23 / 58
第22話
しおりを挟む
「つまりは、この件が解決しても、レイウッドには戻りたくない?」
「そうです、二度と戻りません。
サリーからもその条件で、馬車を用意して貰ったんです」
なるほど……レナードの恋人サリー・グレイの協力があったから、当日に出奔出来たのか。
お嬢様育ちの妹にしては段取りが早過ぎて、そこだけが疑問だった。
「わたしはアダムスにとって……疫病神だと。
レナードは殺さないでと言われました。
来て2年も経たずに家族から4人も死人が出たんですから。
彼女がそう思うように、同様に考えているひとはレイウッド領内には何人も居るでしょう」
ウィンガム領主の妹を、平民の女が疫病神だと罵ったか。
お望み通りレナードの代わりに消してやろうかと、ジャーヴィスがその綺麗な顔に出さずに考えていると、言われた本人から釘を刺された。
「サリーのことなんて無視してください。
彼女のお陰で、あの家から出られたのです。
これ以上わたしに関わった人物から死人は出せません」
「……そんなことは考えていないよ。
ミリーこそ、疫病神なんて無視すればいい。
自死を偽装する云々は、まだ先延ばしにしてくれ。
私はこれから王都へ行き、この件について調べる。
その結果を待ってからでも遅くはないだろう?」
「調べるのは、あの子供のことですか?」
「現時点で身元がはっきりしているのは、スチュワートの実母のメラニー・コーネルだ。
どこで彼女がローラ・フェルドンと繋がったのか、関係者に当たってくる」
そう言いながら、ジャーヴィスは書棚から貴族名鑑を取り出して、ミルドレッドに手渡した。
眠ってしまった妹をベッドへ移動させ、母と部屋の外で立ち話をした後、ここでずっと貴族名鑑を眺めて思案していた。
レイウッドのアダムス家と、ウィンガムの我がマーチ家の頁には栞を挟んである。
「ミリーもこれに目を通しておきなさい。
ウィンガムとアダムスの代々の人物名を眺めているだけでも、面白いと思うよ」
ミルドレッドはアダムス家代々の名前なら、妊娠が分かった時に、スチュワートと話したことがある。
バーナード、リチャード、スチュワート、レナード、カールトン……お馴染みの名前を彼はあげた。
そのことをジャーヴィスは言っているのだろうか?
「お調べになると言うのは、ヴィス兄様がおひとりで?」
「いや、先程王都の知り合いに早馬を出した。
ギャレット商会で調査部門を仕切っているイアン・ギャレットという男だ。
私の襲名パーティーに来ていて、ミリーに挨拶していたが忘れた?」
「……申し訳ありません。
全然思い当たらなくて」
なかなかの男振りのイアンだが、覚えていないのは無理もない。
あの頃のミルドレッドは、自分からの別れの手紙に驚いて学業を放り出してウィンガムに駆けつけた、一途な婚約者のことしか頭に無かったのだから。
だが、イアンの方はミルドレッドのことなら今でも覚えているだろう。
まだ15歳だったが、妹は充分男達の目を引いた。
だからこそ、王都の女子高等学院には入れないでくれと、スチュワートの父親の前レイウッド伯爵から頼まれた。
全寮制ではあったが、案外異性との関わりが多くある女学校だからだ。
「とにかくギャレットからの連絡を待って私は王都へ行くので、ミリーはゆっくり休んでいなさい。
決して、君の悪いようにはしない」
ジャーヴィスがにっこり笑ってそう言ったので。
これ以上邪魔をしてはいけないと、ミルドレッドは夕食まで自室で渡された名鑑を読むことにした。
◇◇◇
20時からの夕食の席で、その話を持ち出してきたのはミルドレッドだった。
ダイニングルームでの夕食なので、さすがにドレスに着替えて薄化粧もしている。
「兄様は、あの子がスチュワートの娘ではないと思われていますか?」
その言葉に母のキャサリンも手を止めた。
「……貴族名鑑を読んで、ミリーは何か気付いたか?」
「ここ最近のアダムスでは、名付けられていない名前がありました」
良かった、萎れていても妹は馬鹿ではない。
言われた通りに名鑑に目を通して、それに気付けたか。
「いいよ、気付いたことを話してごらん」
「……あの家門で一番最近の出産は、カールトン様のお子様のクライン君です。
クラインは名鑑で遡れば、ふたり位しか居なくて。
男子にはご先祖と同じ名前を付けることが決められているアダムス一族では、珍しい名前なんです。
ですが、3代前のスチュワートの曽祖父のエルネスト様の兄にウィラードと言う方が居て。
このウィラードは一族では長男によく付けられている名前ですが、その方以降は誰もいません。
順当に考えれば、クライン君がウィラードと名付けられていても不思議じゃないのに」
「本家のスチュワートの息子の為に、その名前を付けるのをカールトン卿は止めたのかも知れないね」
「名鑑に掲載されている享年年度から見て、長男のウィラード様は20代で戦死されていて、短命だったのを不吉と捉えられたのかもしれませんが」
一旦、ここでミルドレッドは話すのを止め、テーブルに置いていたチーフの下から折り畳まれた紙を取り出した。
「慌てて荷造りしたので、ベッドサイドテーブルに置いていたスチュワートの本も入れてきてしまって。
間からスチュワートが書いた、このメモを見つけました」
「そうです、二度と戻りません。
