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第33話
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同じ話をスミスさんから聞いていて、お兄様とギャレット様はそこに直ぐに気が付いた。
それに比べてわたしは、お義父様のことをなんて冷たい人なんだろう、なんて……
ミルドレッドは、深読みが出来ないことに落ち込みかけていたが、他のふたりは既に次の話題に移っている。
そうだ、この調査はメラニーがスチュワートの子供ではないことと、ローラが彼の愛人じゃなかったことを、証明させる為だった。
ミルドレッドは余計な感傷に浸っていた自分を戒めた。
「マッカートニーは予約制だろう?
御本人に会うどころか、中にも入れない」
「ここで、貴方のお貴族様パワーを発揮するんです。
幸いアダムス夫人もおられますから、パワーは倍増してます」
「……お貴族様パワーって何なんだ?
いくら貴族でも、予約の横入りは」
「パワーとは、その家名とお顔の良さですよ。
レディマッカートニーは、昼の3時間は予約を入れないし、必ず店に居ます。
彼女が人前で食事をしないのは有名な話なのに、先輩がご存じないとは。
如何に貴方が女性とのお付き合いがないか、知れました」
「……」
ジャーヴィスは自分をからかうイアンに向かって、そう言うお前は如何に女性とのお付き合いが多いか知れましたと、言うのは止めた。
見るからに落ち込んでいるミルドレッドを少しでも笑わせようと、イアンが冗談を口にしたことに、気が付いたからだ。
「レディたるもの、大口を開けて物を食べているところを人様にお見せするのはエレガントではない、がエリンのモットーらしいですから、自宅を兼ねてるマッカートニーの店で昼食を取っているんです」
「そんな、お休み中のところにお邪魔するのは……」
ジャーヴィスが何も言わないので、ミルドレッドが代わりに遠慮の言葉を口にすると、イアンは今日一番の笑顔を彼女に見せた。
「この時間にレディマッカートニーが、予約客じゃない大事な上客の対応をするのも、有名な話です。
今日、彼女が誰とも会っていないことを、我々は祈りましょう」
案の定、南区にある『エリン・マッカートニー』本店の扉は閉められていたが、呼び鈴に応えて現れた男性は来訪した3人を見て、扉を開放した。
各々の名を答えると、店内へ招き入れ、少々お待ちくださいませと丁寧に言い、踵を返した。
休み時間なのに、門前払いはされなかったようだ。
しばらくすると、若く美しい女性が現れてラウンジへ案内された。
そこで3人は、高価なカップに注がれた珍しい赤色のお茶と焼き菓子を振る舞われて、エリン・マッカートニーが現れるのを待った。
少々よりも長めの時間が過ぎ、黒いドレスを纏った長身のエリンが姿を現した。
自分の年齢を隠さない彼女は40歳とのことだったが、とてもそうには見えない。
エリンの前では貴方が主に話すんですと、イアンから言われていたジャーヴィスが先ずは立ち上がり、彼女が差し出した手の甲に触れるか触れないかの感じで唇を寄せ、挨拶の言葉を口にした。
「お約束も無く、レディが大切にされているお時間に、急にお邪魔をしてしまったご無礼をお許しください」
「お気になさらないでくださいませ。
ようこそ、お越しくださいました。
いつか、貴方様がお越しくださる日を心待ちにしておりましたの、厳冬のヴィス様」
「……」
学生時代の通り名を世代が上の女性から口に出されて、ジャーヴィスが無言になったので、エリンは楽しそうに微笑んだ。
「わたくし共の顧客には、高等学院の保護者の方も、女子高等学院に通っていらしたご令嬢方もおられますし……わたくし、お母様の後輩になりますの。
お父様の前ウィンガム伯爵様とキャサリン様のロマンスは、有名でしたのよ」
「……そうでしたか。
これを機に、これからは王都入りの度に、こちらに伺わせていただきましょう」
「まぁ、ありがとうございます。
是非その際には、予約をして等と仰らずに、またこの時間にお寄りくださいませね」
それで取り敢えずの挨拶は済んだのか、エリンは今度はミルドレッドの方に向き直った。
「レイウッド伯爵様の……お聞き致しました。
この度はお悔やみ申し上げます。
とても、とても、素晴らしいお人柄の御方でした」
ジャーヴィスに向けた、華やかな笑顔を消して。
ミルドレッドに、夫へのお悔やみの言葉を他人が伝えてくれたのは、彼女が初めてだった……それも敬意と哀しみを込めて。
もしかしたら、エリンが喪服ではないが黒いドレス姿なのは、ミルドレッドを思い量って、着替えて来てくれたのかもしれない。
実際、エリンの唇には紅は引かれていない。
「……ご丁寧にありがとうございます。
わたくしの方こそ、主人がお世話になりましたのに、今までご挨拶にお伺いもせず、ご無礼致しました」
ミルドレッドがお悔やみのお礼を返すと、エリンは何か言い掛け、一瞬唇を噛んだように見えた。
そして。
「伯爵様が次に王都へ来られた時に、お渡ししなくてはならないものがあったんです。
奥様にお渡ししても、よろしいでしょうか?」
「主人に渡すものですか?」
「えぇ、ここでお針子をしてくれていたローラ・フェルドンのご主人のウィラードさんから、預かっていた契約書?誓約書かしら?
中身は見ていないので、はっきりしませんが。
あの方、昔契約書を反古にされたそうで、そう言う類いのものは手元に置かずに、信頼出来る人に預かっていて欲しいと仰ってくださって。
伯爵様御本人からウィラードさんとのご事情も伺っておりましたので、こうなってしまったからには、お手元にお返しするべきだと思っておりましたのに……」
「ウィラードから預かっていた書類をレイウッド伯爵に返す?
こうなってしまったから?
ローラに預けずに、今もお持ちなんですか?
彼女が伯爵に会いに行くことは、聞いていらっしゃらないんですか?」
自分は出来るだけ黙っていると言っていたイアンが前のめりになって、早口になっていた。
エリンは顔をしかめたが、それはイアンに会話に割り込まれたからではなかった。
何故なら、彼女は本当に不審そうに、イアンに尋ねたからだ。
「ローラが伯爵様に会いに行くとは、一体いつのことでしょうか?
彼女は3ヶ月前の火事で、ウィラードさんと亡くなりましたのに」
それに比べてわたしは、お義父様のことをなんて冷たい人なんだろう、なんて……
ミルドレッドは、深読みが出来ないことに落ち込みかけていたが、他のふたりは既に次の話題に移っている。
そうだ、この調査はメラニーがスチュワートの子供ではないことと、ローラが彼の愛人じゃなかったことを、証明させる為だった。
ミルドレッドは余計な感傷に浸っていた自分を戒めた。
「マッカートニーは予約制だろう?
御本人に会うどころか、中にも入れない」
「ここで、貴方のお貴族様パワーを発揮するんです。
幸いアダムス夫人もおられますから、パワーは倍増してます」
「……お貴族様パワーって何なんだ?
いくら貴族でも、予約の横入りは」
「パワーとは、その家名とお顔の良さですよ。
レディマッカートニーは、昼の3時間は予約を入れないし、必ず店に居ます。
彼女が人前で食事をしないのは有名な話なのに、先輩がご存じないとは。
如何に貴方が女性とのお付き合いがないか、知れました」
「……」
ジャーヴィスは自分をからかうイアンに向かって、そう言うお前は如何に女性とのお付き合いが多いか知れましたと、言うのは止めた。
見るからに落ち込んでいるミルドレッドを少しでも笑わせようと、イアンが冗談を口にしたことに、気が付いたからだ。
「レディたるもの、大口を開けて物を食べているところを人様にお見せするのはエレガントではない、がエリンのモットーらしいですから、自宅を兼ねてるマッカートニーの店で昼食を取っているんです」
「そんな、お休み中のところにお邪魔するのは……」
ジャーヴィスが何も言わないので、ミルドレッドが代わりに遠慮の言葉を口にすると、イアンは今日一番の笑顔を彼女に見せた。
「この時間にレディマッカートニーが、予約客じゃない大事な上客の対応をするのも、有名な話です。
今日、彼女が誰とも会っていないことを、我々は祈りましょう」
案の定、南区にある『エリン・マッカートニー』本店の扉は閉められていたが、呼び鈴に応えて現れた男性は来訪した3人を見て、扉を開放した。
各々の名を答えると、店内へ招き入れ、少々お待ちくださいませと丁寧に言い、踵を返した。
休み時間なのに、門前払いはされなかったようだ。
しばらくすると、若く美しい女性が現れてラウンジへ案内された。
そこで3人は、高価なカップに注がれた珍しい赤色のお茶と焼き菓子を振る舞われて、エリン・マッカートニーが現れるのを待った。
少々よりも長めの時間が過ぎ、黒いドレスを纏った長身のエリンが姿を現した。
