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第28話
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ミルドレッドはスチュワートから何も聞いていなかった。
かつてアダムスが双子同士で争い、領内が2つに割れてしまったこと。
その結果、アダムスでは双子はどちらかしか、本家では育てなくなったこと。
そして、自分が本当は長男ではなく、次男として生まれたこと。
それらが仮定ではなく真実で、黙っていられたのだとしたら。
メラニーがスチュワートに生き写しなのは、双子の兄の子供だから、と言う仮定は喜べる、だが……
愛人や隠し子とは、また別の意味で衝撃的だった。
生まれてくる子供のことなら、自分は無関係ではないからだ。
ジャーヴィスに「隠し子の他に秘密があるのなら、全て知りたい」と偉そうに言ったのに。
それは自分に関することではないと、どこかで一線を引いていたから言えたのかもしれない。
だからいざこうして、仮定の話だとしても目の前に突き付けられると……
ジャーヴィスにはスチュワートがどういうつもりだったのかは、わからない。
双子さえ生まなければいいと、一生ミルドレッドには話さないつもりだったのか。
元々アダムス家の当主の妻は、レイウッド領内の一族から選ばれていた。
今回のウィンガムとの婚姻は、王命に因るもの。
アダムスの双子に纏わるあれこれは領外には漏れる心配は無かったのだ。
恐らく、あのリチャード・アダムス辺りがスチュワートに、ウィンガムから嫁いでくる妻には内密にするよう厳命していたか……
「……それは、あくまでも仮定ですよね?」
そう尋ねるミルドレッドは両手を握り締めていて、その声は何かに縋っているように聞こえた。
今までのスチュワートに抱いていた信頼が揺れ始めているのだろう。
「そうだ、貴族名鑑と言う誰でも手に入る記録を読んで、ギャレットと私が別々の場所で考察した、あくまでも仮定の話だ。
今夜はそれをすり合わせて、明日からの動きを決めるつもりだった。
聞きたくなければ、ミリーはもう部屋へ戻りなさい。
そして、明日ウィンガムに一足先に帰るといい」
ミルドレッドに向ける兄のこんな厳しい物言いは、初めてだった。
「いいえ、わたしは仮定ですかと確認しただけで、これ以上聞きたくないと言ったわけではありません。
ですから、部屋には戻りませんし、ウィンガムにも帰らない。
明日も、おふたりにご一緒致します」
来ない方がいいと言ったジャーヴィスに無理を言って、連れてきて貰ったのは自分だと、ミルドレッドは思い出した。
これを午後の来訪時に、ギャレットから確認されたのだ。
スチュワートが抱えていたものを、知る覚悟はあるのかと。
「わかった、では続けよう。
多分、王都に居た高等学院時代にスチュワートは兄と再会した。
偶然になんて現実には有り得ないから、母親の実家を尋ねて行ったのかもしれない。
それからは誰にも言わずに、兄と交流していた。
彼は、本来なら後継者であった兄に罪悪感を覚えていて、『伯爵家の娘だと要求しないこと』を条件に、彼の妻と娘の援助をしたんだ。
家賃と生活費の援助と言うことは、兄はもう家族の面倒を見られなくなっている。
彼が何処にいるのか、無事なのか、亡くなっているのか。
母親のメラニー・コーラルはどうしているのか。
そのふたつをギャレットに調べて欲しいと頼んでいた」
◇◇◇
イアンがジャーヴィスの依頼を受けて、コーラル家を調べたところ、メラニーの実家は邸を手放していて、そこには違う家族が住んでいた。
メラニーがバーナード・アダムスと離縁して実家に出戻った年には彼女の父は存命で、確かに娘が赤ん坊を連れて帰ってきたと言う話は、隣の邸の使用人から聞けた。
だが、その父親が亡くなり、メラニーの兄が後を継いだ後に、コーラル家は困窮し、メラニー母子が何処へ行ったかは不明だった。
「ローラが名乗ったフェルドンは、貴族相手に高利で金を貸し付ける金貸し業を営んでいた平民で、恐らくメラニーは兄が作った借金のせいで、フェルドンに売られたか、と。
ただ、このフェルドン金融も今はもう無い」
「フェルドンは平民だったか……
それで兄は貴族高等学院にも通えなかった」
「都内で4校ある中等学校を当たったところ北校卒業生名簿に、レイウッド伯爵と同じ年齢のフェルドンの名前を見つけました。
明日は北校に、話を聞きに行くことになっています」
そのように、明日の段取りが決まると、ミルドレッドはお先に失礼致しますと自室に戻った。
社交室にはジャーヴィスとイアンの、男ふたりが残っていた。
「兄貴の名前は、ヴィスが手紙に書いていた通り、やはりウィラードだったな」
ミルドレッドが退室したので、イアンの口調は砕けていた。
ジャーヴィスとは、ふたりだけなら伯爵様や先輩等と呼ばない仲だ。
「ウィラードの名前が、スチュワートの兄に付けられていたと言うことは、その名はアダムスでは忌み嫌われて居たわけではないし、本来なら彼が後取りで、スチュワートが一族内の何処かの家へ養子に出されるはずだったと言うことだ。
何があって、妻と長男を実家に返したのかは、追々わかるだろう……」
息子も住む元妻の実家が没落するのに、バーナードは救いの手を差し伸べなかった。
離婚に際しての慰謝料もなかったと思われるので、一体メラニーはどんな理由で離縁となったのか。
「それより、イアン。
お前、どうしてミリーを焚き付けた?」
ジャーヴィスはグラスにブランデーを注ぎ、イアンに手渡した。
かつてアダムスが双子同士で争い、領内が2つに割れてしまったこと。
その結果、アダムスでは双子はどちらかしか、本家では育てなくなったこと。
そして、自分が本当は長男ではなく、次男として生まれたこと。
それらが仮定ではなく真実で、黙っていられたのだとしたら。
メラニーがスチュワートに生き写しなのは、双子の兄の子供だから、と言う仮定は喜べる、だが……
愛人や隠し子とは、また別の意味で衝撃的だった。
生まれてくる子供のことなら、自分は無関係ではないからだ。
ジャーヴィスに「隠し子の他に秘密があるのなら、全て知りたい」と偉そうに言ったのに。
それは自分に関することではないと、どこかで一線を引いていたから言えたのかもしれない。
だからいざこうして、仮定の話だとしても目の前に突き付けられると……
ジャーヴィスにはスチュワートがどういうつもりだったのかは、わからない。
双子さえ生まなければいいと、一生ミルドレッドには話さないつもりだったのか。
元々アダムス家の当主の妻は、レイウッド領内の一族から選ばれていた。
今回のウィンガムとの婚姻は、王命に因るもの。
アダムスの双子に纏わるあれこれは領外には漏れる心配は無かったのだ。
恐らく、あのリチャード・アダムス辺りがスチュワートに、ウィンガムから嫁いでくる妻には内密にするよう厳命していたか……
「……それは、あくまでも仮定ですよね?」
そう尋ねるミルドレッドは両手を握り締めていて、その声は何かに縋っているように聞こえた。
今までのスチュワートに抱いていた信頼が揺れ始めているのだろう。
「そうだ、貴族名鑑と言う誰でも手に入る記録を読んで、ギャレットと私が別々の場所で考察した、あくまでも仮定の話だ。
今夜はそれをすり合わせて、明日からの動きを決めるつもりだった。
聞きたくなければ、ミリーはもう部屋へ戻りなさい。
そして、明日ウィンガムに一足先に帰るといい」
ミルドレッドに向ける兄のこんな厳しい物言いは、初めてだった。
「いいえ、わたしは仮定ですかと確認しただけで、これ以上聞きたくないと言ったわけではありません。
ですから、部屋には戻りませんし、ウィンガムにも帰らない。
明日も、おふたりにご一緒致します」
来ない方がいいと言ったジャーヴィスに無理を言って、連れてきて貰ったのは自分だと、ミルドレッドは思い出した。
これを午後の来訪時に、ギャレットから確認されたのだ。
スチュワートが抱えていたものを、知る覚悟はあるのかと。
「わかった、では続けよう。
多分、王都に居た高等学院時代にスチュワートは兄と再会した。
偶然になんて現実には有り得ないから、母親の実家を尋ねて行ったのかもしれない。
それからは誰にも言わずに、兄と交流していた。
彼は、本来なら後継者であった兄に罪悪感を覚えていて、『伯爵家の娘だと要求しないこと』を条件に、彼の妻と娘の援助をしたんだ。
家賃と生活費の援助と言うことは、兄はもう家族の面倒を見られなくなっている。
彼が何処にいるのか、無事なのか、亡くなっているのか。
母親のメラニー・コーラルはどうしているのか。
そのふたつをギャレットに調べて欲しいと頼んでいた」
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イアンがジャーヴィスの依頼を受けて、コーラル家を調べたところ、メラニーの実家は邸を手放していて、そこには違う家族が住んでいた。
メラニーがバーナード・アダムスと離縁して実家に出戻った年には彼女の父は存命で、確かに娘が赤ん坊を連れて帰ってきたと言う話は、隣の邸の使用人から聞けた。
だが、その父親が亡くなり、メラニーの兄が後を継いだ後に、コーラル家は困窮し、メラニー母子が何処へ行ったかは不明だった。
「ローラが名乗ったフェルドンは、貴族相手に高利で金を貸し付ける金貸し業を営んでいた平民で、恐らくメラニーは兄が作った借金のせいで、フェルドンに売られたか、と。
ただ、このフェルドン金融も今はもう無い」
「フェルドンは平民だったか……
それで兄は貴族高等学院にも通えなかった」
「都内で4校ある中等学校を当たったところ北校卒業生名簿に、レイウッド伯爵と同じ年齢のフェルドンの名前を見つけました。
明日は北校に、話を聞きに行くことになっています」
そのように、明日の段取りが決まると、ミルドレッドはお先に失礼致しますと自室に戻った。
社交室にはジャーヴィスとイアンの、男ふたりが残っていた。
「兄貴の名前は、ヴィスが手紙に書いていた通り、やはりウィラードだったな」
ミルドレッドが退室したので、イアンの口調は砕けていた。
ジャーヴィスとは、ふたりだけなら伯爵様や先輩等と呼ばない仲だ。
「ウィラードの名前が、スチュワートの兄に付けられていたと言うことは、その名はアダムスでは忌み嫌われて居たわけではないし、本来なら彼が後取りで、スチュワートが一族内の何処かの家へ養子に出されるはずだったと言うことだ。
何があって、妻と長男を実家に返したのかは、追々わかるだろう……」
息子も住む元妻の実家が没落するのに、バーナードは救いの手を差し伸べなかった。
離婚に際しての慰謝料もなかったと思われるので、一体メラニーはどんな理由で離縁となったのか。
「それより、イアン。
お前、どうしてミリーを焚き付けた?」
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