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第22話
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「つまりは、この件が解決しても、レイウッドには戻りたくない?」
「そうです、二度と戻りません。
サリーからもその条件で、馬車を用意して貰ったんです」
なるほど……レナードの恋人サリー・グレイの協力があったから、当日に出奔出来たのか。
お嬢様育ちの妹にしては段取りが早過ぎて、そこだけが疑問だった。
「わたしはアダムスにとって……疫病神だと。
レナードは殺さないでと言われました。
来て2年も経たずに家族から4人も死人が出たんですから。
彼女がそう思うように、同様に考えているひとはレイウッド領内には何人も居るでしょう」
ウィンガム領主の妹を、平民の女が疫病神だと罵ったか。
お望み通りレナードの代わりに消してやろうかと、ジャーヴィスがその綺麗な顔に出さずに考えていると、言われた本人から釘を刺された。
「サリーのことなんて無視してください。
彼女のお陰で、あの家から出られたのです。
これ以上わたしに関わった人物から死人は出せません」
「……そんなことは考えていないよ。
ミリーこそ、疫病神なんて無視すればいい。
自死を偽装する云々は、まだ先延ばしにしてくれ。
私はこれから王都へ行き、この件について調べる。
その結果を待ってからでも遅くはないだろう?」
「調べるのは、あの子供のことですか?」
「現時点で身元がはっきりしているのは、スチュワートの実母のメラニー・コーネルだ。
どこで彼女がローラ・フェルドンと繋がったのか、関係者に当たってくる」
そう言いながら、ジャーヴィスは書棚から貴族名鑑を取り出して、ミルドレッドに手渡した。
眠ってしまった妹をベッドへ移動させ、母と部屋の外で立ち話をした後、ここでずっと貴族名鑑を眺めて思案していた。
レイウッドのアダムス家と、ウィンガムの我がマーチ家の頁には栞を挟んである。
「ミリーもこれに目を通しておきなさい。
ウィンガムとアダムスの代々の人物名を眺めているだけでも、面白いと思うよ」
ミルドレッドはアダムス家代々の名前なら、妊娠が分かった時に、スチュワートと話したことがある。
バーナード、リチャード、スチュワート、レナード、カールトン……お馴染みの名前を彼はあげた。
そのことをジャーヴィスは言っているのだろうか?
「お調べになると言うのは、ヴィス兄様がおひとりで?」
「いや、先程王都の知り合いに早馬を出した。
ギャレット商会で調査部門を仕切っているイアン・ギャレットという男だ。
私の襲名パーティーに来ていて、ミリーに挨拶していたが忘れた?」
「……申し訳ありません。
全然思い当たらなくて」
なかなかの男振りのイアンだが、覚えていないのは無理もない。
あの頃のミルドレッドは、自分からの別れの手紙に驚いて学業を放り出してウィンガムに駆けつけた、一途な婚約者のことしか頭に無かったのだから。
だが、イアンの方はミルドレッドのことなら今でも覚えているだろう。
まだ15歳だったが、妹は充分男達の目を引いた。
だからこそ、王都の女子高等学院には入れないでくれと、スチュワートの父親の前レイウッド伯爵から頼まれた。
全寮制ではあったが、案外異性との関わりが多くある女学校だからだ。
「とにかくギャレットからの連絡を待って私は王都へ行くので、ミリーはゆっくり休んでいなさい。
決して、君の悪いようにはしない」
ジャーヴィスがにっこり笑ってそう言ったので。
これ以上邪魔をしてはいけないと、ミルドレッドは夕食まで自室で渡された名鑑を読むことにした。
◇◇◇
20時からの夕食の席で、その話を持ち出してきたのはミルドレッドだった。
ダイニングルームでの夕食なので、さすがにドレスに着替えて薄化粧もしている。
「兄様は、あの子がスチュワートの娘ではないと思われていますか?」
その言葉に母のキャサリンも手を止めた。
「……貴族名鑑を読んで、ミリーは何か気付いたか?」
「ここ最近のアダムスでは、名付けられていない名前がありました」
良かった、萎れていても妹は馬鹿ではない。
言われた通りに名鑑に目を通して、それに気付けたか。
「いいよ、気付いたことを話してごらん」
「……あの家門で一番最近の出産は、カールトン様のお子様のクライン君です。
クラインは名鑑で遡れば、ふたり位しか居なくて。
男子にはご先祖と同じ名前を付けることが決められているアダムス一族では、珍しい名前なんです。
ですが、3代前のスチュワートの曽祖父のエルネスト様の兄にウィラードと言う方が居て。
このウィラードは一族では長男によく付けられている名前ですが、その方以降は誰もいません。
順当に考えれば、クライン君がウィラードと名付けられていても不思議じゃないのに」
「本家のスチュワートの息子の為に、その名前を付けるのをカールトン卿は止めたのかも知れないね」
「名鑑に掲載されている享年年度から見て、長男のウィラード様は20代で戦死されていて、短命だったのを不吉と捉えられたのかもしれませんが」
一旦、ここでミルドレッドは話すのを止め、テーブルに置いていたチーフの下から折り畳まれた紙を取り出した。
「慌てて荷造りしたので、ベッドサイドテーブルに置いていたスチュワートの本も入れてきてしまって。
間からスチュワートが書いた、このメモを見つけました」
「そうです、二度と戻りません。
サリーからもその条件で、馬車を用意して貰ったんです」
なるほど……レナードの恋人サリー・グレイの協力があったから、当日に出奔出来たのか。
お嬢様育ちの妹にしては段取りが早過ぎて、そこだけが疑問だった。
「わたしはアダムスにとって……疫病神だと。
レナードは殺さないでと言われました。
来て2年も経たずに家族から4人も死人が出たんですから。
彼女がそう思うように、同様に考えているひとはレイウッド領内には何人も居るでしょう」
ウィンガム領主の妹を、平民の女が疫病神だと罵ったか。
お望み通りレナードの代わりに消してやろうかと、ジャーヴィスがその綺麗な顔に出さずに考えていると、言われた本人から釘を刺された。
「サリーのことなんて無視してください。
彼女のお陰で、あの家から出られたのです。
これ以上わたしに関わった人物から死人は出せません」
「……そんなことは考えていないよ。
ミリーこそ、疫病神なんて無視すればいい。
自死を偽装する云々は、まだ先延ばしにしてくれ。
私はこれから王都へ行き、この件について調べる。
その結果を待ってからでも遅くはないだろう?」
「調べるのは、あの子供のことですか?」
「現時点で身元がはっきりしているのは、スチュワートの実母のメラニー・コーネルだ。
どこで彼女がローラ・フェルドンと繋がったのか、関係者に当たってくる」
そう言いながら、ジャーヴィスは書棚から貴族名鑑を取り出して、ミルドレッドに手渡した。
眠ってしまった妹をベッドへ移動させ、母と部屋の外で立ち話をした後、ここでずっと貴族名鑑を眺めて思案していた。
レイウッドのアダムス家と、ウィンガムの我がマーチ家の頁には栞を挟んである。
「ミリーもこれに目を通しておきなさい。
ウィンガムとアダムスの代々の人物名を眺めているだけでも、面白いと思うよ」
ミルドレッドはアダムス家代々の名前なら、妊娠が分かった時に、スチュワートと話したことがある。
バーナード、リチャード、スチュワート、レナード、カールトン……お馴染みの名前を彼はあげた。
そのことをジャーヴィスは言っているのだろうか?
「お調べになると言うのは、ヴィス兄様がおひとりで?」
「いや、先程王都の知り合いに早馬を出した。
ギャレット商会で調査部門を仕切っているイアン・ギャレットという男だ。
私の襲名パーティーに来ていて、ミリーに挨拶していたが忘れた?」
「……申し訳ありません。
全然思い当たらなくて」
なかなかの男振りのイアンだが、覚えていないのは無理もない。
あの頃のミルドレッドは、自分からの別れの手紙に驚いて学業を放り出してウィンガムに駆けつけた、一途な婚約者のことしか頭に無かったのだから。
だが、イアンの方はミルドレッドのことなら今でも覚えているだろう。
まだ15歳だったが、妹は充分男達の目を引いた。
だからこそ、王都の女子高等学院には入れないでくれと、スチュワートの父親の前レイウッド伯爵から頼まれた。
全寮制ではあったが、案外異性との関わりが多くある女学校だからだ。
「とにかくギャレットからの連絡を待って私は王都へ行くので、ミリーはゆっくり休んでいなさい。
決して、君の悪いようにはしない」
ジャーヴィスがにっこり笑ってそう言ったので。
これ以上邪魔をしてはいけないと、ミルドレッドは夕食まで自室で渡された名鑑を読むことにした。
◇◇◇
20時からの夕食の席で、その話を持ち出してきたのはミルドレッドだった。
ダイニングルームでの夕食なので、さすがにドレスに着替えて薄化粧もしている。
「兄様は、あの子がスチュワートの娘ではないと思われていますか?」
その言葉に母のキャサリンも手を止めた。
「……貴族名鑑を読んで、ミリーは何か気付いたか?」
「ここ最近のアダムスでは、名付けられていない名前がありました」
良かった、萎れていても妹は馬鹿ではない。
言われた通りに名鑑に目を通して、それに気付けたか。
「いいよ、気付いたことを話してごらん」
「……あの家門で一番最近の出産は、カールトン様のお子様のクライン君です。
クラインは名鑑で遡れば、ふたり位しか居なくて。
男子にはご先祖と同じ名前を付けることが決められているアダムス一族では、珍しい名前なんです。
ですが、3代前のスチュワートの曽祖父のエルネスト様の兄にウィラードと言う方が居て。
このウィラードは一族では長男によく付けられている名前ですが、その方以降は誰もいません。
順当に考えれば、クライン君がウィラードと名付けられていても不思議じゃないのに」
「本家のスチュワートの息子の為に、その名前を付けるのをカールトン卿は止めたのかも知れないね」
「名鑑に掲載されている享年年度から見て、長男のウィラード様は20代で戦死されていて、短命だったのを不吉と捉えられたのかもしれませんが」
一旦、ここでミルドレッドは話すのを止め、テーブルに置いていたチーフの下から折り畳まれた紙を取り出した。
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