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第24話
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王都で会う約束をしているイアン・ギャレットは、ジャーヴィスの高等学院時代の数少ない友人のひとりだが。
ミルドレッドが一緒に行くことで、ふたりを近付けさせないよう余計な気を遣わなくてはならないことに頭が痛かった。
イアンはいい加減な男ではなかったが、やたらと女性にもてて、独身であることを謳歌しているタイプだ。
今はスチュワートの未亡人であるミルドレッドもまだ20歳。
いつかは再婚するだろう。
その相手は、やはり一途な男が良いと、ジャーヴィスは思っている。
そんなわけで、ジャーヴィスは王都邸に到着し、侍女と荷解きをしているミルドレッドに声をかけた。
「明日の夜、ギャレットがディナーに来るが、ミリーは何を着る予定かな?」
「何を着る?」
何の為に兄が明日の服装を気にしているのか分からなかったが、素直に侍女のルーシーに尋ねた。
尋ねられたルーシーがミルドレッドのディナー用のドレスの中から1着を取り出すと、それを見てジャーヴィスが「もう少し地味なドレスを」と言う。
そう指示されて、ルーシーが比較的地味目な色合いのドレスを改めて取り出せば「それでいい」と部屋を出て行った。
特に説明もないやり取りに、残されたミルドレッドはルーシーと目を見合わせた。
「兄様はどうされたのかしら?」
「……明日のディナーは、アクセサリーも控えめに致しましょう」
主が過保護に構う妹よりも年上のルーシーは、明日の来客を思い出し。
その意図を理解した。
そこまで事前に用意していたのに。
礼儀知らずのイアン・ギャレットは、時間が空いたからと。
20時半の約束を、先触れも無しに6時間も早くやって来た。
……ジャーヴィスの留守中に。
◇◇◇
イアンの来訪を執事のタッカーに告げられた時、ミルドレッドは明るいコンサバトリーで貴族名鑑を読みながら、メモを取っていた。
「ギャレット様は、20時半のお約束だったわね?」
「旦那様も外出されております。
お断り致しましょうか?」
しばらくミルドレッドは考えた。
ギャレット様は約束の時間より随分早くに来られた。
兄様も居ないことだし、お断りしても失礼にはならないはずだ。
……けれど、少しでも早く連絡したいことがあっていらっしゃったのなら?
「……分かりました。
兄は外出していて、ご用件はわたしがお聞きすることになりますが、それでもよろしければ、とお尋ねして。
ご了解されたら、ここへお通ししてちょうだい。
ここなら、ガラス張りで外からも見えるし、個室にはならないわね」
密室では夫以外の男性とはふたりきりにはならないよう、気を付けていたミルドレッドだったが、失念していたことがあった。
それは、その時彼女は髪を緩くハーフアップにしていて、結い上げていなかったということ。
人妻は髪を下ろした姿を他人には見せないが、この頃の常識だった。
それ故、アダムス家ではレナードにも、カールトンにも、使用人達に対しても。
そのようにきちんとした姿で接していたのに。
実家に戻って兄と行動を共にするようになって、気を抜いてしまっていたミルドレッドだった。
対応していたタッカーはまだ独身だったので、それに気付かず。
後からお茶を出したルーシーは、イアン・ギャレットと対峙しているミルドレッドの姿に肝を冷やした。
あれほど、伯爵様がご心配されていたのに!と。
「申し訳ございません。
兄は午後から母校の方へ参っておりまして」
「こちらこそ、急に来てしまったのですから、申し訳ありません。
伯爵様が母校に行かれたということは、恩師のフィリックス先生とお約束があったのでしょう」
イアンはそう真面目な顔で話しながら、ジャーヴィスが妹を置いていったのは当たり前だなと、つくづく思った。
髪を下ろしているミルドレッドは、嫁入り前の乙女に見えた。
あんな思春期の男どもの巣窟に、この女性を連れては行けない。
でもそのお陰で、先に会えた。
後から知った時のジャーヴィスの悔しそうな顔を思い浮かべて、おかしくなったが。
彼はそんな感情を隠すのに長けていた。
「レイウッド伯爵夫人も。
もしかして、貴女も貴族名鑑を読んでいらしたのですか?」
このコンサバトリーに案内されて、まず目についたのは少し離れたサイドテーブルの上に置かれていた貴族名鑑だった。
髪を下ろしたままのミルドレッドは、ずっとこの部屋に居たのだろう、と思った。
「はい、兄から目を通しておくように、と。
最近はこればかり読んでいます。
それと、申し訳ございませんが、わたくしのことはアダムスと呼んでいただけましたら」
「承知致しました、アダムス夫人。
こちらの名鑑から何かお気づきになった点はありましたか?」
「先ずはアダムスとマーチの代々のご先祖に注目するように兄に言われて、アダムスではウィラードの名が最近は居ないと気付きました。
それから同時代の一族の男性の生年と享年を、と言うのでメモを取りましたら……」
そこでミリウッドは立ち上がり、名鑑に挟んでいたメモを手にした。
「きっと兄と、ギャレット様は既にお気付きのことでしょうね。
