【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi

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第48話

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 ミルドレッドがケイトの協力を得て、応接室に戻れば。

 部屋の中は、怒号が飛び交っているわけでは無かったが、一触即発の様相に見えた。
 ミルドレッドには、その理由が理解出来た。
 

 きっとマリー・マーチの嫁入りの条件に関して、アダムス側のふたりが納得出来ていないのだ。
 もう既に、リチャードは戦線を離脱している。




 今から思えば、どうしてあれ程リチャードを恐れていたのか、自分でも分からない。
 男性から大声を出されることに、慣れていなかったのもある。


 結婚披露宴で、隣にスチュワートが居なくなった時。
 近くに座っていた彼に「叔父様、今の御方はどなたでしょうか」と尋ねたら。
「分からなくても、分かった顔をしておけ!」と言われ、こんなひとは初めてだと用心したのもあった。
 それからは会うたびに緊張した。

 

「分からないことは、直ぐにその場で教えて貰いなさい。
 教えて貰うことは、恥ずかしいことではない。
 分からないままにしておくことの方が、愚かだ」


 幼い頃から、父からはそう言われてきた。
 だから、分からないこと、知らないこと、不思議に思うこと。
 ミルドレッドは家族や家庭教師だけではなく、庭師やメイドや、領民達にも遠慮無く尋ねてきた。



 それを思い出すだけでも。
 愛するひとが居なくなってしまったこのレイウッドには、わたしはもう居られないと、ミルドレッドは強く思った。
 それで。


「もしかして問題は、マリーお義姉様の持参金についてでしょうか」

「それだけじゃない! マリーにはマーチの遺産が入らないようになっているらしいな?
 完全に肩書きだけの養子縁組じゃないか?」

「それのどこが問題なのです、カールトン様?
 お義姉様の相続放棄は、アダムスには関係の無いことではありませんか?
 レナード様との結婚後なら、分かりますけれど。
 今の時点で、アダムスに何の関係があるのでしょう。
 事前にお伝えしているだけでも、こちらは誠意をお見せしていますわ」


 ミルドレッドには強く出られないレナードを知っているので、代わりに話し出したカールトンに、ミルドレッドが言い返す。


 カールトンにとって、こんな彼女は初めてだった。
 スチュワートが亡くなってからは、領内の勉強をしたいと教えを乞われた。
 女子高等学院を卒業していないと聞いていたから、出来るだけ簡単に簡単にを心掛けて説明した。
 反応も直ぐあるわけではなく、本当に分かっているのかも怪しかった。
 それなのに……この短期間に何があった?
 それとも、こんな部分を隠していたのか?
 


「それと、お義姉様の持参金が0であること、ですか?」

「ミリー、持参金については、君の嫁入りに関しては先代様から王命で結ばれた縁組だから、身ひとつで来て欲しいと言われていたのを、こちらはそれでもと持たせたもの。
 今回も同様に、それを求められてもね」


 ミリーに言い聞かせるように、ジャーヴィスが当時のことを伝える。
 この妹の嫁入りとは違うのだと、改めて印象付けるかのように。


 ジャーヴィスも、持参金でごねられる想定は勿論していて、契約時にマリーに対しては話している。
「お前が義妹になっても、双方の家からミルドレッドと同じ扱いを受けられるとは思ってはいけない」と。
 


 マリーにしても、それは分かっていたことだったが。
 この場に、わたし本人が居るのに。
 誰もわたしを気にしてくれない。
 これは、わたしの結婚の話でしょう。
 どうして、誰もわたしを見ないの。
 今では、レナードさえこちらを見ない。


 それでも、ジャーヴィス様は結婚式まで守ってやると言ってくださった。
 これからは気を付けないと、何をされるか分からないから、と。
 必ず五体満足で結婚式を迎えられるように守ってやると、言ってくださったから。
 怖かったけど、言われたもの全部にサインをした。


 守る上に、披露宴の終わりには。
 別にお金もやると言ってくださったから。
 それは金貨30枚。
 平民なら贅沢しなければ、家族4人が5年暮らせる。
 それを御褒美にがんばるつもりだったのに。



「それでは兄様、わたくしのその持参金。
 マリーお義姉様にお使いくださいませ。
 それで、おふたりの結婚が纏まるのなら」


 静かにジャーヴィスに頼むミルドレッドを、マリーとリチャード以外の全員が見た。
 そんな簡単に譲れるような金額ではない。


 さすがのカールトンも、ミルドレッドと同額を求めているわけではない。
 アダムスも困窮している家ではない。
 ただ持参金も持たせて貰えない嫁等と、ごねて文句を付けたいだけだった。



「ミリー? 何を考えてる?」


 皆を代表するように、一番彼女に尋ねやすく、また聞く権利を持つジャーヴィスが尋ねる。


「何も考えていません。
 もう考えたくないので、早く終わらせたいのです。
 メラニーちゃんをご覧ください、ユリアナだって限界です。
 これ以上、皆様が時間をかけてお話し合いをなさりたいのなら、お任せ致しますので。
 わたくし達3人は、お先にウィンガムへ戻ります」

「そうか、承知……」


 妹が初めて見せたその勢いに押されて、ついジャーヴィスが頷いたが、黙っていなかったのはレナードだ。


「駄目だ、駄目だ。
 ミリーは帰らせない。
 それに、ユリアナはうちの一族で、この家の使用人だ。
 勝手にウィンガムに連れて行く等……」

「先程、アダムス本家当主とユリアナ・バークレーとの雇用契約を解約致しました。
 わたくしはスチュワートの代理として、バークレー嬢を解雇致しました。
 それで、新たにマーチ家にて、メラニー・フェルドン嬢の養育係として雇用契約を結ぶ予定ですの。
 バークレー嬢、この申し出を受けて貰えるかしら?」


 そう言いながら、ミルドレッドは手にしていた書類をユリアナに手渡した。
 これをケイトに探して貰って、後はふたりでユリアナの誕生日を確認した。

 
 彼女がユリアナに渡したのは、アダムス家の使用人雇用契約書だ。
 それには大きく、『解雇』の印が押されていた。



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