上 下
19 / 37

19 最終的に選ばれるのは◆◆アイリス

しおりを挟む
 キャメロンに「貴方が好き」と伝えた日。


 誰も来ない侯爵家の図書室の……ソファの上で、彼に抱かれた。

 告白した日に関係を持つとは思っていなかったけれど。
 わたしも盛り上がってしまって、その気になってしまったキャメロンを止めることは出来なくて。
 

 もう、これで大丈夫。
 シンシアがわたしを脅かすことはない。


 幼馴染みから恋人になった彼の腕の中で、わたしは安堵の涙を流した。
 そんなわたしを心配して、キャメロンが尋ねてくれる。


「……ごめん、こんなことになって後悔して泣いてる?」

「……違う、謝らないで。
 嬉しくて泣いてるの」

「本当にアイリスは……可愛い。
 俺も大好きだよ」


 好きと言って、大好きと返して貰えて、嬉しかった。
 こんなに幸せになるなら、もっと早くにキャメロンとこうなれば良かった。


 冷たくなったお兄様と違って、キャメロンはこんなに優しいのに。
 セーラ様が子供の頃から仰っていた通り、わたしとキャメロンはお似合いなの。
 彼とこうなるのは運命だった。


 少し回り道をしてしまったけれど、ずっと側にあった幸せに気付かせてくれたのはシンシア。


 それだけは感謝するわ。



     ◇◇◇

 

 だけど、その日以降。
 侯爵家には、ひとりでは通して貰えなくなった。


 侯爵家の使用人達は、奥様のセーラ様より次期当主のオースティンお兄様の言葉を守っているのか、今までのようにわたしがキャメロンを訪ねても、邸に入れてくれなくなった。
 あの日キャメロンに取り次いでくれた執事の姿を探したけれど見つからない。



 手紙も母に止められてしまったし、家には電話も無いので、キャメロンに連絡出来るのは学院内だけ。
 シンシアが登校してくる前にキャメロンのクラスへ行き、彼を捕まえた。
 

「兄上が君ひとりでは俺に会わせるなと家令に命じたから、使用人達にも徹底されてしまったみたいなんだ」

「じゃあ、外で会える?」

「家令が目を光らせてて、通学以外に馬車を出せなくなったから、外で会うのも無理だ」

「……いいわ、じゃあセーラ様とシンシアに早くわたしとのことを言ってね。
 婚約の話が無くなれば、前みたいに会えるわ」

「君のことは、ちゃんと母上には話したよ。
 シンシアにはプロポーズもしてしまったから、法律に触れないように、顧問弁護士と相談してタイミングをみて話す、と言うのが母上の意見なんだ。
 だから、少し待ってくれないか」


 セーラ様にはわたしとのことを話してくれたようだし、時機を待て、と言うのがセーラ様の指示なら、それは守らなくてはならない。

 
 いつまでシンシアに恋人面されるの?
 かと言って、わたしが略奪したように言われるのも嫌だ。
 理想は彼女と別れた幼馴染みをわたしが慰めて、そこから恋に落ちた、みたいにしたい。


 以前のわたしだったら、キャメロンに遠慮なく「早くしろ」とせっつくことが出来た。
 けれど、健気な女の子アピールをしてしまったせいで、強く出られなくなってしまった。
 キャメロンに可愛いと愛される婚約者になる為には、まだ気を抜いてはいけない。
 

 とにかく、シンシアとの婚約が正式に発表されるまでには、どうにかしてくれる。
 そう信じるしかなかった。
 でも事態は全然動かない。



 もうすぐ夏休みがやって来る。
 何も知らないシンシアが領地で行われる誕生日パーティーの話をする。
 そこでキャメロンとの婚約披露をする、とか。
 3人で涼しく夏を過ごしましょう、とか。


 冗談じゃない!
 時機を待てと言われたから、黙っているだけ。 
 わたしとキャメロンがハミルトンなんかに、行くわけないでしょう!


 侯爵家の弁護士は、何してるの?
 ふたりが婚約を正式に発表してしまえば、わたしはどうなるの?
 婚約者からキャメロンを奪った女?
 

 違うわ、わたしのモノを奪おうとしたのはシンシア。
 だから取り戻しただけなの。




 そして……とうとうシンシアに見つかった。


 現場を見たシンシアは、キャメロンとの会話を拒否して美術室から出ていった。

 

「仕方なかったのよ、シンシアには可哀想なことをしちゃったけど。
 だって……わたし達はここでしか会えなくなっていたんだもの」

 
 わたしは、シンシアを見送って肩を落とすキャメロンを抱き締めて、優しく諭すように言った。
 わたしは可愛くて優しい、貴方の運命の恋人だから。





 ……でも。


 さっきは「アイリスは悪くない」とわたしを庇ってくれたけれど。
 あれは女性を悪者にする男だとシンシアに思われたくないからね。
 あの子の前では、いつも王子様の顔をしていた。



 『君と婚約したかったのは本気だった』

 
 彼がシンシアに向かって言った、その言葉で目が覚めた。


 本当はキャメロンはシンシアと別れたくないんだって。
 わたしとの運命よりも、彼女との現実を取る気だったって。




 『最終的に選ばれるのは姉上じゃない』


 ダレルに投げつけられた言葉を思い出す。
 だけど大丈夫、わたしにはセーラ様が付いている。


 わたしは子供の頃から変わらない、彼の少し癖のある金色の髪を撫でる。



 キャム、残念だったね。

 これで、シンシアとの婚約は無くなったよ。


 
 わたしと貴方は、これからもずっと一緒ね。

しおりを挟む
感想 179

あなたにおすすめの小説

(完結)婚約破棄から始まる真実の愛

青空一夏
恋愛
 私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。  女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?  美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

一番悪いのは誰

jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。 ようやく帰れたのは三か月後。 愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。 出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、 「ローラ様は先日亡くなられました」と。 何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・

婚約破棄のその後に

ゆーぞー
恋愛
「ライラ、婚約は破棄させてもらおう」 来月結婚するはずだった婚約者のレナード・アイザックス様に王宮の夜会で言われてしまった。しかもレナード様の隣には侯爵家のご令嬢メリア・リオンヌ様。 「あなた程度の人が彼と結婚できると本気で考えていたの?」 一方的に言われ混乱している最中、王妃様が現れて。 見たことも聞いたこともない人と結婚することになってしまった。

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

〖完結〗もうあなたを愛する事はありません。

藍川みいな
恋愛
愛していた旦那様が、妹と口付けをしていました…。 「……旦那様、何をしているのですか?」 その光景を見ている事が出来ず、部屋の中へと入り問いかけていた。 そして妹は、 「あら、お姉様は何か勘違いをなさってますよ? 私とは口づけしかしていません。お義兄様は他の方とはもっと凄いことをなさっています。」と… 旦那様には愛人がいて、その愛人には子供が出来たようです。しかも、旦那様は愛人の子を私達2人の子として育てようとおっしゃいました。 信じていた旦那様に裏切られ、もう旦那様を信じる事が出来なくなった私は、離縁を決意し、実家に帰ります。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全8話で完結になります。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

処理中です...