ここに記されている夫の曽祖父エルネスト様と、お兄様のウィラード様の生年が同じだと。
おふたりは双子でしたのね」
ミルドレッドが一緒に行くことで、ふたりを近付けさせないよう余計な気を遣わなくてはならないことに頭が痛かった。
イアンはいい加減な男ではなかったが、やたらと女性にもてて、独身であることを謳歌しているタイプだ。
今はスチュワートの未亡人であるミルドレッドもまだ20歳。
いつかは再婚するだろう。
その相手は、やはり一途な男が良いと、ジャーヴィスは思っている。
そんなわけで、ジャーヴィスは王都邸に到着し、侍女と荷解きをしているミルドレッドに声をかけた。
「明日の夜、ギャレットがディナーに来るが、ミリーは何を着る予定かな?」
「何を着る?」
何の為に兄が明日の服装を気にしているのか分からなかったが、素直に侍女のルーシーに尋ねた。
尋ねられたルーシーがミルドレッドのディナー用のドレスの中から1着を取り出すと、それを見てジャーヴィスが「もう少し地味なドレスを」と言う。
そう指示されて、ルーシーが比較的地味目な色合いのドレスを改めて取り出せば「それでいい」と部屋を出て行った。
特に説明もないやり取りに、残されたミルドレッドはルーシーと目を見合わせた。
「兄様はどうされたのかしら?」
「……明日のディナーは、アクセサリーも控えめに致しましょう」
主が過保護に構う妹よりも年上のルーシーは、明日の来客を思い出し。
その意図を理解した。
そこまで事前に用意していたのに。
礼儀知らずのイアン・ギャレットは、時間が空いたからと。
20時半の約束を、先触れも無しに6時間も早くやって来た。
……ジャーヴィスの留守中に。
◇◇◇
イアンの来訪を執事のタッカーに告げられた時、ミルドレッドは明るいコンサバトリーで貴族名鑑を読みながら、メモを取っていた。
「ギャレット様は、20時半のお約束だったわね?」
「旦那様も外出されております。
お断り致しましょうか?」
しばらくミルドレッドは考えた。
ギャレット様は約束の時間より随分早くに来られた。
兄様も居ないことだし、お断りしても失礼にはならないはずだ。
……けれど、少しでも早く連絡したいことがあっていらっしゃったのなら?
「……分かりました。
兄は外出していて、ご用件はわたしがお聞きすることになりますが、それでもよろしければ、とお尋ねして。
ご了解されたら、ここへお通ししてちょうだい。
ここなら、ガラス張りで外からも見えるし、個室にはならないわね」
密室では夫以外の男性とはふたりきりにはならないよう、気を付けていたミルドレッドだったが、失念していたことがあった。
それは、その時彼女は髪を緩くハーフアップにしていて、結い上げていなかったということ。
人妻は髪を下ろした姿を他人には見せないが、この頃の常識だった。
それ故、アダムス家ではレナードにも、カールトンにも、使用人達に対しても。
そのようにきちんとした姿で接していたのに。
実家に戻って兄と行動を共にするようになって、気を抜いてしまっていたミルドレッドだった。
対応していたタッカーはまだ独身だったので、それに気付かず。
後からお茶を出したルーシーは、イアン・ギャレットと対峙しているミルドレッドの姿に肝を冷やした。
あれほど、伯爵様がご心配されていたのに!と。
「申し訳ございません。
兄は午後から母校の方へ参っておりまして」
「こちらこそ、急に来てしまったのですから、申し訳ありません。
伯爵様が母校に行かれたということは、恩師のフィリックス先生とお約束があったのでしょう」
イアンはそう真面目な顔で話しながら、ジャーヴィスが妹を置いていったのは当たり前だなと、つくづく思った。
髪を下ろしているミルドレッドは、嫁入り前の乙女に見えた。
あんな思春期の男どもの巣窟に、この女性を連れては行けない。
でもそのお陰で、先に会えた。
後から知った時のジャーヴィスの悔しそうな顔を思い浮かべて、おかしくなったが。
彼はそんな感情を隠すのに長けていた。
「レイウッド伯爵夫人も。
もしかして、貴女も貴族名鑑を読んでいらしたのですか?」
このコンサバトリーに案内されて、まず目についたのは少し離れたサイドテーブルの上に置かれていた貴族名鑑だった。
髪を下ろしたままのミルドレッドは、ずっとこの部屋に居たのだろう、と思った。
「はい、兄から目を通しておくように、と。
最近はこればかり読んでいます。
それと、申し訳ございませんが、わたくしのことはアダムスと呼んでいただけましたら」
「承知致しました、アダムス夫人。
こちらの名鑑から何かお気づきになった点はありましたか?」
「先ずはアダムスとマーチの代々のご先祖に注目するように兄に言われて、アダムスではウィラードの名が最近は居ないと気付きました。
それから同時代の一族の男性の生年と享年を、と言うのでメモを取りましたら……」
そこでミリウッドは立ち上がり、名鑑に挟んでいたメモを手にした。
「きっと兄と、ギャレット様は既にお気付きのことでしょうね。
ここに記されている夫の曽祖父エルネスト様と、お兄様のウィラード様の生年が同じだと。
おふたりは双子でしたのね」
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