【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi

文字の大きさ
上 下
33 / 58

第32話

しおりを挟む
 今日は11月にしては暖かく天気が良かったので、応接室の窓は少し開けられていた。
 そこから校庭で遊ぶ子供達の歓声が聞こえる。


「少額と言っても、生前のフェルドンの財産から見て、でしょう。
 ウィラードはそのままフェルドンの家に住み、他の使用人達は解雇になりましたが、年老いた夫婦のみを雇い続けていました」


 15歳の少年が2人だけでも使用人を雇えていたのなら、この頃にスチュワートの援助は始まっていたのかもしれないと、ミルドレッドは思った。


「あの、彼は……ウィラード・フェルドンはどんな人物でしたか?
 スミスさんが彼と最後に会ったのはいつですか?」


 昼休みしか時間を取れないと言われていたからか、イアンは柔らかい口調であったが、スミスに話を進めるように促した。
 いちいち感傷に浸っていたら、話が終わらないからだ。


「いい奴でした。
 明らかに生まれが違うと言うか、見た目も良くて、頭も良かった。
 だから、義理の息子だったけど、フェルドンは期待していたと思いますよ。
 あいつの代になったら、店はもっと大きくなると周囲には言ってたらしいです。
 ……唯一残念なのは、彼は足が悪かったんです」

「足が?悪かった?」

「生まれながらと、本人は言ってました。
 歩けないとかじゃないですよ、左足が早く動かせなくて、引き摺っていました」


 ミルドレッドが隣のジャーヴィスを伺うと、彼が小さく頷いた。
 これが理由だ。

 ウィラードは生まれながらに、足が悪かった。
 それは成長過程の這い這いや掴まり立ちの頃に発覚したのだ。
 それで彼は後継者から外された。


 生まれながらと言うことは、出産の時にトラブルがあったのかもしれない。
 双子の出産は母体にも新生児にも、通常より負担がかかる。
 事前から双子であると、医師も産婆も気付いていなかったのなら。
 その混乱の中では、無事に先に生まれた赤子の足のこと等、誰も気にしていなかった可能性は高い。


「ウィラードに最後に会ったのは、3年前です。
 彼はもう北区から引っ越していたんですが、私の父の葬儀に来てくれたんです。
 住所を聞くのを失念してしまったんですが、結婚して、子供がもうすぐ生まれると言ってました」


 生まれる前だから、それが娘でメラニーなのかは確認出来なかった。
 午後の授業前の予鈴が鳴った。

 
「一度ゆっくり会おうと約束していたんですけど。
 ウィラードに会うことがあれば、連絡を待ってると伝えていただけますか?」


 こちらこそ、彼からの連絡が欲しいんだとは、イアンは言わなかった。
 その代わりに。


「すみません、最後にもうひとつだけ。
 彼は妻について何か言っていましたか?」

「えー、何だっけかな……ローリー?
 違うな……あぁ、ローラだったかな。
 控え目ないい子だって話してました」


 控え目ないい子?
 ……ミルドレッドが知るローラ・フェルドンは、控え目ないい子には思えなかった。
 スチュワートの死を伝えられても、彼へのお悔やみ等も口にしないのに、妻に援助の継続を求めてきた。

 ウィラードの前では、自分を偽っていたのだろうか。
 それとも、ミルドレッド自身がレナードに注意したように、我が子の為なら形振り構わないと図々しい女を装ったのか。



 時間ぎりぎりまでありがとうございましたと、3人でスミスに御礼を言うと、彼は恐縮していた。
 それから最後に、ウィラードから聞いたローラの勤務先を教えてくれた。

 3年も前の話だし、子供が生まれたのなら辞めているかもしれませんよ、の言葉と共に。
 多分、ミルドレッドが同行していたから、この情報を教えてくれたのだろう。




 イアンは辻馬車で北校まで来ていたので、その勤務先への移動は、マーチ家の馬車に3人で乗り込んだ。



「ローラの勤務先が、『エリン・マッカートニー』とは、驚きましたね」

「ウィラードからしても、ちょっとした自慢だったから、スミスに教えたんだな」

「……アダムス夫人は、彼女の店に行ったことはありますか?」



『エリン・マッカートニー』は、現在王都で1、2を争うドレス専門店だ。
 ジャーヴィスと会話をしていたイアンが話を振ってきたので、思いに耽っていたミルドレッドは焦って返事をした。


「わたくしは行ったことはないのですが、夫から王都のお土産として、マッカートニーの長手袋を……」


 スチュワートが去年マッカートニーの手袋をプレゼントしてくれた日を、ミルドレッドは思い出していた。

 彼はやはりウィラードを通じて、ローラとも親しくしていて、彼女が働いていたお店の……




「次は一緒に行って、君のドレスを注文しよう。
 好きなデザインを考えていて」


 王都へ一緒に行こうと、言ってくれた時の。
 喜んだ自分が、彼の頬にキスした時の。
 スチュワートの笑顔がうまく思い出せない。



 最後まで言葉にならなかったミルドレッドに、イアンは話題を変えた。


「スミスに会えて、収穫はありましたね。
 これで彼への援助は、ご主人が行っていたのではないことが判明しました」

「え……どうしてですか?」

「当時15歳のご主人には、ウィラードの生活を支えられる資金はないでしょう?」

「……その通りです、よくよく考えてみたら、学生だった彼にはそんな自由になるお金はない……
 でも、スチュワートじゃないとしたら?」

「バーナード・アダムスしか居ない。
 当時のレイウッド伯爵、双子の父親だよ。
 彼は母を失った息子を引き取ることは出来なかったが、援助をした。
 それを届けていたのがスチュワートだったんだ」

 答えた兄に、イアンが続ける。



「実の父は、母子を見捨てていたんじゃないんですよ、多分。
 メラニーは、平民だが裕福なフェルドンと再婚した。
 フェルドンは、ウィラードを連れて嫁に来ることを拒否しなかった。
 ウィラードは、義理の父から冷遇されなかった。
 ふたりは、きっと実家のコーネルに居るよりも大切にされていて幸せだった。
 高等学院に入学したご主人に、兄に会うように居場所を教えたのは父親だったんです」


しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

(完結)婚約破棄から始まる真実の愛

青空一夏
恋愛
 私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。  女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?  美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

処理中です...