34 / 58
第33話
しおりを挟む
同じ話をスミスさんから聞いていて、お兄様とギャレット様はそこに直ぐに気が付いた。
それに比べてわたしは、お義父様のことをなんて冷たい人なんだろう、なんて……
ミルドレッドは、深読みが出来ないことに落ち込みかけていたが、他のふたりは既に次の話題に移っている。
そうだ、この調査はメラニーがスチュワートの子供ではないことと、ローラが彼の愛人じゃなかったことを、証明させる為だった。
ミルドレッドは余計な感傷に浸っていた自分を戒めた。
「マッカートニーは予約制だろう?
御本人に会うどころか、中にも入れない」
「ここで、貴方のお貴族様パワーを発揮するんです。
幸いアダムス夫人もおられますから、パワーは倍増してます」
「……お貴族様パワーって何なんだ?
いくら貴族でも、予約の横入りは」
「パワーとは、その家名とお顔の良さですよ。
レディマッカートニーは、昼の3時間は予約を入れないし、必ず店に居ます。
彼女が人前で食事をしないのは有名な話なのに、先輩がご存じないとは。
如何に貴方が女性とのお付き合いがないか、知れました」
「……」
ジャーヴィスは自分をからかうイアンに向かって、そう言うお前は如何に女性とのお付き合いが多いか知れましたと、言うのは止めた。
見るからに落ち込んでいるミルドレッドを少しでも笑わせようと、イアンが冗談を口にしたことに、気が付いたからだ。
「レディたるもの、大口を開けて物を食べているところを人様にお見せするのはエレガントではない、がエリンのモットーらしいですから、自宅を兼ねてるマッカートニーの店で昼食を取っているんです」
「そんな、お休み中のところにお邪魔するのは……」
ジャーヴィスが何も言わないので、ミルドレッドが代わりに遠慮の言葉を口にすると、イアンは今日一番の笑顔を彼女に見せた。
「この時間にレディマッカートニーが、予約客じゃない大事な上客の対応をするのも、有名な話です。
今日、彼女が誰とも会っていないことを、我々は祈りましょう」
案の定、南区にある『エリン・マッカートニー』本店の扉は閉められていたが、呼び鈴に応えて現れた男性は来訪した3人を見て、扉を開放した。
各々の名を答えると、店内へ招き入れ、少々お待ちくださいませと丁寧に言い、踵を返した。
休み時間なのに、門前払いはされなかったようだ。
しばらくすると、若く美しい女性が現れてラウンジへ案内された。
そこで3人は、高価なカップに注がれた珍しい赤色のお茶と焼き菓子を振る舞われて、エリン・マッカートニーが現れるのを待った。
少々よりも長めの時間が過ぎ、黒いドレスを纏った長身のエリンが姿を現した。
自分の年齢を隠さない彼女は40歳とのことだったが、とてもそうには見えない。
エリンの前では貴方が主に話すんですと、イアンから言われていたジャーヴィスが先ずは立ち上がり、彼女が差し出した手の甲に触れるか触れないかの感じで唇を寄せ、挨拶の言葉を口にした。
「お約束も無く、レディが大切にされているお時間に、急にお邪魔をしてしまったご無礼をお許しください」
「お気になさらないでくださいませ。
ようこそ、お越しくださいました。
いつか、貴方様がお越しくださる日を心待ちにしておりましたの、厳冬のヴィス様」
「……」
学生時代の通り名を世代が上の女性から口に出されて、ジャーヴィスが無言になったので、エリンは楽しそうに微笑んだ。
「わたくし共の顧客には、高等学院の保護者の方も、女子高等学院に通っていらしたご令嬢方もおられますし……わたくし、お母様の後輩になりますの。
お父様の前ウィンガム伯爵様とキャサリン様のロマンスは、有名でしたのよ」
「……そうでしたか。
これを機に、これからは王都入りの度に、こちらに伺わせていただきましょう」
「まぁ、ありがとうございます。
是非その際には、予約をして等と仰らずに、またこの時間にお寄りくださいませね」
それで取り敢えずの挨拶は済んだのか、エリンは今度はミルドレッドの方に向き直った。
「レイウッド伯爵様の……お聞き致しました。
この度はお悔やみ申し上げます。
とても、とても、素晴らしいお人柄の御方でした」
ジャーヴィスに向けた、華やかな笑顔を消して。
ミルドレッドに、夫へのお悔やみの言葉を他人が伝えてくれたのは、彼女が初めてだった……それも敬意と哀しみを込めて。
もしかしたら、エリンが喪服ではないが黒いドレス姿なのは、ミルドレッドを思い量って、着替えて来てくれたのかもしれない。
実際、エリンの唇には紅は引かれていない。
「……ご丁寧にありがとうございます。
わたくしの方こそ、主人がお世話になりましたのに、今までご挨拶にお伺いもせず、ご無礼致しました」
ミルドレッドがお悔やみのお礼を返すと、エリンは何か言い掛け、一瞬唇を噛んだように見えた。
そして。
「伯爵様が次に王都へ来られた時に、お渡ししなくてはならないものがあったんです。
奥様にお渡ししても、よろしいでしょうか?」
「主人に渡すものですか?」
「えぇ、ここでお針子をしてくれていたローラ・フェルドンのご主人のウィラードさんから、預かっていた契約書?誓約書かしら?
