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第38話
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リチャードはカールトンを伴って、やって来た。
と言うか、カールトンから付き添いを申し出た。
父がいつものようにミルドレッドに、うるさく説教するのを阻止しようと思ってだ。
それは……ミルドレッドを気遣って、ではない。
兄のジャーヴィス・マーチも来ると、聞いたからだ。
カールトンも、貴族高等学院の卒業生だ。
3学年上の『厳冬のヴィス』は知っている。
彼と彼の生徒会が学院側の意識を変え、生徒側は自治権を手に入れた。
いつまでも現役気分で周囲に不快感しか撒き散らさない分家の父親が、本家の当主夫人である妹をどう扱っているか。
いつも彼女を庇っていたスチュワートは、もう居ない。
ミルドレッドから話には聞いていても、ジャーヴィスにその場を実際に目撃されるのが怖かった。
それに加えて、『会長の懐刀』だったイアン・ギャレットも来たのはどうしてなのか、カールトンには理解出来なかった。
彼はジャーヴィスの学年が卒業してから、しばらくして中途退学した。
一代男爵の祖父が死んでしまって、在学資格が無くなったからだとも、何処かへ留学したからだとも噂はあったが直ぐに消えて、皆彼のことは忘れた。
ギャレットとは学年が離れているレナードが、不審者を見るように彼を睨み付けているのは、ギャレットのことを知らないからだ。
ただカールトンにしても、未だにジャーヴィスとギャレットの付き合いが続いていたとは知らなかったが。
あの頃皆が恐れていた強面の教師に、平気で歯向かったふたりが揃っているのを見て、嫌な気持ちになった。
張りぼての父等、ふたりにかかれば……
そしてそれは、父当人も同じように感じたようで。
自分より大きなものには、先に強く出ようとする性格が露になった。
あんなに、今日は大声をあげないでくださいと、釘を刺していたのに。
「なんだ、こいつは誰なんだ!
関係無い者をどうして連れてきた!」
早速ミルドレッドを怒鳴り付け、イアン・ギャレットを指差した。
先に大声を出せば、誰もが言うことを聞く。
そのやり方を、リチャードはずっと通してきた。
それを教えたのは、母のグロリアだ。
母はその手法で、アダムス本家を牛耳った。
父ドナルドも、兄バーナードにも、それで通した。
兄の前妻のメラニーが気に入らなくて、出来損ないを産んだと精神的に追い込み……その結果、やらかした嫁に出来損ないを押し付けて、慰謝料無しで離縁させた。
冷たい女だと陰口はあったが、後妻のジュリアとは上手くやっていた。
このやり方は間違っていない。
疎まれても、声をあげて一族の舵取りをする人間は必要だからだ。
リチャードには、彼なりの信念があった。
ところが、今までなら。
彼が少し大きな声を出せば、怯えていたミルドレッドが普通に答える。
「こちらの方はわたくしの協力者で、旦那様の汚名を晴らすお手伝いをしてくださったアダムス家の功労者です」
「……スチュワートの汚名?
アダムスの功労者とは何だ!」
しつこく声を張り上げるリチャードの問いに答えたのは、ジャーヴィスだった。
「彼はギャレットと言い、私の相談役なんです。
今回は、彼が色々と調べてくれまして、レイウッド伯爵の名誉は挽回出来ます。
あぁ、アダムス子爵の異論は認めません。
レナード卿への譲位はまだ完了していないはずだ。
だとしたら、この家で一番上位は当主の未亡人であるミルドレッドです。
彼の同席は、彼女の許しを得ています。
……それともうひとりの私の義妹も、この場に呼んでいただきたいですね」
現状では領主の未亡人であるミルドレッドの方が地位は上だと指摘され、リチャードは黙るしかなかった。
スチュワートの叔父とは言え、分家は分家だ。
「もうひとりの義妹?」
不満気だが、無言になったリチャードの代わりに、レナードが恐る恐るジャーヴィスに尋ねた。
こんな雰囲気の彼は初めてだった。
ジャーヴィスはアダムスに来ると、いつも口数少なく穏やかに接していてくれていたのに。
「マリー・マーチ。
ここでは、ローラ・フェルドンを名乗っていたみたいですが。
彼女はマーチ家の養女になって、ミルドレッドの義姉になりました。
それでウィンガムなら誰でもいいと言ったレナード卿、貴方との婚姻を命じる新たな王命を先日受け取りました。
花嫁の実家だから、私の方が知らせを受け取るのが早かったようですね。
ミルドレッドとの再婚の取り消し命令は、まだ届いていませんか?」
それを告げられたアダムス側の3人は、ジャーヴィスが言った内容を、直ぐには理解出来ないようだった。
反対に告げた側の3人、ミルドレッドは無表情だったが。
ジャーヴィスとイアンは、その顔に緩く微笑みを貼り付けていた。
と言うか、カールトンから付き添いを申し出た。
父がいつものようにミルドレッドに、うるさく説教するのを阻止しようと思ってだ。
それは……ミルドレッドを気遣って、ではない。
兄のジャーヴィス・マーチも来ると、聞いたからだ。
カールトンも、貴族高等学院の卒業生だ。
3学年上の『厳冬のヴィス』は知っている。
彼と彼の生徒会が学院側の意識を変え、生徒側は自治権を手に入れた。
いつまでも現役気分で周囲に不快感しか撒き散らさない分家の父親が、本家の当主夫人である妹をどう扱っているか。
いつも彼女を庇っていたスチュワートは、もう居ない。
ミルドレッドから話には聞いていても、ジャーヴィスにその場を実際に目撃されるのが怖かった。
それに加えて、『会長の懐刀』だったイアン・ギャレットも来たのはどうしてなのか、カールトンには理解出来なかった。
彼はジャーヴィスの学年が卒業してから、しばらくして中途退学した。
一代男爵の祖父が死んでしまって、在学資格が無くなったからだとも、何処かへ留学したからだとも噂はあったが直ぐに消えて、皆彼のことは忘れた。
ギャレットとは学年が離れているレナードが、不審者を見るように彼を睨み付けているのは、ギャレットのことを知らないからだ。
ただカールトンにしても、未だにジャーヴィスとギャレットの付き合いが続いていたとは知らなかったが。
あの頃皆が恐れていた強面の教師に、平気で歯向かったふたりが揃っているのを見て、嫌な気持ちになった。
張りぼての父等、ふたりにかかれば……
そしてそれは、父当人も同じように感じたようで。
自分より大きなものには、先に強く出ようとする性格が露になった。
あんなに、今日は大声をあげないでくださいと、釘を刺していたのに。
「なんだ、こいつは誰なんだ!
関係無い者をどうして連れてきた!」
早速ミルドレッドを怒鳴り付け、イアン・ギャレットを指差した。
先に大声を出せば、誰もが言うことを聞く。
そのやり方を、リチャードはずっと通してきた。
それを教えたのは、母のグロリアだ。
母はその手法で、アダムス本家を牛耳った。
父ドナルドも、兄バーナードにも、それで通した。
兄の前妻のメラニーが気に入らなくて、出来損ないを産んだと精神的に追い込み……その結果、やらかした嫁に出来損ないを押し付けて、慰謝料無しで離縁させた。
冷たい女だと陰口はあったが、後妻のジュリアとは上手くやっていた。
このやり方は間違っていない。
疎まれても、声をあげて一族の舵取りをする人間は必要だからだ。
リチャードには、彼なりの信念があった。
ところが、今までなら。
彼が少し大きな声を出せば、怯えていたミルドレッドが普通に答える。
「こちらの方はわたくしの協力者で、旦那様の汚名を晴らすお手伝いをしてくださったアダムス家の功労者です」
「……スチュワートの汚名?
アダムスの功労者とは何だ!」
しつこく声を張り上げるリチャードの問いに答えたのは、ジャーヴィスだった。
「彼はギャレットと言い、私の相談役なんです。
今回は、彼が色々と調べてくれまして、レイウッド伯爵の名誉は挽回出来ます。
あぁ、アダムス子爵の異論は認めません。
レナード卿への譲位はまだ完了していないはずだ。
だとしたら、この家で一番上位は当主の未亡人であるミルドレッドです。
彼の同席は、彼女の許しを得ています。
……それともうひとりの私の義妹も、この場に呼んでいただきたいですね」
現状では領主の未亡人であるミルドレッドの方が地位は上だと指摘され、リチャードは黙るしかなかった。
スチュワートの叔父とは言え、分家は分家だ。
「もうひとりの義妹?」
不満気だが、無言になったリチャードの代わりに、レナードが恐る恐るジャーヴィスに尋ねた。
こんな雰囲気の彼は初めてだった。
ジャーヴィスはアダムスに来ると、いつも口数少なく穏やかに接していてくれていたのに。
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ここでは、ローラ・フェルドンを名乗っていたみたいですが。
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ミルドレッドとの再婚の取り消し命令は、まだ届いていませんか?」
それを告げられたアダムス側の3人は、ジャーヴィスが言った内容を、直ぐには理解出来ないようだった。
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ジャーヴィスとイアンは、その顔に緩く微笑みを貼り付けていた。
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