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20 身の程知らずの娘◆◆アイリス

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 その日、シンシアは午後の授業を受けずに早退した。

 わたし達の前では気丈に振る舞っていたけれど、プライドだけではもたなかったのだろう。
 逃げ帰ったのだと思った。
 せいぜい優しいお母様と侍女に慰めて貰えばいい。



 放課後、根性無しのキャメロンに会いに行ったけれど、彼もまた授業が始まって直ぐに早退を申し出て、帰っていた。


 家に帰れば、セーラ様がいらっしゃっていた。
 これまで、家にいらっしゃったことは一度も無かったけれど。
 もしかしてキャメロンとの婚約の件で、早速来てくださったのかも、とわたしは笑顔を見せた。
 いつも、セーラ様が褒めてくださる笑顔だ。

 けれど、よく見たら。
 傍らには青い顔をした母と、何故かお仕事から帰宅していた父が居て……


「何笑っているのよ! このアバズレがっ!」

 わたしの顔を見るなり、顔を歪ませたセーラ様に掴まれて、思い切り扇で頬を叩かれて、勢いで倒れてしまった。
 どうして叩かれたのか理由もわからないし、これまでセーラ様に罵られたことなど無い。

 わたしは恐怖で立ち上がれなかった上に、何より唇の端が切れて出血もしているのに。
 父も母も、わたしとセーラ様から視線を逸らせて俯くだけで、助け起こしに来てくれない。


「いい気になって、勝手な真似をして!
 よくもよくも、キャメロンの!
 わたくしのキャメロンの将来を潰してくれたわね!」


 勝手な真似?
 セーラ様はわたしに何度も……


「まさか、自分から誘いをかけるような淫乱な娘だとは思わなかったわ。
 それも学院の教室でなんて、なんて娘なの!
 ジェーン、どうやって責任を取るのよ!」


 責任を取るって、どうして母が?
 そんなのが発生するなら、男側でしょ!
 淫乱な娘と罵られたけれど、わたしの純潔を散らしたのはキャメロンなのよ!
 責任を取って結婚して貰わないといけないのは、わたしの方じゃない!


 それなのに両親は反論もしてくれない。
 父はともかく、母は親友なのだから少しくらい何とか言ってくれても!


 両親が何も言い返さないから、仕方なくわたしが言うしかない。
 可愛げがないかもしれないが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


「待ってください!
 キャメロンからセーラ様も、わたし達のことを賛成していただいていると聞いていました!
 それにわたしにも子供の頃から、本当の娘になって、と何度も仰せになっていたではありませんか……」

「賛成?何なのそれは!
 わたくしは早退してきたキャメロンに、ハミルトンから白紙にされてしまうと、お前とのことを今日初めて聞いたのよ!
 それから直ぐに、あちらの弁護士からも連絡が来て!
 わたくしがお前とキャメロンを甘やかしたから、王家から目を付けられたと旦那様に責められて!
 これから直ぐに領地を出ると電話をして来たオースティンからもなじられて!
 全く寝耳に水の話だったわ!
 うだつの上がらない、たかが子爵家のお前など!
 わたくしが一度だって、お前に嫁に来て欲しいと言った?
 賛成するわけがないじゃないの!」


 
 確かに、具体的に結婚とか嫁とか……そんな言葉は仰ってはいなかったかもしれないけど!
 娘にしたいは、キャムのお嫁さんになって、ということじゃないの?

 わたしに向かって一気にたたみかけてくるセーラ様の罵倒に、圧倒されそうになりながらも、わたしは一縷の望みをかけて尋ねた。
 

「……そんな……あんなにわたしのことを可愛がってくださっていたでしょう?
 シンシアのことだって、お気に召さないと……
 貴女とキャメロンはお似合いなのに、と仰せになったのは嘘だったのでしょうか?」

「あのハミルトンの娘、確かに気に入ってはいなかったわ。
 オースティンにならまだしも、キャメロンの嫁にするには小賢しいと思ったからよ。
 表向きはすました顔して忌々しいところが、オースティンとそっくりじゃないの。
 だけど旦那様とオースティンから、この縁組に異議を唱えるのは許さないと言われていたの。
 わたくしがあのふたりに反対が出来るわけないでしょう?」


 わたしの前では、侯爵閣下は自分のすることを認めてくれている、お兄様の言うことなど無視すればいいと言いながら、後妻のセーラ様には発言権等無かったんだ。
 それに王家から目を付けられた、って何?


「わたくしとキャメロンは、これからオースティンと入れ替わりで、領地で監視付きの謹慎と決まったわ。
 事が落ち着けば、旦那様はオースティンに譲位して領地に来るけれど、その時に改めてわたくしの処分を決めると仰られたの。
 だから今日会えるのが最後になるからと旦那様にお願いして、ジェーンとお前にお別れを伝えようと来てあげたのよ」


 
 以前のわたしなら、セーラ様にお別れを告げられたなら、大泣きしただろう。
 だけど今なら、サザーランド領で謹慎すると決まったセーラ様ともう会わなくて済むことに安堵した。
 それがわたしの表情に出ていたのかもしれない。
 

 話し出したセーラ様の、わたしを見つめる目はやたらギラギラしていて少しも笑っていないのに、その口調はとても楽しそうだった。


「ねぇアイリス、お前を可愛がる振りをするのは楽しかったわ。
 身の程知らずの娘がどんどん調子に乗っていくのを見るのが面白かった。
 もし本気でオースティンかキャメロンと結婚したいとわたくしに相談して来たら、その時は大笑いをしてやろうと楽しみにしていたのに。
 お前はそんな段取りも踏まずに、キャメロンを誘惑して……
 絶対にお前だけは許さない」


 
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