【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi

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第44話

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 応接室の中を、重い沈黙が支配していた。

 うるさかったリチャードが、しばらく黙っていて。
 抱いてくれているお気に入りのユリアナの胸に、耳を当てて。
 彼女の静かなトーンの語りを聞いている内に、メラニーは眠っていた。 


 いつもこうして昼寝の時は、ユリアナに抱かれながら物語を聞かせて貰っているのだろうか。
 3つの幼子にとっては、過去の血生臭い話も童話も同じで。
 メラニーは本当に手のかからない子だ。



「旦那様を抱いたグロリア様が、階段から落ちかけたのは本当のことです。
 メラニー様から旦那様を取り上げて、離れに連れていこうとしたグロリア様が、ご自分でドレスの裾を踏んで転び。
 手放してしまった旦那様を、素早く身を挺して助けたのが、本邸の侍女見習いに入ったばかりのジュリア様でした。
 階段から転がり落ちたジュリア様はその時大怪我をされましたが、旦那様には傷ひとつ無かったそうです。
 付け加えたいのは、グロリア様とジュリア様の間には、それ以前の接点はございません」


 自分の身を挺して、スチュワートを助けた。
 これが、一族の中でも下位に属していたジュリア・タルボットが当代領主の後妻に選ばれた理由だった。
 


「おい、さっき叔父上は。
 その場に居て、証言したと言ったな?
 父上にはそう言えと、ばあさんに頼まれたのか!」

「使用人を全部入れ替えたのは、その真相を知っている人間が、伯父上やスチューにその事を教えないようにする為ですね!」


 レナードとカールトンから。
 今までは反抗ひとつしなかったふたりに責められて、リチャードは訳が分からなくなった。
 昔からそうだ。
 母から大声で責められ続けると、訳が分からなくなった。
 早く楽になりたくて、何でも言うことを聞いた。

 そんなにふたりで、俺を責めるな。 
 俺にうるさく、やいのやいの、言うな……
 うるさい、うるさいうるさいうるさい……


 ……母上、僕にうるさく言わないで……
 言う通りにします、言う通りにしますから……
 言う通りに、言う通りに言う通りに言う通りに……


 リチャードは、身体の中から何かが飛び出ていくような気がして、目を閉じて両耳を押さえた。
 もう聞きたくないのに、たくさんの人間が自分に、我も我もと訴えてくる。



「そうだ、そうだよ……
 兄上は王家の何かがあって、メラニーが心配だったけど、行かなくっちゃいけなくて……
 リック、メラニーと双子を頼む、って。
 けど……あの時、叫び声がして見に行ったら階段の中段ぐらいに母上が座っていて、下では泣いてるスチューを抱き締めたジュリアが倒れてた。
 2階を見上げたら、メラニーが走って来るのが見えたけど……
 そしたら、母上が『この女が、わたしを殺そうとした』と叫んで。
 何人もの奴らが本当は違うと言ってきたから、母上がバークレーの伯父上に連絡しろって。
 母上はキーキー言うし、あいつらはワーワー言うし、スチューはギャアギャア泣くし……皆がうるさかったんだ。
 メラニーは『お義母様にスチューを渡したら、あの子が殺される』と喚いていて、本当に気が触れたみたいに見えた。
 王都の兄上宛に『メラニーが母上を殺そうとしたから、それを知られている使用人は、全員解雇しました』と、伯父上に手紙を書かされた。
 王家の行事がずっと続いていて、兄上が勝手に領地に帰れない内に全部片付けて。
 メラニーとの離縁も決まって、兄上は……もう……何も頼んでくれなくなって……
 ……じ、10年くらい前にメラニーが死んだから……
 ウィルを呼び戻したいと言った兄上に『最初から兄上とジュリアが浮気をしていて、メラニーとウィルを追い出したように見られたら、ジュリアが気の毒だろうが』と言った。
 ほ、ほんとはウィルに会うのが、怖かったから……」



 ずっと母親に抑えつけられていたと思われるリチャードの心の闇が、垣間見えた。 


 何も話さなかった男は、話し出すと長く。
 その口調は少年に戻り、内容は暗い。


 この件に関してだけは、一族内でも本家とバークレー家のみが共有する過去だと思われた。



「……父が言うには、大怪我をされたジュリア様は直ぐに入院されて、頭も強く打たれていたそうで、事故前後の記憶が全くありませんでした。
 ですから何の抵抗もなく、この家に嫁がれたのだろう、と。
 奥様、これがわたくしが父から聞いた真相でございます」


 ユリアナがそう話を締め括ったが。


 もう誰も何も、言わなかった。
 結束力を誇るアダムスも、若い世代のレナード達には受け入れがたい話なのだろう。



 王都からバーナードが戻れなかった理由については、イアンは見当がついた。
 24年前なら、国王陛下の即位行事が続いたロイヤルウィークだ。
 自領の都合で帰れるはずがない。
 そのタイミングで、グロリアは動いたのだ。


 スチュワートが後継者となった理由、両親が離婚した理由、ウィラードが引き取られなかった理由が判明した。
 これでミルドレッドも、少しはすっきりするだろうか。


 グロリアからの連絡を受けたバークレーの動きは、何となく想像が付く。
 使用人達に多額の口止め料を支払って解雇したとは思えない。


 愛する妹の為なら、何でもしそうな男をイアンはもうひとり知っている。
 あのひとは、いつ戻ってくるつもりか。
 最初と最後はでしゃばると、言っていたのに。

 そろそろ最後なんですけどと、イアンは戻ってこないジャーヴィスを待った。



     ◇◇◇



 時は戻り。
 妹の為なら、何でもしそうな男ジャーヴィスは、中庭に出て背後を振り返った。


「あぁ、君か。
 丁度良かった、誰かを探そうと思っていたんだ、頼みがあって」


 君かと、言ったが。
 本当は名前も知らないから、そう呼び掛けただけの相手だ。
 この邸に来ると、いつも自分に張り付いていたメイドだ。
 今日もそうだった。
 その感じは、応接室の中でも続き。
 イアンの説明の順番から、ここからはややこしくなりそうな話になるから引き離したいなと、わざとそのタイミングで席を外すと、ここまで付いてきた。


 そんなことも気付かないハンナは、とても嬉しくなった。
 まさか、ウィンガム伯爵様に、わたしの存在を知っていて貰えていたなんて、と。


「ご、ご用でしたら、何なりとお申し付けくださいませっ」

「お使いをね……これをあげるよ」


 ジャーヴィスは、目をキラキラさせているハンナに向かって銅貨を1枚見せた。
 


「サリー・グレイをここへ呼んできてくれるかな?
 何を話すのか気になるなら、君も立ち会ってくれたらいいから。
 それと、これだけは絶対に守ること。
 私が呼んでいるとは言わないで、連れてきてくれないか」




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