38 / 58
第37話
しおりを挟む
「イアンにも、ここまで付き合って貰って悪かった。
商会の仕事には支障がないのか?」
「最後まで付き合わさせてくださいよ。
商会の仕事は、部下に随時報告をさせています。
普段は好きに動いて貰って、それで問題が起こったら。
最後に責任を負うのが、上に立つ者の仕事だと教えてくれたのは、貴方です。
それを今も、実践しているだけです」
「……お前はこんな時だけ、丁寧な言葉遣いになる。
賭けに負けても、容赦しないからな?
今夜はとことん飲むつもりなんだ」
イアンは、もう一仕事を終えたかのようなジャーヴィスの物言いに笑って見せたが、その心中は複雑だった。
彼はここに辿り着くまでを思い出していた。
王都で人気のドレスデザイナー、エリン・マッカートニー。
彼女には、かなり助けられた。
「最後に伯爵様にお会いした時の……
仰っていたお言葉を、ぜひ奥様にお伝えしたいのです。
『今回、本当は妻も連れてきて、ウィラードとローラに会わせようと思っていました。
結婚前に自分が双子だと、どうしても話せなかった。
婚約を解消されるのが怖かった私は、臆病者です。
今日は彼女のドレスを作っていただきたかったのですが、妻は私の子供を身籠ってくれましたから、来年以降の楽しみにさせて貰います』と……
このように、伯爵様は仰せになっておられました」
それは、ミルドレッドが居たから。
伝えられた言葉だ。
訪ねてきたのが、ジャーヴィスと自分だけだったなら。
多分、エリンは言わなかった。
エリンから伝えられたスチュワートの言葉を聞いて、静かに涙を流したミルドレッド。
きっと彼女は、夫からの愛を改めて受け取ったのだろう。
「やはり、まだ勝てそうもないな……」
スチュワートには、まだ勝てない。
16の頃から8年だからな。
イアンがこぼしてしまった苦笑に、ジャーヴィスが尋ねる。
「何の話だ?
勝算はこちらのものだろ?」
「……別の話だ」
今は、今はまだ。
イアンは、自分がミルドレッドに何も言えないと、弁えている。
それならせめて、この件は最後まで関わらせて欲しい。
レストラン入口のガラス張りのドアが開く。
迎えに行かせた馬車に乗って、やって来たマリーが店内に居た男ふたりの姿にたじろぐ。
多忙なエリン・マッカートニー本人が来るとでも思っていたのか。
でも、それは一瞬で。
マリーは、美形のふたりに媚びた笑顔を見せた。
「わ、わたしローラ・フェルドンだけど……
貴方達、エリンさんの?
ここで合ってる?」
初対面のジャーヴィスとイアンに、マリーはローラと名乗った。
これでまた、ふたりを騙した罪が加わった。
ジャーヴィスとイアンは、完璧な愛想笑いを浮かべて。
ふたりは同時に立ち上がり。
頬を染めるマリーに、各々手を差し出した。
それに誘われるように、マリーが店内に入ってくる。
そして今夜の酒は、『マリー』に賭けたイアンが奢ることに決まった。
◇◇◇
約1ヶ月半振りに、ミルドレッドがアダムス邸に戻ってくることになった。
その知らせを受けて、レナードは叔父のリチャードに連絡した。
叔父から一喝されれば、強情なミリーも素直になるだろうと。
それで泣き出した彼女に優しくしてやればいい。
これからはリチャードにムチを振るわせて、自分が甘やかしてやる。
ウィンガムへは何度も使いを出した。
その度に、まだ臥せっていると返事が来て、強引に連れて帰ることは叶わなかった。
ミルドレッドが戻ってきたら、今度こそ彼女とやり直す。
サリーには、多めに手切れ金を渡して、この家から出て貰う。
……それと酔った時に目の前に居たから、つい手を出してしまったローラ。
ある夜ユリアナが、今夜は月が綺麗なので、温室にお酒を用意しましたから、なんて言うから。
お部屋で飲むのとは気分が変わるでしょう、だったか……
ローラとのことは、絶対にミルドレッドには悟らせないようにしないと。
スチュワートの愛人だった女だ。
手を出すつもりなんかなかったのに、これじゃ……
ミルドレッドが嫌悪した畜生に、なってしまった。
だから早く追い出したかったが、意外と体の相性が良かったことに、独り寝の寂しさも加わって。
ずるずると関係を続けた。
しかし、ミルドレッドが戻ってくるなら。
ローラにも纏まった金を渡して、王都へ帰って貰って。
それでもし、別れたくないと言うなら。
兄と同じ様に、囲ってやればいい。
領地では、ミルドレッドと。
王都では、ローラと。
あの真面目そうに見えたスチュワートだって、娘まで作っても隠し通せたんだ。
俺に出来ないはずはない。
ミルドレッドに向かって、自分本位だと責めた彼は、自分の自己中心的な考えに気付かない。
ミルドレッドが帰ってくる日を、アダムスの誰もが待ち望んでいた。
態度に出さないようにしていたが、一番心待ちにしていたのはレナードだ。
久し振りに会うミリーは相変わらず綺麗で、サリーやローラとは格が違う。
やはり当主夫人に相応しいのはミルドレッドだけだと、改めて認識した。
……それなのに。
彼女はひとりではなかった。
兄のジャーヴィス・マーチが付き添っているのは理解出来る。
だが余計な男が付いてきた。
披露宴では、ウィンガムの若い男達をチェックしていたレナードが、初めて見る顔だ。
マーチの縁者でないとしたら、こいつは誰で、どうして今日ここに来た?
商会の仕事には支障がないのか?」
「最後まで付き合わさせてくださいよ。
商会の仕事は、部下に随時報告をさせています。
普段は好きに動いて貰って、それで問題が起こったら。
最後に責任を負うのが、上に立つ者の仕事だと教えてくれたのは、貴方です。
それを今も、実践しているだけです」
「……お前はこんな時だけ、丁寧な言葉遣いになる。
賭けに負けても、容赦しないからな?
今夜はとことん飲むつもりなんだ」
イアンは、もう一仕事を終えたかのようなジャーヴィスの物言いに笑って見せたが、その心中は複雑だった。
彼はここに辿り着くまでを思い出していた。
王都で人気のドレスデザイナー、エリン・マッカートニー。
彼女には、かなり助けられた。
「最後に伯爵様にお会いした時の……
仰っていたお言葉を、ぜひ奥様にお伝えしたいのです。
『今回、本当は妻も連れてきて、ウィラードとローラに会わせようと思っていました。
結婚前に自分が双子だと、どうしても話せなかった。
婚約を解消されるのが怖かった私は、臆病者です。
今日は彼女のドレスを作っていただきたかったのですが、妻は私の子供を身籠ってくれましたから、来年以降の楽しみにさせて貰います』と……
このように、伯爵様は仰せになっておられました」
それは、ミルドレッドが居たから。
伝えられた言葉だ。
訪ねてきたのが、ジャーヴィスと自分だけだったなら。
多分、エリンは言わなかった。
エリンから伝えられたスチュワートの言葉を聞いて、静かに涙を流したミルドレッド。
きっと彼女は、夫からの愛を改めて受け取ったのだろう。
「やはり、まだ勝てそうもないな……」
スチュワートには、まだ勝てない。
16の頃から8年だからな。
イアンがこぼしてしまった苦笑に、ジャーヴィスが尋ねる。
「何の話だ?
勝算はこちらのものだろ?」
「……別の話だ」
今は、今はまだ。
イアンは、自分がミルドレッドに何も言えないと、弁えている。
それならせめて、この件は最後まで関わらせて欲しい。
レストラン入口のガラス張りのドアが開く。
迎えに行かせた馬車に乗って、やって来たマリーが店内に居た男ふたりの姿にたじろぐ。
多忙なエリン・マッカートニー本人が来るとでも思っていたのか。
でも、それは一瞬で。
マリーは、美形のふたりに媚びた笑顔を見せた。
「わ、わたしローラ・フェルドンだけど……
貴方達、エリンさんの?
ここで合ってる?」
初対面のジャーヴィスとイアンに、マリーはローラと名乗った。
これでまた、ふたりを騙した罪が加わった。
ジャーヴィスとイアンは、完璧な愛想笑いを浮かべて。
ふたりは同時に立ち上がり。
頬を染めるマリーに、各々手を差し出した。
それに誘われるように、マリーが店内に入ってくる。
そして今夜の酒は、『マリー』に賭けたイアンが奢ることに決まった。
◇◇◇
約1ヶ月半振りに、ミルドレッドがアダムス邸に戻ってくることになった。
その知らせを受けて、レナードは叔父のリチャードに連絡した。
叔父から一喝されれば、強情なミリーも素直になるだろうと。
それで泣き出した彼女に優しくしてやればいい。
これからはリチャードにムチを振るわせて、自分が甘やかしてやる。
ウィンガムへは何度も使いを出した。
その度に、まだ臥せっていると返事が来て、強引に連れて帰ることは叶わなかった。
ミルドレッドが戻ってきたら、今度こそ彼女とやり直す。
サリーには、多めに手切れ金を渡して、この家から出て貰う。
……それと酔った時に目の前に居たから、つい手を出してしまったローラ。
ある夜ユリアナが、今夜は月が綺麗なので、温室にお酒を用意しましたから、なんて言うから。
お部屋で飲むのとは気分が変わるでしょう、だったか……
ローラとのことは、絶対にミルドレッドには悟らせないようにしないと。
スチュワートの愛人だった女だ。
手を出すつもりなんかなかったのに、これじゃ……
ミルドレッドが嫌悪した畜生に、なってしまった。
だから早く追い出したかったが、意外と体の相性が良かったことに、独り寝の寂しさも加わって。
ずるずると関係を続けた。
しかし、ミルドレッドが戻ってくるなら。
ローラにも纏まった金を渡して、王都へ帰って貰って。
それでもし、別れたくないと言うなら。
兄と同じ様に、囲ってやればいい。
領地では、ミルドレッドと。
王都では、ローラと。
あの真面目そうに見えたスチュワートだって、娘まで作っても隠し通せたんだ。
俺に出来ないはずはない。
ミルドレッドに向かって、自分本位だと責めた彼は、自分の自己中心的な考えに気付かない。
ミルドレッドが帰ってくる日を、アダムスの誰もが待ち望んでいた。
態度に出さないようにしていたが、一番心待ちにしていたのはレナードだ。
久し振りに会うミリーは相変わらず綺麗で、サリーやローラとは格が違う。
やはり当主夫人に相応しいのはミルドレッドだけだと、改めて認識した。
……それなのに。
彼女はひとりではなかった。
兄のジャーヴィス・マーチが付き添っているのは理解出来る。
だが余計な男が付いてきた。
披露宴では、ウィンガムの若い男達をチェックしていたレナードが、初めて見る顔だ。
マーチの縁者でないとしたら、こいつは誰で、どうして今日ここに来た?
475
お気に入りに追加
896
あなたにおすすめの小説

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる