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第23話
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ジャーヴィスはミルドレッドから渡されたメモに目を通し、キャサリンに回した。
それを読んで、母が目元にナプキンを当てるのを見た。
「彼が生まれてくる子供の為に考えてくれていた名前です。
男児の5つの候補の中には、アダムスが長男に付けることが多いのに、最近居ないウィラードの名前はありません。
これは兄様が仰っていた本家のスチュワートの子供の為に取っていた、は違っていたのです。
それに女の子の名前の候補は、ジュリア様や名鑑に載っていた先祖代々の女性の名前は無くて、全てわたしが好きな花の名前でした。
……彼は自分の母親の名前を、娘に付けるひとではなかったような気がするんです。
それだけで、あの子をメラニーと名付けたのはスチュワートではないと信じたいわたしは、愚かでしょうか?」
「……」
「いいえ!いいえ!」
ジャーヴィスが答えるよりも早く、声をあげたのはキャサリンだ。
「スチュワートは女の子なら、ミリーが好きな花の名前を付けたいと言って……
ウィロー以外は、わたしが彼に教えたの」
そのメモに書かれていた名前は。
右側はメイナード、ブランドン、ウォーレン、エベレッド、ワイアット。
全て先祖に居た名前だ。
そして左側にはヘザー、ヴァイオラ、デイジー、アリッサ、アイビー、そしてウィロー。
「アイビーはともかく、女の子にウィロー?
柳なんて、木の名前をアダムス子爵が許すはずがないのに?」
今朝帰ってきた時、憔悴していた妹は。
そう話しながら、今は可笑しそうに笑っていた。
ミリーは風に靡く柳の木が好きだ。
母が教えなかったのにリストに入っていたのは、ミリー本人がそれをスチュワートに話したのかもしれない。
「貴女と同じ緑色の瞳なら、ミドルネームに女の子らしい名前を入れればいいから、ウィローが第一候補ですねと彼は笑っていたわ。
初めての子供だと、それはそれは楽しみに……」
そこからは本格的に母と妹が泣き出したので、ジャーヴィスは何も言わなかった。
彼の喉の辺りにも、熱い塊が込み上げてきたからだった。
翌日、再びジャーヴィスの執務室にミルドレッドが現れて、仕事を手伝いたいと言ってきた。
「王都へ行く前に、お仕事を出来るだけ片付けて行きましょう」
「行きましょう?もしかして……」
「はい、わたしもご一緒します」
「ミリーはここで待っていた方がいいんじゃないかな?」
彼は貴族名鑑を眺め続ける午後を過ごして推察された、きな臭いアダムス家の歴史を、ミルドレッドに教えたくはなかった。
「ヴィス兄様は、わたしを傷付ける結果になるなら、全部を話されないでしょう?
スチュワートがわたしに黙っていたことは隠し子だけじゃなくて、きっと他にも何かあるのです。
それがあるからローラ・フェルドンを援助したことを、わたしには言えなかった。
彼が隠していたことを全て、妻であるわたしは知りたい」
そうすっきりとした表情で話すミルドレッドをジャーヴィスは見た。
「その気持ちはわかるけれど……」
「ギャレット様と一緒に動かれるのでしょう?
足手まといにならないように努力しますし、そうだと判断されたら、わたしを置いていってください。
王都邸でいい子にして、お留守番しています」
「……」
「レイウッドの当主夫人は止めましたが、スチュワートの妻は止めないと決めました」
◇◇◇
わたしも一緒に行くわと言い続ける母を、宥めるだけでも一苦労したジャーヴィスだった。
母が王都入りするとなると荷物や伴う使用人の人数も増え、馬車を2台以上連なって走らせることになり、旅程は最初の予定より2倍近くかかる。
当事者であるミルドレッドは仕方なく同行させることにしたが、本当はウィンガムで待っていて欲しかった。
取り敢えず、母には諦めさせた。
お陰で馬車の中は、兄妹と各々の従者と侍女の4人で済んでいる。
しかし、ややこしい話はここでは出来ないので、王都に着いてからになる。
その辺りはミルドレッドも承知しているのだろう。
従者や侍女の前では、下手な話はしない。
「兄様が貸してくだった貴族名鑑は勉強になりました。
今までは毎年購入しても、それ程役に立たないと思っていたのですけれど」
「私も若い頃はそうだったよ。
大して代わり映えのしない内容なのに、と。
だが、その重要性を教えてくれたのがギャレットなんだ」
貴族名鑑は、過去も現在も網羅している情報の宝庫だと教えてくれたのは、2学年下の生意気なイアン・ギャレットだった。
普通なら役所に問い合わせても教えて貰えない、他家の事情が考察出来るからと。
「名前以外なら、どこに注目すればいいですか?」
「名鑑なんて遡ればきりがない。
今回の元は、3代前のエルネスト伯だ。
彼と彼の兄のウィラードに絞って、一門の男達の生年と享年を見てごらん」
先にイアンが調べてくれているだろう事実と、自分の立てた仮説とが、どこまで合っているのか。
それを知るのは楽しみでもあったが、スチュワートがミルドレッドには隠しておきたかったアダムスの過去を掘り返すようで、心苦しくもあるジャーヴィスだった。
それを読んで、母が目元にナプキンを当てるのを見た。
「彼が生まれてくる子供の為に考えてくれていた名前です。
男児の5つの候補の中には、アダムスが長男に付けることが多いのに、最近居ないウィラードの名前はありません。
これは兄様が仰っていた本家のスチュワートの子供の為に取っていた、は違っていたのです。
それに女の子の名前の候補は、ジュリア様や名鑑に載っていた先祖代々の女性の名前は無くて、全てわたしが好きな花の名前でした。
……彼は自分の母親の名前を、娘に付けるひとではなかったような気がするんです。
それだけで、あの子をメラニーと名付けたのはスチュワートではないと信じたいわたしは、愚かでしょうか?」
「……」
「いいえ!いいえ!」
ジャーヴィスが答えるよりも早く、声をあげたのはキャサリンだ。
「スチュワートは女の子なら、ミリーが好きな花の名前を付けたいと言って……
ウィロー以外は、わたしが彼に教えたの」
そのメモに書かれていた名前は。
右側はメイナード、ブランドン、ウォーレン、エベレッド、ワイアット。
全て先祖に居た名前だ。
そして左側にはヘザー、ヴァイオラ、デイジー、アリッサ、アイビー、そしてウィロー。
「アイビーはともかく、女の子にウィロー?