中身は見ていないので、はっきりしませんが。
あの方、昔契約書を反古にされたそうで、そう言う類いのものは手元に置かずに、信頼出来る人に預かっていて欲しいと仰ってくださって。
伯爵様御本人からウィラードさんとのご事情も伺っておりましたので、こうなってしまったからには、お手元にお返しするべきだと思っておりましたのに……」
「ウィラードから預かっていた書類をレイウッド伯爵に返す?
こうなってしまったから?
ローラに預けずに、今もお持ちなんですか?
彼女が伯爵に会いに行くことは、聞いていらっしゃらないんですか?」
自分は出来るだけ黙っていると言っていたイアンが前のめりになって、早口になっていた。
エリンは顔をしかめたが、それはイアンに会話に割り込まれたからではなかった。
何故なら、彼女は本当に不審そうに、イアンに尋ねたからだ。
「ローラが伯爵様に会いに行くとは、一体いつのことでしょうか?
彼女は3ヶ月前の火事で、ウィラードさんと亡くなりましたのに」
それに比べてわたしは、お義父様のことをなんて冷たい人なんだろう、なんて……
ミルドレッドは、深読みが出来ないことに落ち込みかけていたが、他のふたりは既に次の話題に移っている。
そうだ、この調査はメラニーがスチュワートの子供ではないことと、ローラが彼の愛人じゃなかったことを、証明させる為だった。
ミルドレッドは余計な感傷に浸っていた自分を戒めた。
「マッカートニーは予約制だろう?
御本人に会うどころか、中にも入れない」
「ここで、貴方のお貴族様パワーを発揮するんです。
幸いアダムス夫人もおられますから、パワーは倍増してます」
「……お貴族様パワーって何なんだ?
いくら貴族でも、予約の横入りは」
「パワーとは、その家名とお顔の良さですよ。
レディマッカートニーは、昼の3時間は予約を入れないし、必ず店に居ます。
彼女が人前で食事をしないのは有名な話なのに、先輩がご存じないとは。
如何に貴方が女性とのお付き合いがないか、知れました」
「……」
ジャーヴィスは自分をからかうイアンに向かって、そう言うお前は如何に女性とのお付き合いが多いか知れましたと、言うのは止めた。
見るからに落ち込んでいるミルドレッドを少しでも笑わせようと、イアンが冗談を口にしたことに、気が付いたからだ。
「レディたるもの、大口を開けて物を食べているところを人様にお見せするのはエレガントではない、がエリンのモットーらしいですから、自宅を兼ねてるマッカートニーの店で昼食を取っているんです」
「そんな、お休み中のところにお邪魔するのは……」
ジャーヴィスが何も言わないので、ミルドレッドが代わりに遠慮の言葉を口にすると、イアンは今日一番の笑顔を彼女に見せた。
「この時間にレディマッカートニーが、予約客じゃない大事な上客の対応をするのも、有名な話です。
今日、彼女が誰とも会っていないことを、我々は祈りましょう」
案の定、南区にある『エリン・マッカートニー』本店の扉は閉められていたが、呼び鈴に応えて現れた男性は来訪した3人を見て、扉を開放した。
各々の名を答えると、店内へ招き入れ、少々お待ちくださいませと丁寧に言い、踵を返した。
休み時間なのに、門前払いはされなかったようだ。
しばらくすると、若く美しい女性が現れてラウンジへ案内された。
そこで3人は、高価なカップに注がれた珍しい赤色のお茶と焼き菓子を振る舞われて、エリン・マッカートニーが現れるのを待った。
少々よりも長めの時間が過ぎ、黒いドレスを纏った長身のエリンが姿を現した。
自分の年齢を隠さない彼女は40歳とのことだったが、とてもそうには見えない。
エリンの前では貴方が主に話すんですと、イアンから言われていたジャーヴィスが先ずは立ち上がり、彼女が差し出した手の甲に触れるか触れないかの感じで唇を寄せ、挨拶の言葉を口にした。
「お約束も無く、レディが大切にされているお時間に、急にお邪魔をしてしまったご無礼をお許しください」
「お気になさらないでくださいませ。
ようこそ、お越しくださいました。
いつか、貴方様がお越しくださる日を心待ちにしておりましたの、厳冬のヴィス様」
「……」
学生時代の通り名を世代が上の女性から口に出されて、ジャーヴィスが無言になったので、エリンは楽しそうに微笑んだ。
「わたくし共の顧客には、高等学院の保護者の方も、女子高等学院に通っていらしたご令嬢方もおられますし……わたくし、お母様の後輩になりますの。
お父様の前ウィンガム伯爵様とキャサリン様のロマンスは、有名でしたのよ」
「……そうでしたか。
これを機に、これからは王都入りの度に、こちらに伺わせていただきましょう」
「まぁ、ありがとうございます。
是非その際には、予約をして等と仰らずに、またこの時間にお寄りくださいませね」
それで取り敢えずの挨拶は済んだのか、エリンは今度はミルドレッドの方に向き直った。
「レイウッド伯爵様の……お聞き致しました。
この度はお悔やみ申し上げます。
とても、とても、素晴らしいお人柄の御方でした」
ジャーヴィスに向けた、華やかな笑顔を消して。
ミルドレッドに、夫へのお悔やみの言葉を他人が伝えてくれたのは、彼女が初めてだった……それも敬意と哀しみを込めて。
もしかしたら、エリンが喪服ではないが黒いドレス姿なのは、ミルドレッドを思い量って、着替えて来てくれたのかもしれない。
実際、エリンの唇には紅は引かれていない。
「……ご丁寧にありがとうございます。
わたくしの方こそ、主人がお世話になりましたのに、今までご挨拶にお伺いもせず、ご無礼致しました」
ミルドレッドがお悔やみのお礼を返すと、エリンは何か言い掛け、一瞬唇を噛んだように見えた。
そして。
「伯爵様が次に王都へ来られた時に、お渡ししなくてはならないものがあったんです。
奥様にお渡ししても、よろしいでしょうか?」
「主人に渡すものですか?」
「えぇ、ここでお針子をしてくれていたローラ・フェルドンのご主人のウィラードさんから、預かっていた契約書?誓約書かしら?
中身は見ていないので、はっきりしませんが。
あの方、昔契約書を反古にされたそうで、そう言う類いのものは手元に置かずに、信頼出来る人に預かっていて欲しいと仰ってくださって。
伯爵様御本人からウィラードさんとのご事情も伺っておりましたので、こうなってしまったからには、お手元にお返しするべきだと思っておりましたのに……」
「ウィラードから預かっていた書類をレイウッド伯爵に返す?
こうなってしまったから?
ローラに預けずに、今もお持ちなんですか?
彼女が伯爵に会いに行くことは、聞いていらっしゃらないんですか?」
自分は出来るだけ黙っていると言っていたイアンが前のめりになって、早口になっていた。
エリンは顔をしかめたが、それはイアンに会話に割り込まれたからではなかった。
何故なら、彼女は本当に不審そうに、イアンに尋ねたからだ。
「ローラが伯爵様に会いに行くとは、一体いつのことでしょうか?
彼女は3ヶ月前の火事で、ウィラードさんと亡くなりましたのに」
495
お気に入りに追加
896
あなたにおすすめの小説



お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる