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第25話
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マーチ家王都邸のコンサバトリーは、この季節の午後からの時間は穏やかで暖かな、秋の陽射しが差し込む。
ミルドレッドは、ほぼ初対面のイアン・ギャレットを相手に、自分の考えを述べた。
彼から訪ねてきたのに、まだその用件を言ってもいないイアンに向かって。
「双子でなければ、年子……でもその可能性は低いですね。
当時の出産は今よりもっと女性にとっては命懸けだったでしょうし。
ならば、おふたりの母親が違う可能性ですが。
結婚前に夫から、アダムスでは愛人を設けていた当主は何代か前からは居ないと、聞いていたんです。
曽祖父なら、何代か前には含まれるような気が致します。
それを信じると、おふたりは双子だろうと考えたんですが。
間違っているでしょうか?」
「いえ、私もそのように読み取りました。
ご主人が夫人に語られたように、愛人の居た当主が最近は居なかったのだとしたら、3代前は正妻が産んだ双子で間違いないでしょう。
では、もうひとつ。
アダムス家のご先祖を呼び捨てにするのはご容赦下さい。
ウィラードが早世した理由を、夫人はお分かりになりますか?」
「享年から見て、先の戦争で戦死されたのかと思いました」
「2年戦争は彼が亡くなる前年度に、我が国の勝利で終結しています」
この国では過去の戦争を、その戦いの期間で名付けていた。
2年戦争を先の戦争と呼ぶのは、それ以降は国境等で地域的に小競り合いはあっても、国をあげての戦争にはなっていないからだ。
ミルドレッドの世代にとっては、先の戦争は終戦がいつだったかはっきりと覚えていない、遥か昔の歴史でしかない。
「戦死ではないのですか?
でも、他のアダムス一門の男性達も多くの人が、ウィラード様と同じ年に亡くなっています。
同様に戦死したのだと思い込んでしまいました。
だったら、この人数は……」
「お兄様は生年と享年をご覧なさいと仰ったのでしょう?
普通では戦争には行かないような年齢の人間が亡くなっていますよ」
「……」
「老人も少年もです。
高等学院に入学する12歳以上は、成人男性と同じ扱いになります」
「……もう一度、見直してみます。
今度は、死亡時のそれぞれの年齢も」
安易に答えを求めない、意外に負けず嫌いな一面を覗かせたミルドレッドに、イアンは笑顔を見せた。
「私は一旦、仕事に戻ります。
急にお邪魔して、申し訳ありませんでした。
今夜のディナーを楽しみにしています」
急に暇を告げられて、ようやくイアンから用件を聞いていないことに、ミルドレッドは気付いた。
「あの、ギャレット様のご用事は何だったのでしょう?」
「……用事と言うか、確認です。
貴女のお兄様からアダムス夫人も調査に加わるとお聞きして。
どれ程のご覚悟で、王都まで来られているのかと」
「……」
「もし貴女が、私達にただ付いてくるだけなら。
ご自分では何も考えず、ただこちらに任せればよいと、お考えになっているのなら。
頼まれていた調査結果を渡して、ここから先は私は手を引きますと、ジャーヴィス先輩にお伝えしようと思っていて、今夜のディナーもお断りするつもりでした。
ご馳走になってからだと、お断りはしにくいですからね」
「……わたくしはそれに合格したということでしょうか?」
ミルドレッドは、自分の推察を聞いてくれたイアンに対して持ち始めていた親近感が薄れていくような気がした。
ジャーヴィスに話すように、イアンにとうとうと語ってしまった自分が恥ずかしくなった。
この人も間違った推察を得意気に語ったわたしのことを、レナードと同じように『頭の空っぽな馬鹿な女』だと思っていた?と。
レナードからのあの罵りは、忘れたくても忘れられなかった。
「合格なんて、そんな風に受け取られたのなら、お詫び致します。
貴女のご主人への想いや覚悟を知ることが出来て、是非お手伝いをさせていただけたらと、思いました」
「わたくしの、夫への想いや覚悟?」
「そうです、貴女はレイウッド伯爵の汚名をそそぎたいのでしょう?
愛人や隠し子が居たと言う汚名です」
それまでの笑みを消して。
真摯な瞳でそう問いかけるイアンに、真正面から見つめられて。
ミルドレッドは自分でも初めて気付いた。
そうだ、スチュワートはローラ・フェルドンに名誉を汚されたのだ。
何らかの理由で、彼は彼女を援助したのに、ローラはその恩を仇で返した。
幼いメラニーを連れて来て、援助の継続を求めてきた。
彼が亡くなっていると知り、その上わたしが自分のことを聞いていないことを確認して。
メラニーを「あのひとの娘」とわたしに言った。
きっと今も、彼女はレイウッドで、皆の前でその嘘を続けているだろう。
それは確かにスチュワートの名誉を汚している。
「ローラ・フェルドンは『あのひとの娘』と言いました。
思い出しました、それまではずっと……
スチュワート様にお世話になっていたとか。
スチュワート様との約束とか。
いちいち夫の名前を出していたのに、そのことだけは。
『あのひとの娘』と言ったのです。
これは嘘がばれた時に、自分はスチュワートの娘だとは一言も言っていないと逃げる為だったんですね」
「亡くなられたご主人には、もう弁明の場は与えられません。
代わりに貴女が、レイウッド伯爵の名誉を挽回して差し上げてください」
ミルドレッドは、ほぼ初対面のイアン・ギャレットを相手に、自分の考えを述べた。
彼から訪ねてきたのに、まだその用件を言ってもいないイアンに向かって。
「双子でなければ、年子……でもその可能性は低いですね。
当時の出産は今よりもっと女性にとっては命懸けだったでしょうし。
ならば、おふたりの母親が違う可能性ですが。
結婚前に夫から、アダムスでは愛人を設けていた当主は何代か前からは居ないと、聞いていたんです。
曽祖父なら、何代か前には含まれるような気が致します。
それを信じると、おふたりは双子だろうと考えたんですが。
間違っているでしょうか?」
「いえ、私もそのように読み取りました。
ご主人が夫人に語られたように、愛人の居た当主が最近は居なかったのだとしたら、3代前は正妻が産んだ双子で間違いないでしょう。
では、もうひとつ。
アダムス家のご先祖を呼び捨てにするのはご容赦下さい。
ウィラードが早世した理由を、夫人はお分かりになりますか?」
「享年から見て、先の戦争で戦死されたのかと思いました」
「2年戦争は彼が亡くなる前年度に、我が国の勝利で終結しています」
この国では過去の戦争を、その戦いの期間で名付けていた。
2年戦争を先の戦争と呼ぶのは、それ以降は国境等で地域的に小競り合いはあっても、国をあげての戦争にはなっていないからだ。
ミルドレッドの世代にとっては、先の戦争は終戦がいつだったかはっきりと覚えていない、遥か昔の歴史でしかない。
「戦死ではないのですか?
でも、他のアダムス一門の男性達も多くの人が、ウィラード様と同じ年に亡くなっています。
同様に戦死したのだと思い込んでしまいました。
だったら、この人数は……」
「お兄様は生年と享年をご覧なさいと仰ったのでしょう?
普通では戦争には行かないような年齢の人間が亡くなっていますよ」
「……」
「老人も少年もです。
高等学院に入学する12歳以上は、成人男性と同じ扱いになります」
「……もう一度、見直してみます。
今度は、死亡時のそれぞれの年齢も」
安易に答えを求めない、意外に負けず嫌いな一面を覗かせたミルドレッドに、イアンは笑顔を見せた。
「私は一旦、仕事に戻ります。
急にお邪魔して、申し訳ありませんでした。
今夜のディナーを楽しみにしています」
急に暇を告げられて、ようやくイアンから用件を聞いていないことに、ミルドレッドは気付いた。
「あの、ギャレット様のご用事は何だったのでしょう?」
「……用事と言うか、確認です。
貴女のお兄様からアダムス夫人も調査に加わるとお聞きして。
どれ程のご覚悟で、王都まで来られているのかと」
「……」
「もし貴女が、私達にただ付いてくるだけなら。
ご自分では何も考えず、ただこちらに任せればよいと、お考えになっているのなら。
頼まれていた調査結果を渡して、ここから先は私は手を引きますと、ジャーヴィス先輩にお伝えしようと思っていて、今夜のディナーもお断りするつもりでした。
ご馳走になってからだと、お断りはしにくいですからね」
「……わたくしはそれに合格したということでしょうか?」
ミルドレッドは、自分の推察を聞いてくれたイアンに対して持ち始めていた親近感が薄れていくような気がした。
ジャーヴィスに話すように、イアンにとうとうと語ってしまった自分が恥ずかしくなった。
この人も間違った推察を得意気に語ったわたしのことを、レナードと同じように『頭の空っぽな馬鹿な女』だと思っていた?と。
レナードからのあの罵りは、忘れたくても忘れられなかった。
「合格なんて、そんな風に受け取られたのなら、お詫び致します。
貴女のご主人への想いや覚悟を知ることが出来て、是非お手伝いをさせていただけたらと、思いました」
「わたくしの、夫への想いや覚悟?」
「そうです、貴女はレイウッド伯爵の汚名をそそぎたいのでしょう?
愛人や隠し子が居たと言う汚名です」
それまでの笑みを消して。
真摯な瞳でそう問いかけるイアンに、真正面から見つめられて。
ミルドレッドは自分でも初めて気付いた。
そうだ、スチュワートはローラ・フェルドンに名誉を汚されたのだ。
何らかの理由で、彼は彼女を援助したのに、ローラはその恩を仇で返した。
幼いメラニーを連れて来て、援助の継続を求めてきた。
彼が亡くなっていると知り、その上わたしが自分のことを聞いていないことを確認して。
メラニーを「あのひとの娘」とわたしに言った。
きっと今も、彼女はレイウッドで、皆の前でその嘘を続けているだろう。
それは確かにスチュワートの名誉を汚している。
「ローラ・フェルドンは『あのひとの娘』と言いました。
思い出しました、それまではずっと……
スチュワート様にお世話になっていたとか。
スチュワート様との約束とか。
いちいち夫の名前を出していたのに、そのことだけは。
『あのひとの娘』と言ったのです。
これは嘘がばれた時に、自分はスチュワートの娘だとは一言も言っていないと逃げる為だったんですね」
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