29 / 58
第28話
しおりを挟む
ミルドレッドはスチュワートから何も聞いていなかった。
かつてアダムスが双子同士で争い、領内が2つに割れてしまったこと。
その結果、アダムスでは双子はどちらかしか、本家では育てなくなったこと。
そして、自分が本当は長男ではなく、次男として生まれたこと。
それらが仮定ではなく真実で、黙っていられたのだとしたら。
メラニーがスチュワートに生き写しなのは、双子の兄の子供だから、と言う仮定は喜べる、だが……
愛人や隠し子とは、また別の意味で衝撃的だった。
生まれてくる子供のことなら、自分は無関係ではないからだ。
ジャーヴィスに「隠し子の他に秘密があるのなら、全て知りたい」と偉そうに言ったのに。
それは自分に関することではないと、どこかで一線を引いていたから言えたのかもしれない。
だからいざこうして、仮定の話だとしても目の前に突き付けられると……
ジャーヴィスにはスチュワートがどういうつもりだったのかは、わからない。
双子さえ生まなければいいと、一生ミルドレッドには話さないつもりだったのか。
元々アダムス家の当主の妻は、レイウッド領内の一族から選ばれていた。
今回のウィンガムとの婚姻は、王命に因るもの。
アダムスの双子に纏わるあれこれは領外には漏れる心配は無かったのだ。
恐らく、あのリチャード・アダムス辺りがスチュワートに、ウィンガムから嫁いでくる妻には内密にするよう厳命していたか……
「……それは、あくまでも仮定ですよね?」
そう尋ねるミルドレッドは両手を握り締めていて、その声は何かに縋っているように聞こえた。
今までのスチュワートに抱いていた信頼が揺れ始めているのだろう。
「そうだ、貴族名鑑と言う誰でも手に入る記録を読んで、ギャレットと私が別々の場所で考察した、あくまでも仮定の話だ。
今夜はそれをすり合わせて、明日からの動きを決めるつもりだった。
聞きたくなければ、ミリーはもう部屋へ戻りなさい。
そして、明日ウィンガムに一足先に帰るといい」
ミルドレッドに向ける兄のこんな厳しい物言いは、初めてだった。
「いいえ、わたしは仮定ですかと確認しただけで、これ以上聞きたくないと言ったわけではありません。
ですから、部屋には戻りませんし、ウィンガムにも帰らない。
明日も、おふたりにご一緒致します」
来ない方がいいと言ったジャーヴィスに無理を言って、連れてきて貰ったのは自分だと、ミルドレッドは思い出した。
これを午後の来訪時に、ギャレットから確認されたのだ。
スチュワートが抱えていたものを、知る覚悟はあるのかと。
「わかった、では続けよう。
多分、王都に居た高等学院時代にスチュワートは兄と再会した。
偶然になんて現実には有り得ないから、母親の実家を尋ねて行ったのかもしれない。
それからは誰にも言わずに、兄と交流していた。
彼は、本来なら後継者であった兄に罪悪感を覚えていて、『伯爵家の娘だと要求しないこと』を条件に、彼の妻と娘の援助をしたんだ。
家賃と生活費の援助と言うことは、兄はもう家族の面倒を見られなくなっている。
彼が何処にいるのか、無事なのか、亡くなっているのか。
母親のメラニー・コーラルはどうしているのか。
そのふたつをギャレットに調べて欲しいと頼んでいた」
◇◇◇
イアンがジャーヴィスの依頼を受けて、コーラル家を調べたところ、メラニーの実家は邸を手放していて、そこには違う家族が住んでいた。
メラニーがバーナード・アダムスと離縁して実家に出戻った年には彼女の父は存命で、確かに娘が赤ん坊を連れて帰ってきたと言う話は、隣の邸の使用人から聞けた。
だが、その父親が亡くなり、メラニーの兄が後を継いだ後に、コーラル家は困窮し、メラニー母子が何処へ行ったかは不明だった。
「ローラが名乗ったフェルドンは、貴族相手に高利で金を貸し付ける金貸し業を営んでいた平民で、恐らくメラニーは兄が作った借金のせいで、フェルドンに売られたか、と。
ただ、このフェルドン金融も今はもう無い」
「フェルドンは平民だったか……
それで兄は貴族高等学院にも通えなかった」
「都内で4校ある中等学校を当たったところ北校卒業生名簿に、レイウッド伯爵と同じ年齢のフェルドンの名前を見つけました。
明日は北校に、話を聞きに行くことになっています」
そのように、明日の段取りが決まると、ミルドレッドはお先に失礼致しますと自室に戻った。
社交室にはジャーヴィスとイアンの、男ふたりが残っていた。
「兄貴の名前は、ヴィスが手紙に書いていた通り、やはりウィラードだったな」
ミルドレッドが退室したので、イアンの口調は砕けていた。
ジャーヴィスとは、ふたりだけなら伯爵様や先輩等と呼ばない仲だ。
「ウィラードの名前が、スチュワートの兄に付けられていたと言うことは、その名はアダムスでは忌み嫌われて居たわけではないし、本来なら彼が後取りで、スチュワートが一族内の何処かの家へ養子に出されるはずだったと言うことだ。
何があって、妻と長男を実家に返したのかは、追々わかるだろう……」
息子も住む元妻の実家が没落するのに、バーナードは救いの手を差し伸べなかった。
離婚に際しての慰謝料もなかったと思われるので、一体メラニーはどんな理由で離縁となったのか。
「それより、イアン。
お前、どうしてミリーを焚き付けた?」
ジャーヴィスはグラスにブランデーを注ぎ、イアンに手渡した。
かつてアダムスが双子同士で争い、領内が2つに割れてしまったこと。
その結果、アダムスでは双子はどちらかしか、本家では育てなくなったこと。
そして、自分が本当は長男ではなく、次男として生まれたこと。
それらが仮定ではなく真実で、黙っていられたのだとしたら。
メラニーがスチュワートに生き写しなのは、双子の兄の子供だから、と言う仮定は喜べる、だが……
愛人や隠し子とは、また別の意味で衝撃的だった。
生まれてくる子供のことなら、自分は無関係ではないからだ。
ジャーヴィスに「隠し子の他に秘密があるのなら、全て知りたい」と偉そうに言ったのに。
それは自分に関することではないと、どこかで一線を引いていたから言えたのかもしれない。
だからいざこうして、仮定の話だとしても目の前に突き付けられると……
ジャーヴィスにはスチュワートがどういうつもりだったのかは、わからない。
双子さえ生まなければいいと、一生ミルドレッドには話さないつもりだったのか。
元々アダムス家の当主の妻は、レイウッド領内の一族から選ばれていた。
今回のウィンガムとの婚姻は、王命に因るもの。
アダムスの双子に纏わるあれこれは領外には漏れる心配は無かったのだ。
恐らく、あのリチャード・アダムス辺りがスチュワートに、ウィンガムから嫁いでくる妻には内密にするよう厳命していたか……
「……それは、あくまでも仮定ですよね?」
そう尋ねるミルドレッドは両手を握り締めていて、その声は何かに縋っているように聞こえた。
今までのスチュワートに抱いていた信頼が揺れ始めているのだろう。
「そうだ、貴族名鑑と言う誰でも手に入る記録を読んで、ギャレットと私が別々の場所で考察した、あくまでも仮定の話だ。
今夜はそれをすり合わせて、明日からの動きを決めるつもりだった。
聞きたくなければ、ミリーはもう部屋へ戻りなさい。
そして、明日ウィンガムに一足先に帰るといい」
ミルドレッドに向ける兄のこんな厳しい物言いは、初めてだった。
「いいえ、わたしは仮定ですかと確認しただけで、これ以上聞きたくないと言ったわけではありません。
ですから、部屋には戻りませんし、ウィンガムにも帰らない。
明日も、おふたりにご一緒致します」
来ない方がいいと言ったジャーヴィスに無理を言って、連れてきて貰ったのは自分だと、ミルドレッドは思い出した。
これを午後の来訪時に、ギャレットから確認されたのだ。
スチュワートが抱えていたものを、知る覚悟はあるのかと。
「わかった、では続けよう。
多分、王都に居た高等学院時代にスチュワートは兄と再会した。
偶然になんて現実には有り得ないから、母親の実家を尋ねて行ったのかもしれない。
それからは誰にも言わずに、兄と交流していた。
彼は、本来なら後継者であった兄に罪悪感を覚えていて、『伯爵家の娘だと要求しないこと』を条件に、彼の妻と娘の援助をしたんだ。
家賃と生活費の援助と言うことは、兄はもう家族の面倒を見られなくなっている。
彼が何処にいるのか、無事なのか、亡くなっているのか。
母親のメラニー・コーラルはどうしているのか。
そのふたつをギャレットに調べて欲しいと頼んでいた」
◇◇◇
イアンがジャーヴィスの依頼を受けて、コーラル家を調べたところ、メラニーの実家は邸を手放していて、そこには違う家族が住んでいた。
メラニーがバーナード・アダムスと離縁して実家に出戻った年には彼女の父は存命で、確かに娘が赤ん坊を連れて帰ってきたと言う話は、隣の邸の使用人から聞けた。
だが、その父親が亡くなり、メラニーの兄が後を継いだ後に、コーラル家は困窮し、メラニー母子が何処へ行ったかは不明だった。
「ローラが名乗ったフェルドンは、貴族相手に高利で金を貸し付ける金貸し業を営んでいた平民で、恐らくメラニーは兄が作った借金のせいで、フェルドンに売られたか、と。
ただ、このフェルドン金融も今はもう無い」
「フェルドンは平民だったか……
それで兄は貴族高等学院にも通えなかった」
「都内で4校ある中等学校を当たったところ北校卒業生名簿に、レイウッド伯爵と同じ年齢のフェルドンの名前を見つけました。
明日は北校に、話を聞きに行くことになっています」
そのように、明日の段取りが決まると、ミルドレッドはお先に失礼致しますと自室に戻った。
社交室にはジャーヴィスとイアンの、男ふたりが残っていた。
「兄貴の名前は、ヴィスが手紙に書いていた通り、やはりウィラードだったな」
ミルドレッドが退室したので、イアンの口調は砕けていた。
ジャーヴィスとは、ふたりだけなら伯爵様や先輩等と呼ばない仲だ。
「ウィラードの名前が、スチュワートの兄に付けられていたと言うことは、その名はアダムスでは忌み嫌われて居たわけではないし、本来なら彼が後取りで、スチュワートが一族内の何処かの家へ養子に出されるはずだったと言うことだ。
何があって、妻と長男を実家に返したのかは、追々わかるだろう……」
息子も住む元妻の実家が没落するのに、バーナードは救いの手を差し伸べなかった。
離婚に際しての慰謝料もなかったと思われるので、一体メラニーはどんな理由で離縁となったのか。
「それより、イアン。
お前、どうしてミリーを焚き付けた?」
ジャーヴィスはグラスにブランデーを注ぎ、イアンに手渡した。
412
お気に入りに追加
896
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
(完結)婚約破棄から始まる真実の愛
青空一夏
恋愛
私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。
女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?
美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる