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34 わたしが誰かと結ばれるまで◆◆シンシア

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 その始まりは、3羽の小鳥達だった。

 わたしが13歳になる年の5月の朝。 
 週末で学校はお休み。
 特別なことは何もない、いつもと変わらない朝だった。


 雨が降っていない日、朝食前にやって来る彼等に食事をあげるのは、わたしの役目だった。
 前日の食べ残したパン屑を厨房が用意してくれていて、わたしはそれを庭師が設えた専用の水呑場の周囲に撒いた。

 小鳥達は籠に入って居るのではなく、自由に空を飛び、気が向けば我が家の庭園で休む。
 飼っているのではないけれど、わたしの中では『わたしの小鳥』の認識だった。

 
 朝食が終わり、わたしは庭へ出た。
 7月には家族で旅行へ行こうと朝食の席で、父が母を誘っていて。
 わたしの誕生日に合わせていただいて、エディも一緒に行けたら良いのに。
 楽しい夏になりそうだと、わたしは上機嫌だった。


 弾んでいた心と足が停まったのは、それが見えたから。
 いつも陰から彼等の姿を見ていた。
 わたしが姿を見せれば、小鳥は逃げてしまうから。
 
 
 水呑場の地面の上で、3羽の小鳥がこと切れていた。


「恐らく、森で何か悪いものを食べてしまったのね」

 季節は夏になりかけていて、パン屑が傷んでしまったのかもと呆然としていたわたしを抱き締めて慰めてくれた母と、小鳥達のお墓を作って埋めた。




 その次は小屋に居たウサギ達が殺されていた。
 野犬か狼に襲われたのかとわたしは泣いたが、大人達はそう思っていなかった。


 わたしが名付けて可愛がっていた黒いウサギも傷つけられて残されていた。
 それは襲った獣が空腹だったからではなく、遊びでなぶられて殺されたということ。

 小屋の鍵も焼き切って壊されていた。
 噛みつかれた傷ではない。
 その偽装さえもしていない。
 動物が傷つけたのではなく、人間の手によるものだとわざとこちらに知らせていると皆は判断した。




 ハミルトンに仇なそうとしている者がこの邸の敷地に侵入した。
 そしてそれを見せつけていた、嘲笑うかのように。


 徹底的に調べる、と父は命じた。
 邸内厨房の出入りや最近の領外からの人流物流の記録の洗い出し、領内各地の主な井戸に毒を入れられていないかを人海戦術で調べていた。


 父の判断で、母とわたしはここに居ては危険だと当時の王都邸に移ったが、決定的な事がそこでも起こった。
 母との外出から邸に戻ったわたしが被っていた帽子のリボンに、朝には無かった初めて見る小さな花飾りがピンで止められていた。



 それでわかった。
 母とわたしが王都へ移ってからは、領地では新たに何も起こっていない。
 目的はハミルトンではなく、わたしだと。


 いつでも、何処でも、護衛が付いていても。
 それをすり抜けて、容易にわたしに手が届くのだ。
 これは警告だった。




 一度だけ会った帝国の皇女に気に入られてしまった、わたしの幼馴染み。
 皇帝陛下に溺愛されている皇女が望んだ縁組を、国王陛下は一度は辞退した。



「僕が国や国民を想う気持ち、シンディが領地や領民を想う気持ちは、どちらも同じ大きさで同じ重さだから、ふたりで分け合おう」


 丘の上で城下を見渡しながら、そう言ってくれたのは彼が15歳、わたしが12歳。
 継承権を放棄して、ハミルトンの婿に入ると約束してくれたエディ。
 婚約はまだだったけれど、国王陛下も王弟殿下もわたし達の未来を認めてくれていた。


 国力の差があって、断りではなく辞退の体を取った。
 それでも、皇女は諦めてくれなかった。
 わたしの事等調べれば、直ぐに分かる。
 小国伯爵家の小娘が、帝国皇女のプライドを傷付けた。




 恐怖でわたしは外に出られなくなり、心配したエディがお見舞いに来てくれる。
 すると翌日、庭に子犬や子猫の死骸が投げ入れられている。


 正式な婚約者でもないわたしを王城で囲うことは、反対が出た。
 帝国との縁組で、2国間の関係を強化したい派閥が存在していた。

 いくら出入りの管理を徹底しても、多くの人間が働く王城は、各々が繋がる先まで把握しきれず、却って危険に思えた。 
 
 
 邸には居られない。
 我慢できないと、泣いても叫んでも。
 何処へ逃げても付いてくるなら、このまま王都邸に留まった方が警備しやすいと彼に宥められた。


 ところが監視を強化しても、一瞬の隙をつかれる。
 こんなところでも、国力の差は一目瞭然だった。
 こんなところだからこそ、余計に思い知らされる。
 証拠はなく、目撃者も居ない。 



 わたしとエディが会えば、小さな生き物の命が奪われる。
 小鳥からウサギへと続けられた警告は、徐々に大きな生き物になり、身近に迫ってくる。


 夕刻、邸裏の通用門に置かれていたヤギの頭を見て、通いの下女が悲鳴をあげた。


 ── 次は人間だ、お前は最後まで残しておいてやる 
 

 ヤギの口に差し込まれていたカードに記されたメッセージ。
 周囲はそれを隠していたが、わたしは知ってしまった。
 

 家族や使用人なら、父が守れても。
 領民にまで、その手を伸ばされてしまったら、もう無理だ。



 心身共に追いつめられたわたしは。
 変わらずに会いに来てくれるエディに向かって……


 本当に人を殺すまでしない、君を追い込むのが奴等の狙いなんだと聞かされても。
 貴方を諦めるからと繰り返して。
 これ以上意地を張らないで、とお願いをした。


 彼は自分に圧力を掛けるのではなく、矛先をわたしに向けたことに憤っていたから。



 父に頼んで、陛下に話して貰って。
 そのタイミングを計ったかのように、再び帝国から縁談が持ち込まれ。
 わたしが限界だと判断したエディが、受け入れた。

 
 そうすることで問題が大きくなる前に、警告は収まった。



 最後にもう一度だけと。
 ふたりきりで会えた。





 一昨年のデビュタントは欠席した。

 アイリスには参加しなかった理由を何度も尋ねられたけれど、答えなかった。

 
 王族席に座るエディに会うのが、怖かった。
 平気な顔をして会える程、大人になってはいなかった。
 何より……
 必ず、見張られている。
 挨拶のみであっても、わたし達が接触すれば。
 動物以上の警告が、再び送られてくる恐れがあった。
 



 彼が帝国へ向かうまで。

 或いは、わたしが誰かと結ばれるまで。



 外出にはいつもスザナが付き添って。
 離れた場所からレイドが見守ってくれていた。
 

 ずっとエディが、わたしを守ってくれていた。



     ◇◇◇



 ……だけど、もう大丈夫だとレイドから彼に伝えて貰おう。



 いつまでも、貴方を頼っているのは間違っていました。

 他の誰かに守って貰うわたしを見たら、貴方の心配も負担も減るだろうと、思い違いをしていました。



 一緒に戦おうと手を握ってくれたのに、逃げ出した。

 わたしから貴方の手を離したのです。

 


 『貴女が歩む道程に』
 幸多かれと、侯爵閣下が贈ってくださった言葉。


 
 もう大丈夫です。
 これからは、自分ひとりで歩きます。


 ですから。

 預かっていたレイドとスザナはお返し致します、エドワード殿下。
 



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