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1 貴方の本気のキス◆◆シンシア
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毎月第2週目の火曜日は、美化委員会がある。
ひと昔前だったら、放課後に集まっていたらしいが、今時の風潮は授業が終わってるのに拘束されたくない、とか。
下校後は何かしら用事がある、とか。
そんな感じで、現在は昼休みを利用して各委員会は活動していた。
その日は夏休みに入る前の、つまり6月学年末の最後の委員会があった日だった。
1年間お世話になった学舎の全校点検を前に、学校側に要望等を提出するために委員各自が気になっていた箇所の下見をしようと言うことになっていた。
わたしは特別教室棟の廊下を足早に歩く恋人の姿を見掛けて、つい後をつけてしまった。
どうして彼がこんな場所に居るの?と不思議に思って。
声を掛けるには遠過ぎて。
追い付いた彼に後ろからいきなり抱きついて驚かせるのも楽しいから。
自分から抱きついたことなどないわたしがそんなことをすれば驚くだろうけれど、きっと彼はいつもの眩しい笑顔を見せてくれるはず。
「とてもいいひとで、貴女にお似合いだと思う」と、親友に紹介された頃からは考えられない位に、わたしは彼に甘えるようになっていた。
彼は明るい性格で、あれこれ考えてしまうわたしをいつも引っ張ってくれた。
母も彼を気に入っているし。
この彼と共になら、わたしは幸せになれる。
そう思って、先月彼と婚約の口約束をして、王都を訪れた父にも紹介した。
今日は委員会があって、昼食は一緒に食べられなかった。
だけど、ここで会えた。
手足が長い彼の歩幅は大きく、なかなか追い付かないけれど。
わたしの心は弾んでいた。
昼休みだからか、通る人も居ない特別教室棟。
彼が入った教室に少し遅れて、わたしも入る。
美術室、彼の姿はなく……その奥の準備室。
驚かせたいから、わたしは足音を忍ばせて。
準備室はカーテンが閉められていて、それなのに照明は点けられず昼間なのに仄かに薄暗い。
沢山のイーゼルやスケッチ用の石膏像や、諸々の美術に関係したもの。
それらに囲まれて、美術に関係しないものが2体。
それは……抱き合って名前を呼び合っていて。
わたしの耳にも、はっきりとそれが聞き取れた。
近々正式に婚約して大々的に披露する予定だった、わたしの恋人と。
幼馴染みの彼を紹介してくれた、わたしの親友。
付いていかなければ良かった?
いいえ、付いていって良かった!
わたしは何も気付いていなかったのだから。
何度確認してもお互いに友人だと言い張っていたふたりは抱き合い、友愛の域を越えた熱い口づけを交わしていた。
何度も顔の向きを変えて繰り返す。
互いの唇が離れると、はっはっと短く息継ぎをして。
そしてまた、口づける。
段々と熱に浮かされたように。
まるで目の前の相手を飲み込もうとするように。
彼はわたしには、礼儀正しい……
優しく触れるようなキスをしていたけれど。
知らなかったな、貴方の本気のキスはそんな感じなのね。
無意識に指先が……自分の唇に触れていた。
わたしもまた、その熱情に引きずられたみたい。
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
ひと昔前だったら、放課後に集まっていたらしいが、今時の風潮は授業が終わってるのに拘束されたくない、とか。
下校後は何かしら用事がある、とか。
そんな感じで、現在は昼休みを利用して各委員会は活動していた。
その日は夏休みに入る前の、つまり6月学年末の最後の委員会があった日だった。
1年間お世話になった学舎の全校点検を前に、学校側に要望等を提出するために委員各自が気になっていた箇所の下見をしようと言うことになっていた。
わたしは特別教室棟の廊下を足早に歩く恋人の姿を見掛けて、つい後をつけてしまった。
どうして彼がこんな場所に居るの?と不思議に思って。
声を掛けるには遠過ぎて。
追い付いた彼に後ろからいきなり抱きついて驚かせるのも楽しいから。
自分から抱きついたことなどないわたしがそんなことをすれば驚くだろうけれど、きっと彼はいつもの眩しい笑顔を見せてくれるはず。
「とてもいいひとで、貴女にお似合いだと思う」と、親友に紹介された頃からは考えられない位に、わたしは彼に甘えるようになっていた。
彼は明るい性格で、あれこれ考えてしまうわたしをいつも引っ張ってくれた。
母も彼を気に入っているし。
この彼と共になら、わたしは幸せになれる。
そう思って、先月彼と婚約の口約束をして、王都を訪れた父にも紹介した。
今日は委員会があって、昼食は一緒に食べられなかった。
だけど、ここで会えた。
手足が長い彼の歩幅は大きく、なかなか追い付かないけれど。
わたしの心は弾んでいた。
昼休みだからか、通る人も居ない特別教室棟。
彼が入った教室に少し遅れて、わたしも入る。
美術室、彼の姿はなく……その奥の準備室。
驚かせたいから、わたしは足音を忍ばせて。
準備室はカーテンが閉められていて、それなのに照明は点けられず昼間なのに仄かに薄暗い。
沢山のイーゼルやスケッチ用の石膏像や、諸々の美術に関係したもの。
それらに囲まれて、美術に関係しないものが2体。
それは……抱き合って名前を呼び合っていて。
わたしの耳にも、はっきりとそれが聞き取れた。
近々正式に婚約して大々的に披露する予定だった、わたしの恋人と。
幼馴染みの彼を紹介してくれた、わたしの親友。
付いていかなければ良かった?
いいえ、付いていって良かった!
わたしは何も気付いていなかったのだから。
何度確認してもお互いに友人だと言い張っていたふたりは抱き合い、友愛の域を越えた熱い口づけを交わしていた。
何度も顔の向きを変えて繰り返す。
互いの唇が離れると、はっはっと短く息継ぎをして。
そしてまた、口づける。
段々と熱に浮かされたように。
まるで目の前の相手を飲み込もうとするように。
彼はわたしには、礼儀正しい……
優しく触れるようなキスをしていたけれど。
知らなかったな、貴方の本気のキスはそんな感じなのね。
無意識に指先が……自分の唇に触れていた。
わたしもまた、その熱情に引きずられたみたい。
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
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