49 / 58
第48話
しおりを挟む
ミルドレッドがケイトの協力を得て、応接室に戻れば。
部屋の中は、怒号が飛び交っているわけでは無かったが、一触即発の様相に見えた。
ミルドレッドには、その理由が理解出来た。
きっとマリー・マーチの嫁入りの条件に関して、アダムス側のふたりが納得出来ていないのだ。
もう既に、リチャードは戦線を離脱している。
今から思えば、どうしてあれ程リチャードを恐れていたのか、自分でも分からない。
男性から大声を出されることに、慣れていなかったのもある。
結婚披露宴で、隣にスチュワートが居なくなった時。
近くに座っていた彼に「叔父様、今の御方はどなたでしょうか」と尋ねたら。
「分からなくても、分かった顔をしておけ!」と言われ、こんなひとは初めてだと用心したのもあった。
それからは会うたびに緊張した。
「分からないことは、直ぐにその場で教えて貰いなさい。
教えて貰うことは、恥ずかしいことではない。
分からないままにしておくことの方が、愚かだ」
幼い頃から、父からはそう言われてきた。
だから、分からないこと、知らないこと、不思議に思うこと。
ミルドレッドは家族や家庭教師だけではなく、庭師やメイドや、領民達にも遠慮無く尋ねてきた。
それを思い出すだけでも。
愛するひとが居なくなってしまったこのレイウッドには、わたしはもう居られないと、ミルドレッドは強く思った。
それで。
「もしかして問題は、マリーお義姉様の持参金についてでしょうか」
「それだけじゃない! マリーにはマーチの遺産が入らないようになっているらしいな?
完全に肩書きだけの養子縁組じゃないか?」
「それのどこが問題なのです、カールトン様?
お義姉様の相続放棄は、アダムスには関係の無いことではありませんか?
レナード様との結婚後なら、分かりますけれど。
今の時点で、アダムスに何の関係があるのでしょう。
事前にお伝えしているだけでも、こちらは誠意をお見せしていますわ」
ミルドレッドには強く出られないレナードを知っているので、代わりに話し出したカールトンに、ミルドレッドが言い返す。
カールトンにとって、こんな彼女は初めてだった。
スチュワートが亡くなってからは、領内の勉強をしたいと教えを乞われた。
女子高等学院を卒業していないと聞いていたから、出来るだけ簡単に簡単にを心掛けて説明した。
反応も直ぐあるわけではなく、本当に分かっているのかも怪しかった。
それなのに……この短期間に何があった?
それとも、こんな部分を隠していたのか?
「それと、お義姉様の持参金が0であること、ですか?」
「ミリー、持参金については、君の嫁入りに関しては先代様から王命で結ばれた縁組だから、身ひとつで来て欲しいと言われていたのを、こちらはそれでもと持たせたもの。
今回も同様に、それを求められてもね」
ミリーに言い聞かせるように、ジャーヴィスが当時のことを伝える。
この妹の嫁入りとは違うのだと、改めて印象付けるかのように。
ジャーヴィスも、持参金でごねられる想定は勿論していて、契約時にマリーに対しては話している。
「お前が義妹になっても、双方の家からミルドレッドと同じ扱いを受けられるとは思ってはいけない」と。
マリーにしても、それは分かっていたことだったが。
この場に、わたし本人が居るのに。
誰もわたしを気にしてくれない。
これは、わたしの結婚の話でしょう。
どうして、誰もわたしを見ないの。
今では、レナードさえこちらを見ない。
それでも、ジャーヴィス様は結婚式まで守ってやると言ってくださった。
これからは気を付けないと、何をされるか分からないから、と。
必ず五体満足で結婚式を迎えられるように守ってやると、言ってくださったから。
怖かったけど、言われたもの全部にサインをした。
守る上に、披露宴の終わりには。
別にお金もやると言ってくださったから。
それは金貨30枚。
平民なら贅沢しなければ、家族4人が5年暮らせる。
それを御褒美にがんばるつもりだったのに。
「それでは兄様、わたくしのその持参金。
マリーお義姉様にお使いくださいませ。
それで、おふたりの結婚が纏まるのなら」
静かにジャーヴィスに頼むミルドレッドを、マリーとリチャード以外の全員が見た。
そんな簡単に譲れるような金額ではない。
さすがのカールトンも、ミルドレッドと同額を求めているわけではない。
アダムスも困窮している家ではない。
ただ持参金も持たせて貰えない嫁等と、ごねて文句を付けたいだけだった。
「ミリー? 何を考えてる?」
皆を代表するように、一番彼女に尋ねやすく、また聞く権利を持つジャーヴィスが尋ねる。
「何も考えていません。
もう考えたくないので、早く終わらせたいのです。
メラニーちゃんをご覧ください、ユリアナだって限界です。
これ以上、皆様が時間をかけてお話し合いをなさりたいのなら、お任せ致しますので。
わたくし達3人は、お先にウィンガムへ戻ります」
「そうか、承知……」
妹が初めて見せたその勢いに押されて、ついジャーヴィスが頷いたが、黙っていなかったのはレナードだ。
「駄目だ、駄目だ。
ミリーは帰らせない。
それに、ユリアナはうちの一族で、この家の使用人だ。
勝手にウィンガムに連れて行く等……」
「先程、アダムス本家当主とユリアナ・バークレーとの雇用契約を解約致しました。
わたくしはスチュワートの代理として、バークレー嬢を解雇致しました。
それで、新たにマーチ家にて、メラニー・フェルドン嬢の養育係として雇用契約を結ぶ予定ですの。
バークレー嬢、この申し出を受けて貰えるかしら?」
そう言いながら、ミルドレッドは手にしていた書類をユリアナに手渡した。
これをケイトに探して貰って、後はふたりでユリアナの誕生日を確認した。
彼女がユリアナに渡したのは、アダムス家の使用人雇用契約書だ。
それには大きく、『解雇』の印が押されていた。
部屋の中は、怒号が飛び交っているわけでは無かったが、一触即発の様相に見えた。
ミルドレッドには、その理由が理解出来た。
きっとマリー・マーチの嫁入りの条件に関して、アダムス側のふたりが納得出来ていないのだ。
もう既に、リチャードは戦線を離脱している。
今から思えば、どうしてあれ程リチャードを恐れていたのか、自分でも分からない。
男性から大声を出されることに、慣れていなかったのもある。
結婚披露宴で、隣にスチュワートが居なくなった時。
近くに座っていた彼に「叔父様、今の御方はどなたでしょうか」と尋ねたら。
「分からなくても、分かった顔をしておけ!」と言われ、こんなひとは初めてだと用心したのもあった。
それからは会うたびに緊張した。
「分からないことは、直ぐにその場で教えて貰いなさい。
教えて貰うことは、恥ずかしいことではない。
分からないままにしておくことの方が、愚かだ」
幼い頃から、父からはそう言われてきた。
だから、分からないこと、知らないこと、不思議に思うこと。
ミルドレッドは家族や家庭教師だけではなく、庭師やメイドや、領民達にも遠慮無く尋ねてきた。
それを思い出すだけでも。
愛するひとが居なくなってしまったこのレイウッドには、わたしはもう居られないと、ミルドレッドは強く思った。
それで。
「もしかして問題は、マリーお義姉様の持参金についてでしょうか」
「それだけじゃない! マリーにはマーチの遺産が入らないようになっているらしいな?
完全に肩書きだけの養子縁組じゃないか?」
「それのどこが問題なのです、カールトン様?
お義姉様の相続放棄は、アダムスには関係の無いことではありませんか?
レナード様との結婚後なら、分かりますけれど。
今の時点で、アダムスに何の関係があるのでしょう。
事前にお伝えしているだけでも、こちらは誠意をお見せしていますわ」
ミルドレッドには強く出られないレナードを知っているので、代わりに話し出したカールトンに、ミルドレッドが言い返す。
カールトンにとって、こんな彼女は初めてだった。
スチュワートが亡くなってからは、領内の勉強をしたいと教えを乞われた。
女子高等学院を卒業していないと聞いていたから、出来るだけ簡単に簡単にを心掛けて説明した。
反応も直ぐあるわけではなく、本当に分かっているのかも怪しかった。
それなのに……この短期間に何があった?
それとも、こんな部分を隠していたのか?
「それと、お義姉様の持参金が0であること、ですか?」
「ミリー、持参金については、君の嫁入りに関しては先代様から王命で結ばれた縁組だから、身ひとつで来て欲しいと言われていたのを、こちらはそれでもと持たせたもの。
今回も同様に、それを求められてもね」
ミリーに言い聞かせるように、ジャーヴィスが当時のことを伝える。
この妹の嫁入りとは違うのだと、改めて印象付けるかのように。
ジャーヴィスも、持参金でごねられる想定は勿論していて、契約時にマリーに対しては話している。
「お前が義妹になっても、双方の家からミルドレッドと同じ扱いを受けられるとは思ってはいけない」と。
マリーにしても、それは分かっていたことだったが。
この場に、わたし本人が居るのに。
誰もわたしを気にしてくれない。
これは、わたしの結婚の話でしょう。
どうして、誰もわたしを見ないの。
今では、レナードさえこちらを見ない。
それでも、ジャーヴィス様は結婚式まで守ってやると言ってくださった。
これからは気を付けないと、何をされるか分からないから、と。
必ず五体満足で結婚式を迎えられるように守ってやると、言ってくださったから。
怖かったけど、言われたもの全部にサインをした。
守る上に、披露宴の終わりには。
別にお金もやると言ってくださったから。
それは金貨30枚。
平民なら贅沢しなければ、家族4人が5年暮らせる。
それを御褒美にがんばるつもりだったのに。
「それでは兄様、わたくしのその持参金。
マリーお義姉様にお使いくださいませ。
それで、おふたりの結婚が纏まるのなら」
静かにジャーヴィスに頼むミルドレッドを、マリーとリチャード以外の全員が見た。
そんな簡単に譲れるような金額ではない。
さすがのカールトンも、ミルドレッドと同額を求めているわけではない。
アダムスも困窮している家ではない。
ただ持参金も持たせて貰えない嫁等と、ごねて文句を付けたいだけだった。
「ミリー? 何を考えてる?」
皆を代表するように、一番彼女に尋ねやすく、また聞く権利を持つジャーヴィスが尋ねる。
「何も考えていません。
もう考えたくないので、早く終わらせたいのです。
メラニーちゃんをご覧ください、ユリアナだって限界です。
これ以上、皆様が時間をかけてお話し合いをなさりたいのなら、お任せ致しますので。
わたくし達3人は、お先にウィンガムへ戻ります」
「そうか、承知……」
妹が初めて見せたその勢いに押されて、ついジャーヴィスが頷いたが、黙っていなかったのはレナードだ。
「駄目だ、駄目だ。
ミリーは帰らせない。
それに、ユリアナはうちの一族で、この家の使用人だ。
勝手にウィンガムに連れて行く等……」
「先程、アダムス本家当主とユリアナ・バークレーとの雇用契約を解約致しました。
わたくしはスチュワートの代理として、バークレー嬢を解雇致しました。
それで、新たにマーチ家にて、メラニー・フェルドン嬢の養育係として雇用契約を結ぶ予定ですの。
バークレー嬢、この申し出を受けて貰えるかしら?」
そう言いながら、ミルドレッドは手にしていた書類をユリアナに手渡した。
これをケイトに探して貰って、後はふたりでユリアナの誕生日を確認した。
彼女がユリアナに渡したのは、アダムス家の使用人雇用契約書だ。
それには大きく、『解雇』の印が押されていた。
410
お気に入りに追加
953
あなたにおすすめの小説

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……
矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。
『もう君はいりません、アリスミ・カロック』
恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。
恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。
『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』
『えっ……』
任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。
私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。
それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。
――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。
※このお話の設定は架空のものです。
※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる