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第41話
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レナードが見せた暴力性に、メラニーは侍女のドレスを掴んで震え、素早く逃げ出したマリーも立ち上がっていたジャーヴィスの後ろに隠れた。
男の暴力等に一番慣れていないミルドレッドも最初は目を見張っていたが、直ぐに軽蔑の眼差しをレナードに送っていた。
イアンが感心したのは、ミルドレッドの専属侍女だ。
顔色ひとつ変えずに、泣き出しかけたメラニーをあやしている。
この年齢で、ここまで肝の座った女性は居ない。
きっと彼女がジャーヴィスの協力者なのだと理解した。
周囲を騙し続けた天晴れな侍女は、美しいジャーヴィスを見ても、特に反応せずに視線も向けない。
だからこそ、わかった。
ヴィスのモットーは、適材適所だ。
どれ程有能であろうと、自分に恋心を持つような人物を、協力者にはしない。
自分に向けられた、ミルドレッドの視線に気付いたレナードが慌てて抵抗するのを止めたので、イアンが解放したのと。
素早い彼の動きに呆気に取られていたリチャードが我に返ったのは、ほぼ同時だった。
「お前、誰に向かって!」
「誰に、って。
いきなり女性に手を上げようとする野蛮人に、ですけど?」
野蛮人と言われたレナード本人は捻られた手首を痛そうに擦っていて、文句のひとつも言えないようだったが。
リチャードは青筋を立てて怒っていた。
ギャレットなんて、貴族の家名に有った気がしなかったが。
さっきの身のこなしで、こいつがそれなりの訓練を受けているのがわかった。
実戦想定の生身の攻撃は、普通の貴族なら自分から求めない限り、学ばないからだ。
騎馬戦で盾と槍や剣を用いて、正々堂々と一対一で対峙する。
それが貴族の戦い方で、戦場での肉弾戦は平民の仕事だ。
身元が怪しい男だと思っていたが、こいつが平民なのは、確定だ。
だったら、恐れることはない。
どうせ、この男の調査能力等たかが知れている。
「お、叔父上、もういいです。
ついカッとなってしまって。
話を進めてください……」
レナードがリチャードに言った。
叔父に庇われるだけ、ミルドレッドの前で惨めな自分を晒すだけだ。
だが、この男だけは絶対に許さないと、イアンを威嚇することだけは忘れなかった。
◇◇◇
「では先ず、私は調査業を生業としております。
今回はレイウッド伯爵様の奥様から、ウィンガム伯爵様を通じて依頼されました。
調査内容の要点は、3つ。
1つめは、ご主人に生き写しの子供が現れたが、どうしてもご主人の娘とは信じられない。
何処かにご主人に似た男性が居るのではないか。
2つめは、娘を連れてきた女性はあやふやなことを言い、肝心の証拠を示さない。
これは誰かからご主人の話を聞いて、中途半端な情報でここまで来たのだろうから、名前も多分偽っている。
そして、最後の3つめが一番肝心だと。
それは愛人が乗り込んできた伯爵様の汚名を晴らすことです」
立て板に水の如く、すらすらと話すイアンの説明に、ミルドレッドは驚いた。
自分がスチュワートの抱えていた一族の秘密を知ったのは、兄よりもイアンよりもずっと後の事なのに。
最初はローラを彼の愛人だと思い込み、何もかも投げ捨て実家へ逃げたのだ。
それなのに、スチュワートを信じた自分が依頼したことになっている。
その上、名鑑のエルネストとウィラードの話から、順番通りに始めるのかと思っていたが……
「レイウッド伯爵様に似た男性となると、考えられるのはアダムス本家の血縁の方々になります。
そう、丁度こちらにおいでになる3名の……」
先ず、その話を遮ったのは、それまで黙っていたカールトンだった。
「私だと言いたいのか!
さっきはウィラードの娘だと言ったろ!」
「お、俺だってあり得ない!
俺は当時は18だぞ!」
「お前は馬鹿か!
