25 / 58
第24話
しおりを挟む
王都で会う約束をしているイアン・ギャレットは、ジャーヴィスの高等学院時代の数少ない友人のひとりだが。
ミルドレッドが一緒に行くことで、ふたりを近付けさせないよう余計な気を遣わなくてはならないことに頭が痛かった。
イアンはいい加減な男ではなかったが、やたらと女性にもてて、独身であることを謳歌しているタイプだ。
今はスチュワートの未亡人であるミルドレッドもまだ20歳。
いつかは再婚するだろう。
その相手は、やはり一途な男が良いと、ジャーヴィスは思っている。
そんなわけで、ジャーヴィスは王都邸に到着し、侍女と荷解きをしているミルドレッドに声をかけた。
「明日の夜、ギャレットがディナーに来るが、ミリーは何を着る予定かな?」
「何を着る?」
何の為に兄が明日の服装を気にしているのか分からなかったが、素直に侍女のルーシーに尋ねた。
尋ねられたルーシーがミルドレッドのディナー用のドレスの中から1着を取り出すと、それを見てジャーヴィスが「もう少し地味なドレスを」と言う。
そう指示されて、ルーシーが比較的地味目な色合いのドレスを改めて取り出せば「それでいい」と部屋を出て行った。
特に説明もないやり取りに、残されたミルドレッドはルーシーと目を見合わせた。
「兄様はどうされたのかしら?」
「……明日のディナーは、アクセサリーも控えめに致しましょう」
主が過保護に構う妹よりも年上のルーシーは、明日の来客を思い出し。
その意図を理解した。
そこまで事前に用意していたのに。
礼儀知らずのイアン・ギャレットは、時間が空いたからと。
20時半の約束を、先触れも無しに6時間も早くやって来た。
……ジャーヴィスの留守中に。
◇◇◇
イアンの来訪を執事のタッカーに告げられた時、ミルドレッドは明るいコンサバトリーで貴族名鑑を読みながら、メモを取っていた。
「ギャレット様は、20時半のお約束だったわね?」
「旦那様も外出されております。
お断り致しましょうか?」
しばらくミルドレッドは考えた。
ギャレット様は約束の時間より随分早くに来られた。
兄様も居ないことだし、お断りしても失礼にはならないはずだ。
……けれど、少しでも早く連絡したいことがあっていらっしゃったのなら?
「……分かりました。
兄は外出していて、ご用件はわたしがお聞きすることになりますが、それでもよろしければ、とお尋ねして。
ご了解されたら、ここへお通ししてちょうだい。
ここなら、ガラス張りで外からも見えるし、個室にはならないわね」
密室では夫以外の男性とはふたりきりにはならないよう、気を付けていたミルドレッドだったが、失念していたことがあった。
それは、その時彼女は髪を緩くハーフアップにしていて、結い上げていなかったということ。
人妻は髪を下ろした姿を他人には見せないが、この頃の常識だった。
それ故、アダムス家ではレナードにも、カールトンにも、使用人達に対しても。
そのようにきちんとした姿で接していたのに。
実家に戻って兄と行動を共にするようになって、気を抜いてしまっていたミルドレッドだった。
対応していたタッカーはまだ独身だったので、それに気付かず。
後からお茶を出したルーシーは、イアン・ギャレットと対峙しているミルドレッドの姿に肝を冷やした。
あれほど、伯爵様がご心配されていたのに!と。
「申し訳ございません。
兄は午後から母校の方へ参っておりまして」
「こちらこそ、急に来てしまったのですから、申し訳ありません。
伯爵様が母校に行かれたということは、恩師のフィリックス先生とお約束があったのでしょう」
イアンはそう真面目な顔で話しながら、ジャーヴィスが妹を置いていったのは当たり前だなと、つくづく思った。
髪を下ろしているミルドレッドは、嫁入り前の乙女に見えた。
あんな思春期の男どもの巣窟に、この女性を連れては行けない。
でもそのお陰で、先に会えた。
後から知った時のジャーヴィスの悔しそうな顔を思い浮かべて、おかしくなったが。
彼はそんな感情を隠すのに長けていた。
「レイウッド伯爵夫人も。
もしかして、貴女も貴族名鑑を読んでいらしたのですか?」
このコンサバトリーに案内されて、まず目についたのは少し離れたサイドテーブルの上に置かれていた貴族名鑑だった。
髪を下ろしたままのミルドレッドは、ずっとこの部屋に居たのだろう、と思った。
「はい、兄から目を通しておくように、と。
最近はこればかり読んでいます。
それと、申し訳ございませんが、わたくしのことはアダムスと呼んでいただけましたら」
「承知致しました、アダムス夫人。
こちらの名鑑から何かお気づきになった点はありましたか?」
「先ずはアダムスとマーチの代々のご先祖に注目するように兄に言われて、アダムスではウィラードの名が最近は居ないと気付きました。
それから同時代の一族の男性の生年と享年を、と言うのでメモを取りましたら……」
そこでミリウッドは立ち上がり、名鑑に挟んでいたメモを手にした。
「きっと兄と、ギャレット様は既にお気付きのことでしょうね。
ここに記されている夫の曽祖父エルネスト様と、お兄様のウィラード様の生年が同じだと。
おふたりは双子でしたのね」
ミルドレッドが一緒に行くことで、ふたりを近付けさせないよう余計な気を遣わなくてはならないことに頭が痛かった。
イアンはいい加減な男ではなかったが、やたらと女性にもてて、独身であることを謳歌しているタイプだ。
今はスチュワートの未亡人であるミルドレッドもまだ20歳。
いつかは再婚するだろう。
その相手は、やはり一途な男が良いと、ジャーヴィスは思っている。
そんなわけで、ジャーヴィスは王都邸に到着し、侍女と荷解きをしているミルドレッドに声をかけた。
「明日の夜、ギャレットがディナーに来るが、ミリーは何を着る予定かな?」
「何を着る?」
何の為に兄が明日の服装を気にしているのか分からなかったが、素直に侍女のルーシーに尋ねた。
尋ねられたルーシーがミルドレッドのディナー用のドレスの中から1着を取り出すと、それを見てジャーヴィスが「もう少し地味なドレスを」と言う。
そう指示されて、ルーシーが比較的地味目な色合いのドレスを改めて取り出せば「それでいい」と部屋を出て行った。
特に説明もないやり取りに、残されたミルドレッドはルーシーと目を見合わせた。
「兄様はどうされたのかしら?」
「……明日のディナーは、アクセサリーも控えめに致しましょう」
主が過保護に構う妹よりも年上のルーシーは、明日の来客を思い出し。
その意図を理解した。
そこまで事前に用意していたのに。
礼儀知らずのイアン・ギャレットは、時間が空いたからと。
20時半の約束を、先触れも無しに6時間も早くやって来た。
……ジャーヴィスの留守中に。
◇◇◇
イアンの来訪を執事のタッカーに告げられた時、ミルドレッドは明るいコンサバトリーで貴族名鑑を読みながら、メモを取っていた。
「ギャレット様は、20時半のお約束だったわね?」
「旦那様も外出されております。
お断り致しましょうか?」
しばらくミルドレッドは考えた。
ギャレット様は約束の時間より随分早くに来られた。
兄様も居ないことだし、お断りしても失礼にはならないはずだ。
……けれど、少しでも早く連絡したいことがあっていらっしゃったのなら?
「……分かりました。
兄は外出していて、ご用件はわたしがお聞きすることになりますが、それでもよろしければ、とお尋ねして。
ご了解されたら、ここへお通ししてちょうだい。
ここなら、ガラス張りで外からも見えるし、個室にはならないわね」
密室では夫以外の男性とはふたりきりにはならないよう、気を付けていたミルドレッドだったが、失念していたことがあった。
それは、その時彼女は髪を緩くハーフアップにしていて、結い上げていなかったということ。
人妻は髪を下ろした姿を他人には見せないが、この頃の常識だった。
それ故、アダムス家ではレナードにも、カールトンにも、使用人達に対しても。
そのようにきちんとした姿で接していたのに。
実家に戻って兄と行動を共にするようになって、気を抜いてしまっていたミルドレッドだった。
対応していたタッカーはまだ独身だったので、それに気付かず。
後からお茶を出したルーシーは、イアン・ギャレットと対峙しているミルドレッドの姿に肝を冷やした。
あれほど、伯爵様がご心配されていたのに!と。
「申し訳ございません。
兄は午後から母校の方へ参っておりまして」
「こちらこそ、急に来てしまったのですから、申し訳ありません。
伯爵様が母校に行かれたということは、恩師のフィリックス先生とお約束があったのでしょう」
イアンはそう真面目な顔で話しながら、ジャーヴィスが妹を置いていったのは当たり前だなと、つくづく思った。
髪を下ろしているミルドレッドは、嫁入り前の乙女に見えた。
あんな思春期の男どもの巣窟に、この女性を連れては行けない。
でもそのお陰で、先に会えた。
後から知った時のジャーヴィスの悔しそうな顔を思い浮かべて、おかしくなったが。
彼はそんな感情を隠すのに長けていた。
「レイウッド伯爵夫人も。
もしかして、貴女も貴族名鑑を読んでいらしたのですか?」
このコンサバトリーに案内されて、まず目についたのは少し離れたサイドテーブルの上に置かれていた貴族名鑑だった。
髪を下ろしたままのミルドレッドは、ずっとこの部屋に居たのだろう、と思った。
「はい、兄から目を通しておくように、と。
最近はこればかり読んでいます。
それと、申し訳ございませんが、わたくしのことはアダムスと呼んでいただけましたら」
「承知致しました、アダムス夫人。
こちらの名鑑から何かお気づきになった点はありましたか?」
「先ずはアダムスとマーチの代々のご先祖に注目するように兄に言われて、アダムスではウィラードの名が最近は居ないと気付きました。
それから同時代の一族の男性の生年と享年を、と言うのでメモを取りましたら……」
そこでミリウッドは立ち上がり、名鑑に挟んでいたメモを手にした。
「きっと兄と、ギャレット様は既にお気付きのことでしょうね。
ここに記されている夫の曽祖父エルネスト様と、お兄様のウィラード様の生年が同じだと。
おふたりは双子でしたのね」
461
お気に入りに追加
896
あなたにおすすめの小説
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
(完結)婚約破棄から始まる真実の愛
青空一夏
恋愛
私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。
女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?
美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる