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21 道連れにしてやるから◆◆アイリス

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 言われたことを理解するのを、頭が拒んでいた。

 あんなに可愛がってくださっていたセーラ様に、子供の頃から笑い者にしたいくらいに嫌われていたなんて、聞きたくなかった……

 

 衝撃で涙も出ないわたしの肩を抱いて、ようやく母がセーラ様を睨んだ。



「セーラ!わたしが憎いのだったら、わたしにぶつければ良かったのよ!」

「つくづく馬鹿なのねジェーン、本人にぶつけるより、大事なものを傷つけられた方が、あんたの苦しみは増すでしょう?
 わたくしだけが破滅するなんて許せない。
 マーフィーだって、道連れにしてやるから」


 それがわたし達へのお別れの言葉だと言うのか。
 言い終えて気が済んだらしいセーラ様が、わたしを打った扇を床に叩き付けてから帰った。 
 


 親友だったはずの母を苦しめる為に。
 幼い頃からわたしを傷付けようとしていたとセーラ様が明かしても、父は侯爵夫人には何も言い返してくれなかった。





 その夜、父から「来月には修道院に入れる」と宣言された。
 行き先が決まれば、学院も中途退学させる、と続けて言われた。

 結婚前に純潔を喪った娘など誰が娶ると言うのだ、そう吐き捨て、わたしの顔も見ずに部屋を出て行く。




 セーラ様からぶつけられた怒りや憎しみ。
 それと共に、父からも見捨てられた。

 この先どうなってしまうのか、不安で震えているわたしの手を握ってくれている母に、セーラ様が何故わたし達を憎むのか、事情を尋ねた。


「それが……いつからなのか、理由は何なのか、わたしにも分からないの。
 何をして怒らせたのか、思い当たる節がないのよ。
 学生の頃や貴女とキャメロン様が同じ年に生まれた時も、仲は良かった。
 嫁いだ家の爵位は離れているけれど、それでもずっと親友だと何度も誓ってくれた。
 でも……いつしかセーラの貴女に対する眼差しがおかしいことに気付いたの。
 ダレルには普通に距離を取っていたのに、貴女にはやたらと構って可愛がって。
 一度目につくと、どうしても気になって。
 彼女から呼び出されない限り、こちらから会うのは控えようとしていたの。
 でも、それに気付くのが遅かったから」

 
 そこで母は一旦話を止めて、わたしの手の甲を優しく撫でてくれた。

 
「貴女はすっかりセーラに懐いていて、わたしよりも彼女の言葉を信じるようになった。
 幼い頃から侯爵家へ遊びに行かせて貰う間に、子爵家の娘では手に入らない贅沢な生活に触れて、貴女はその一員になることを夢見るようになってしまった」


 ダレルが、母がセーラ様と距離を取っていると言っていたのに、わたしは聞き流していた。
 セーラ様から偽りの優しい言葉をかけて貰っていた時も、母はわたしを嗜めようとしたのに、聞かなかった。

 母の手がこんなに優しいことを忘れていた。
 セーラ様の少しひんやりとした白い手で、髪を編んで貰い触れられること、それが嬉しかった。


 わたしは本当にいい気になっていた。
 わたしこそが、子爵家の実の家族を下に見ていた。




 夏休みに入り、1日中家に居ても、家族の中でわたしと会話をしてくれるのは母だけだった。
 父はわたしの顔も見てくれないので、話し掛けられない。
 ダレルは朝食が終わると何処かへ出掛けているのか、夕食まで姿が見えないが、誰もわたしには説明してくれない。
 
 両親の間には離縁の話も出ているらしい。
 怒らせたお兄様に、マーフィーは潰される……


 ようやく現実を知り、父の言う通り汚れてしまったわたしには修道院しかないのかと思い始めた頃、オースティンお兄様から侯爵家へ来るように、とお手紙をいただいた。
 

 正直、今度は何を言われるのか怖かった。

 侯爵夫人とキャメロンはもう領地で謹慎しているのだろうか。
 まさか、死んでお詫びしろ、とまでは言われないとは思ったが、それでもひとりで来て欲しい、と書かれていて。


 付いていくと言ってくれた母に、これ以上お兄様を怒らせたくないからと断った。

 これがわたしに出来る精一杯のお詫びだから。

 

    
 あの日……家を飛び出して、キャメロンに告白して、勢いで関係を持った。

 わずか3ヶ月前のことなのに、ずっと昔のことに思える。


 キャメロンに取り次いでくれた執事は、どうなっただろう。
 彼から誰にも言うなと命じられて、事後の図書室の清掃をしてくれた。
 命じられただけの執事も取り持ったと判断されて、解雇されてしまっただろうか……



 メイドが出迎えて、わたしは手すりに掴まりながら、自力で馬車を降りた。
 もう家の馭者も、わたしには手を貸してくれない。
 これでは辻馬車を使った方が惨めな気分にならなかった。


 メイドに先導されて、玄関ホールに一番近い部屋に通された。
 初めて入る部屋で、わたしを邸の奥まで入らせないと言うお兄様の強い意思を見せられた気がした。
 侯爵家の客室とは思えない何の飾りもない部屋は、お客様に付いてきた使用人が待機する部屋なのかもしれない。


 お茶も出してくれないが、文句は言えない。


 とにかく無事に帰らせて貰えたら、それだけでいい。

 
 
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