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幕間1

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 領地へ戻る前に、わたしはレイドとスザナにエドワード殿下の元へ戻ってほしいと伝えた。


「わたくしも覚悟を決めました、とお伝えくださいませ。
 誰かに頼ろうとせず、自分の責任を全う致しますと」


 レイドが殿下の命で執事として仕え、護衛として守ってくれていた時は普通に話していたけれど、これからは伯爵家子息レイナルド・パーシー卿として接しなければならない、と言葉遣いを改めた。


「パーシー様にもシュザーナ様にも、本当にお世話になりました」

「……承知致しました。
 カーライル嬢がこれからもお健やかに過ごされますよう、お祈り申し上げます」

「お嬢様、わたくしは……」

「もうお嬢様はお止めくださいませ、シンシアとお呼びいただけますか。
 シュザーナ様には、殿下のご命令とは言え、同格の年下の娘に仕えていただいたこと、本当に申し訳なく思っておりました。
 ついお姉様のようだと甘えて頼りきりになってしまいました。
 今更ですけれど、本当に感謝しかございません」


 シュザーナ様にはお付き合いしている方がいらっしゃることは知っていた。
 きっとわたしの婚約が決まり、ハミルトンを離れてからお話を進められるご予定だったのだろう。


「シュザーナ様も、末長くお幸せになられますよう、お祈り申し上げます」

「お……シンシア様も必ず……
 これからはもう……あちらを気にして……
 決して目立たないように……と。
 わざと装いを地味になさらないで……くださいませ……」



 そうしてレイナルド卿はエドワード殿下の元に戻り、シュザーナ様はわたしの侍女を辞め、恋人とご結婚された。


 わたしはひとりで、行動するようになった。


    
     ◇◇◇



 学院の最終学年が始まった。

 父からの依頼通り、キャメロンとは端と端のクラスに分かれていて、顔を合わせることはなかった。

 ところが冬休暇が始まる前、前期試験のレポート作成に必要な書籍を図書室で借りた放課後。
 廊下で待ち伏せしていた彼に声を掛けられた。 


「シンシア!俺の話は後から聞くと言っていただろう!」

 腕を掴まれ、顔を近付けてくる。
 こんな無作法な真似をする人だとは思わなかった。
 これまでも何度かすれ違うことはあったが、特にわたしを気にしている素振りはなかったのに。


「まだ、誰とも付き合ったりしていないんだろう?
 俺の事が好きだったし、今もそうなんじゃないのか?」

「……」

 掴まれた腕の痛みと初めて見る彼の表情に、恐怖を覚えて一瞬声が出なかったが、直ぐに男子生徒が2人駆け付けてくれた。
 彼を押さえてくれたのは、生徒会長の公爵家子息と伯爵家の子息だった。

 公爵家の生徒会長を連れてきてくれたのは、伯爵家子息の機転だった。
 彼だけでは侯爵家のキャメロンを止められない。
 学院内の親の爵位は関係なしは、あくまで建前だから。


「卒業までなんだ!
 卒業したら、俺はもう……」 


 キャメロンの叫びも最後まで聞くこと無く、彼は連れていかれた。
 試験前の放課後で良かった。
 多くの生徒が早めに下校していて、この騒ぎを知る人は少ない。


 わたしを助けてくださった男子生徒の伯爵家はサザーランド侯爵家の寄り子の家門で、後から「オースティン様から現場を押さえろと命じられていたので腕を掴むまで待っていて、すみませんでした」と謝られた。

 この事がオースティン様が仰っていた『付きまとい等しないように、取り計らいます』だったのだ。

 
 それからは生徒会役員がキャメロンを見張るようになり、卒業するまで彼はわたしには近付けなくなった。



     ◇◇◇

    
 勉強会とまではいかないけれど、不定期で集まるレスター伯爵邸で、わたしは同じ様な後継者の女生徒と仲良くなった。
 彼女は例のオースティン様主催の勉強会にも参加をしている。


 それがどのような内容なのか、他には誰が参加されているのか、知りたい気持ちはあったけれど、お断りしたわたしは部外者なので、こちらからは尋ねることは出来なかった。

 そんな時、彼女の方からその話題を出してくれた。


「グローバー様はシンシアにはお聞かせしなかったと思うけれど、実は勉強会メンバーにはダレル・マーフィーも居るの。
 貴女のことを誘うつもりだと仰ったグローバー様に、もしシンシアが勉強会に参加するなら、合わせる顔がないので私は辞めますと伝えたと、ダレル本人から聞いたの」 

「……」 


 その状況がダレル・マーフィーから話したのか、それともオースティン様との会話を聞いていた彼女が、後からダレルを問い詰めたのか、そこは説明がない。

 彼は北部地方局へ行かれたご両親に付いて行かずに、学院の寮に入っている。
 今は話すことはないが、学院で偶然に顔を合わせた時にアイリスから弟だと紹介されたダレルは、物静かな感じがする少年で、オースティン様との会話を自分から人に話すタイプには思えない。



「グローバー様は領地持ちじゃない彼を、将来は自分の補佐にしようとされていたんだけれど、ね、ほら、姉のアイリスが」

「……」

「そのせいで、話も立ち消えになって、実家も地方へ飛ばされたでしょ?
 彼は中央の文官も諦めて、地方行政で働くと一念発起しているようなの。
 ね、もし、ダレルがハミルトンで働きたいと言ってきたら貴女どうする?」


 彼女がわたしに何を言いたいのか、何を言わせたいのか、分かるような気がした。
 そもそも恥を知る彼なら、そんなことはまず無いと言うのが前提にある。


 ダレル・マーフィー自身はハミルトンで働きたいとは思わないだろう。
 だから、そんな質問は聞くだけ無駄なのに。

 
 彼女から聞かされた話が本当であれば。
 そこまで打ち明けられる友人だと言うこと。

 だったら、貴女が、どうにかして差し上げたら?
 とは口に出さなかった。



 わたしの時間と体力は無限にあるわけではない。
 だから、ハミルトンの領民でもないダレルの就職の為に世話をする時間や、走り回る体力も無い。
 誰にでも優しくなんて出来ないのが、わたしだ。

 
 アイリスのお陰で、少しは人を見る目を養えた。
 もうこの彼女とも、少しずつ距離を取ろうと思った。


 
 侯爵になられたオースティン様にお会いしたのは、10月にレスター伯爵邸で開かれたティーパーティーが最後だった。
 そこでわたしはミュリエル様に引き合わせていただいた。

 オースティン様がその日エスコートされていたのは、ミュリエル様の遠縁のご令嬢。
 爵位を継がれたので、ご縁を繋げようと周囲からお話が途切れないようで、そろそろ真剣に考えますと仰られていた。



 ご紹介してくださったミュリエル・ドーン・レスター伯爵様は、お噂通りの素晴らしい御方だった。
 オースティン様とは20歳以上の年齢が離れているけれど、とても気が合うご友人なのだそうだ。


「彼は帝国へ行ってから変わられたわ。
 それまではご自分の領地だけ、のところがあったの。
 でも今は……あの集まりもね、これからの若い方達に色々と自分達の頭で考えて欲しいと始められたことよ。
 ……来年のエドワード殿下の帝国入りに併せて、その内の何人かを近習として赴かせようと、アルバート殿下と連名で陛下へ嘆願書を提出なさったのよ」 


 お誘いくださった、あの集まりは。
 それを考えて……


「ご自分もこの国の大使として、同様に帝国へ参りますと望まれておられるようね」



 後日、ご紹介の御礼にハミルトンの新作ワインを1ダース贈ると、丁寧な御礼のお手紙をいただいた。
 侯爵閣下の手蹟は、お父様の前閣下のそれと、よく似ていらした。

 それが、直接やり取りをした最後。



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