自分の年齢を隠さない彼女は40歳とのことだったが、とてもそうには見えない。
エリンの前では貴方が主に話すんですと、イアンから言われていたジャーヴィスが先ずは立ち上がり、彼女が差し出した手の甲に触れるか触れないかの感じで唇を寄せ、挨拶の言葉を口にした。
「お約束も無く、レディが大切にされているお時間に、急にお邪魔をしてしまったご無礼をお許しください」
「お気になさらないでくださいませ。
ようこそ、お越しくださいました。
いつか、貴方様がお越しくださる日を心待ちにしておりましたの、厳冬のヴィス様」
「……」
学生時代の通り名を世代が上の女性から口に出されて、ジャーヴィスが無言になったので、エリンは楽しそうに微笑んだ。
「わたくし共の顧客には、高等学院の保護者の方も、女子高等学院に通っていらしたご令嬢方もおられますし……わたくし、お母様の後輩になりますの。
お父様の前ウィンガム伯爵様とキャサリン様のロマンスは、有名でしたのよ」
「……そうでしたか。
これを機に、これからは王都入りの度に、こちらに伺わせていただきましょう」
「まぁ、ありがとうございます。
是非その際には、予約をして等と仰らずに、またこの時間にお寄りくださいませね」
それで取り敢えずの挨拶は済んだのか、エリンは今度はミルドレッドの方に向き直った。
「レイウッド伯爵様の……お聞き致しました。
この度はお悔やみ申し上げます。
とても、とても、素晴らしいお人柄の御方でした」
ジャーヴィスに向けた、華やかな笑顔を消して。
ミルドレッドに、夫へのお悔やみの言葉を他人が伝えてくれたのは、彼女が初めてだった……それも敬意と哀しみを込めて。
もしかしたら、エリンが喪服ではないが黒いドレス姿なのは、ミルドレッドを思い量って、着替えて来てくれたのかもしれない。
実際、エリンの唇には紅は引かれていない。
「……ご丁寧にありがとうございます。
わたくしの方こそ、主人がお世話になりましたのに、今までご挨拶にお伺いもせず、ご無礼致しました」
ミルドレッドがお悔やみのお礼を返すと、エリンは何か言い掛け、一瞬唇を噛んだように見えた。
そして。
「伯爵様が次に王都へ来られた時に、お渡ししなくてはならないものがあったんです。
奥様にお渡ししても、よろしいでしょうか?」
「主人に渡すものですか?」
「えぇ、ここでお針子をしてくれていたローラ・フェルドンのご主人のウィラードさんから、預かっていた契約書?誓約書かしら?
中身は見ていないので、はっきりしませんが。
あの方、昔契約書を反古にされたそうで、そう言う類いのものは手元に置かずに、信頼出来る人に預かっていて欲しいと仰ってくださって。
伯爵様御本人からウィラードさんとのご事情も伺っておりましたので、こうなってしまったからには、お手元にお返しするべきだと思っておりましたのに……」
「ウィラードから預かっていた書類をレイウッド伯爵に返す?
こうなってしまったから?
ローラに預けずに、今もお持ちなんですか?
彼女が伯爵に会いに行くことは、聞いていらっしゃらないんですか?」
自分は出来るだけ黙っていると言っていたイアンが前のめりになって、早口になっていた。
エリンは顔をしかめたが、それはイアンに会話に割り込まれたからではなかった。
何故なら、彼女は本当に不審そうに、イアンに尋ねたからだ。
「ローラが伯爵様に会いに行くとは、一体いつのことでしょうか?
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