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第37話
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「イアンにも、ここまで付き合って貰って悪かった。
商会の仕事には支障がないのか?」
「最後まで付き合わさせてくださいよ。
商会の仕事は、部下に随時報告をさせています。
普段は好きに動いて貰って、それで問題が起こったら。
最後に責任を負うのが、上に立つ者の仕事だと教えてくれたのは、貴方です。
それを今も、実践しているだけです」
「……お前はこんな時だけ、丁寧な言葉遣いになる。
賭けに負けても、容赦しないからな?
今夜はとことん飲むつもりなんだ」
イアンは、もう一仕事を終えたかのようなジャーヴィスの物言いに笑って見せたが、その心中は複雑だった。
彼はここに辿り着くまでを思い出していた。
王都で人気のドレスデザイナー、エリン・マッカートニー。
彼女には、かなり助けられた。
「最後に伯爵様にお会いした時の……
仰っていたお言葉を、ぜひ奥様にお伝えしたいのです。
『今回、本当は妻も連れてきて、ウィラードとローラに会わせようと思っていました。
結婚前に自分が双子だと、どうしても話せなかった。
婚約を解消されるのが怖かった私は、臆病者です。
今日は彼女のドレスを作っていただきたかったのですが、妻は私の子供を身籠ってくれましたから、来年以降の楽しみにさせて貰います』と……
このように、伯爵様は仰せになっておられました」
それは、ミルドレッドが居たから。
伝えられた言葉だ。
訪ねてきたのが、ジャーヴィスと自分だけだったなら。
多分、エリンは言わなかった。
エリンから伝えられたスチュワートの言葉を聞いて、静かに涙を流したミルドレッド。
きっと彼女は、夫からの愛を改めて受け取ったのだろう。
「やはり、まだ勝てそうもないな……」
スチュワートには、まだ勝てない。
16の頃から8年だからな。
イアンがこぼしてしまった苦笑に、ジャーヴィスが尋ねる。
「何の話だ?
勝算はこちらのものだろ?」
「……別の話だ」
今は、今はまだ。
イアンは、自分がミルドレッドに何も言えないと、弁えている。
それならせめて、この件は最後まで関わらせて欲しい。
レストラン入口のガラス張りのドアが開く。
迎えに行かせた馬車に乗って、やって来たマリーが店内に居た男ふたりの姿にたじろぐ。
多忙なエリン・マッカートニー本人が来るとでも思っていたのか。
でも、それは一瞬で。
マリーは、美形のふたりに媚びた笑顔を見せた。
「わ、わたしローラ・フェルドンだけど……
貴方達、エリンさんの?
ここで合ってる?」
初対面のジャーヴィスとイアンに、マリーはローラと名乗った。
これでまた、ふたりを騙した罪が加わった。
ジャーヴィスとイアンは、完璧な愛想笑いを浮かべて。
ふたりは同時に立ち上がり。
頬を染めるマリーに、各々手を差し出した。
それに誘われるように、マリーが店内に入ってくる。
そして今夜の酒は、『マリー』に賭けたイアンが奢ることに決まった。
◇◇◇
約1ヶ月半振りに、ミルドレッドがアダムス邸に戻ってくることになった。
その知らせを受けて、レナードは叔父のリチャードに連絡した。
叔父から一喝されれば、強情なミリーも素直になるだろうと。
それで泣き出した彼女に優しくしてやればいい。
これからはリチャードにムチを振るわせて、自分が甘やかしてやる。
ウィンガムへは何度も使いを出した。
その度に、まだ臥せっていると返事が来て、強引に連れて帰ることは叶わなかった。
ミルドレッドが戻ってきたら、今度こそ彼女とやり直す。
サリーには、多めに手切れ金を渡して、この家から出て貰う。
……それと酔った時に目の前に居たから、つい手を出してしまったローラ。
ある夜ユリアナが、今夜は月が綺麗なので、温室にお酒を用意しましたから、なんて言うから。
お部屋で飲むのとは気分が変わるでしょう、だったか……
ローラとのことは、絶対にミルドレッドには悟らせないようにしないと。
スチュワートの愛人だった女だ。
手を出すつもりなんかなかったのに、これじゃ……
ミルドレッドが嫌悪した畜生に、なってしまった。
だから早く追い出したかったが、意外と体の相性が良かったことに、独り寝の寂しさも加わって。
ずるずると関係を続けた。
しかし、ミルドレッドが戻ってくるなら。
ローラにも纏まった金を渡して、王都へ帰って貰って。
それでもし、別れたくないと言うなら。
兄と同じ様に、囲ってやればいい。
領地では、ミルドレッドと。
王都では、ローラと。
あの真面目そうに見えたスチュワートだって、娘まで作っても隠し通せたんだ。
俺に出来ないはずはない。
ミルドレッドに向かって、自分本位だと責めた彼は、自分の自己中心的な考えに気付かない。
ミルドレッドが帰ってくる日を、アダムスの誰もが待ち望んでいた。
態度に出さないようにしていたが、一番心待ちにしていたのはレナードだ。
久し振りに会うミリーは相変わらず綺麗で、サリーやローラとは格が違う。
やはり当主夫人に相応しいのはミルドレッドだけだと、改めて認識した。
……それなのに。
彼女はひとりではなかった。
兄のジャーヴィス・マーチが付き添っているのは理解出来る。
だが余計な男が付いてきた。
披露宴では、ウィンガムの若い男達をチェックしていたレナードが、初めて見る顔だ。
マーチの縁者でないとしたら、こいつは誰で、どうして今日ここに来た?
商会の仕事には支障がないのか?」
「最後まで付き合わさせてくださいよ。
商会の仕事は、部下に随時報告をさせています。
普段は好きに動いて貰って、それで問題が起こったら。
最後に責任を負うのが、上に立つ者の仕事だと教えてくれたのは、貴方です。
それを今も、実践しているだけです」
「……お前はこんな時だけ、丁寧な言葉遣いになる。
賭けに負けても、容赦しないからな?
今夜はとことん飲むつもりなんだ」
イアンは、もう一仕事を終えたかのようなジャーヴィスの物言いに笑って見せたが、その心中は複雑だった。
彼はここに辿り着くまでを思い出していた。
王都で人気のドレスデザイナー、エリン・マッカートニー。
彼女には、かなり助けられた。
「最後に伯爵様にお会いした時の……
仰っていたお言葉を、ぜひ奥様にお伝えしたいのです。
『今回、本当は妻も連れてきて、ウィラードとローラに会わせようと思っていました。
結婚前に自分が双子だと、どうしても話せなかった。
婚約を解消されるのが怖かった私は、臆病者です。
今日は彼女のドレスを作っていただきたかったのですが、妻は私の子供を身籠ってくれましたから、来年以降の楽しみにさせて貰います』と……
このように、伯爵様は仰せになっておられました」
それは、ミルドレッドが居たから。
伝えられた言葉だ。
訪ねてきたのが、ジャーヴィスと自分だけだったなら。
多分、エリンは言わなかった。
エリンから伝えられたスチュワートの言葉を聞いて、静かに涙を流したミルドレッド。
きっと彼女は、夫からの愛を改めて受け取ったのだろう。
「やはり、まだ勝てそうもないな……」
スチュワートには、まだ勝てない。
16の頃から8年だからな。
イアンがこぼしてしまった苦笑に、ジャーヴィスが尋ねる。
「何の話だ?
勝算はこちらのものだろ?」
「……別の話だ」
今は、今はまだ。
イアンは、自分がミルドレッドに何も言えないと、弁えている。
それならせめて、この件は最後まで関わらせて欲しい。
レストラン入口のガラス張りのドアが開く。
迎えに行かせた馬車に乗って、やって来たマリーが店内に居た男ふたりの姿にたじろぐ。
多忙なエリン・マッカートニー本人が来るとでも思っていたのか。
でも、それは一瞬で。
マリーは、美形のふたりに媚びた笑顔を見せた。
「わ、わたしローラ・フェルドンだけど……
貴方達、エリンさんの?
ここで合ってる?」
初対面のジャーヴィスとイアンに、マリーはローラと名乗った。
これでまた、ふたりを騙した罪が加わった。
ジャーヴィスとイアンは、完璧な愛想笑いを浮かべて。
ふたりは同時に立ち上がり。
頬を染めるマリーに、各々手を差し出した。
それに誘われるように、マリーが店内に入ってくる。
そして今夜の酒は、『マリー』に賭けたイアンが奢ることに決まった。
◇◇◇
約1ヶ月半振りに、ミルドレッドがアダムス邸に戻ってくることになった。
その知らせを受けて、レナードは叔父のリチャードに連絡した。
叔父から一喝されれば、強情なミリーも素直になるだろうと。
それで泣き出した彼女に優しくしてやればいい。
これからはリチャードにムチを振るわせて、自分が甘やかしてやる。
ウィンガムへは何度も使いを出した。
その度に、まだ臥せっていると返事が来て、強引に連れて帰ることは叶わなかった。
ミルドレッドが戻ってきたら、今度こそ彼女とやり直す。
サリーには、多めに手切れ金を渡して、この家から出て貰う。
……それと酔った時に目の前に居たから、つい手を出してしまったローラ。
ある夜ユリアナが、今夜は月が綺麗なので、温室にお酒を用意しましたから、なんて言うから。
お部屋で飲むのとは気分が変わるでしょう、だったか……
ローラとのことは、絶対にミルドレッドには悟らせないようにしないと。
スチュワートの愛人だった女だ。
手を出すつもりなんかなかったのに、これじゃ……
ミルドレッドが嫌悪した畜生に、なってしまった。
だから早く追い出したかったが、意外と体の相性が良かったことに、独り寝の寂しさも加わって。
ずるずると関係を続けた。
しかし、ミルドレッドが戻ってくるなら。
ローラにも纏まった金を渡して、王都へ帰って貰って。
それでもし、別れたくないと言うなら。
兄と同じ様に、囲ってやればいい。
領地では、ミルドレッドと。
王都では、ローラと。
あの真面目そうに見えたスチュワートだって、娘まで作っても隠し通せたんだ。
俺に出来ないはずはない。
ミルドレッドに向かって、自分本位だと責めた彼は、自分の自己中心的な考えに気付かない。
ミルドレッドが帰ってくる日を、アダムスの誰もが待ち望んでいた。
態度に出さないようにしていたが、一番心待ちにしていたのはレナードだ。
久し振りに会うミリーは相変わらず綺麗で、サリーやローラとは格が違う。
やはり当主夫人に相応しいのはミルドレッドだけだと、改めて認識した。
……それなのに。
彼女はひとりではなかった。
兄のジャーヴィス・マーチが付き添っているのは理解出来る。
だが余計な男が付いてきた。
披露宴では、ウィンガムの若い男達をチェックしていたレナードが、初めて見る顔だ。
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