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29 ふたりで話をするお時間を◆◆シンシア

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 先頭のレイドの案内で、閣下、オースティン様、わたし、フレイザー様の順で、父が待つ応接室へ向かう廊下でのこと。

 

「ご体調はいかがでしょうか?」

 侯爵家のおふたりを秘書設定のフレイザー様と共に玄関ホールで出迎えたわたしは、振り返ったオースティン様に小声で話し掛けられた。

 
 今日は出来るだけ健康状態を悟られないように、目線を合わせないようにするつもりだったのに、最初にそれをご心配してくださるとは思ってもいなかったので、ついオースティン様の目を見てしまった。


 皮肉で言われたのではなく、本当に気遣ってくださっているように感じた。


「ご心配をお掛けして申し訳ございませんでした。
 少し落ち着いて参りました……」


 わたしも小声で返したけれど、結構しっかり目を合わせてしまい、健康なのがバレてしまったのか、と焦ってしまった。
 するとオースティン様は「安心致しました」とやはり小さな声で応えられたので、これはもしかしたらハミルトンは、オースティン様から敵認定されていないのかも、とその時初めて感じた。



 案の定、応接室のソファに腰を掛けられた閣下が、部屋から退出しないフレイザー様に眉をひそめられた。 
 その隣に座られたオースティン様は表情には出されていないが、どう思われただろうか。


 父はそんなおふたりのご様子に何も気づかない素振りで
「先週領地を見回りしていた際に、少し耳をやられてしまいましてね」と言い出した。

 耳をやられた?先週?
 そんな話は聞いていないし、一体何を言い出したのかと思えば。


「時々耳鳴りがして、相手の言葉を聞き取りづらいこともしばしばで。
 大事な話し合いに、聞き違いがあっては困る、と思いまして。
 肩書きは秘書とは言え、この男は遠縁の者です。
 全くの他人ではありませんので、この場の話を他言することもありません」


 フレイザー様が遠縁の者、だなんて。
 全くの他人だ。
 耳の件も併せて、デタラメもいいところ。
 
 
「それはそれは、お気の毒としか……
 お見舞い申し上げます。
 伯爵様のご体調が万全ではないのに、この度は愚弟がご迷惑をおかけしてしまいました。
 こちらからハミルトンまで、お詫びに伺うべきでした。
 誠に申し訳ございません」


 閣下が返事を返される前に、オースティン様がお見舞いの言葉をくださった。
 これまで何度かおふたりとご一緒したこともあるけれど、このようにオースティン様が閣下より先に口を開かれる事等無かったのに。


 オースティン様の発言力が強くなっている?
 これはもしかしたら、侯爵家の代替わりが進んでいるということなの?


 父がわざとらしく後ろに控えているフレイザー様を見やると、彼は頷いて、父の耳元で何か囁いていた。

 これは、聞き取れなかった父にオースティン様の言葉を伝えているということなのね。
 実際には何かのアドバイスして貰っているのだと思うけれど。


 何度も頷いた父からは何の発言もなく、サザーランドのおふたりに話をさせようとしている。
 耳を痛めた振りをしたのは、こちらが軽々しく発言した、その言葉尻を捕まえてられて、立場を逆転させない為なのね。


 貴族特有の腹の探り合いを、父は本当に苦手だと常々言っていたから、こちらから仕掛けてうまくいくの?


 そんなわたしの心配を余所に。
 しばらくして、やはり話し出したのはオースティン様で、現当主の侯爵閣下ではなかった。
 閣下はもう、ご自分でオースティン様にお任せすると決められているようで、固い面持ちで唇を引き締められていた。


「ご体調のすぐれない伯爵様とお嬢様にお時間を取っていただくのも申し訳ありませんので、手短に申します。
 御家からの告発、確かに受け取らせていただきました。
 内容を精査した上で弊家と致しましては、これを全面的に認め、ご請求された慰謝料を早急に全額お支払いさせていただく所存でございます」


 まさか全てをお認めになるとは思ってもみなかった。
 キャメロンとアイリスの密会も目撃したのはわたしだけで、他には証言者も居ない。
 事実無根だと拒否されてしまう可能性もあった慰謝料も、全額お支払い下さるなんて……


「この度の一件を受け、近く父が退くこととなりました。
 提出した譲位届が受理された暁には、私がサザーランドの跡を継ぎます。
 後日、弁護士を通して正式な謝罪と支払誓約書を用意致しますので、私の名の下に責任を持って、ことに当たらせていただくとお約束致します」


 オースティン様が力強く、約束をしてくださった。

 こちらの言い分や要求が何の反論も無く、受け入れられたことが信じられないわたしは、フレイザー様がオースティン様のご返答をどう受け取っていらっしゃるのか、確認しようとした。

 父にも当然その返答は聞こえているので、どう答えたものか、後ろに立つフレイザー様を振り返っている。
 そして耳打ちされて、その時初めて仰られた内容を理解したという、振りをしていた。

 ……耳を痛めているなど嘘ついているのは、多分侯爵家のおふたりもご存じなのに。 


「それは……その、ありがとうございます」


 落ち着かれているオースティン様に対して、反対に父は対応に困っているように見えた。
 弁護士を通して、と仰られていた。
 これはグレイソン先生が推察された文書として残したくないから、は外れたことになる。
 じゃあ、今日はどうしてお互いに弁護士抜きでとお申し入れがあったのだろう?


「いえ、とんでもございません。
 これで愚弟の犯した罪が贖えるとは思っておりません。
 1日でも早い解決で、ただただお嬢様の精神的苦痛を少しでも和らげることが出来ましたら、と。
 改めて、謝罪を申し上げます。
 誠に申し訳ございませんでした」
 

 深く頭を下げられたオースティン様よりも、若干浅めではあったけれど、閣下も頭を下げてくださった。


 良かった、これで問題解決したと思ったのも束の間。


 オースティン様が父ではなく、わたしを見て仰った。


「少しの時間でよろしいので、お嬢様とふたりで話をするお時間を取っていただけないでしょうか?」


 
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