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第49話
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「調べましたところ、バークレー嬢は先月20歳になっています。
お父様よりは、ご本人の意思を優先して貰える年齢になりました」
そこまで調べての、この解雇か。
さすがはヴィスの妹だと、イアンはミルドレッドに惚れ直した。
解雇された契約書を受け取ったユリアナも「これは後から、父に届けて貰いましょう」と、テーブルの上に置いた。
この時、皆が初めてユリアナの心からの笑顔を見た。
「奥様、ウィンガムでお雇いいただけるのなら、どうぞよろしくお願い致します」
「えぇ、こちらこそ、これからもよろしくお願い致します。
メラニーちゃんは兄様に預けて、貴女はご自分の荷物を」
女性ふたりで、話を進めていく様子にジャーヴィスも苦笑いをしていたが、ミルドレッドから指名されたので、ユリアナの前に跪き、優しくメラニーを揺り起こした。
ここでも視線を合わさないふたりに。
ミルドレッドの前では、協力者であったことは一生隠し続けるんだろうなと、イアンは思う。
「ね、ほら、起きられる?
おじちゃんと一緒に、違うお家に行かない?」
「……アナも……いっしょ?」
「……ユリアナ嬢も一緒だよ。
もうすぐメラニーの誕生日だろ?
皆でお祝いしたいんだ。
メラニーを、抱っこさせて?
おじちゃんのことが嫌じゃなければ、だけどね?」
「お、おぉじちゃんは……さぁかすのひと?」
「サーカス? じゃないよ?
普通の家だね」
「……めるの。
めるの……ひだりのあし、きらない?
ぱぱは……わるいことして……きられたの」
いつの間にか、皆がメラニーとジャーヴィスの会話を聞いていた。
この場のアダムスの男達は、それで3歳の幼児とは、たどたどしくても充分に、意思の疎通が図れることを知った。
そしてその結果明らかになったのは、マリーがメラニーに足を切ると言って脅しをかけていた事実だ。
それも父親が不自由だった左足を。
皆がマリーの顔を、おぞましげに見ている。
あのリチャードさえもが、複雑な顔をしていた。
彼の中でまたひとつ、女性に対する恐れを増やしたのかもしれない。
「か、軽い冗談じゃないの。
この子があんまり言うことを聞かなくて!
それで仕方なく……」
「12枚」
マリーに返事をしたのは、ジャーヴィスだけだ。
他の者には、何のことだか分からない。
だが、マリーには分かった。
あの金貨30枚が、12枚になったのか。
それとも12枚減らされて、18枚になったのか。
そのどちらかしかない。
皆がウィンガムへ帰ると言うから、一瞬自分も連れていって貰えるかと思った。
ここへは結婚式で戻ればいいだけか、と。
だが、その希望も……もう無くなった。
自分ひとりが残されるのだ、ここに。
◇◇◇
未だにレナードだけが、足掻いている。
「メラニーはスチュワートの姪だ。
アダムスの人間だよ、ミリー、俺とふたりで育てるのが筋じゃないか?」
「いいえ、レナード様。
貴方のお手は煩わせません。
メラニーちゃんの後見権利は、お義父様から旦那様、それからわたくしに移っています。
ギャレット様、彼にウィラード様とお義父様との誓約書をお見せしてくださいませ」
とうとう自分にも、当主夫人からご指名が入った!
イアンが張り切って、持ち込んだ書類の中から例の誓約書を探しだして、レナードに渡した。
「ちゃんとご覧くださいね。
ウィラード様は、アダムスとは関わらないと、はっきり明記しています」
ミルドレッドはレナードにそれだけを言うと、今度は立ち上がったユリアナに向き合った。
メラニーは既にジャーヴィスに抱かれて、ふたりで何かおしゃべりをしている。
「お願いがあるの、ドレッシングルームに旦那様からいただいたマッカートニーの長手袋があるわ。
あれだけでいいから、持ってきて……」
その最後まで自分をちゃんと見てくれない彼女に、レナードが声を荒げた。
何度後悔しても、また同じことを繰り返すレナードは、本当はメラニーのこと等どうでも良くて、ただ引き留める理由にしたかっただけなので、誓約書もイアンに押し付ける。
「何だよ、まだスチュワートから貰ったものに縋るのか!
兄上だって、お前に何も言わなかったんだろうが!
俺みたいに知らなかったんじゃない、知っていたのに話さなかったんだ!
手袋が何だ? そんなもの、どうでもいいだろ!
こっちを見ろ……」
スチュワートから貰った手袋をどうでもいいと言うのか!と。
手にした書類も何もかも投げ捨てて。
イアンがレナードを殴り付けようとした、その時。
ミルドレッドがおかしそうに、笑った。
「貴方とマリーお義姉様が、そういう関係を続けていらっしゃること、王家もご存じですのよ。
おふたりが恋愛関係であるからこそ、これ程の早さで相手を取り替えることを決定されたのです。
サリー嬢なら我慢も致しますけれど、義理とは言え姉妹で男性を共有するのは、わたくしは遠慮させていただきます。
そして、その口で。
旦那様とわたくしについて語るのは、もう止めていただけませんか。
ご理解したなら、四の五の言わずに大人しくしててくださいませ」
この日、ミルドレッドがレナードに笑いかけたのは、この言葉を伝えた時のみ、だ。
お父様よりは、ご本人の意思を優先して貰える年齢になりました」
そこまで調べての、この解雇か。
さすがはヴィスの妹だと、イアンはミルドレッドに惚れ直した。
解雇された契約書を受け取ったユリアナも「これは後から、父に届けて貰いましょう」と、テーブルの上に置いた。
この時、皆が初めてユリアナの心からの笑顔を見た。
「奥様、ウィンガムでお雇いいただけるのなら、どうぞよろしくお願い致します」
「えぇ、こちらこそ、これからもよろしくお願い致します。
メラニーちゃんは兄様に預けて、貴女はご自分の荷物を」
女性ふたりで、話を進めていく様子にジャーヴィスも苦笑いをしていたが、ミルドレッドから指名されたので、ユリアナの前に跪き、優しくメラニーを揺り起こした。
ここでも視線を合わさないふたりに。
ミルドレッドの前では、協力者であったことは一生隠し続けるんだろうなと、イアンは思う。
「ね、ほら、起きられる?
おじちゃんと一緒に、違うお家に行かない?」
「……アナも……いっしょ?」
「……ユリアナ嬢も一緒だよ。
もうすぐメラニーの誕生日だろ?
皆でお祝いしたいんだ。
メラニーを、抱っこさせて?
おじちゃんのことが嫌じゃなければ、だけどね?」
「お、おぉじちゃんは……さぁかすのひと?」
「サーカス? じゃないよ?
普通の家だね」
「……めるの。
めるの……ひだりのあし、きらない?
ぱぱは……わるいことして……きられたの」
いつの間にか、皆がメラニーとジャーヴィスの会話を聞いていた。
この場のアダムスの男達は、それで3歳の幼児とは、たどたどしくても充分に、意思の疎通が図れることを知った。
そしてその結果明らかになったのは、マリーがメラニーに足を切ると言って脅しをかけていた事実だ。
それも父親が不自由だった左足を。
皆がマリーの顔を、おぞましげに見ている。
あのリチャードさえもが、複雑な顔をしていた。
彼の中でまたひとつ、女性に対する恐れを増やしたのかもしれない。
「か、軽い冗談じゃないの。
この子があんまり言うことを聞かなくて!
それで仕方なく……」
「12枚」
マリーに返事をしたのは、ジャーヴィスだけだ。
他の者には、何のことだか分からない。
だが、マリーには分かった。
あの金貨30枚が、12枚になったのか。
それとも12枚減らされて、18枚になったのか。
そのどちらかしかない。
皆がウィンガムへ帰ると言うから、一瞬自分も連れていって貰えるかと思った。
ここへは結婚式で戻ればいいだけか、と。
だが、その希望も……もう無くなった。
自分ひとりが残されるのだ、ここに。
◇◇◇
未だにレナードだけが、足掻いている。
「メラニーはスチュワートの姪だ。
アダムスの人間だよ、ミリー、俺とふたりで育てるのが筋じゃないか?」
「いいえ、レナード様。
貴方のお手は煩わせません。
メラニーちゃんの後見権利は、お義父様から旦那様、それからわたくしに移っています。
ギャレット様、彼にウィラード様とお義父様との誓約書をお見せしてくださいませ」
とうとう自分にも、当主夫人からご指名が入った!
イアンが張り切って、持ち込んだ書類の中から例の誓約書を探しだして、レナードに渡した。
「ちゃんとご覧くださいね。
ウィラード様は、アダムスとは関わらないと、はっきり明記しています」
ミルドレッドはレナードにそれだけを言うと、今度は立ち上がったユリアナに向き合った。
メラニーは既にジャーヴィスに抱かれて、ふたりで何かおしゃべりをしている。
「お願いがあるの、ドレッシングルームに旦那様からいただいたマッカートニーの長手袋があるわ。
あれだけでいいから、持ってきて……」
その最後まで自分をちゃんと見てくれない彼女に、レナードが声を荒げた。
何度後悔しても、また同じことを繰り返すレナードは、本当はメラニーのこと等どうでも良くて、ただ引き留める理由にしたかっただけなので、誓約書もイアンに押し付ける。
「何だよ、まだスチュワートから貰ったものに縋るのか!
兄上だって、お前に何も言わなかったんだろうが!
俺みたいに知らなかったんじゃない、知っていたのに話さなかったんだ!
手袋が何だ? そんなもの、どうでもいいだろ!
こっちを見ろ……」
スチュワートから貰った手袋をどうでもいいと言うのか!と。
手にした書類も何もかも投げ捨てて。
イアンがレナードを殴り付けようとした、その時。
ミルドレッドがおかしそうに、笑った。
「貴方とマリーお義姉様が、そういう関係を続けていらっしゃること、王家もご存じですのよ。
おふたりが恋愛関係であるからこそ、これ程の早さで相手を取り替えることを決定されたのです。
サリー嬢なら我慢も致しますけれど、義理とは言え姉妹で男性を共有するのは、わたくしは遠慮させていただきます。
そして、その口で。
旦那様とわたくしについて語るのは、もう止めていただけませんか。
ご理解したなら、四の五の言わずに大人しくしててくださいませ」
この日、ミルドレッドがレナードに笑いかけたのは、この言葉を伝えた時のみ、だ。
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