【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi

文字の大きさ
上 下
31 / 58

第30話

しおりを挟む
 サリー・グレイが、珍しくレナードから責められていたとハンナが教えてくれた。

 ユリアナ・バークレーから見ても、メイドのハンナは口が軽い。
 だが、情報源としては重宝している。


「奥様の家出をお前が手伝ったんだろう、って」

「えっ、そうなの?」

「居なくなって欲しかったんでしょうね!」


 決めつけたように、ハンナが言う。
 彼女は以前、サリーから平手打ちされたそうで、それからは蛇蝎のように、レナードの愛人を嫌っていた。


 サリーを嫌っているのは、ハンナだけではない。
 この家で働く誰もがそうだ。


 元々からレナードが恋人として、彼女を連れてきた時から、サリー・グレイは良くは思われてはいなかった。
 5つも年上の平民が、まだ子供だったレナードをたらしこんで、上手いことやった女と見られていたからだ。


 レナードの母のジュリア様は、一族の中でも下位に位置するタルボット家の出身だった。
 それを弁えていたジュリア様は、次男が平民と付き合っていても文句は言わず。
 交際に反対する夫のバーナード様に、息子の好きにさせてくださいと、お願いしていたことは皆に知られていた。
 


 それが今回、奥様がいらっしゃるのに。
 図々しくアダムス本家に乗り込んできた。
 その上、まるで奥様に見せつけるかのように、ふたりで明るい内から、所構わず乳繰り合って。
 今ではレナードの評判も落ちるところまで落ちている。


 そんな奴等が仲違いをした。
 ハンナはそれが嬉しいらしい。


「レナード様は客室で寝るようになりましたよね。
 あの女は、いつ追い出されるんでしょうね?
 居なくなったら、奥様は帰って来てくれますよね?」

「わたしには何も分からないの」


 サリーが居なくなったくらいでは、ミルドレッド様は帰ってこないとは、ユリアナはハンナには教える気はない。
 ハンナのことだから他の使用人達に、ユリアナから聞いたと、触れ回りそうだ。


 ハンナが自分をぼんやりした女だと思ってくれてもいい。
 そう周囲から思われるように、行動してきた。
 
 奥様から命じられたことを、ただ忠実に守るだけの女。
 だから、彼女の証言は信じて貰えた。



「奥様から食欲がないからとスープを作るように命じられました。
 出来たのでお持ちして、お部屋へ参りましたら、もう要らない、眠るから朝まで来ないでと言われたのです。
 けれど夜中……明ける前に胸騒ぎがして、お部屋を覗いたら、奥様がいらっしゃらなかったんです」

「返事をしたのは、確かに奥様の声だったの?」


 侍女長のケイトに尋ねられたが、惚けて見せた。


「そう言われると、小さなお声でしたので自信はありませんが、その時は、奥様から言われたと。
 そう信じました。
 すみません、申し訳ありません」


 ユリアナがそう言って泣いて謝ると、ケイトはそれ以上は追及しなかった。
 上手い具合に、サリーが奥様を装って、愚鈍な侍女を騙したと思われているようだ。




「君からは、何も仕掛けなくて良いんだよ。
 ただ、いざと言う時、ミルドレッドのことを助けてくれればいいんだ」


 旦那様と奥様の披露宴で声をかけてきたウィンガム伯爵。

 ミルドレッドの専属侍女のユリアナが、彼の協力者だ。



     ◇◇◇



 ユリアナはレイウッド領主のアダムス家の遠縁の娘だ。

 これまでは代々の当主の妻は一族の中から選ばれてきた。
 今は亡き先代ご当主夫妻の奥様のグロリア様は、バークレー家出身だ。
 一代空けて我が家門から再びと、周囲の期待は高まっていた。


 ユリアナだって、期待が無かったわけではない。
 一族の中の少女の中では、自分が頭ひとつ抜けている。
 順当に行けば、自分が選ばれるだろうと思っていた。
 学院の休みで領地に帰ってきたスチュワート様が姿を現すと、領内の少女達は沸き立つ。

 当時のユリアナはまだ11歳で、スチュワートとは5歳離れていたが、婚姻する頃には丁度良くなる。
 そう何度も両親から刷り込まれていたのに。
 王命が出て、スチュワートの婚約者が隣のウィンガムの娘だと決まった。


 両親の、特に母の嘆きはユリアナ本人以上だった。
 

「こんなのおかしいわ……絶対に認められない」


 初めて、母を愚かだと思った。
 貴女が認めなくても、誰が気にするのだ。


 その後直ぐに当主夫人のジュリア様から、嫁入りしてくるミルドレッドの専属侍女になって欲しいと、連絡が来た。
 なって欲しいは、なるようにと言う命令だ。
 拒否は出来ない。

 ユリアナが結婚を望む時が来たら、アダムス本家から嫁に出す。
 それをありがたく思えと言いたげに、付け加えられていた。


 7年後、披露宴で初めて挨拶をしたミルドレッドは綺麗な女性だった。
 ユリアナでは太刀打ち出来ないひとだ。

 いつもは凛々しいスチュワートの顔も嬉しそうに緩んで見えた。
 誰もがふたりをお似合いだと褒めそやしていた。
 ただひとり、ユリアナの母を除いて。


 披露宴会場から離れた場所で、ユリアナは母に掴まった。


「男性は癒して欲しいのよ。
 貴女には料理の腕も、賢さもある。
 あんな顔が綺麗なだけの奥様は、いずれ飽きられるわ。
 うまく行けば、貴女が御手付きになって、次の……」

「馬鹿なことを仰らないでください!
 御手付きにって、お母様は娘に日陰の身になれと?」


 確かに母には料理の腕は鍛えられた。
 王都の女子高等学院には進学出来なかったが、それなりの家庭教師は付けて貰えた。
 だが、それが何になる? 
 本家の当主の妻が、厨房に立つことはない。
 侍女風情の教養等、注目されない。
 
 
 母を振り切って、連れ込まれた部屋を出ると、背後から声をかけられた。


 ミルドレッド様の兄だと挨拶していた男性だった。
 さすがに、あの若奥様のお兄様だ。
 美しいひとだ。


「賢い君を見込んで頼みがあるんだ。
 私の協力者に、なってくれないだろうか?」




 その日から。
 ユリアナはウィンガムへ行ける日を待っている。


 危ない目に遇わせたくない、何も仕掛けなくていいと、ジャーヴィス様は仰ったけれど。


 独り寝を続けるレナードに、もう一人の目障りな女を。
 ミルドレッド様を傷付けた『馬鹿男』に、『安物買いのローラ』を近づけさせるのはどうかしら?


 その方法を考えながら廊下を歩くユリアナは、楽しそうに笑っていた。
 
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

処理中です...