【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi

文字の大きさ
上 下
48 / 58

第47話

しおりを挟む
 また……まただと、レナードは再び思い知らされる。

 またこの言葉を、冷めた表情のミルドレッドに冷静に返された。
 『頭が空っぽ』とは、勢いで言っただけだ。
 それがここまで、彼女を怒らせていたとは思わなかった。


 初めて会った13の時から、いいなとずっと想い続けてきた。
 まだ婚約者だった兄とふたりで話している姿も、好ましかった。
 嫁いできても、その想いは変えることが出来ず。
 母からは「余計な気持ちは捨てなさい」と、言われたが。
 父も兄も知らなかったと思う。
 

 だから、王命を知られたあの日。
 表面上だけでも同意して。
 何を言われたとしても、罵ったりせず。
 もっと彼女の心身に寄り添っていたなら……もっと。



 もう、もう。
 やり直せないのか。
 これからは他の女には、目もくれないと誓う。
 もう一度だけ、ちゃんと話す機会を……

 

 そんなレナードの想い等知らぬミルドレッドが、部屋を静かに出ていく。
 思わず、立ち上がりかけた彼を止めたのは、またもやこの男だ。


「レナード卿、これから貴方とマリー・マーチ様の政略婚について、ウィンガム伯爵様からご説明があります。
 どうぞ、ご着席を」


 イアンとて、急に出ていったミルドレッドが何処へ向かったのかは分からない。
 全くこの自由過ぎる兄妹は、打ち合わせ等お構い無しな行動をする。


 だが、レナードにミルドレッドの後を追いかけさせる気はない。
 絶対に、彼女の邪魔はさせない。


 この家の状況がまだ掴みきれていないイアンだが。
 顔には決して出さないが、それだけは決めている。



     ◇◇◇



 応接室の外に出たミルドレッドを待っていたのは、侍女長のケイトだった。


「……ケイト」

「お帰りなさいませ、奥様」

「……」


 丁寧に挨拶をされて、どう答えていいか惑う彼女に、反対にケイトが話し出した。


「先程、偶然に行き交われたウィンガム伯爵様から、奥様とお会い出来るのも今日が最後だと、教えていただきました。
 それで失礼ではございましたが、こちらで奥様を待たせていただいておりました」



 ジャーヴィスに限って、偶然等あり得ないので。
 誰かを使って、彼女を呼びつけたのだろうとは直ぐに分かったけれど、それでも。
 こうしてふたりだけでケイトに会えたことを、ミルドレッドは兄に感謝した。



「こんなことになって、ごめんなさい。
 あの夜、黙って家を出たことも……」

「そのことは、もうお気になさらないでくださいませ。
 奥様がご無事なら、もうそれだけで。
 それに申し訳ございません、奥様。
 お時間が無いのでございましょう?
 どちらへ行かれるのか、ご案内致しますので、先にそちらへ参りましょう」

「メラニーちゃんの部屋が見たいの。
 彼女の様子も詳しく教えて」


 ケイトはそれだけで頷くと廊下を先立ち、ローラ母子の部屋とされていた客室に、彼女を案内した。



 部屋の中には、マリーが購入した安価なドレスが散乱し、空気も少し澱んでいた。
 部屋の片隅には小さなチェストが置いてあり、その引き出しの一番下だけが、メラニーのスペースのようだった。


「……空気を入れ替えましょう。
 この部屋には誰も、掃除に入りたがらなくて。
 ご安心ください。
 こうなったのは、メラニー様がユリアナと眠るようになってからでございます」

「では、この部屋を現在使っているのは、マリーお義姉様とレナード様だけなのね……」


 ケイトは驚いた。
 確かにウィンガム伯爵からは、ローラの本名がマリーと言うことと、メラニーが旦那様の姪御様と言うことは教えられた。
 そして、これからはウィンガムの養女となったマリーがこのままこの邸に、レナードの正妻として暮らすのだ、と。

 しかし、目の前で奥様が『マリーお義姉様』とローラを呼び、且つレナード様との関係もご存じだったとは思いもしなかった。


 
 ミルドレッドは、それからは何も言わず。
 部屋全体を見渡した後、引き出しからメラニーの小さな古ぼけたワンピースを取り出し、抱き締めていた。


 しばらくそのまま動かなかったが、その姿を見守っていたケイトに、ミルドレッドがようやく尋ねた。



「ユリアナとメラニーちゃんを。
 わたしが一緒に連れていってもいい?」

「……」

「わたし、あのふたりをウィンガムに連れて帰りたいの。
 メラニーちゃんを、この邸には置いておけない。
 証言をしてくれたユリアナをアダムスに残せば、ご実家に何をされるか分からない、だから。
 ……貴女にはまた迷惑をかけてしまう。
 けれど、お願いします、最後にもう一度だけ助けて」

「……」



 ミルドレッドはこれまでも、何度もケイトに助けられてきた。
 特に義母のジュリアが亡くなる前後は、本当に世話をかけた。


 領主夫妻の病が、領内でも猛威をふるいだした流行り病だと確定した頃。
 病床の父バーナードの指示で、両親を離れに移そうとしたスチュワートを止めたのが、ミルドレッドだった。


 どうしても生活を分けなくてはならないのなら。
 病気で弱ってしまったおふたりを動かすくらいなら、健康なわたし達が移動すべきだ、と。



 その甘い考えは捨てろと、またリチャードから責められたスチュワートを支えてくれたのが、実際に家政を取り仕切ってくれていたハモンドとケイトだった。
 彼女達ふたりが素早く整えた使用人の配置により、2邸は決して交わることは無かったが、断絶することも無かった。


 理想を掲げるだけで、実は何も決められなかったミルドレッドを、ケイトはずっと支えて導いてくれた。



「わたくしでお役に立てるのであれば、何なりとお申し付けくださいませ。
 実は先程、別件で奥様の代理として……
 ウィンガム伯爵様から、ご指示を受けて動いておりました。
 旦那様と奥様が居なくなられてから、本当に久し振りにきちんとしたご指示を受けて、使用人一同、身の引き締まる思いを致しました。
 わたくしも若ければ、と……ユリアナを少し羨ましくも思いますけれど、あの子はこの家には相応しくありませんもの。
 メラニー様の世話をするあの子を見て、ずっと能力を隠されていたと知りました。
 あんなに仕事が出来るのなら、わたくしはもう少し楽をさせて貰えたのです。
 そこは恨んでいるからと、ユリアナに伝えていただけますか」
 

しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

こな
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

処理中です...