柳なんて、木の名前をアダムス子爵が許すはずがないのに?」
今朝帰ってきた時、憔悴していた妹は。
そう話しながら、今は可笑しそうに笑っていた。
ミリーは風に靡く柳の木が好きだ。
母が教えなかったのにリストに入っていたのは、ミリー本人がそれをスチュワートに話したのかもしれない。
「貴女と同じ緑色の瞳なら、ミドルネームに女の子らしい名前を入れればいいから、ウィローが第一候補ですねと彼は笑っていたわ。
初めての子供だと、それはそれは楽しみに……」
そこからは本格的に母と妹が泣き出したので、ジャーヴィスは何も言わなかった。
彼の喉の辺りにも、熱い塊が込み上げてきたからだった。
翌日、再びジャーヴィスの執務室にミルドレッドが現れて、仕事を手伝いたいと言ってきた。
「王都へ行く前に、お仕事を出来るだけ片付けて行きましょう」
「行きましょう?もしかして……」
「はい、わたしもご一緒します」
「ミリーはここで待っていた方がいいんじゃないかな?」
彼は貴族名鑑を眺め続ける午後を過ごして推察された、きな臭いアダムス家の歴史を、ミルドレッドに教えたくはなかった。
「ヴィス兄様は、わたしを傷付ける結果になるなら、全部を話されないでしょう?
スチュワートがわたしに黙っていたことは隠し子だけじゃなくて、きっと他にも何かあるのです。
それがあるからローラ・フェルドンを援助したことを、わたしには言えなかった。
彼が隠していたことを全て、妻であるわたしは知りたい」
そうすっきりとした表情で話すミルドレッドをジャーヴィスは見た。
「その気持ちはわかるけれど……」
「ギャレット様と一緒に動かれるのでしょう?
足手まといにならないように努力しますし、そうだと判断されたら、わたしを置いていってください。
王都邸でいい子にして、お留守番しています」
「……」
「レイウッドの当主夫人は止めましたが、スチュワートの妻は止めないと決めました」
◇◇◇
わたしも一緒に行くわと言い続ける母を、宥めるだけでも一苦労したジャーヴィスだった。
母が王都入りするとなると荷物や伴う使用人の人数も増え、馬車を2台以上連なって走らせることになり、旅程は最初の予定より2倍近くかかる。
当事者であるミルドレッドは仕方なく同行させることにしたが、本当はウィンガムで待っていて欲しかった。
取り敢えず、母には諦めさせた。
お陰で馬車の中は、兄妹と各々の従者と侍女の4人で済んでいる。
しかし、ややこしい話はここでは出来ないので、王都に着いてからになる。
その辺りはミルドレッドも承知しているのだろう。
従者や侍女の前では、下手な話はしない。
「兄様が貸してくだった貴族名鑑は勉強になりました。
今までは毎年購入しても、それ程役に立たないと思っていたのですけれど」
「私も若い頃はそうだったよ。
大して代わり映えのしない内容なのに、と。
だが、その重要性を教えてくれたのがギャレットなんだ」
貴族名鑑は、過去も現在も網羅している情報の宝庫だと教えてくれたのは、2学年下の生意気なイアン・ギャレットだった。
普通なら役所に問い合わせても教えて貰えない、他家の事情が考察出来るからと。
「名前以外なら、どこに注目すればいいですか?」
「名鑑なんて遡ればきりがない。
今回の元は、3代前のエルネスト伯だ。
彼と彼の兄のウィラードに絞って、一門の男達の生年と享年を見てごらん」
先にイアンが調べてくれているだろう事実と、自分の立てた仮説とが、どこまで合っているのか。
それを知るのは楽しみでもあったが、スチュワートがミルドレッドには隠しておきたかったアダムスの過去を掘り返すようで、心苦しくもあるジャーヴィスだった。
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