憶が戻った今となれば、貴族階級あるあるの愛のない結婚など真っ平だ。


「その事も伝えていいね?」

 オスカーが確認してきたので、ロザリンドはうなづいた。


 さようなら、ウェズリー。
 私はこれから(仮面祭りの夜まで) オスカー義兄様に一筋だから!
 あんたなんか、要らないの!


 
 その後、ロザリンド・オブライエン・コルテス侯爵令嬢と、ウェズリー・ノース・ラザフォード侯爵令息の婚約は、ラザフォード侯爵令息の有責による破棄が決定された。


 ◇◇◇


 そして2ヶ月が過ぎ、季節は秋になりロザリンドは王立貴族学苑に入学した。

 コルテス侯爵家の兄妹には共に婚約者が居ない状態となり、それは多くの貴族家門の、『狙い目』となった。


 ふたりに対して何通もの釣書やお茶会、夜会の招待状が届けられた。
 それらの選別は全て彼等の母、コルテス侯爵夫人が行った。


 ウェズリーとロザリンドの破談も決定したのは、この母だった。
 ロザリンドが倒れた日、侯爵夫人はとある伯爵家のお茶会に出席していて、
 娘が倒れた報せを早馬で知らされた。


 自分が出掛ける時に丁度、娘の婚約者と玄関ホールで会ったので軽く挨拶を交わした。
 幼い頃から馴染んでいるウェズリーを彼女は信用していた。

 だから慌てて邸に帰るコルテス侯爵夫人を見送るために中座して、動転していた彼女に耳打ちしたホステスの伯爵夫人の言葉が信じられなかった。


「ラザフォード侯爵令息のお噂ご存知でしょうか?」と。

 伯爵夫人は尚も続けた。


「娘から聞いたのです。
 ロザリンド嬢が随分気に病まれているようだ、と。
 お倒れになったのは、その事が原因では?」


 最初は今回のウェズリーの『たかが気の迷い』で、破談にするつもりは当主のコルテス侯爵にはなかったが、妻の意見でそれは決定された。


「悪気なく浮気をする男は、必ず何度でも繰り返すのです」

 ウェズリーは悪気のない男だから、と彼を庇う発言をした侯爵に、そう言いきった侯爵夫人の口調は冷たさを通り越して、何の感情も読み取れなかった。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が竜騎士候補に混ざってる

五色ひわ
恋愛
 今回の竜騎士選定試験は、竜人であるブルクハルトの相棒を選ぶために行われている。大切な番でもあるクリスティーナを惹かれるがままに竜騎士に選んで良いのだろうか?   ブルクハルトは何も知らないクリスティーナを前に、頭を抱えるしかなかった。  本編24話→ブルクハルト目線  番外編21話、番外編Ⅱ25話→クリスティーナ目線

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

【完結】黒ヒゲの七番目の妻

みねバイヤーン
恋愛
「君を愛することはない」街一番の金持ちと結婚することになったアンヌは、初夜に夫からそう告げられた。「君には手を出さない。好きなように暮らしなさい。どこに入ってもいい。でも廊下の奥の小さな部屋にだけは入ってはいけないよ」 黒ヒゲと呼ばれる夫は、七番目の妻であるアンヌになんの興味もないようだ。 「役に立つところを見せてやるわ。そうしたら、私のこと、好きになってくれるかもしれない」めげない肉食系女子アンヌは、黒ヒゲ夫を落とすことはできるのか─。

悪役令嬢に転生!?わたくし取り急ぎ王太子殿下との婚約を阻止して、婚約者探しを始めますわ

春ことのは
恋愛
深夜、高熱に魘されて目覚めると公爵令嬢エリザベス・グリサリオに転生していた。 エリザベスって…もしかしてあのベストセラー小説「悠久の麗しき薔薇に捧ぐシリーズ」に出てくる悪役令嬢!? この先、王太子殿下の婚約者に選ばれ、この身を王家に捧げるべく血の滲むような努力をしても、結局は平民出身のヒロインに殿下の心を奪われてしまうなんて… しかも婚約を破棄されて毒殺? わたくし、そんな未来はご免ですわ! 取り急ぎ殿下との婚約を阻止して、わが公爵家に縁のある殿方達から婚約者を探さなくては…。 __________ ※2023.3.21 HOTランキングで11位に入らせて頂きました。 読んでくださった皆様のお陰です! 本当にありがとうございました。 ※お気に入り登録やしおりをありがとうございます。 とても励みになっています! ※この作品は小説家になろう様にも投稿しています。

乙女ゲームのモブ令嬢に転生したので、カメラ片手に聖地巡礼しようと思います。

見丘ユタ
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公であったが、転生先はメインキャラではなくモブ令嬢、ミレディだった。 モブならモブなりに、せっかくのゲーム世界を楽しもう、とミレディは聖地巡礼と称し、カメラ片手にヒロインたちの恋模様を堪能するのだった。

【完結】「推しカプを拝みたいだけ」で王子の婚約者選抜試験に参加したのに、気がつけば王子の子を妊娠してました

和泉杏咲
恋愛
HOTランキング(女性向け)入りありがとうございました……(涙) ヒーローのあだ名が「チンアナゴ」になった作品、2023/9/1に完結公開させていただきました。 小学生レベルの下ネタも、お色気な下ネタもあるR15ぎりぎりの作品になっております。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー そこそこの財産を持ち、そこそこの生活ができるけど、貴族社会では1番下のブラウニー男爵家の末娘、リーゼ・ブラウニーは、物心ついた頃から読み込んでしまった恋愛小説(ちょっぴりエッチ)の影響で、男女問わず「カップリング」を勝手に作っては妄想するようになってしまった。 もちろん、将来の夢は恋愛小説(ちょっぴりエッチ)を書く作家。 娘を溺愛する両親や兄達も、そこそこの財産があればスタンスなので、リーゼを無理に嫁がせる気はなし。 そんなリーゼが今最も推しているのは、眉目秀麗文武両道で評判のエドヴィン王子と、王子の婚約者候補ナンバー1と言われる公爵令嬢アレクサンドラのカップル。 「早く結婚すればいいのに。結婚式はぜひ遠目で眺めて、それを元に小説書いてデビューしたい」 そんな風にリーゼは胸をときめかせていた。 ところがある日、リーゼの元に何故か「王子の婚約者選抜試験」の知らせが届く。 自分の元に来る理由が分からず困惑したものの 「推しカプを間近で眺める絶好のチャンス!」 と、観光気分で選抜試験への参加を決意する。 ところが、気がついた時には全裸で知らない部屋のベッドに寝かされていた……!? しかも、その横にはあろうことかエドヴィン王子が全裸で寝ていて……。 「やっとお前を手に入れた」 と言ってくるエドヴィン王子だったが 「冗談じゃない!私とのカップリングなんて萌えない、断固拒否!」 と逃げ帰ったリーゼ。 その日からエドヴィン王子から怒涛のアプローチが始まるだけでなく、妊娠も発覚してしまい……? この話は「推しカプ至上主義!(自分以外)」のリーゼと、「リーゼと結婚するためなら手段を選ばない」エドヴィン王子の間で巻き起こる、ラブバトルコメディだったりする……。 <登場人物> リーゼ・ブラウニー  男爵令嬢 18歳 推しカプに人生を捧げる決意をした、恋愛小説家志望。 自分と他人のカップリングなんて見たくもないと、全力で全否定をする。推しに囲まれたいという思いだけで絵画、彫刻、工作、裁縫をマスターし、日々推しを持ち歩ける何かをせっせと作っている。 エドヴィン  王子 18歳 パーティーで知り合ったリーゼ(ただしリーゼ本人は全く覚えていない)に一目惚れしてから、どうすればリーゼと結婚できるか、しか頭になかった、残念すぎるイケメン王子。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

【完結】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、本気になった当て馬義兄に溺愛されています

廻り
恋愛
魔女リズ17歳は、前世の記憶を持ったまま、小説の世界のヒロインへ転生した。 隣国の王太子と結婚し幸せな人生になるはずだったが、リズは前世の記憶が原因で、火あぶりにされる運命だと悟る。 物語から逃亡しようとするも失敗するが、義兄となる予定の公子アレクシスと出会うことに。 序盤では出会わないはずの彼が、なぜかリズを助けてくれる。 アレクシスに問い詰められて「公子様は当て馬です」と告げたところ、彼の対抗心に火がついたようで。 「リズには、望みの結婚をさせてあげる。絶対に、火あぶりになどさせない」 妹愛が過剰な兄や、彼の幼馴染達に囲まれながらの生活が始まる。 ヒロインらしくないおかげで恋愛とは無縁だとリズは思っているが、どうやらそうではないようで。

処理中です...