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8 わたしが闘う相手は◆◆シンシア
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「奥様がご心配だとお迎えに出られるのを、お止めしたのですが」
レイドの言葉通り、母は馬車に駆け寄ることはしなかったけれど、開け放った玄関扉の前に立っていた。
「レイド、シンシアを部屋まで連れて行って……」
母がそう命じたので、レイドがわたしを抱き上げようとしたのを慌てて止める。
「大丈夫!自分で歩けるから!」
「……ご無理はなさらないでください。
直にクーパー先生もいらっしゃいますので」
クーパー先生は侍医だ。
レイドは担任からわたしの早退の電話を受けて、直ぐにクーパー先生に連絡をしてくれたようだが、本当に体調が悪いわけではないの……と言いかけて、気が変わった。
クーパー先生に診断書を貰って、キャメロンとの話し合いの場で提出すればいい。
婚約破棄の違約金は貰えないだろうけれど、慰謝料の請求はしてもいいのでは?
少しでも我が家にとって有利で……そしてキャメロンとアイリスの痛手になるように。
そう冷静に考えているつもりだったのに。
「大丈夫?」
まだ何も知らない母に頬を撫でられて。
……もう限界だったわたしは、泣いた。
◇◇◇
わたしの部屋で早退の理由を母に説明した。
一応女性の部屋なので、許しがない限りレイドは入ってこない。
代わりに彼の妹である侍女のスザナが控えていた。
3歳上のスザナはいつもわたしに付いていてくれていて、アイリスやキャメロンとも顔見知りだったし、何よりわたしにとっても姉のような存在だったので、何度も同じ話をしたくなかったわたしは母に頼んでスザナの同席を許していただいた。
この日までわたしの恋人と親友だと思っていたふたりの裏切りに、母とスザナの表情は驚きと当惑と……やがて怒りに歪んだ。
「お父様に直ぐにお知らせして、こちらに来ていただかないと」
どうして等、今更なことは母は聞かないでいてくれる。
「クーパー先生には診断書を書いていただきたいとお願いしてください。
食事も摂れず、不眠になっているとか、何とか。
話し合いの時に持参して、精神的に傷つけられたと慰謝料をグローバーとマーフィーに請求したいと思っています」
キャメロンとの対決は父が王都に来てからの話だが、母はわたしに明日から登校しなくてもいいと言ってくれた。
学年末テストの結果や成績表は郵送で親元に送られてくるし、裏切者達の顔を見ずに長い夏休みに入れる。
後日父から学院に、最終学年ではあのふたりとは絶対に同じクラスにならないようにお願いしていただく。
理由を聞かれたら、そのまま伝えてもいい。
その辺りの事情は汲んで貰えるはずだ。
「お父様にはグレイソン先生に、こちらへ来られる日を御連絡していただくわ。
至急に侯爵家には、先生からそれに合わせての話し合いの申し入れをしていただきましょう。
どうなるかはわからないけれど、クーパー先生の診断書を取っておくのは、いい考えね」
ハミルトン伯爵家の顧問弁護士のグレイソン先生に相談しても、どうなるかはわからない。
何せキャメロンとは、正式に婚約をしていないから。
両家の間の口約束だけだ。
それで慰謝料は無理かもしれない。
そこを攻めてくるのは多分……お兄様のオースティン様だ。
オースティン様とは侯爵邸にお伺いしたおりに何度か顔を合わせている。
異母弟の交際相手の頃は丁寧に接してくださったけれど、破談となったからにはどう対応されるか、わからない。
わたしが領地から父を呼んだように、侯爵閣下も領地からオースティン様を呼び寄せるはずだ。
あの御方は敵対する者には容赦がないと有名だもの。
わたしが闘う相手は、侯爵閣下やあのふたりではなく、十中八九オースティン・グローバー様になる。
レイドの言葉通り、母は馬車に駆け寄ることはしなかったけれど、開け放った玄関扉の前に立っていた。
「レイド、シンシアを部屋まで連れて行って……」
母がそう命じたので、レイドがわたしを抱き上げようとしたのを慌てて止める。
「大丈夫!自分で歩けるから!」
「……ご無理はなさらないでください。
直にクーパー先生もいらっしゃいますので」
クーパー先生は侍医だ。
レイドは担任からわたしの早退の電話を受けて、直ぐにクーパー先生に連絡をしてくれたようだが、本当に体調が悪いわけではないの……と言いかけて、気が変わった。
クーパー先生に診断書を貰って、キャメロンとの話し合いの場で提出すればいい。
婚約破棄の違約金は貰えないだろうけれど、慰謝料の請求はしてもいいのでは?
少しでも我が家にとって有利で……そしてキャメロンとアイリスの痛手になるように。
そう冷静に考えているつもりだったのに。
「大丈夫?」
まだ何も知らない母に頬を撫でられて。
……もう限界だったわたしは、泣いた。
◇◇◇
わたしの部屋で早退の理由を母に説明した。
一応女性の部屋なので、許しがない限りレイドは入ってこない。
代わりに彼の妹である侍女のスザナが控えていた。
3歳上のスザナはいつもわたしに付いていてくれていて、アイリスやキャメロンとも顔見知りだったし、何よりわたしにとっても姉のような存在だったので、何度も同じ話をしたくなかったわたしは母に頼んでスザナの同席を許していただいた。
この日までわたしの恋人と親友だと思っていたふたりの裏切りに、母とスザナの表情は驚きと当惑と……やがて怒りに歪んだ。
「お父様に直ぐにお知らせして、こちらに来ていただかないと」
どうして等、今更なことは母は聞かないでいてくれる。
「クーパー先生には診断書を書いていただきたいとお願いしてください。
食事も摂れず、不眠になっているとか、何とか。
話し合いの時に持参して、精神的に傷つけられたと慰謝料をグローバーとマーフィーに請求したいと思っています」
キャメロンとの対決は父が王都に来てからの話だが、母はわたしに明日から登校しなくてもいいと言ってくれた。
学年末テストの結果や成績表は郵送で親元に送られてくるし、裏切者達の顔を見ずに長い夏休みに入れる。
後日父から学院に、最終学年ではあのふたりとは絶対に同じクラスにならないようにお願いしていただく。
理由を聞かれたら、そのまま伝えてもいい。
その辺りの事情は汲んで貰えるはずだ。
「お父様にはグレイソン先生に、こちらへ来られる日を御連絡していただくわ。
至急に侯爵家には、先生からそれに合わせての話し合いの申し入れをしていただきましょう。
どうなるかはわからないけれど、クーパー先生の診断書を取っておくのは、いい考えね」
ハミルトン伯爵家の顧問弁護士のグレイソン先生に相談しても、どうなるかはわからない。
何せキャメロンとは、正式に婚約をしていないから。
両家の間の口約束だけだ。
それで慰謝料は無理かもしれない。
そこを攻めてくるのは多分……お兄様のオースティン様だ。
オースティン様とは侯爵邸にお伺いしたおりに何度か顔を合わせている。
異母弟の交際相手の頃は丁寧に接してくださったけれど、破談となったからにはどう対応されるか、わからない。
わたしが領地から父を呼んだように、侯爵閣下も領地からオースティン様を呼び寄せるはずだ。
あの御方は敵対する者には容赦がないと有名だもの。
わたしが闘う相手は、侯爵閣下やあのふたりではなく、十中八九オースティン・グローバー様になる。
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