よくもそんなデタラメを!」
カールトンに続いて、レナードが、リチャードが、己の無実を言い立てるのを、イアンは聞き流していた。
元気に文句が言えるのは今の内だけだ。
せいぜい吠えてろ。
「……と、皆様と同様のことを仰りたいのに、本人にはその弁明の場が与えられることはもう2度とない。
ならば、わたくしが亡き主人の代わりにレイウッドの当主の冤罪を晴らしますとご決意されて、奥様はこの家を出られたのだとお聞きしました」
そこまで言われて3人は、口を閉じた。
最初からローラ・フェルドンを信じた訳ではなかった。
だが実際にメラニーを見ると、スチュワートを疑ってしまい、あれこれと先延ばしにする内に、ふたりを受け入れるようになっていた。
唯一、王都に住むウィラードの存在を知っていたのに。
リチャードの頭の中には、切り捨てた彼の事等も思い浮かばなかったのだろう。
ユリアナは顔に出さなかったが、嬉しかった。
これで妻のミルドレット様のみが、旦那様を信じて出奔までしたのだと言う美談が出来上がった。
以前、応接室の話が筒抜けに聞こえる所があるんですと、得意気に語ったハンナもこれを聞いているに違いない。
彼女の口から下級使用人達に回り、領内でこの噂が広まれば、ミルドレッド様の人気はますます高まり、何もしなかった本家の男達の価値は下がる。
さすがジャーヴィス様が連れてきた男は有能だわと、彼女は密かに喝采を送った。
男の暴力等に一番慣れていないミルドレッドも最初は目を見張っていたが、直ぐに軽蔑の眼差しをレナードに送っていた。
イアンが感心したのは、ミルドレッドの専属侍女だ。
顔色ひとつ変えずに、泣き出しかけたメラニーをあやしている。
この年齢で、ここまで肝の座った女性は居ない。
きっと彼女がジャーヴィスの協力者なのだと理解した。
周囲を騙し続けた天晴れな侍女は、美しいジャーヴィスを見ても、特に反応せずに視線も向けない。
だからこそ、わかった。
ヴィスのモットーは、適材適所だ。
どれ程有能であろうと、自分に恋心を持つような人物を、協力者にはしない。
自分に向けられた、ミルドレッドの視線に気付いたレナードが慌てて抵抗するのを止めたので、イアンが解放したのと。
素早い彼の動きに呆気に取られていたリチャードが我に返ったのは、ほぼ同時だった。
「お前、誰に向かって!」
「誰に、って。
いきなり女性に手を上げようとする野蛮人に、ですけど?」
野蛮人と言われたレナード本人は捻られた手首を痛そうに擦っていて、文句のひとつも言えないようだったが。
リチャードは青筋を立てて怒っていた。
ギャレットなんて、貴族の家名に有った気がしなかったが。
さっきの身のこなしで、こいつがそれなりの訓練を受けているのがわかった。
実戦想定の生身の攻撃は、普通の貴族なら自分から求めない限り、学ばないからだ。
騎馬戦で盾と槍や剣を用いて、正々堂々と一対一で対峙する。
それが貴族の戦い方で、戦場での肉弾戦は平民の仕事だ。
身元が怪しい男だと思っていたが、こいつが平民なのは、確定だ。
だったら、恐れることはない。
どうせ、この男の調査能力等たかが知れている。
「お、叔父上、もういいです。
ついカッとなってしまって。
話を進めてください……」
レナードがリチャードに言った。
叔父に庇われるだけ、ミルドレッドの前で惨めな自分を晒すだけだ。
だが、この男だけは絶対に許さないと、イアンを威嚇することだけは忘れなかった。
◇◇◇
「では先ず、私は調査業を生業としております。
今回はレイウッド伯爵様の奥様から、ウィンガム伯爵様を通じて依頼されました。
調査内容の要点は、3つ。
1つめは、ご主人に生き写しの子供が現れたが、どうしてもご主人の娘とは信じられない。
何処かにご主人に似た男性が居るのではないか。
2つめは、娘を連れてきた女性はあやふやなことを言い、肝心の証拠を示さない。
これは誰かからご主人の話を聞いて、中途半端な情報でここまで来たのだろうから、名前も多分偽っている。
そして、最後の3つめが一番肝心だと。
それは愛人が乗り込んできた伯爵様の汚名を晴らすことです」
立て板に水の如く、すらすらと話すイアンの説明に、ミルドレッドは驚いた。
自分がスチュワートの抱えていた一族の秘密を知ったのは、兄よりもイアンよりもずっと後の事なのに。
最初はローラを彼の愛人だと思い込み、何もかも投げ捨て実家へ逃げたのだ。
それなのに、スチュワートを信じた自分が依頼したことになっている。
その上、名鑑のエルネストとウィラードの話から、順番通りに始めるのかと思っていたが……
「レイウッド伯爵様に似た男性となると、考えられるのはアダムス本家の血縁の方々になります。
そう、丁度こちらにおいでになる3名の……」
先ず、その話を遮ったのは、それまで黙っていたカールトンだった。
「私だと言いたいのか!
さっきはウィラードの娘だと言ったろ!」
「お、俺だってあり得ない!
俺は当時は18だぞ!」
「お前は馬鹿か!
よくもそんなデタラメを!」
カールトンに続いて、レナードが、リチャードが、己の無実を言い立てるのを、イアンは聞き流していた。
元気に文句が言えるのは今の内だけだ。
せいぜい吠えてろ。
「……と、皆様と同様のことを仰りたいのに、本人にはその弁明の場が与えられることはもう2度とない。
ならば、わたくしが亡き主人の代わりにレイウッドの当主の冤罪を晴らしますとご決意されて、奥様はこの家を出られたのだとお聞きしました」
そこまで言われて3人は、口を閉じた。
最初からローラ・フェルドンを信じた訳ではなかった。
だが実際にメラニーを見ると、スチュワートを疑ってしまい、あれこれと先延ばしにする内に、ふたりを受け入れるようになっていた。
唯一、王都に住むウィラードの存在を知っていたのに。
リチャードの頭の中には、切り捨てた彼の事等も思い浮かばなかったのだろう。
ユリアナは顔に出さなかったが、嬉しかった。
これで妻のミルドレット様のみが、旦那様を信じて出奔までしたのだと言う美談が出来上がった。
以前、応接室の話が筒抜けに聞こえる所があるんですと、得意気に語ったハンナもこれを聞いているに違いない。
彼女の口から下級使用人達に回り、領内でこの噂が広まれば、ミルドレッド様の人気はますます高まり、何もしなかった本家の男達の価値は下がる。
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