サリーからもその条件で、馬車を用意して貰ったんです」
なるほど……レナードの恋人サリー・グレイの協力があったから、当日に出奔出来たのか。
お嬢様育ちの妹にしては段取りが早過ぎて、そこだけが疑問だった。
「わたしはアダムスにとって……疫病神だと。
レナードは殺さないでと言われました。
来て2年も経たずに家族から4人も死人が出たんですから。
彼女がそう思うように、同様に考えているひとはレイウッド領内には何人も居るでしょう」
ウィンガム領主の妹を、平民の女が疫病神だと罵ったか。
お望み通りレナードの代わりに消してやろうかと、ジャーヴィスがその綺麗な顔に出さずに考えていると、言われた本人から釘を刺された。
「サリーのことなんて無視してください。
彼女のお陰で、あの家から出られたのです。
これ以上わたしに関わった人物から死人は出せません」
「……そんなことは考えていないよ。
ミリーこそ、疫病神なんて無視すればいい。
自死を偽装する云々は、まだ先延ばしにしてくれ。
私はこれから王都へ行き、この件について調べる。
その結果を待ってからでも遅くはないだろう?」
「調べるのは、あの子供のことですか?」
「現時点で身元がはっきりしているのは、スチュワートの実母のメラニー・コーネルだ。
どこで彼女がローラ・フェルドンと繋がったのか、関係者に当たってくる」
そう言いながら、ジャーヴィスは書棚から貴族名鑑を取り出して、ミルドレッドに手渡した。
眠ってしまった妹をベッドへ移動させ、母と部屋の外で立ち話をした後、ここでずっと貴族名鑑を眺めて思案していた。
レイウッドのアダムス家と、ウィンガムの我がマーチ家の頁には栞を挟んである。
「ミリーもこれに目を通しておきなさい。
ウィンガムとアダムスの代々の人物名を眺めているだけでも、面白いと思うよ」
ミルドレッドはアダムス家代々の名前なら、妊娠が分かった時に、スチュワートと話したことがある。
バーナード、リチャード、スチュワート、レナード、カールトン……お馴染みの名前を彼はあげた。
そのことをジャーヴィスは言っているのだろうか?
「お調べになると言うのは、ヴィス兄様がおひとりで?」
「いや、先程王都の知り合いに早馬を出した。
ギャレット商会で調査部門を仕切っているイアン・ギャレットという男だ。
私の襲名パーティーに来ていて、ミリーに挨拶していたが忘れた?」
「……申し訳ありません。
全然思い当たらなくて」
なかなかの男振りのイアンだが、覚えていないのは無理もない。
あの頃のミルドレッドは、自分からの別れの手紙に驚いて学業を放り出してウィンガムに駆けつけた、一途な婚約者のことしか頭に無かったのだから。
だが、イアンの方はミルドレッドのことなら今でも覚えているだろう。
まだ15歳だったが、妹は充分男達の目を引いた。
だからこそ、王都の女子高等学院には入れないでくれと、スチュワートの父親の前レイウッド伯爵から頼まれた。
全寮制ではあったが、案外異性との関わりが多くある女学校だからだ。
「とにかくギャレットからの連絡を待って私は王都へ行くので、ミリーはゆっくり休んでいなさい。
決して、君の悪いようにはしない」
ジャーヴィスがにっこり笑ってそう言ったので。
これ以上邪魔をしてはいけないと、ミルドレッドは夕食まで自室で渡された名鑑を読むことにした。
◇◇◇
20時からの夕食の席で、その話を持ち出してきたのはミルドレッドだった。
ダイニングルームでの夕食なので、さすがにドレスに着替えて薄化粧もしている。
「兄様は、あの子がスチュワートの娘ではないと思われていますか?」
その言葉に母のキャサリンも手を止めた。
「……貴族名鑑を読んで、ミリーは何か気付いたか?」
「ここ最近のアダムスでは、名付けられていない名前がありました」
良かった、萎れていても妹は馬鹿ではない。
言われた通りに名鑑に目を通して、それに気付けたか。
「いいよ、気付いたことを話してごらん」
「……あの家門で一番最近の出産は、カールトン様のお子様のクライン君です。
クラインは名鑑で遡れば、ふたり位しか居なくて。
男子にはご先祖と同じ名前を付けることが決められているアダムス一族では、珍しい名前なんです。
ですが、3代前のスチュワートの曽祖父のエルネスト様の兄にウィラードと言う方が居て。
このウィラードは一族では長男によく付けられている名前ですが、その方以降は誰もいません。
順当に考えれば、クライン君がウィラードと名付けられていても不思議じゃないのに」
「本家のスチュワートの息子の為に、その名前を付けるのをカールトン卿は止めたのかも知れないね」
「名鑑に掲載されている享年年度から見て、長男のウィラード様は20代で戦死されていて、短命だったのを不吉と捉えられたのかもしれませんが」
一旦、ここでミルドレッドは話すのを止め、テーブルに置いていたチーフの下から折り畳まれた紙を取り出した。
「慌てて荷造りしたので、ベッドサイドテーブルに置いていたスチュワートの本も入れてきてしまって。
間からスチュワートが書いた、このメモを見つけました」
426
お気に入りに追加
896
あなたにおすすめの小説



お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる